第二十五話 スカウト
飛鳥財閥の次期総帥であり、フェニックス・シンジケートのドンである大樹直々の誘いということもあり、青葉は大人しくついてきた。
フェニックス・シンジケート本部の入り口に着くと、入り口で身体検査もされず、ナイフを取り上げられることもなく、大樹の執務室に入った。
青葉は、大樹と対面して、ソファに座った。
「アジトの場所も入り方も私に見せてしまって良いのかい? 私が稲山会にばらすかもしれないんだよ」
「そんな心配はしていないよ。さっき、亀も言ったと思うけど、君はもう稲山会とは手を切っているんだろ?」
「フェニックス・シンジケートの高い情報収集能力によると、ということかい?」
「そうだ。僕は部下の働きを信じているからね」
苦笑した青葉は大きく息を吐いてから大樹を見つめた。
「……あんたらが言うとおりだよ。確かに、私は稲山会には見切りを付けたよ。今まで育ててもらった恩義はあるけど、その恩を返す以上の貢献はしてきたつもりさ」
「もう義理は果たしたってことかい?」
「それもあるけど、あんたらの攻撃で稲山会の重鎮たちはことごとくいなくなっちまった。残った今の稲山会の上の方には馬鹿しか残っていないって分かってね」
「えらくシビアな対応じゃねえか」
大樹の後ろに立っている亀谷が言った。
「私には殺し屋としてのプライドがある。これまでの幹部たちは、そのプライドを尊重してくれた。でも、今の幹部たちから、飛鳥本家に爆弾を抱えて飛び込めなんて馬鹿な指令を受けたんだよ。それで、こいつらは私が忠誠を誓うような連中じゃないと愛想が尽きたんだ」
「確かに、てめえほどの腕の奴に、そんな指令しか下せないのは、馬鹿としか言いようがないな」
亀谷が自分の考えに同意してくれたからか、大樹には青葉が少し微笑んだ気がした。
「だったら、うちのスカウトを断る理由はないと思うけどね。むしろ、こっちは君の実力を遺憾なく発揮してほしいと思っているし、発揮できる仕事だと思うよ」
「私に何をさせようと言うのさ? 殺しかい?」
「違う。護衛だ」
「護衛? 天下のフェニックス・シンジケートでも守りきれない要人がいるのかい?」
「そうなんだ。少なくとも、この亀谷にセーラー服を着せる訳にいかないだろ?」
大樹が、すぐ後ろに立っている亀谷を立てた親指で示しながら言うと、青葉もさすがに吹き出した。
「ぷっ……、想像だにしたくないね」
「青葉! どういう意味だ!」
「亀は、自分ではセーラー服が似合うとでも思っているのかい?」
大樹からも突っ込まれて、「き、着てみないと分からねえじゃねえすか!」と、亀も一応、反論した。
「見たくないよ」
青葉も笑いをこらえながら言った。
そして、笑いが収まってから、大樹に真剣な顔を向けた。
「ということは、あの学校で守ってほしい人がいるってことだね?」
「そういうことだよ」
「もしかして」
「そうだよ。君に守ってもらいたいのは、飛鳥花という女の子だよ」
「花さんは、あんたとは、どういう関係なんだい?」
「分からないかい?」
「確かに飛鳥と名乗っているけど、あんたは一人っ子で妹はいなかったはず。私の脳内データベースでも、あんたには女子高生の親戚などもいなかったはずだ」
「そのデータベースに上書きすると良い。彼女は僕の妻だ」
「……えっ?」
「世間には、まったく公表していないが、最近、結婚した妻だよ」
「……そんな極秘情報を私なんかに漏らして良いのかい?」
「何度も言わせないでくれるかな? 僕は、それだけ君を信頼しているんだよ」
「どうしてだよ? 私は、かつての敵なんだよ」
「ほらっ、自分で言ったじゃないか。『かつて』の敵だとね」
「……」
「君は、花が僕の妻だとは知らなかった。だから、君が花を狙って、白薔薇学園に転校してきたのではないことは確実だ。しかし、我々も君がどうして白薔薇学園に転校してきたのかは分かっていない。僕らも知らない依頼主から何か依頼を受けているのかい?」
「あんなお嬢様学校に殺しのターゲットなどいるはずがないじゃないか」
「なら、どうして?」
「……憧れだったんだ」
青葉が少し頬を染めて、ボソッと呟いた。
「憧れ?」
「ああ。私のアジトというか、隠れ家というか、密かに住んでいた家が、白薔薇学園の近くにあったんだ」
「それはさすがに知らなかったよ」
「仕事で、ずっと飛び回っていたけど、たまの休みには、家の窓から外を見つめていた。白薔薇学園の生徒たちが友達と一緒に、楽しそうに笑いながら歩いているのを見て、私も一度で良いから、あんたことをしてみたいと思ったんだ」
「てめえがそんなに乙女チックな考え方をするとは思ってもなかったぜ」
「何だと!」
青葉が亀に怒りの眼差しを向けたが、大樹も怒りと呆れ半々の視線を亀に向けた。
「亀! 彼女に失礼だぞ。確かに、彼女は殺人マシーンとして育てられた。でも、十七歳の女の子であることは違いないんだ。誰でも、みんながやっていることをしたくなるものさ。僕だって、そうだった」
「あんたも?」
「両親とも僕に普通の感覚を持った子どもになってほしかったみたいだから、僕は、できるだけ、他の子どもと同じように育てられた。でも、飛鳥家の跡取りという身分を背負って生まれた運命を変えることはできない。僕の周りに護衛の連中が目立たないようにではあるが、うようよといることがすごく嫌になった時期があった」
「初めて聞きやすぜ」
「特に亀がいるのが分かったら、鬱陶しくてね」
「ド、ドン」
打ちひしがれたように、亀谷がうなだれた。
「だから、僕も誰にも見られていない状況で暮らしたいって思っていた。花と出会って、デートをするときには、ときどき、護衛をまいていたりしたんだけどね」
「……」
「まあ、何だかんだ言って、普通に生活をしてきた僕の願いとはその程度だったんだけど、普通の生活ができなかった君の願いは切実だったんだろうなと、僕なりには理解できているつもりだよ」
「……」
「あんたに何が分かるんだって、言い返さないのかい?」
「生まれた時から、何一つ不自由しないで暮らしてきたあんただけど、いろんな所から命を狙われてきたんだろ?」
「それも飛鳥財閥総帥になる者のさだめさ。それをくぐり抜けてきて初めて、巨大な飛鳥財閥の組織を動かすこともできるんだからね」
「……」
「青葉」
優しく自分を呼んだ大樹を青葉が少し戸惑い気味に見た。
「今の君は、誰からの依頼も請け負っていないで、単に学生生活を満喫している、ただの女子高生ということなんだろ?」
「まあ、そういうことだよ」
「だったら、僕の依頼は、君の願いと一致しているんじゃないかな?」
「どういうことだい?」
「君は、けっこう花のことを気に入ってくれてるんじゃないのかな? もちろん、花も君のことが好きだって言っているよ」
「花さんが?」
「ああ。君の念願だった学生生活で、初めて友人になったのが花だというのも何かの縁だろう。君が花を護衛してくれるのなら、学校はもちろんだけど、学校以外でも花の側にいることができるよ」
「……ちょっと、考えさせてほしい」
「何を考えるんってんだよ? 給金だって弾むぜ」
そう言った亀谷を見ないで、青葉は大樹を見つめたまま、答えた。
「花さんが、私が守るにふさわしい人なのかどうかってことを見極めたいんだ」
「なんだあ? 若奥様を値踏みしようってのか?」
食って掛かろうとした亀谷の前に腕を伸ばして押しとどめた大樹は、一段と笑顔になった。
「分かった。この僕が選んだ花がどんなに素晴らしい女の子か、君がその目で確かめるが良い」
「えらく自信があるんだね」
「ああ、自信があるよ。君の考えは理解した。答えはそれからで良い」
「ドン! 良いんですかい? 少なくとも、若奥様を危険な目には遭わさないと誓ってもらわないと」
「青葉の目で分かるよ。青葉の目は殺人鬼の目じゃない。殺しは飽くまで生きていくための術で、本当は、殺しを実行するたびに、君は悩んでいたんじゃないのかい? 人を殺すことに快感を覚えるような奴は、もっと危ない目をしているよ」
「……分かったよ。花さんを襲うようなことはしないし、仮に襲ってくる奴がいたら、とりあえず守るようにするよ。少なくとも、花さんのことを理解するまではね」
「頼むよ」
ニッコリと笑った大樹の顔を、青葉は眩しそうに見つめた。




