第十四話 愛する人に手料理を
「それじゃ、私たちもちゃんと挨拶をしておかないとね」
「そういえば、まだ、ちゃんと自己紹介をしてなかったね」
父親が姿勢を正して、「飛鳥昌樹です。大樹同様、どうか、よろしく」と言って、座ったまま、花に軽く頭を下げた。
背も高く「ダンディなおじさま」という雰囲気で、その穏やかな話し方からは、巨大な企業グループを指揮しているようには思えなかった。
「飛鳥竜子です。花ちゃん、昌樹さんと私のことは、本当の父親と母親と思って、何でも言ってちょうだい」
「あ、ありがとうございます!」
初対面だと思えない気さくな感じが花を自然に笑顔にした。
「って、母さんは、もう、花ちゃんを『ちゃん付け』してるの?」
「だって、花ちゃん、可愛いんだもの。やっぱり、女の子も欲しかったわね。昌樹さん、もう一回、頑張ってみる?」
「ごほごほ……。花さんが私たちの新しい娘みたいなものだから良いじゃないか」
「それもそうね」
竜子は、稲山会が壊滅状態の今、新たに首都東京に覇を唱える広域暴力団「風月会」の会長、秋山辰三の一人娘だ。飛鳥家に嫁入りするに当たって、飛鳥家と風月会には何の繋がりがないことを明らかにするため、辰三とは親子の縁を切っていた。
しかし、子どもの頃からヤクザの世界で生きていた竜子には「姉御」としての風格が自然と備わっていて、話し方にも少し「べらんめえ調」が入っていてハキハキと話す竜子は、粋な着物姿と相まって、花には素敵な女性として映った。
「それで、大樹。入籍はいつするの?」
「明日が大安だから、明日、早速、届出をしたいと思っているんだけど」
「思い立ったら吉日! それが良いわね」
「花ちゃん、良いかい?」
「はい」
いよいよ、本当に大樹のお嫁さんになるんだという気持ちがわき上がってきた花は、元気良く大樹に返事をした。
「だったら、もう夫婦になったも同然なんだから、今夜から大樹の部屋に入ってもらったら?」
「いや。やっぱり、ケジメはつけたいから、ちゃんと夫婦になってからにするよ」
「あら、残念。私と昌樹さんなんかは、結婚の三年前には、もう同じベッドで」
「ごほごほごほ」
どうやら、昌樹は完全に竜子の尻に敷かれているようだった。
「そ、それで、花さんのお披露目はどうするんだ?」
紅茶がむせたのを納めてから、昌樹が大樹に訊いた。
「そのことだけど、花ちゃんのことは、しばらく、秘密にしておきたいんだ」
「そうだな。それが良いだろう」
昌樹がすぐに同意した。竜子は残念そうだったが、「仕方がないわね」と言った。
大樹は、隣の花に残念そうな顔を見せた。
「花ちゃん。以前にも話したけど、今、飛鳥財閥を狙っている連中がいろいろとちょっかいを出してきているんだ。仕事に行っている父さんや僕には表だって護衛を付けることもできるけど、学校に行く花ちゃんに目立つ護衛を付けることは、なかなか難しいんだ。だから、不本意だけど、僕との結婚は、少なくても花ちゃんが高校を卒業するまでは秘密にしておこうと思う。良いかな?」
「大樹さんのご迷惑になるかもしれないのであれば我慢します」
「ありがとう。そしてごめんね。僕としても、堂々と『僕の嫁さんです!』と宣言したくてたまらないけど、これも花ちゃんの身の安全のためなんだ」
「分かりました」
「それじゃあ、披露宴は身内だけで行いましょうか?」
「そうだね」
「いくら結婚は秘密にすると言っても、花ちゃんもウェディングドレスは着たいでしょ?」
「あ、は、はい」
花も、結婚式でウェディングドレスを着たいとは思っていたが、これまで節約生活をしてきた花は、あれもこれもと要求を出すことに慣れてなく、また、いくら、大樹の両親が優しくしてくれても、いろいろと贅沢なお願いをすることは、その優しさにつけ込んでいるような気がした。
そんな花の気持ちが分かったかのように、竜子が一層優しい笑顔を見せた。
「遠慮しないでも良いのよ。明日には、花ちゃんは私達と家族になるんだから」
「今日から、もう家族も同然だよ」
「それもそうね。それじゃ、ドレスの準備もあるから、今度の週末にでも、家で披露宴をやりましょうか?」
「そうだな。今度の土曜日にしよう」
昌樹と竜子も楽しそうにどんどんとプランが決まっていった。
「大樹! 結婚指輪は?」
「もちろん、披露宴までに準備するよ。花ちゃん、明日、婚姻届を出してから、一緒に買いに行こうか?」
「あ、あの、大樹さんにお任せします」
「分かった。それから、学校の手続も明日、しよう」
「私の方から校長に話をしておくわ」
「うん、よろしく」
竜子に軽く頭を下げた大樹は、花を見て「花ちゃんが編入する私立白薔薇学園は、ここから歩いて行ける距離にある女子校で、母さんの母校でもあるんだよ」と言った。
「そうなんですか?」
「そこの校長とは知り合いなので、大樹と結婚していることは内緒にしてもらうようにお願いしておくわね」
「来週の月曜日から登校できるようにするよ。それまでに制服とか教科書とかの準備を整えておこう」
「はい。……すみません。本当に何から何までお世話になって」
「家族なんだから当然でしょ」
さも当然という態度が自然な竜子に、花も感激をしてしまった。
「それと、慣れない生活がこれから始まるけど、分からないことがあれば、私でも、瀬場でも、有栖川でも良いから何でも訊いてね。花ちゃんも将来は飛鳥家総帥夫人となるのだから、遠慮せずにね」
「はい」
その後、昌樹と竜子ともいっぱい話をして、その人柄は、さすが大樹の両親だと納得できるほどに優しくて誠実だった。
応接室のドアがノックされ、執事の瀬場が入って来た。
「失礼いたします。ご昼食はいつもの時間でよろしいでしょうか?」
「あら、もう、こんな時間! 花ちゃんと話してると、時間が経つのが早いわね」
美術品と言っても良いような置時計を見ながら驚いた様子の竜子に、大樹も笑顔を見せた。
「そうでしょ? それは僕もいつも感じているんだ」
「花さんはおしゃべりというわけではないが、人を話しやすくする天性の雰囲気を持っている気がするね。きっと、花さんはビジネスの世界でも成功する人材のような気がするよ」
「昌樹さん。花ちゃんは働かせませんからね。私がこれからみっちりと飛鳥家の嫁としてふさわしい女性に鍛えますから」
竜子はそう言ったが、嫁いびりをする姑という雰囲気ではなく、将来の花のためを思ってのことだと感じさせる笑顔であった。
「花ちゃん、何か食べたいものはある?」
唐突に竜子が花に訊いた。
「い、いえ。特に好き嫌いはないです」
「朝、私と昌樹さんはトーストだったので、お昼は和食にしましょうか?」
「はい」
「瀬場! じゃあ、和食でいつもの時間帯にと伝えてちょうだい! もちろん四人前ね」
「かしこまりました。奥様はいかがなされますか?」
「もちろん、行くわよ」
「大石に伝えておきます。では、失礼いたします」
瀬場がいつもどおりスマートにお辞儀をして、応接間から出て行った。
「そうだ、花ちゃん! 良い機会だから、我が家の食事のルールを教えておくわね」
「は、はい」
竜子から「食事のルール」と言われて、花は緊張してしまった。今まで正式な洋食など食べたことのない花は、ナイフとフォークの使い方もおぼつかなかった。
そんな花の緊張しているのが分かったのか、大樹が微笑みながら「別にテーブルマナーのことじゃないよ」とフォローをしてくれた。
「うちには専任の調理人がいて、三百六十五日、三食とも彼らに作ってもらうこともできるんだけど、母さんが父さんと結婚した時に、そうはしないって決めたんだよ」
「私は昌樹さんのお嫁さんになったんだから、せめて一日に一回くらいは、昌樹さんに手作りの料理を食べてもらいたいって思ったのよ。さすがに三食とも手作りというわけにはいかないし、調理人のクビを切るわけにもいかないしね。だから、毎日の朝食は自分で作っているの。週末で昌樹さんが家にいる時の昼食も、メニューによっては、ひと品、手作りの品を足しているわよ」
「すごく素敵な考え方だと思います! 私もそうしたいです!」
花は本心からそう思った。
最近は、料理は祖母がやってくれていたから、そんなにレパートリーは広くはないが、旦那様には自分の手作りの料理を出してあげたいと、ずっと思っていた。
「今まで、大樹は私たちと一緒に食べていたけど、これからはこうしましょうか?」
竜子がみんなを見渡した。
「朝食は、それぞれで食べましょう。花ちゃんだって、私たちとずっといると息も詰まるでしょうし、朝くらいは二人きりの方が良いよね?」
「息が詰まることなんてありません! 今もそうです」
「でも、二人きりの時間は欲しいでしょ? 私だって、昌樹さんと久しぶりに二人きりで朝食をとることになるんだから、楽しみなのよ」
竜子が花に気を使わさないための言葉のような気がしたが、昌樹と竜子の睦まじい様子からは、まんざらでもない気もした。
「そうだね。そうしようよ、花ちゃん」
大樹が出してくれた助け船に花も乗り、「分かりました。そうします」と答えた。
「今日は、花ちゃんが来ると言われていたから、昌樹さんも大樹も休暇を取っているんだけど、普段は月曜から金曜までは仕事でうちにいないし、花ちゃんは学校だから、平日の昼食は、私は今までどおり、一人寂しく食べるわ。でも、土日の昼食と毎日の夕食は、できるだけ、みんなで一緒に食べましょう」
「異議なしだよ」
大樹が答えた。昌樹も笑顔で賛同した。




