●1 エクストラハードモード 1
戦いは最初からクライマックスだった。
黒一色に染まった空間に電子の咆哮が轟く。
『GGGGGGGGOOOOOOOAAAAAAAAAAAAA――!!』
『PPPPPPPPPPGGGGGGGYYYYYYYAAAAAAAAAAAA――!!』
『UUUUUURRRRRRRRYYYYYYYYY――!!』
巨大なコンポーネントから一斉に具現化したのは、なんと【三体のゲートキーパー】。
しかし、今更慌てる人間なんて一人もいない。先んじて放っていた偵察部隊の功績によって、この度肝を抜く事態は既知のものだった。
だからといって、その危険度は些かも減じたりしないのだけど。
ルナティック・バベル第一一一階層――別名『開かずの階層』。そこに眠っていた仮想空間の主――蛇の王〝ミドガルズオルム〟。そのコンポーネントを開錠キーとして開かれる無数のルーム群。
合計十二個ある部屋の一つを守護していたのは、まさしくルームガーディアンの範疇を超えた三体の怪物だった。
『総員、突撃ッ!』
『おおおおおおぉ――――――――ッ!!』
開幕一番、ヴィリーさんの鬨の声がルーターを通じて響き渡った。応じて『蒼き紅炎の騎士団』メンバーが雄叫びが上げ、一斉に駆け出す。
敵の情報収集は完璧とは言えないが、既に必要かつ十分な量は揃っている。とうに作戦は決定され、後はそれを実行するのみだった。
状況がこうなってしまっては、事前にヴィリーさんから『アシュリーの命を救ってくれたあなた達だもの。今回ばかりは、わずかな危険も近付けさせないわよ』と言われていた僕達『BVJ(ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ)』も、ただじっと指をくわえて見ているわけにはいかなかった。
「――行こう、みんな!」
「うむ」「はい」「あいあいさー♪」
僕が声をかけると、ハヌ、ロゼさん、フリムは三者三様の応答を返してくれた。
僕達は部隊の最後方、遊撃の位置にいる。ここから刻一刻と変化していく戦況を見定め、不利に傾いた局面に楔を打ち込むのが僕達の役割だ。
なにせ相手はゲートキーパー三体。しかも、まさかの同時ポップ。いくらクラスタ単位で挑んでいるとはいえ、まともに戦って勝てる相手でないのは明白だ。
『GGGGGOOOOOOOAAAAAAAAAAAAA――!!』
『PPPPPPPGGGGGGGYYYYYYYAAAAAAAAAAAA――!!』
『UUUUUURRRRRRRRRRRYYYYYYYYY――!!』
三体のゲートキーパーに共通するのは、三点。金属製の機械型であること。そして、基となったモチーフが〝蛇〟であること。さらには――【かつて他階層のゲートキーパーとして、エクスプローラーの前に立ちはだかったことがあること】。
ついでに言えば、その内の一体は、僕とハヌにとって思い出深い相手でもあった。
土蛇〝グローツラング〟。
翼蛇〝ククルカン〟。
そして海竜――もとい、水蛇〝タケミナカタ〟。
それぞれが古代神話の蛇神の名称を与えられた、超強力な怪物達。
とりわけタケミナカタ――後になってから『放送局』によってつけられた名前――は、以前、僕とハヌが第一九七階層で戦った奴とまったくの同型だった。青く煌く金属質の鱗、体の左右から生えている八対十六枚の大きな鰭、翠色のアイレンズ――どれをとってもあの時と同じ。鳴き声だってそっくりそのままである。
そしてグローツラングとククルカンもまた、かなり昔になるけど、ルナティック・バベルの下層においてゲートキーパーを務めていた歴代の猛者であった。
土蛇とも呼ばれるグローツラングは、煌めくダイヤモンドの装甲を持ち、蚯蚓のように床をのたくる。その巨体でもってこちらを押し潰さんとするのが奴の戦闘スタイルだ。
鳥のような羽毛を全身に生やし、実際に二対四枚の翼を誇る翼蛇ことククルカン。鳩にも似た大翼で宙を飛び、頭上から刃のごとく鋭い羽根を降り注ぐ。
水蛇の別名をつけられたタケミナカタは知っての通り、高圧噴射の水槍や怒涛による遠隔攻撃、噴霧による視覚阻害、鰭や尾による直接攻撃などを得意とする。
どいつもこいつも、本来なら一体ずつ戦ってもなお手に余る相手である。
だというのに、このルナティック・バベルの設計者は、やはりどこまでも悪魔的で残虐な性格をしているらしい。
ゲートキーパーの『三体同時ポップ』だなんて、キリ番だった第一五〇層の『三連続ポップ』よりもひどい。
これが――これこそが、『開かずの階層』を解放した者に対する試練だとでも言うのか。
『ベオウルフ、こちらの撹乱をお願いします!』
ルーターを介して届くアシュリーさんの声。彼女は土蛇グローツラングを担当する班を率いている。
「はいっ! 〈ミラージュシェイド〉と〈リキッドパペット〉いきます! 味方同士で見間違えないよう気を付けてください!」
要請の声に応えつつ、僕は支援術式を一斉起動。光学的な幻影を発生させる〈ミラージュシェイド〉と、人間の平均体温に合わせた温水の囮を作る〈リキッドパペット〉を十個ずつ発動させ、アシュリー班の人達に送信する。
次の瞬間、アシュリー班の十人が三十人に分裂して、グローツラングを取り囲んだ。
現在、いつかのボックスコング戦の時と同じように『NPK』は三つのチームに分かれている。以前は『戦闘班』『支援班』『治療班』と分けていたけれど、今回はそんな悠長な戦いではない。翼蛇ククルカンと戦う『ヴィリー班』、水蛇タケミナカタと戦う『カレルレン班』、土蛇グローツラングと戦う『アシュリー班』に分かれて、三チーム同時戦闘を繰り広げていた。
「ラグさん、私はカレルレン班を援護してきます。私の鎖なら奴の動きを封じられますので」
「アタシはヴィリー班のところ行ってくるわ! 空中戦ならレイダーの十八番だし!」
ロゼさんとフリムがめいめい戦況を見極め、自主的に行動を開始する。僕達『BVJ』はどの班にも属さない遊撃部隊。そして、一人一人が一騎当千の力を持つ〝切り札〟――というのはカレルさんの弁なのだけど――故、臨機応変に動ける裁量が与えられていた。うちの誇る格闘士と付与術式使いが、各々の戦闘スタイルと戦況に鑑みて、最適と思われる戦場へと駆け出して行く。
僕はと言えば、見ての通り三つの戦場を術式で支援するのがその役割である。そう、我ながら――本当の本当に――珍しいことに、前線に立つことなく後方支援に徹していた。
これこそ本懐である。そう、エンハンサーとは仲間を支援してこそのエンハンサー。僕は生まれて初めて、本格的にエンハンサーとしての本領を発揮する機会を与えられたのである。
勿論、それだけが僕の仕事ではない。僕の後方にはもう一人、大切なメンバーが控えている。
ハヌだ。
術式の詠唱中は無防備になるため、そんな彼女を守護するのも、僕の大事な役割だった。
「 あまねく大気に宿りし精霊よ 我が呼び声にこたえよ 」
目を閉じ、正天霊符の扇子型リモコンを構え、深い集中状態に入ったハヌの唇から、朗々と言霊が紡がれる。壁も床も漆黒に染まった広いセキュリティルームの一角で、スミレ色の光が強く強く輝く。
『UUUUUURRRRRRRRRRRYYYYYYYYY――!!』
『ベオウルフ、こちらのメンバー全員に〈スキュータム〉を頼む』
タケミナカタの咆哮と被って届くのは、カレルさんからの援護要請だ。他のメンバーが聞いているせいもあってか、いつもの『ラグ君』ではなく、敢えての『ベオウルフ』呼びである。
「はいっ! 〈スキュータム〉いきますっ!」
僕はすかさず返事をして、防盾の支援術式を発動させた。
既に『NPK』の全メンバーには、戦闘に入る直前に〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉のフルエンハンスを一回ずつ発動させている。強化係数二倍の効果は、こうして後方から送信する〈スキュータム〉にも及ぶため、これは鋼鉄の盾を送り届けるにも等しい。
カレルレン班の十人に行き渡った薄紫の術式シールドは、次の瞬間、ドンピシャのタイミングで放たれたタケミナカタの水槍を見事に防ぎきる。流石はカレルさん、的確な予測と指示であった。
『ラグ君、私に〈シリーウォーク〉をお願い!』
今度はヴィリーさんからの要請が飛んできた。
「はいっ!」
戦況は目まぐるしく変化し、僕は矢継ぎ早に支援術式を送信しまくる。もちろん求めに応じるだけでなく、複数の〈イーグルアイ〉で戦場全体を俯瞰し、必要なところには適切な術式を送ったりしている。それなりに大変ではあるのだけど、それ以上に不思議な高揚感があった。
なにせ今の僕は、紛うことなき【エンハンサー】なのだ。
もはや誰にも、〝ぼっちハンサー〟だなんて呼ばせやしない。
自分で自分を支援する、間抜けな支援術式使いはもういないのだ。
ここにいるのは、三十数人の支援を一手に担う――自分で言うのもなんだけど――立派なエンハンサーなのだから!
実際、入念に検討し、打ち合わせを重ねてきた戦術プランを捨て、こうしてゲートキーパーを三体同時に相手取るという極端な作戦をとったのも、僕という存在あってのことだ。
術式の複数同時発動を可能とする僕が、三チームの支援と回復役を一手に引き受け、それ以外のメンバーが戦闘員としてゲートキーパーと戦う――いわば、僕一人で『支援班』と『治療班』を担当している状態なのだ。
つまりこの戦い、僕のエンハンサーとしての手腕に全てがかかっている、と言っても過言ではなかった。
「――!」
だからこそ全身に気合いが漲る。そりゃ確かに、この状況を『ちっとも怖くない』なんて言ったら嘘になるけど、それでも生まれて初めて、真っ当なエンハンサーとして――しかもかなり重大な――役割を与えられたのだ。
ここで奮起しなければ、男が廃るというものではないか。
「――怪我をしている人に〈ヒール〉いきます! 頑張ってください!」
こうして戦場を見回していると、改めて思う。やっぱり『蒼き紅炎の騎士団』の団結力はすごい。流石はトップ集団の一角――というのは使い古された褒め言葉かもしれないけれど、やはりそう称賛する他ない。
例えば、土蛇グローツラングと戦っている『アシュリー班』。あちらにはヴィリーさんもカレルさんもいない代わりに、幹部である〝カルテット・サード〟が勢揃いしている。〝絶対領域〟のアシュリー・レオンカバルロさんを筆頭に、〝疾風迅雷〟ゼルダ・アッサンドリさん、そして――〝鎧袖一触〟のユリウスさんに、〝漆黒騎士〟のジェクトさん。
後者の二人については、まだほとんど喋ったことがないので為人はわからないのだけど、彼女ら四人の息がピッタリなのは一目でわかる。
アシュリーさんがコマンダー役、ゼルダさんが切り込み隊長、ユリウスさんは後方から攻撃術式で援護をしていて、ジェクトさんは――あれ? あの人は何やってるんだろう? 攻撃にも参加せず戦場をウロチョロして……囮、かなぁ? 何だか不思議な動きをしている。でも、グローツラングを撹乱する効果はあるみたいで、時折、土蛇の頭突きや突進攻撃を闘牛士さながら引きつけ、ヒラリヒラリと回避していた。
『GGGGGOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAA――!!』
グローツラングは先述した通り、ダイヤモンドの装甲という、手にも目にも痛い特徴を持つゲートキーパーだ。
翼蛇ククルカンや水蛇タケミナカタとは違い、手足がなく、形状としてはまさに蛇そのもの。その代わりと言っては何だが、大きさが尋常ではない。胴体の太さは他の二体よりも二回りはデカく、床にとぐろを巻く姿は、もはや小山のようだ。まぁ、先日戦ったミドガルズオルムに比べれば、象と蟻ほどの差があるけれど。
「ううううりゃりゃりゃりゃぁああああああああああああああッッ!!」
そんな巨大蛇に果敢に突っ込んでいくのが、〝疾風迅雷〟のゼルダさんである。長大なエストックを構え、まさしく稲妻の矢がごとき突きを叩き込む。硬い装甲に鋭い刃が突き立てられ、澄んだ金属音が耳を劈いた。
だけど、貫けない。グローツラングのダイヤモンド装甲はエストックの切っ先を完全に防いでいた。
『あーっ! もぉーっ! 硬っすぎでありますよこいっつぅーっ!』
激突の衝撃で痺れてしまったのだろう。エストックを左手に持ち替えたゼルダさんが、右手をぶんぶん振りながら俊敏に後退する。
戦闘が始まってからもう四度目の突撃だったのだけど、やっぱり今回もノーダメージだったらしい。一応、攻撃を重ねる度に助走距離を増やしているようなのだけど。
『いい加減にしなさいゼルダ! 事前にグローツラングの装甲は術式攻撃でなければ抜けないと言っておいたでしょう! 物理チャレンジも大概にしておきなさい!』
『ええーっ!? そこをどうにかしてぶち抜くのが楽しいのでありますのにー!』
『ジェクト、あなたもです! なにをサボっているのですか! 防御に徹さず攻撃に参加しなさい!』
『へ? 俺の役割ってタゲ取りじゃなかったっけ? すまんすまん。ま、そうカリカリするなって』
『誰のせいでカリカリしていると思っているのですか!』
『なーなーアシュリー、余の出番はまだかー? 早くも後方から攻撃術式を撃ってるだけには飽きて来たんだがー』
『ユリウス、あなたはしばらく待機と言ったでしょう! 少しぐらい我慢しなさい!』
『何を言うアシュリー! 余が本気になればあんなゲートキーパーなど一撃必殺だぞ!?』
『それが危険だからすっこんでいろと言っているのがわからないのですかッッッ!!!』
……えーと……このように『喧嘩するほど仲がいい』という感じで、ゴチャゴチャと言い合い――主にアシュリーさんが怒っているだけなのだけど――ながらも、彼女らは傍で見ている僕が感嘆の息を漏らすほど、綺麗な連携を組んでいた。
エース級であるゼルダさんとジェクトさんを最前に押し出し、二人を囮として、他の団員による後方からの攻撃術式で地道にダメージを与えていく。火炎や風刃といった攻撃術式が炸裂する度、グローツラングが身じろぎして遠くへ逃げようとするのを、前衛の二人が物理攻撃を与えて気を引き、その場に縫い止める。土蛇の戦闘アルゴリズムへの理解もさることながら、驚くべきは彼らの連携の取り方だ。
なにせアシュリーさんは、行動の指示しか出していないのだ。
いつ、誰が、どこで、何をするのか。そこまで細かいコマンドを発していないというのに、誰しもが計ったように完璧なタイミングで、その時に必要なことを過不足なくこなしている。阿吽の呼吸というやつだろうか。メンバー全員がお互いの位置や状況を正確に把握し合い、言葉もなくコミュニケーションを取り合いながら戦っているのだ。
というか、だからこそ先程の口喧嘩みたいなやりとりも出来るわけで。パッと見は子供の喧嘩のように見えても、その実、神がかったチームワークの賜物なのである。
『GGGGGRRRRROOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAA――!!』
突如、グローツラングがこれまでにない音量で吼えた。空気がビリビリと震えて、腹の底に響く。
『敵、第二段階に入りますよ! 警戒しなさい!』
間髪入れずアシュリーさんの指示が飛んだ。
ボックスコング然り、タケミナカタ然り、ヘラクレス然り、全てのゲートキーパーには二段階以上の戦闘モードがある。奴らは一定以上のダメージを受けると、リミッターを解除して、これまでにない強力な攻撃を繰り出してくるのだ。
ご多分に漏れず、攻撃術式の連発によって耐久力を失ったグローツラングも、新たな戦闘形態へと移行する。
戦闘が始まって間もないというのに――と思うかもしれないが、攻撃術式を放つチームの人達には支援術式〈フォースブースト〉を重ね掛けしてある。そのおかげで威力が跳ね上がり、こうして短時間でゲートキーパーを追い込むことが出来たのだ。
『GGGGGGRRRRRRAAAAAAAAA!!』
突如、土蛇の全身を隙間なく覆っていたダイアモンドの装甲が、バグンッ、と放熱フィンを展開するかのごとく開いた。
当然、内部の脆い部分が剥き出しになるわけだけど、早とちりしてはいけない。好機と見込んで突っ込んでいけば、開いた隙間から撃ち出される金剛石の砲弾に貫かれてしまうのだ。
『総員、防御態勢!』
アシュリーさんが鋭く叫ぶや否や、その場にいた全員が素早く身を固める。僕も言われるまでもなく瞬間的な判断でアシュリー班の全員に〈スキュータム〉を発動させていた。
『GGGGGGRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAA――!!!』
グローツラングの巨体、その全身に空いた無数の穴から、大人のこぶし大のダイアモンドが一斉に発射された。
いわば巨大なクレイモア爆弾である。ホウセンカの種のごとく飛び散った金剛石は、敵味方の区別なく襲い掛かる。だが、アシュリーさんの迅速な指示のおかげで被害は一切ない。全てが防具と術式シールドによって弾き返された。
刹那、
『――ゼルダッ!』
アシュリーさんの裂帛。ただ名前を呼ぶだけの――しかし、彼女らの間では確かに通じる合図。
『はいですっ!』
同じぐらいの気合いで返すゼルダさんに、僕はすかさず〈ラピッド〉×2と〈シリーウォーク〉を発動させた。
彼女には戦闘前に一度ずつ〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉のフルエンハンスをかけてある。今の〈ラピッド〉×2で、さらに速度強化が八倍まで上昇した。〝疾風迅雷〟と異名をとるゼルダさんが、そんな状態で本気を出せばどうなることか。
ゼルダさんが濃紺の稲妻と化した。
『てぇ――りゃぁあああああああああアアアアアアアアアッッッ!!!』
渾身の叫びは後半になるにつれ、まるで獣の唸り声にも似た響きへと変化していった。
もはや目にも止まらなかった。〈シリーウォーク〉による超高速の立体機動。ピンボールがごとく、跳弾がごとく、稲妻がごとく、ゼルダさんは縦横無尽に空間を切り刻む。マシンガンを連射するにも似た音が響き渡る。
さもありなん。グローツラング第二形態は、攻撃に傾倒するが故に、大きな隙を見せたのだ。装甲を開き、ダイアモンドの弾を撃ち出した砲口――その場所こそが、奴の弱点。
ゼルダさんの音速を超えるエストックの乱れ突きは、正確に奴の全身を打ち貫いていた。ダークブルーの閃光が次々に吸い込まれるようにグローツラングの砲口へと突き刺さっていく。その光景はさながら、藍色の光の雨が降り注ぐかのようだった。
『GGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAA――!!』
噴き上がる絶叫。剥き出しになった弱点を立て続けに攻撃されるのは、奴にとっては蜂の大軍に襲われたような気分だったろう。
次の瞬間、蚯蚓のような巨体の両端――すなわちグローツラングの頭と尻が同時に鎌首をもたげた。それぞれのダイアモンド装甲に『*』形の亀裂が走り、やがて――くぱぁ、と食虫植物の口のように開く。
土蛇の最後の変化、第三段階だ。
『――ジェクトッ!』
すかさずアシュリーさんの指示が飛ぶ。
『あいよっ』
気軽に返事をしたジェクトさんが、意外なほど気さくな感じで、ひょい、とグローツラングの胴体へと近付いた。
さっきからそうなのだけど、ジェクトさんの動きには拍子抜けするほど緊迫感がない。
名前を呼ばれただけの彼が何をするのかと思いきや――
『ほい、【縫った】』
さっと右手を上げて、グローツラングの腹に掌を押し当てた。
その途端だった。
ピタッ、と凍り付いたように土蛇の動きが固まった。
「――ええっ……!?」
思わず素で声が漏れた。何がどうなってこのような結果が生まれたのか、さっぱり理解できなかったのである。
が、〈イーグルアイ〉の視覚情報を拡大すると、その理由がわかった。
グローツラングの影だ。ここは普段のルナティック・バベルとは真逆で、黒一色の空間だけど、基本はピアノブラックで染まっている。そのため、艶の消える影は意外と見分けやすい。そんなグローツラングの巨大な影を縁どるように、幾つかの星屑のような煌めきが見え隠れしている。
針だ。
十数本の微小な針が、まるでグローツラングの影を【縫い止める】がごとく、床に突き刺さっているのだ。
『いいぜアシュリー! 奴さん、しばらく動けないはずだ!』
本当に微動だにしなくなった――出来なくなった、が正しいか――グローツラングに掌を押し当てたまま、ジェクトさんがアシュリーさんを振り返る。
あれは――そう、〝影縫い〟だ。いつだったか師匠から聞いたことがある。いわゆる『武術』と呼ばれるものの【術】としての側面が強い技で、対象の影を【針で縫う】ことによって、本体の動きをも縛るというのだ。もはや阻害術式かと思うほどの技術だが、不思議なことに術力もフォトン・ブラッドも使わない。師曰くところ『過去の闇に消えた古武術って奴だな』である。
『ユリウス! あなたの出番ですよっ!』
どうしてジェクトさんがそんな古武術を? なんて思っている間に、アシュリーさんの剃刀のような指令が通信網を駆け抜ける。
『おおう待っていたぞ、この時をっ!』
声のトーンを高めて返事したのは、さっきから後方で攻撃術式を撃ちつつ、アシュリーさんに『余の出番はまだかー?』と文句をつけていたユリウスさんである。
いや、正確には――ユリウス【君】、だろうか? そう訂正してしまいたくなるほど、彼はどこからどう見ても幼い少年で、もしかしたらハヌと同じ年頃かもしれない容姿をしていた。
サラサラしたストロベリーブロンドのボブカットに、薄いエメラルドグリーンの勝ち気な瞳。容姿といい、言葉遣いといい、いいところの『お坊ちゃま』という感じなのだけど、やはりヴィリーさんの関係者なだけあって貴族の出なのだろうか?
けれど、幼いからと相手を侮る愚を、僕はハヌを通じて知っている。
ああ見えて彼は『NPK』の幹部、〝カルテット・サード〟の一人。名にし負う〝鎧袖一触〟。アシュリーさんやゼルダさんと肩を並べる、歴とした騎士なのだ。
その実力が、見た目通りであろうはずがない。
『いでよ、我が〝サウィルダーナハ〟よっ!』
何故か戦闘中だというのに傲然と腕を組み、ユリウス君は高らかに呼び声を上げる。
その途端だった。
ハヌと比べたら少し大きい程度の、つまりかなり小さな体躯が、山吹色の光に包まれた。




