孤児院にて
お待たせ致しました。
「あっはははははは」
のどかな青空に軽快な笑い声が響く。
「…………そんなに笑わないでちょうだい。馬鹿にされているようで苛立つわ」
「ふー、ごめんごめん。だっけど面白くってさあ。デビューの前はあんなに自信満々に計画を語ってたのに、と思うと」
「…………まさか、あんなにも予定通りに事が進まないなんて思わなかったわ」
「思った通りに事が進まないなんて、普通なことだと思うけどねえ」
むくれる私に、彼はそう言って頭を撫でた。
その手を払いのけ、つんとそっぽをむく。
「子供扱いしないでくださる?」
「ああ、悪い悪い」
そう謝りながらも浮かんでる面白がるような笑みからは本心よりそう思っているとは感じ取れない。
彼の名はジル。
伯爵家が支援をしている孤児院で知り合った青年である。
赤褐色の髪が特徴的な、陽気な性格で大きな声で話し、よく笑う。
最初は父親の代理で訪れた孤児院で、屋根の修理をしている所で出会ったのがきっかけだ。
現在私はスワロー伯爵家の仕事をいくつか任されており、スワロー家が支援している孤児院や教会、商業施設の管理にも携わっている。
ジルとはそんな仕事で訪問した孤児院で知り合った。
周囲に宿泊施設がない為宿借りを申し出たジルに、人の好い孤児院長は快諾した。
そしてそのまましばらく孤児院に滞在させてもらうことになったお礼として建物の修理をジルが自分から申し出てくれたのだと、孤児院長が嬉しそうに話していた。
スワロー家からも支援はあるが、それは決して潤沢とは言えない。
スワロー家に個別に支援を求めるほどではないが、という事情もあったのであろう。
その辺りの采配は院の責任者である院長の任せてあるので問題ないが、何かあってはと思い様子を確認する為度々足を運んでいるうちに内面まで踏み込んだ話をするようになった。
それはジルの人柄によるところも大きい。
聞き上手でついつい余計なことまで話してしまう。
何故ここに滞在しているのか尋ねたところ、仕事の関係で交易路の確認をしているとのことだった。
ここを拠点にして動くと地理的な問題で都合が良いとのことでしばらくはここで寝泊まりするとのこと。
詳細はまだ聞き出せてはいないが、接しているうちに性格はともかく仕事面では有能であることが察せられ、そのうちスワロー伯爵家で働かないか打診をしようと思っているところである。
先日も孤児院にきた際、うっかりデビューの話をした為、今日も孤児院で顔を合わせた際その話を聞かれ、今に至る。
「意気込んで姉のガードと婿候補をチェックしようとしたら、自分へのダンスのお誘いを捌くだけでも大変な状況で、ちょっと目を離した隙に愛しのお姉様は予想外の相手と仲良くなっていて、慌てて牽制しようとしたら自分はその兄から熱烈なアプローチ? おもてになるねえ、羨ましいこった。はははっ」
この男の最大の欠点はこういう人をおちょくり、やたらと面白がるところだろうか。
そのにやけ面を叩いてやりたい気持ちと戦いながら、私は心の中で盛大にため息を吐いた。
ジルにはさすがに相手の名前までは話してはないが、実のところ現在困った状況にあるのは確かだ。
私は先日のデビューの日のことを思い返した。
次回はまた舞踏会の場面へ戻ります。たぶん。




