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スワロー伯爵

お待たせ致しました。

 妻に先立たれた時、人生の半分をもぎ取られたかのような感覚を覚えた。


 政略結婚での婚姻ではあったが、妻は私にとって愛おしい、かけがえのない人だった。


 それでも、己はスワローという自領を預かる伯爵位にある身。


 泣き言は許されないと懸命に執務に励んだ。


 忙しくしていれば、悲しみから目を反らすこともできる気がしたのだ。


 妻との間に二人の子供が残されていたが、亡き妻を思い出されるため直視するのが辛く、あまり接しないようにしてきた。


 それでも普段の様子は確認しておきたい為、定期的に報告は入れさせていた。


 二人の娘、エヴァンジェリンとガートルード。


 身体的には問題なく成長していっているようだったが、下の娘のガートルードの行動に少し気になる点が散見された。


 幼い子供のわがままとするのは、目があまるという。


 しかし、今まで自分の感情の都合で避けていた父である自分が、幼子に対し何を言う資格があるというのか。


 どうするべきか思案に暮れていた、そんな時にそのガートルードが池に落ち高熱を発して寝込む事故がおきたのだった。


 それも、姉であるエヴァンジェリンとの諍いがもとで、とのことだった。


 ちょうど仕事の都合で館から離れていた時だったので慌てて戻ると、そこにはガートルードを献身に介抱するエヴァンジェリンの姿があった。


 諍いがあったとの話であったが、その姿をみてそれはそうひどいものではなかったのだろうと少し安心した。


 しかし、今まで距離を置いていただけ、今更どうすればいいかわからない。


 急いで戻ったものの、エヴァンジェリンに声をかけることも出来ず、ガードルードが目を覚ましている時に見舞うこともできない。


 夜、様子を見る為こっそりと子供部屋に入り、穏やかに眠りにつくガートルードの顔を見つめ、己の情けなさに涙が出そうになった。





 そんな状況を打破するきっかけをくれたのは、そのガートルードであった。


 仕事に必要な資料を探しに図書室へ足を踏み入れたところ、本を読んでいたガートルードと鉢合わせした。


 急なことで身動ぎもできず思わず固まった私を、ガートルードはじっと見つめてきた。


 姉のエヴァンジェリンは妻にそっくりだが、ガートルードはまるで生き写しのように私によく似ていた。


 それは、表情から何を考えているのかよくわからないところまでそっくりだ。


 ただ、まっすぐに見つめてくるそんなところは亡き妻譲りで……。


 しばらく時間が止まったように無言のまま向き合っていたが、ふとその瞳が少し下を向いたのに、思わず声が漏れた。


「あ……」


 その声に、ガートルードは再び視線を私へと向けてきた。


 その視線に、私は何かを言わなくてはと、頭をフル回転させ出てきた言葉が……。


「うん、その……、もう身体は大丈夫なのか?」


 そんな、言葉だけだった。


「………………」


「………………」


 無言の時間が痛い。


 ガートルードはきっと内心呆れていることだろう。


 しかし、しばらくの間をおいて、ガートルードは椅子からすっと立ち上がると、スカートの裾を正して綺麗にお辞儀してみせた。


 その後、まっすぐ私へと向き直り、少しだけ口角を上げた。


「お父様、ご心配をおかけいたしまして、申し訳ございませんでした。見ての通り、もうすっかりよくなりました。これからはスワロー伯爵家の娘である自覚を持って、気をつけてまいりたいと思いますので、ご容赦下さいませ」


 一瞬何を言われたのかわからなかった。


 ガートルードはまだ五歳。


 しかも家庭教師を追い出してばかりと聞いていたのに、こんな立派な口上が飛び出てくるとはとても思わなかった。


 しかも不義理な父を一言も責めることもなく、謝罪まで……。


 非常に感動し、なおかつ後悔した。


 どうして私は今まで、こんな愛おしい娘をそばで見守ることもせず放置していたのか、と。


 今まで報告で上がってきていたわがままな行動は、娘に構わない父である私への寂しさ故の精一杯の訴えだったのではないか、と。


「………………そうか」


 自責の気持ちから思わず涙が出そうになり、私は書棚へと向かった。


 娘に涙を見せるわけにはいけない浅ましいプライドからだった。

 

 そんな卑怯な私に、ガートルードは懐の深さをみせてくれた。


「お父様、お忙しいところ申し訳ございませんが」


 そう、声をかけてきてくれ、振り返った私にこう続けた。


「少々わからないところがあって、窺ってもよろしいでしょうか」


「………………どこだ」


 そんな健気な娘に対し、私はぶっきらぼうにそう答えるしかできない自身を呪った。


 しかしガートルードはそんな私を気にする様子もなく手に持っていた本を開き、指を指してみせた。


 そして、自領の特産品についていくつか質問をしてきた。


 こういう質問に対する回答は、非常に楽だ。


 言葉もスルスルと出てくる。


 それにしても、わずか五歳で疑問におもったり理解する内容ではないと心底驚いた。


 何だうちの子は、神童なのか。


 あらかた質問が終わり、私はガートルードを見て言った。


「……こういうことに、興味があるのか」


 私の質問に、ガートルードはにこりと微笑んだ。


 同じ顔でも私と違い、妻の面影も混じった娘は何とも愛らしい。


「もちろん、私が住まう領地のことですもの。お父様は何でもご存じで、さすがスワロー伯爵領の領地を預かる方でいらっしゃいます。今日はありがとうございました。お父様、今後またわからないことがあったら教えて頂けると嬉しいですわ」


 ああ、うちの子は神童であるだけでなく天使の生まれ変わりかもしれない。


「………………そうか」


 こんな父に過ぎる娘によくぞ生まれてきてくれた。


 私は今までの己の対応を猛烈に反省した。


 そして思った。


 今まで敢えて遠ざけていた娘達と向き合うべき時がきたのだと。





 その後、私は執務室の中にガートルード専用の机と椅子が用意し、スワロー伯爵家のすべてを聡いこの子に伝えるべく準備を進めていくことにした。また、エヴァンジェリンも寂しくないよう専用のソファーとテーブルも用意した。


 最愛の妻を亡くした私に、再婚の勧める声が多くある。


 が、私は新たな妻を迎えるつもりはなかった。


 男子の後継がいない私に、跡を託せるのは娘達だけ。


 勿論、結論としては爵位は娘の婿になる者へ、にはなるだろうがその話はまた別としてスワロー伯爵家の支柱になる人間が必要だ。


 スワロー伯爵家の歴史や未来を受け継ぐ者。


 エヴァンジェリンは気立てが良く、優しい娘だが、それには向かない。


 私は、それをガートルードに継承させることにした。


 ガートルードはそこでよく学び、私の教えることを吸収していった。


 エヴァンジェリンはその様子を微笑みながら見守り、私やガートルードに贈る衣服を編んだり、ハンカチに刺繍をしたりして過ごしている。

 

 最愛の娘二人を傍に置き過ごす日々に、私はそれまでとは打って変わった充溢した日々を送れるようになったのである。


次回一気に年月が飛ぶ予定です。

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