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12. 百姓一揆……


 モニカはぎゅっと唇を噛み締めて、固く閉ざされたままの第十三監獄の正面玄関を見つめていた。

 どうしよう。どうすればいい? 自分が人質になったせいで味方の動きを制限してしまっていることは分かっている。しかしモニカは後ろ手に縛られている状態であり、両足は自由なものの、左右には見張りがいるためどうにも身動きが取れなかった。下手に動いて足まで拘束されては余計に状況は不利になる。



「いい加減オズウェル様を解放しろ!」


「人質が死んでもいいのか!」



 囚人たちはそんなことを叫びながら、破城槌を使って扉を突破しようと躍起になっている。モニカの額を冷や汗が伝った。


 オズウェルという名の囚人のことはよく知らないモニカだが、第十三監獄送りになった囚人ということは間違いなく危険人物だ。そんな人物を解放するわけにはいかないし、こんな風に監獄そのものを破壊するような真似をすれば、オズウェル以外の囚人たちだって逃亡してしまう。それは絶対に阻止しなければならない。


 けれどモニカには打つ手がなかった。自分さえ人質にならなければと思わずにはいられない。自分の不甲斐なさがあまりにも悔しかった。

 いっそのこと、自害でもするべきか。一瞬そんな選択肢が脳裏をよぎるも、すぐに頭を振ってその考えを振り払った。……そんな勇気、あるわけがない。それにもし自害したとしても、別の誰かが人質になるだけでなにも変わらな――。


 瞬間、爆発が起きたのかと思った。


 閉ざされていた第十三監獄の扉が、まるで吹っ飛んだかのような勢いで内側から開け放たれる。そのあまりの勢いに、ガンガンに打ちつけていた破城槌のほうが壊れてしまった。



「開いたぞ! 全員で突っ込め! オズウェル様をお助けするんだ!」


「看守どもを蹴散らして進めーっ!」



 もはや用などないと言わんばかりに、モニカの左右にいた見張りの囚人たちも弾かれたように駆け出していく。助かった。モニカは思わずへたり込みそうになったが、囚人たちが第十三監獄へ突入しようとするのを見て我に返る。まずい。彼らを止めないと。大して強くはないけれど、数人くらいならなんとか止められるはず……。



「ま、待っ――!」



 慌てて駆け出そうとしたモニカだが、背後に忍び寄ってきていた何者かの手によって口を塞がれ引き止められる。モニカはぎょっとした。



「静かに。私は敵じゃないから安心してくれ」



 聞き覚えのあるその声に、モニカの全身から力が抜ける。振り返ると、そこには見知った女性看守の姿があった。



「レーベルト看守長……」



 セラフィーナ・レーベルト。直接の交流はあまりないものの、あの第十三監獄の看守長を長く続けている非常に有能な女性で、モニカをはじめ若手の女性看守の多くは密かに憧れている存在だ。ついでに十三あるすべての監獄を統べている監獄長官の妻でもある。



「よく頑張ったな、モニカ・マクレーン。あとは私たちに任せて下がっていなさい」


「で、でも……!」



 モニカは拘束されていた両手を自由にしてもらいながら食い下がった。

 第十三監獄は万年人手不足で有名だ。最近二人ほど新人が入ったと聞いてはいるが、通常は二十名から三十名で回している業務を総勢五名という限界人数で回しているなんて今でも信じられない。



「私も行きます! 少しは戦力になるはずです!」



 拳を握って力説するも、セラフィーナはゆるく頭を振った。



「大丈夫だ。下がっていなさい。見ていれば分かる。すでに戦力過多なんだ」


「え……?」



 セラフィーナに促されて、扉が開け放たれた第十三監獄にもう一度目を向ける。そしてそこで広がっていた光景に、モニカは目を見開いて絶句するしかなかった。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




 重い二重扉のうち、内側の扉をゆっくりと開ける。破城槌で散々な目に遭っていた外側の扉はすでにかなり歪んでいた。



「いいか、開けるぞ」


「はーい。せーので開けるねー」



 アイザックとハウエルの二人が外側の扉の前に立つ。彼らは互いに目配せをして、ドカンドカンと打ちつけてくる破城槌との合間をうまく見計らった。



「……せーのっ!」



 ドッカーンと。凄まじい勢いで重量級の扉が全開した。勢いあまって破城槌を破壊してしまったが、これについてはまったくなんの問題もないので無視して脇を通り抜ける。そんなことより先手必勝だ。

 なにが起きたのか分からず一瞬固まってしまった囚人たちの隙をついて、リンソーディアとハウエルは敵陣のど真ん中へと飛び込んだ。この二人の動きに周囲が気を取られているなか、セラフィーナはモニカ救出のため物陰伝いにそちらへと向かっていく。



「開いたぞ! 全員で突っ込め! オズウェル様をお助けするんだ!」


「看守どもを蹴散らして進めーっ!」



 第六監獄はともかく、第十一監獄の囚人たちは殺傷事件などの重い罪を犯している者たちだ。武器の扱いにはそれなり長けている。相手の動きを見極めるため、リンソーディアは眼鏡越しにぎゅっと目を眇めた。


 ちなみにこの眼鏡、なにかを懸念したらしきアイザックが街でわざわざ調達してきたものである。「不特定多数の前に出るときは必ずかけろ!」と吠える彼に反論する余地はなかったので大人しく従うことにしたのだが、なぜかヴェルフランドまで同じ眼鏡を渋々かけているのを見たときにはさすがに疑問に思った。一体なにがアイザックをそこまで駆り立てているのだろうか。ヴェルフランドはともかく、この眼鏡が雑な変装の一環であるという事実をリンソーディアはまだ知らない。



「ディアちゃん、集中集中ー」


「あ、すみません、っと」



 どこぞから盗んできたらしいクワやらカマやらスコップやらが武器として容赦なく襲いくる。単なる農具と侮るなかれ。たとえクワでも使い手によっては立派な兵器になるのである。

 しかしリンソーディアはクワを叩き落とし、カマの攻撃を避け、スコップを弾き返しながら微妙な顔をした。不謹慎に思われるかもしれないが、この光景はどう見てもアレに見えて仕方がない。



「百姓一揆……」


「ディアちゃーん」


「すみません、さすがに悔い改めます」



 巨体の囚人に見事な掌底打を叩き込んでいたハウエルにやんわりと窘められる。綺麗に宙を舞ったその囚人を見上げつつ、リンソーディアは心を入れ替えてやるべきことに集中するようにした。


 避けて、弾いて、躱して、打って、防いで、投げて、蹴って、回る。


 さすがに手が足りなくて数人は取りこぼしてしまったが、それらは扉前に陣取っていたヴェルフランドとアイザックにより残らず捕獲されてふん縛られていた。扉は全開であるにも関わらず、誰一人として第十三監獄を突破できない。



「ど、どけええええええええ!」



 ちょうどヴェルフランドとアイザックが別々の囚人をのしていた時、ひとりの囚人がその隙をついて二人の間をすり抜けようとした。アイザックが舌打ちをして手を伸ばしかけたその瞬間。



「いぎゃっ!」



 両手が塞がったままのヴェルフランドが、思いきり脚を伸ばして駆け抜けていくその背中を蹴りつけた。あまりにも強く蹴られたため、囚人は悲鳴をあげつつ吹っ飛ばされて、顔面からロビーの床に着地する。這いつくばりながらも痛みに耐えて顔を上げたその視界に、誰かの靴の爪先が映り込んだ。



「やれやれ、まさか他の監獄の失態がウチまで飛び火してくるとはね。まったく冗談じゃない。あとでアイザックも連れて喧嘩を売りに行くとするか」


「レ、レーベルト看守長、私ここにいるだけで本当にいいのでしょうか……?」


「ああ、この場は私たちだけで制圧できるから大丈夫だよ。第二監獄から迎えを呼ぶからもう少しここのロビーで待機していてくれ」



 いつの間にやらモニカを連れて戻ってきていたセラフィーナが、ヴェルフランドに蹴り飛ばされた囚人を難なく縛り上げる。リンソーディアとハウエルが敵をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返して道を作ってくれたおかげで、あの乱闘の中でも最短距離でモニカを避難させることができたのだ。

 その後すぐに二十三人全員が簀巻き状態で捕獲された。ロビーで見ているしかなかったモニカは呆気に取られる。あまりにもあっという間の出来事だった。



「姐さん、こいつらどこに引き渡しますか?」


「とりあえず第六監獄と第十一監獄に連絡を入れたから、もといた場所に戻すことになるだろう。まあ近いうちに第七監獄と第十二監獄行きになるだろうがな」



 これだけの騒動を引き起こしたのだ。よりきつい監視と矯正のため、ひとつ上の監獄へと送られることはガイアノーゼルでは当たり前の流れだった。

 それを考えると、蠱惑のオズウェルが第六監獄から一気に五つも上の第十一監獄へと送られたのは、異例中の異例といえる措置だったことになる。それほどまでに彼は危険な存在だったのだ。結局は第十三監獄まで落ちるはめになったけれど。



「モニカ!」


「モニカさん!」



 脱獄囚たちを引き渡す前に、モニカを迎えに第二監獄の看守長と副看守長がやってきた。二人はすぐにモニカに駆け寄り抱きしめてくれる。



「無事だったのか、本当に良かった……」


「よく頑張ったわね。心配したのよ。今日と明日は休みを取りなさいね」


「あ、ありがとうございます、でも」



 いつもお世話になっている二人の姿にモニカはホッと胸を撫で下ろしたが、休みを取れという言葉には素直に頷けなかった。

 そっと周りの様子を窺う。つい先程まで見事な捕獲劇を繰り広げていた第十三監獄の面々は、休むことなく次の仕事に取りかかっていた。



「看守長、扉の入れ替え工事ですけど、早くても明日の午前中になるそうです」


「そうか、仕方がないな。今日は一枚扉でやり過ごすしかなさそうだし、念のため今日だけは宿直を二人に増やそう」


「……なら宿直は俺とディアがやる」


「おう、頼むな……って、もう昼近いじゃねーか。ハウエル、囚人たちのメシの用意はいいのか?」


「あー、仕込みはしてあるから間に合うよー。でもそろそろ準備しないといけないから抜けるねー」



 脱獄囚の引き渡しと、彼らを捕獲した経緯についての詳細な報告書の作成と、破城槌によって歪んでしまった扉の入れ替え工事の手配等に加え、もちろん通常業務も同時進行でこなさねばならない。戦闘で体力を消耗しているはずなのに、誰も休もうとしないし、疲れを顔に出すこともしない。

 そんな彼らの様子を見ていたら、今日と明日は休むなんて甘ったれたことなど言えるわけがないし、言いたくもなかった。モニカは上司二人に向き直る。



「……大丈夫です。むしろご迷惑をおかけしたぶん、今日も明日も頑張らせてください」


「でもあんなに大変な思いをしたんだ。少しは休んだほうがいい」


「そうよ、みんなあなたを心配していたわ。それにあなたはいつも頑張っているじゃない」



 違う、そういうことじゃない。モニカはもどかしそうに顔を歪めた。気遣いはありがたいが、本当に気遣うべきなのは自分ではなくて――。



「いいじゃないか、我々のことは気にせず休むといい」



 モニカに声をかけたのはセラフィーナだった。



「休めるときにはきちんと休む、これは案外大事なことだぞ。休みたくても休めないときだってあるんだ。有事に備えて体力を温存しておくことも立派な仕事の一環だよ」


「でも皆さんお疲れなのに、人質になっていただけの私が休みを取るなんてありえません」



 モニカの生真面目さにセラフィーナは苦笑した。その意気込みは買うが、そもそも彼女とセラフィーナたちでは体力も能力も全然違う。モニカ視点ではきつい状況も、当事者たちにとっては別に大したことではないのだ。

 リンソーディアとヴェルフランドが眼鏡を外そうとしてアイザックに怒られている様子が目の端に映る。気の抜ける光景にほのぼのしつつ、セラフィーナはモニカに笑いかけた。



「安心しろ。確かに私たちは今日も明日も通常通りに働きはするが、それ相応の報酬は貰うつもりだよ。そうでもしないと今回の件はさすがに割に合わないし、報酬不足のせいでこれ以上人が減るのはごめん被りたいしね」




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




 その日の深夜。見回りで地下監獄を訪れたリンソーディアを出迎えたのは、囚人たちによるいびき大合唱と、まだ起きていたらしき蠱惑のオズウェルの綺麗な笑顔だった。



「こんばんは、ディアさん。お勤めお疲れさま」


「歯を食いしばってください、蠱惑のオズウェルさん」


「えっ? うわ、出会い頭に殺気ぶつけてこないでよ。僕なにかした?」



 今回の騒動の元凶であるオズウェルの顔を見た途端、リンソーディアは彼をボコボコにしたいという欲求に駆られたもののなんとか耐えた。看守が意味もなく囚人に暴力を振るうなど、あってはならないことである。


 ちなみに二十三名の脱獄犯が一人も捕まらずに第十三監獄まで辿り着けた理由についてだが、やはりアイザックの予想通り、オズウェルの信奉者である看守数名が彼らの脱獄と逃亡を手引きしたらしかった。それを聞いて第十三監獄の面々は揃って溜め息をつくしかなかった。同じ看守としてじつに情けない限りである。



「あなたの信者たちがあなたを解放しようと一揆を起こして大変だったんですよ。責任の一端はあなたにもありますので悔い改めてください。私も悔い改めました」


「いや、一揆を起こすよう唆したことは一度もな……ごめん、なんでもない、ごめんなさい」



 身に覚えのない罪状を挙げられ困惑するオズウェルだったが、リンソーディアから異様な気迫を感じたためとりあえず謝ることにした。不用意に彼女とガチンコ勝負をして勝てる見込みなど一切ないのだ。

 とはいえ地上が騒がしかった理由もこれで分かったことだし、眠らずに待っていた甲斐はあった。他の監獄と違ってここは囚人仲間たちも看守たちも篭絡不可能な曲者しかいないため、とにかく情報が入ってこないのだ。


 オズウェルの謝罪にとりあえず気が済んだらしいリンソーディアが不機嫌そうな顔をしながらも鉄格子の前を通り過ぎていく。その歩き方をまじまじと見つめてから、オズウェルは彼女の背中に声をかけた。



「ディアさんってどこかのお貴族様だったりする?」


「就寝時間超過と私への詮索罪で明日は罰則ですね」


「ちょ、変な余罪つけないでよ!」



 まったく、察しのいい犯罪者はこれだから嫌なのである。


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