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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第四章 私は〝剣嬢〟。狙った【剣】は必ず手に入れるのが信条なの。どうか覚悟していて――私の勇者様?

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●1 勇者の戦型(スタイル)





 厳重な箝口令が敷かれていた。


 しかし、人の口に戸は立てられぬ、と故事は語る。


 どこの誰が発信源となったのか、ルナティック・バベルの『開かずの階層』こと第一一一層が攻略されたという「噂」は、スタンピード現象のごとく拡散され、あっという間に浮遊島フロートライズを飛び出し、地表を駆けずり回りながら世界中のエクスプローラーへと広がっていった。


 【あの】ベオウルフが【また】やった【らしい】ぞ――


 誰が言ったかもわからない、ソース確認も何もない無責任な情報が、光量子にも似た軽さと速さで人から人へと伝わっていく。


 今やエクスプローラー業界は、このセンセーショナルな話題でもちきりだった。






 ――やばい、アイツやばい。


 ――どゆこと? ここ最近出て来たくせに怒濤の活躍じゃん。どゆことなの?


 ――ベオさんまじパネェっす!


 ――ルナバベのキリ番ボスに、ヴォルクリング・サーカス事件の犯人逮捕、でもって今回は未踏破階層の攻略かよ……どんなチート使ってんだあの勇者……


 ――誰だよ、ベオさんのこと〝ぼっちハンサー〟なんて呼びだした節穴野郎は? 無敵の快進撃じゃねーか。


 ――つーかぶっちゃけ今回も小竜姫のおかげなんじゃね? なんせ〝破壊神ジ・デストロイヤー〟だぜ? あんなのにおんぶにだっこじゃあ、そりゃ名声もうなぎ登りよ。


 ――ヴォルクリング・サーカス事件の時は小竜姫あんま関係なかったじゃん。一騎打ちだったらしいし。嫉妬はみっともないよ。


 ――ベオ狼もそうだけど、『BVJ(ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ)』だっけ? あのクラスタ全体的にやばくない? ロリ破壊神に鉄仮面アンドロメダがいる上、最近じゃ〝無限光アイン・ソフ・オウル〟まで入ったらしいぜ?


 ――〝無限光〟って誰だっけ? なんか聞いたような、聞かないような……


 ――知ってる。あの〝光り輝く翼(ヴェルンド)〟の愛弟子で、キアティック・キャバンあたりでブイブイ言わせてたソロエクスプローラーだ。見かけたことあるけど、若いながらも実に女王様然とした雰囲気があってな……一回だけでいいから顔を踏んで欲しい……!


 ――変態か。あー、ちなみに〝無限光〟ってのは綺麗な方の呼び方な。有名なのにソロってあたりでお察しだが、〝狂戦士ウールヴヘジン〟と同じでパーティー組むと絶対に大火傷するから、裏じゃ〝災厄女王デッドリーヒール・クイーン〟って呼ばれてる。まぁ武具作製士クラフターとしてなら文句なしで超有能らしいんだけどな。


 ――あれだろ、フォトン・オーガンの開発者だもんな。でも注文殺到しているくせに、その気になった武具しか作らないって噂聞いたことあるわ。しかもエンチャンターとしてはサポートどころか、見境無く仲間を巻き込んで吹っ飛ばすらしいからな。お近づきになりたくないタイプ。


 ――で、例の『開かずの階層』には何があったの? 何かおもしろいものでもあったの?


 ――知らん。そこらへんの詳細が知りたかったら直接乗り込めばいいだろ。


 ――いやいや、今頃はもう取れるものは全部むしり取られてるだろ。仮にもベオウルフや小竜姫だってエクスプローラーなんだからよ。


 ――それがそうでもないらしい。噂によるとどのルームにも鍵がかかっていて開かないから、あそこはまだ『開かずの階層』らしいぜ。


 ――へー、じゃあその鍵はベオ狼が持ってるのかなぁ? いいなぁ、アーティファクト独占じゃん。


 ――これ友達の友達から聞いた話だけど、なんか剣嬢ヴィリーの『蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』と一緒にエクスプロールするらしいよー。相変わらず人気者にはすり寄っていくよなぁ、剣嬢の奴。流石は人気取りクイーン。売名せこい。


 ――おうヴィリー様バカにしてんのか。ちょっとテラス来いや。久々にキレちまったよ。


 ――いつものヴィリーアンチだろ、相手にすんな。スルー検定実施中。


 ――ベオウルフたんと小竜姫たんの脇をペロペロしたい同志はいませんか? 俺だけですかそうですか。


 ――失せろや変態。つかベオウルフなんざ、ちょっと支援術式の使い方が上手いだけのエンハンサーじゃねぇか。俺だってあいつぐらい術力が弱けりゃ同じこと出来るっつーの。


 ――そういえば支援術式が使いにくいってのは知ってるけど、よく考えたらそこまで使えないものでもなくなくない? なんでみんな使わないの?


 ――いや、インストールしてるだけでダサいみたいな風潮あったじゃん。知らんけど。でも実際そうだよな。ベオウルフみたいに重ね掛けしまくるのは無理だけど、一回だけでも強化係数二倍だもんな。練習すれば上手く動けるようになるだろうし、そうなったら中堅エクスプローラーでもトップ集団並に戦えるんじゃないか?


 ――そう思うなら試してみればいいよ。ベテランの俺はやめといた方がいいと思うけど。


 ――なんで? 支援術式クソ強いじゃん。いくらフォトン・ブラッドの消耗が大きいからって、二倍だぞ二倍。三ミニトも効果が持続するなら長い方じゃねーか。古い慣習を疑いもせずに使わないなんてもったいなさ過ぎるだろ。頭おかしいのか?


 ――いやだから、実際に使ってみればわかるって。いいからやってみろよ。すぐに理解できるから。なんでベオウルフ以外のエンハンサーが目立たないのかもわかるから。


 ――頭固ぇ奴が多いなぁ。俺はやるぞ。ベオウルフと同じスタイルでトップ集団に食い込んでやるよ。後で吠え面かくなよ。


 ――俺も俺も! ベオウルフ・スタイルで行くぜ! これで勝つる! 普段の階層よりも二〇ぐらい上でエクスプロールしてくるぜー!


 ――ケチくせぇこと言ってねぇで最前線いっとけよ。死んでもしらねーけど。


 ――〝ベオウルフ・スタイル〟ねぇ……流行りそうだな、これ。


 ――残念ながら結構前から流行し始めてるぞ、それ。


 ――え、いつから!?


 ――ヴォルクリング・サーカス事件の後ぐらいからかな? 俺の周りにも何人かいる。結果は察しろ。


 ――どういうことなの……






 流言飛語とはよく言ったものである。


 まさしく信憑性の高いものから希薄なものまで、玉石混交の情報が飛び交い、入り乱れ、無秩序に広がっていた。


 しかしながら、良きにしろ悪しきにしろ〝勇者ベオウルフ〟ことラグディスハルトと、彼の仲間であるハヌムーン、ロルトリンゼ、ミリバーティフリムは大いに注目され、確実にエクスプローラー業界でその名を高めつつあった。


 そうと知らぬは本人達ばかり。


 ところで、世の中には『有名税』という言葉がある。


 取り立てる側だけが我が物顔でおっかぶせてくる、質の悪い慣例の名前だ。


 この税を課せられていない人間の中には、恥を恥とも知らず、有名人は進んでこれを受け入れるべきだと心の底から信じている者までいる。


 別名、ノブレス・オブリージュ。


 世間に名が広まるということは、良くも悪くも周囲への影響力が強まるということでもある。


 結果として良き縁を招き寄せることもあれば、逆に、良くないものを引き寄せることもあるだろう。


 こんな言葉がある。


 吉報は一人でやってくるが、凶報は手を繋いでやって来る――


 いつの世も出る杭は打たれるものだ。


 彼らがエクスプローラーとしての階段を昇っていく上で、一種の試練もしくは洗礼として【それ】が降りかかるのは、ある意味、至極当然の流れだったのかもしれない。






 ■






「次が来ますよ、ベオウルフ!」


「はいっ!」


 注意を促すアシュリーさんに鋭く応答しながら、僕は両手に握った武器を構えなおす。


 右手には漆黒の片手剣――黒帝鋼玄モード〈リディル〉。


 左手には純白の片手剣――白帝銀虎モード〈フロッティ〉。


 どちらも僕の従姉妹にして幼馴染のフリムが改造し、ボク専用にアジャストしてくれた逸品だ。


 本来なら僕のフォトン・ブラッドを吸ってディープパープルの光刃フォトン・ブレードを形成するのがこれらの本領なのだけど、今はどちらも実体剣を装着している。もちろん〈リディル〉には漆黒の、〈フロッティ〉には純白の刀身を。


 なにせ今は、早朝に行うアシュリーさんの剣術指南の時間なのだ。重さのない光刃よりも重量のある実体剣の方が訓練に適しているのは、敢えて説明するまでもない。


「敵性個体〝シルバーハウリング〟を確認! 数は二〇前後!」


「いきます!」


 アシュリーさんがポップしたSBセキュリティ・ボットの種別と数を告げ、僕はその情報を受け取りながら駆け出す。


 ルナティック・バベル第一二〇層の純白の廊下に次々と具現化していくのは、『プラチナの風』と呼ばれることもある犬型SB〝シルバーハウリング〟。


『PPPGGGGGGYYYYYYYYYYY――!!』『PPGGGGYYY!』『PPGGGGRRRRRRYYY!』『PPPRRRRRRRRRRR――!』


 大型犬をビルドアップさせたような、むしろ下手な猛獣よりも強そうに見える精悍な四足獣が、揃いも揃って甲高い咆哮を上げる。


「――はぁっ!」


 間合いに踏み込むと同時、ロゼさんに教えられた円、回転、螺旋を意識する。鋭い牙を剥き出しにして飛びかかってこようとするシルバーハウリング達の動きから、その未来位置を予測する。


「――ッ!」


 一閃。黒と白の剣光が瞬いた。


『PPPPGGGGGYYYYY――!?』『PPPPPPGGGGGGGRRRRRRRRR!?』


 先頭の二体の喉と腹を切り裂き、流れるように次の標的へと――


「遅い! 【流れ】をもっと加速させなさい!」


「っ! はいっ!」


 すかさず背後のアシュリーさんから厳しい叱咤が飛んできた。僕は体に電気を流されたみたいに反応して、剣速を上げる。


 流れ。


 斬撃から次の斬撃へと繋げる際、肉体の動作から一切の無駄を省き、力のロスを発生させることのない最適化された運動のことを指す。


 剣術指南が始まった日、一番最初に言われたのだ。


「二刀流は何よりも【流れ】が肝要です。流水のごとく、気流のごとく。優しくもなり、激しくもなる。完成した【流れ】は、防御の際は敵の攻撃を柳のごとく受け流し、一転して攻撃の際は激流のごとく猛烈に敵を打ち砕きます。動きを繋げ、力を繋げ、刃を繋げるのです」


 剣が一本ではなく、二本ある意味。理由。それこそが【流れ】なのだと。


「――はぁああああああああああッ!」


 アシュリーさんの指導はロゼさんの教えにも相通ずる。


 円、回転、螺旋。


 身体のあちこちで円を描き、動きをコンパクトに。剣先に乗せた力を回転させ、無駄なく流れるように。インパクトの瞬間には骨に集中させた力を爆発させ、螺旋のベクトルを捻り込むかのごとく。


 斬る。そして突く。


『PPPPPPGGGGGGYYYYYYY!?』


 跳躍し躍りかかってきた一体の胸を左の〈フロッティ〉でぶち抜き、右の〈リディル〉で腰あたりを斬り裂く。


 流石に光刃ほどではないけれど、それでもフリムが精製してくれた黒玄と白虎の実体剣は凄まじい斬れ味を持っていた。堅木のように筋張ったシルバーハウリングの筋肉を、まるでトマトか何かのようにサンッと切断する。


 流れに乗るようにして左手の〈フロッティ〉を大きく振り、串刺しにした上半身を投げ捨てた。そのまま次なる予測軌道に太刀筋を合わせ、奔らせる。


「まだまだ! もっと強く打てるはずです! もっと緩急を意識してしっかり強弱をつけなさい! 力の収斂は瞬時に! 弛緩もまた一瞬です! 途切れさせない!」


「はいっ!」


 自分では手際よくSBを活動停止シャットダウンさせているつもりなのだけど、アシュリーさんの指導はとても厳しい。少しの無駄も許してはくれない。


「常に一手先、二手先、三手先を見据えなさい! 最適解を選び続けるのです!」


「はいっ!」


 次々と襲いかかってくる白銀の狼を、黒と白の双剣で屠っていく。以前の僕なら支援術式の補助がなければ手こずる相手だったのだけど、今はもうそんなことはない。


 ここ最近、早朝にはアシュリーさんの指導を受け、普段のエクスプロールを終えた後にはロゼさんと格闘訓練を積んでいる。そのおかげで、僕の地力は確実に向上していた。


 剣閃も駆け足も加速させ、シルバーハウリング達が跳躍するよりも早く間合いを詰め、斬りかかる。


「――はっ!」


 距離感を見失って硬直した二体の首を同時に斬り飛ばした。


「そう! 敵が速いならもっと速く! 出足をつぶしなさい! それが出来ないときは潔く次の機会を待つ! 判断は瞬時に! 考えてから動かない! 動きながら考え、考えながら動くのです!」


「はいっ!」


 アシュリーさんの教えに返事をしながら、剣を振るう。


『PPPGGGGYYYY!!』『PPPPRRRRRYYYY!!』


 左右から二体。微妙な時間差をつけてシルバーハウリングが突進してきた。右は獰猛な牙、左は鋭利な爪でギラリと照明を照り返す。


 見え見えだ。


 ここで剣術式を――と思うが、それはアシュリーさんに禁止されている。特訓中はあくまで剣技だけで全ての戦闘を切り抜けなければならない。それが剣術指南の時の約束事だ。


「考えることも動くことも全て一つの行為です! 分けて考えない! 斬る! それが全てです! あなたが剣で、剣があなたなのですよ!」


「はいっ!」


 右の狼の口に黒刃を叩き込み、体を回転させながら銀色の毛に覆われた体を上下真っ二つに切り裂く。


 一回転。


 勢いを持続させたまま、左から空を裂いて迫った爪撃の根元に白刃を差し込むように突き出した。


『PPPPPPRRRRRRYYYYY!?』


 奴の右前足が、甲高い悲鳴と共に糸の切れた凧のごとく肩口から飛んでいく。


 さらに高速で一回転。


 黒玄と白虎の太刀筋を揃え、無防備に突っ込んできた頭に一気に叩き込んだ。


 三枚に下ろす。


「一体に手間をかけすぎです! もっと手短に! 最小の動作で! 力の加減も最適化しなさい! 攻撃の後に体を泳がさない! 次の行動を視野に入れて動く!」


「はいっ!」


 どれだけ上手くいったと思っても、アシュリーさんは決して褒めてくれない。彼女が口にするのはダメ出しばかり。


 実を言うと、それらに対して「はい」や「わかりました」以外のネガティブなワードを返すのも禁止されていたりする。


 というのも、これまた初日に――


「ベオウルフ、私はあなたの保護者ではありません。あくまでも剣術を指南するだけの存在です。というより、むしろ【敵】だと思ってください。直接攻撃を加えたりなどはしませんが、私はあなたの心身を守ろうとはしません。あなたは敵の攻撃に対し『無理』だの『無茶』だのと文句をつけたりしますか? 『え?』と聞き返したりしますか? しないでしょう。それと同じです。私の指導に対し反論は許しません。どんなに無理で無茶だと思っても、返事は必ず『はい』です。いいですね?」


 ――と、どう考えても『はい』と言わざるを得ない質問をされ、僕は何とか『ええっ!? そんなご無体な!』と言ってしまうのを堪えて『は、はい!』と頷いた。


 全く以てアシュリーさんの言う通りで、敵のやることなすことにいちいち文句などつけていられない。敵はこちらの命を奪うために一番理不尽な攻撃を仕掛けてくるのだ。『やめて』『待って』と言ったところで聞く耳を持つわけがない。こちらはそれを全部呑み込んだ上で、厳然と対処するしかないのだ。


「あなたに相応しい動きはあなたの身体が知っています! それを見つけなさい! 間合いを詰めるか離すかの判断をもっと早く! 迷わない! 基準を決めなさい! 判断に軸を持たせるのです! 迷っている時間は無駄な時間ですよ! フラフラと考えない! 優柔不断は隙にしかなりませんよ!」


 立て続けにシルバーハウリングを活動停止シャットダウンさせていく僕の背中に、アシュリーさんの叱咤が雨霰と降り注ぐ。ひどく手厳しいけど、でもそれは僕のことをちゃんと見てくれているということでもある。やる気なさそうに「適当にやってて」などと言われるよりよっぽど良かった。


「【流れ】をもっと速く、正確に! あなたにとって最適な動き、流れを身体に刻みつけるのです! 先読みを鋭く! 計算なら得意でしょう! 剣の重さに振り回されない! あなたが振り回すのです! 振り回されてどうしますか! 剣と一体になりなさい!」


「は、はいっ!」


 ――段々と声に険が籠もっていくのが、ちょっと怖いけれど。


 僕なりにだが、アシュリーさんの教えをとてもシンプルにまとめると、次のようになる。


 【剣になれ】。


 そう。剣士になれ、ではなく。


 剣になれ、である。


 己は剣。剣はこれから何それを斬るぞと考えてから斬る存在ではない。故に、斬ると考えてから斬るな。斬るという意思と共に斬れ。むしろ意思で斬れ。いっそ斬ってから斬ったと認識しろ。


 考えるよりも、感じるよりも速く、敵を斬れ。


 即ち一刀如意。殺気は斬撃のごとく。斬撃は殺気のごとく。それらは同じものであり、斬ると思った時には既に斬っているのが理想なのだ。


 ――突き詰めていくと、アシュリーさんの教えはそういうことになる。


 流石は〝絶対領域ラッヘ・リッター〟と異名をとる剣士は言うことが違う。これが出来そうにもない大言壮語なら僕とて反駁するが、しかし実際に一度お手本を見せてもらっているだけにぐうの音も出ない。


 あの不思議な空間での戦い――ミドガルズオルム戦ではじっくり見ることは出来なかったけれど、改めて直に目にした彼女の剣技は精妙の一言に尽きた。


 二振りの蒼い曲刀が実にさりげない速度と動きで、襲い掛かってきたSBを一刀両断していくのだ。特別速いわけでも遅いわけでもない。ただひたすら【さりげない】のだ。


 気づいた時には斬り終わっている――そう感じた。


 彼女の指導する【流れ】が完璧に制御されているからだろう。斬撃の出がけも終わりもまるで意識できなかった。


 むしろ、SBの方から剣閃に向かって飛び込んでいくようにすら見えた。いや、実際にそうなのだろう。敵が移動する空間を先読みし、そこに刃を置く。タイミングを合わせ一気に力を込めて切り裂く――ただそれだけのことなのに、一連の流れがあまりに洗練されすぎていて、全く違和感がないのだ。


 突っ立っている時も、鋭く剣を振っている時も、雰囲気が全然変わらない。それぐらい自然だった。


 例の仮想空間で複数のドラゴンブレスを捻じ曲げていたことといい、その絶技はもはや〝剣〟を冠する称号を持っていないことが不思議に思えるほどだった。


 結局アシュリーさんは、僕の見ている前で踊るようにして瞬く間にSBを全滅させた。


 綺麗だった。


 一切の無駄が排された淀みのない動作は、どこか予定調和じみていた。SBの切断された箇所は、最初からそこで外れるようになっていたんじゃないかって思うほどだった。


「ベオウルフ! 基本は大切ですがそれに囚われすぎてもいけません! 自らの身体が動きに振り回されるのは窮屈だからです! あなたが本当にしたい動きは何ですか! それを探らなければ道は拓けませんよ!」


「――はいっ!」


 戦いの最中、束の間の回想がアシュリーさんの声で吹き飛ぶ。気付けばもうシルバーハウリングの半数以上を活動停止させていた。


 残り六体。


 ――僕の、僕に合った、僕だけの動き!


『PPPPGGGGYYYYYY!!』『PPPPGGGGRRRRRRR!!』


 だけどそれでいてアシュリーさんみたいに、しなやかで自然で一分の隙もない【流れ】を――


「ッ!」


 瞬間、僕は直感だけで動いた。


 四本の足で床を蹴って飛び掛かってくる銀狼二体に、真っ直ぐ〈リディル〉と〈フロッティ〉の切っ先を向けた。


 心の中でトリガーを引き、〝SEAL〟からコマンドを送信する。


 黒と白の剣柄にセットされた実体剣が勢いよく射出された。


『PPPGGGGGYYYY――!?』『PPPGGGGRRRRR――!?』


 発射された刀身がカウンター気味にシルバーハウリングらの顔や肩に突き刺さる。痛覚エンジンが干渉して、奴らの足が止まった。


 柄から飛んでいった実体剣の根元には、しかし深紫の光線が繋がっている。刀身をただ飛ばしたのではなく、僕のフォトン・ブラッドで紐付けしてあるのだ。


 しかもこの紐は、僕の意志で固くも柔らかくもなるし、長くも短くもなる。


 だから。


「づぁあああああああああぁっ!」


 深紫の光線を硬質化させ、そのまま突き込んだ。無論、その際に螺旋の力を捻り込むのを忘れない。


 左脚を踏み込み、双手突きの要領で一気に貫く。


『PPGGYY――!?』


 奴らにとっては、いきなり槍を突き込まれたようなものだったろう。刃が貫通し、串刺しにされた二体はそのまま活動停止シーケンスに入った。青白い光の粒子に分解され、具現化が解けていく。


 残り四体。


 既にそいつらの処理も計算に入れている。僕は床を滑るように疾走しながら光線を短くし、射出した刀身を引き寄せ、けれど完全に収納することなく中途半端なところで固定化させた。


 僕の素の筋力で剣の重さに振り回されてしまうのならば、元よりその振り幅を計算に入れてしまえばいい。


 剣柄から二〇セントルほど離れた位置に、細いフォトン・ブラッドの光線で繋がっただけの漆黒と純白の実体剣。繋ぎの部分には多少の【しなり】を持たせ――


「でやぁああああああああああッ!」


 双刃が煌めき、根元を柔らかくした〈リディル〉と〈フロッティ〉が僕の想定した通り硬鞭にも似た軌跡を描いた。


 四連撃。


 水平斬り、袈裟斬り、回転斬り、垂直斬りを一繋ぎにして繰り出す。


「――ッ!」


 確かな手応え。


 【流れ】が作れた――この瞬間、確かにそう感じた。


『PPPPGGGGGYYYYYY――!?』


 四体のシルバーハウリングが断末魔を残しながら活動停止していく中、けれど僕は油断することなく辺りを見回した。


 残心は師匠だった祖父から教えてもらっている。


 新たなSBのポップがないことをしっかり確認してから、僕は一歩引いて戦いを見守ってくれていたアシュリーさんへと向き直った。


 高く吊り上がった瑠璃色の双眸と目が合うと、瞳に剣の切っ先のような鋭い光を瞬かせた彼女は、んん、と咳払いをする。


「……最後の動きは実にあなたらしいものだったと思います。一般的な剣術の範疇から外れてはいますが、あなたの武器の特性を考えれば戦術として悪くありません。少々トリッキーだとは思いますが」


 早朝に行われる、二アワトだけの剣術指南。僕がSBと一戦交えるごと、アシュリーさんはこうして評価コメントをつけてくれる。戦闘中は厳しい指導が飛び交い、終了後はさらに注意するべき点などを具体的に指摘してくれるので、僕としてはほとんど針のむしろに座っているような気分ではある。だけど彼女の指導はとても的確で、必要とあればちゃんとお手本も示してくれるので、ものすごく為になるのだ。


「武器の特性を生かすのであれば、それをもっと積極的に使うべきですね。そうすることによって、武器の扱いも徐々にあなたの体に【馴染んで】いくはずです。ですから次は――」


 と、そこまで言ったところでアシュリーさんは不意に言葉を止めた。


 僕も同じ時間に〝SEAL〟のタイマーをセットしてあったので、理由はすぐにわかった。


「あ……」


 時間が来たのだ。ちょうど調子が出て来たところだったので、僕の口からも残念な気持ちが声になって漏れ出てしまった。


 視界に表示されるARの時計表示を見ていたであろうアシュリーさんが、改めて僕に視線を向けた。


「――今日はここまでですね。また後で今日の反省点をまとめて送ります。明日にはそこを修正できるようイメージトレーニングをしておいてください」


「は、はい、わかりました。いつもありがとうございますっ」


 僕は恐縮して、深く頭を下げた。


 そう、至れり尽くせりなことに、アシュリーさんは毎回トレーニングリポートを作成してくれては、その日のうちにネイバーメッセージで送ってくれるのである。


 これがまた、ものすごくわかりやすい。


 口頭で説明しきれなかった部分を補強するように、僕の細かい問題点や課題が詳細に記されているのだ。踏み込みのタイミング、手首の角度、剣撃の時は具体的に身体のどのあたりの筋肉を意識した方がいいのか――僕自身では絶対にわからないような情報やアドバイスが満載で、それをして、彼女がどれほど本気で僕を成長させようと考えているのかが如実にわかるのだった。


 だからアシュリーさんの指導は厳しいけれど、僕に不満は全くなかった。だって、ここまで真剣に教えてくれているのだ。むしろ彼女の本気に応えられない方が怖い。なんとしてでも強くなって、この剣術指南が無駄でなかったことを証明したい――僕は次第にそう思うようになっていた。


 ふぅ、とアシュリーさんが息を吐く。


「礼は結構です、と何度言えばわかるのですか、ベオウルフ。これは私からあなたへの御礼であり、償いなのです。だというのにあなたに頭を下げられては、私の立つ瀬がありません。頭を上げて下さい」


「す、すみません、つい……でも、本当にアシュリーさんにはお世話になりっぱなしですから」


 片手で後頭部を掻きながら顔を上げると、アシュリーさんはふとあらぬ方向へ視線を逸らし、んん、と再び咳払いをした。


「……ベオウルフ。今日も色々と苦言を呈しましたが……それでも、あなたは昨日よりも上達しています。少しずつですが、確実に成長しているようです。それは私が保証しましょう。ですので、めげずに明日もしっかり頑張って下さい。……いいですね?」


 最後の確認で、ちらり、とはにかむように細められた瑠璃色の瞳がこっちを見た。


 指南中は厳しいことしか言わないけれど、訓練時間が終わると、アシュリーさんはこんな風にちょっとだけ褒めてくれる。もしフリムがこの場にいたら『アンタってほんっとーにツンデレよねぇ』などと言っただろうが、僕としては素直にすごく嬉しかったりするので、


「は、はいっ! ありがとうございます!」


 思わず破顔して、僕はまたしても大きく頭を下げてしまった。しまった、と気付いたのはもちろんやってしまった後である。


 やれやれ、と言う感じのアシュリーさんの溜息が生まれた。


「……ベオウルフ、わざとですか?」


「あっ、いえっ、す、すみませんっ!」


 慌てて頭を上げて、また下げてしまう。それでまた、


「……わざとですね?」


 と更に冷ややかな声で突っ込まれてしまった。


 コントか、と自分でも思った。






 僕の従姉妹であり幼馴染みでもあるミリバーティフリムが、僕とハヌとロゼさんのクラスタ――その名も『ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ』に加入してから、早くも一週間が経過していた。


 あれから僕達の生活がどう変わったかと言うと。


 過日の『開かずの階層』にまつわるアレコレのおかげで、僕達が直面していた財政的な問題はすんなりと解決した。


 なにせドラゴンの大群と戦ったのだ。


 当時、僕もフリムも必死に戦っていたので活動停止させたSBの数なんて全く数えていなかったけれど、全て終わった後で取得コンポーネントを確認してみると――なんと二人合わせて三〇〇個を越えていたのだ。無論、中には『開かずの階層』へ行く前に撃破したルームガーディアンのものも含まれている。


 言うまでもないが、竜種のコンポーネントはその他のものと比べて買取金額のレーティングが高めに設定されている。それだけ内包されている情報密度が濃いのだ。


 入手したコンポートの二割ほどは僕の黒帝鋼玄や白帝銀虎、フリムのドゥルガサティーやスカイレイダーの修復に使ったけれど、残りの八割の内、六割は換金に回した。


 これにより切迫していた家計事情は劇的に改善され、僕達は貧困に喘ぐどころか左団扇を扇げるほどまでになったのである。


 また、みんなの生活基盤をハヌのマンションへと移して、正式にあの部屋を僕らの拠点にすることにした。そのおかげで、毎朝決まった時間に待ち合わせする必要もなくなったし、日常生活を共にすることで各種の出費が節約できる上、メンバー間の親睦もより深めることができるようになっていた。


 そしてそして。


 何より、エクスプローラーとしての大きな変化は――ルーターを購入したことである。


 ルーター。


 そう、あのルーターである。


 エクスプローラーが集団でエクスプロールする上で、欠かすことの出来ない必須アイテム――などと言うとちょっと過言かもしれないけれど、しかし重要であることに違いはない。


 一対一でしか接続できないスイッチと違って、複数人分の共通プロトコルを作成し、ローカルプライベートネットワークを構築するルーター。これがあるとないとではエクスプロールの効率が段違いなのだ。


 ちなみに、僕達が購入したのはごく一般的な五ポートルーターである。今のところ僕達は四人体制だから、これで十分パーティーが組めるし、いざとなれば五つ目のポートを使って、他のパーティーと本当の意味でのクラスタを形成することが出来る。


 ……そうなのだ。これまで僕達『BVJ』は便宜上クラスタを名乗ってきたが――まぁ言い出したのはハヌなのだけど――実際には自称でしか無く、真の意味ではクラスタではなかったのである。


 だけどこうしてルーターを購入したことで、めでたく正式にクラスタを名乗ることが出来るように――って、いやいや、違う違う。まだだ。まだなっていない。


 残念だけど――そう、本当に残念なのだけど、それはまだ早い。


 胸を張ってクラスタを名乗るためには、更にもう一つルーターと、それで接続し合うメンバーが必要だ。それらが用意できて初めて、僕たち『BVJ』は自他ともにクラスタと称されるのである。


 そう考えると、まだまだ先は長かった。


 さて、そんな僕達の目下の目的は、先程から何度か話題に上がっている『開かずの階層』のエクスプロールである。


 なにせ百年以上も謎とされてきた階層だ。しかも、あんな隠しステージが用意されていた、いわくつきである。


 いくら警戒しても足りるということはあるまい。


 ――というわけで、先方からの申し出があったこともあって、件の階層のエクスプロールについては僕ら『ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ』と、ヴィリーさん率いる『蒼き紅炎の騎士団』とで共同戦線を張ることになっていた。


「準備を万端にして、用意できる限りの最大戦力を注ぎこむの。こういう時はもったいぶっちゃいけないわ」


 とは、新メンバーのフリムの弁である。彼女もまた『隠しステージ』の仕掛けに何度も苦汁を舐めさせられているだけに、その言葉には得も言えぬ重みがあった。


 ちなみに、ヴィリーさんの『蒼き紅炎の騎士団』と協力体制をとることについては、ハヌやロゼさんも賛同してくれている。


「それがあやつらなりの詫びなのであろう? 何ぞ見つかっても妾らに渡すと言っておるのじゃ。有難くもらっておけばよかろう」


「ラグさんとフリムさんの話を聞くと、やはり何が出てくるかわかりません。最大限の警戒と戦力でもって臨むのが最善かと。そういった意味では、『NPK』はこれ以上ない味方だと思います」


 そして、彼女ら三人は口を揃えてこう言うのだ。


「ラトが無理をせずに済むしの」


「ラグさんに負担もかかりませんし」


「ハルトが馬鹿やって怪我しようにね」


 くふ、と笑ったり。じっ、と僕の顔を見つめたり。にゃは、と笑ってウィンクしながら。


 すっかり無茶無謀キャラが定着してしまった僕は、ただ顔を引きつらせて苦笑いをするしかなかったのだけれど。


 閑話休題。


 パーティーの財政難をめでたく回避することが出来た僕達ではあるが、しかしもう一つ、目下の優先事項があったことを忘れてはならない。


 そう。リーダーである僕の基礎能力向上である。


 幸いにして、第一一一層にあるルームのプロテクトは僕が所有するミドガルズオルムのコンポーネントがキーになっているので、他のエクスプローラーに先を越されてしまう心配はない。先日、念のため確認してきたからこれは確実だ。


 だから、慌てる必要はない。


 急がば回れという。あの階層については焦らず、じっくりトレーニングを積み重ね、僕の実力がそれなりになった頃に改めて挑戦すればいい――と、最初はそう思っていたのだけれど。


 残念ながら、件の階層攻略をあまり長く放置できない事情が出来てしまったのである。


 そう。想定通りに事が進むほど、世の中そんなに甘くない。


 というのも先日、一体どこから聞きつけたのか――みんなはニエベス達がリークしたに違いないと確信しているようだけど――『放送局』が、ヴィリーさんとカレルさんにコンタクトを取ってきたのだ。


 例の『開かずの階層』に挑む際は、是非とも我々に撮影させてほしい――と。


 よくある話だとは聞いている。


 どこの遺跡レリクスでも歴史的な発見があったり、大きな事件が起こった時は、各地の『放送局』が総出で取材や撮影にやってくる。その際――主にトップ集団などの――ファンが多いエクスプローラーやクラスタがいれば、そちらに出演要請をしたりすることがよくあるらしい。


 今回、ヴィリーさん達は僕らと一緒に『開かずの階層』に挑むことになっていたから、渡りに船だったのだろう。


 無論、本当のメインは僕達『BVJ』なので、この件についてはカレルさんが直接、僕らの拠点まで許可を取りに来てくれた。


「――というわけなんだが、どうだろうか? 多少予定は早まるが、君達の名前を売るチャンスでもある。上手くいけばクラスタへの加入希望者も増えるかもしれない。ああ、そうだな、当然だが彼らからのギャランティも全て君達に渡そう。約束に例外はない」


 その申し出はありがたいと言うか、むしろ僕達に都合が良すぎて逆に引くほどだったので、ハヌがこう反発した。


「構わぬといえば構わぬが……それではおぬし達の得が無さ過ぎるのではないか? 礼と詫びのしるしとわかってはおるが、そこまで下手に出られると逆に気味が悪いのう」


 同感です、とばかりに隣のロゼさんも小さく頷いた。


 無遠慮な物言いにしかし、カレルさんは余裕ある態度を崩さず、むしろ微笑んで見せた。


「それだけ我々は感謝しているし、アシュリーの命も軽くなかった……そう理解してもらえれば幸いだ、小竜姫」


「ふむ……」


 まだ微妙に納得がいっていないような顔をしていたハヌだったけど、結局は四人で相談し、撮影の話を請けることにした。


 元々、これといって特に時期を決めていたわけでもなし、ある程度の期間を置いたら行くつもりではあったのだ。


 それに、ヴィリーさん達にだって色々と都合があるはずだ。いつまでこのフロートライズでエクスプロールしているかもわからない。ならば、一緒に行ける時に行っておいた方がよかろうというものだった。


 そんなわけもあって、いつになるのか宙ぶらりんになっていた『開かずの階層』攻略は、急激に現実味を帯び始め、ヴィリーさん達によるスケジュール調整の結果、決行は『放送局』からの依頼があった二週間後ということになった。


 時の流れは早いもので、あれから既に三日が経過している。


『開かずの階層』攻略まで、残るは後十日。


 最近の僕はその日に備え、少しでも地力を向上させるため、毎日アシュリーさんとロゼさんに特訓をつけてもらっているのだった。






「それでは、一度街へ戻りますよ、ベオウルフ」


「は、はいっ!」


 考えてみれば、アシュリーさんとの約束であった剣術指南の件も、長々と続けるわけにはいかない。どこかで区切りが必要になる。


 だからというわけでもなかったけれど、こちらの約束も『開かずの階層』攻略と合わせることにした。


 期限は、第一一一層のエクスプロールに臨む前日まで。それまではアシュリーさんから直接、剣術の指導をしてもらえる。 ただし、僕もアシュリーさんも普段のエクスプロールがあるから、特訓は早朝の二時間(アワト)だけ。


 おかげでここのところの僕は、朝はアシュリーさんの剣術指南、昼はハヌ達と一緒にエクスプロール、夜はロゼさんによる格闘技の訓練という、なかなかハードな日々を過ごしていた。


 とはいえ、わずかずつでも自分が成長していくのを実感するのは、やっぱり楽しくて嬉しい。いくら心身共にきつくても、結果としてハヌやみんなの役に立てるのなら、多少の労苦なんて屁でもなかった。


「――そういえば、先日妙な噂を耳にしたのですが、知っていますか?」


「噂?」


 先を行くアシュリーさんの背中についていきながら――何故かは知らないけど、訓練が終わるといつもこの構図になる――僕は首を傾げた。


 蒼い刀身の双曲刀〝サー・ベイリン〟を握るアシュリーさんは周囲への警戒を怠らず、油断なく歩を進めながら、


「いわゆる〝ベオウルフ・スタイル〟についての噂です。聞いたことはありませんか?」


「ベ、ベオウルフ、スタイル……?」


 なんだそれは。あまりに珍妙なる響きに、僕は思わずオウム返しにしてしまった。


「ええ、〝ベオウルフ・スタイル〟です。その名の通り、あなたの戦い方、戦型を指しています」


「ぼ、僕の戦い方というと……?」


 何だか嫌な予感がする。


「身体強化の支援術式を重ね掛けして、通常では手が届かないレベルのSBを撃破するスタイル――だそうです。詰まる所はジャイアントキリングのことですね」


 一瞬だけ、何を言っているのか理解できなかった。


「――え……ええっ!?」


 驚くは遅れて爆発した。思わず目を剥いて、アシュリーさんの背中に叫ぶ。


「そ、そんな……そんなのメチャクチャ危ないじゃないですかっ!?」


「……あなたが言いますか、それを……」


 アシュリーさんが歩みを止めないまま、じろり、と肩越しの一瞥をくれた。呆れの中に諦めの微粒子が混じった、何とも言えない視線だった。


「うっ……」


 あれは時折、ハヌやロゼさん、フリムが僕に向ける目線と同質のものだ。例えばハヌに『危ないことしちゃダメだよ』とか、ロゼさんに『あまり突っ込みすぎない方が……』とか、フリムに『無茶しないでね』とかそういった事を言った時、彼女らはよく似た感じの目を僕に向けてくるのである。


 お前がそれを言うのか――と。


 いや、わかっているとも。僕にそんなことを言う資格なんてないことぐらい。でも心配なんだからしょうがないじゃないか。仲間としてどうしても気になってしまうのだから。


「で、でも、どうして今更? 支援術式は、ずっと役に立たないってことで有名だったのに……」


「役に立たないわけではありません。使いどころが難しく、使い勝手が悪いのです。それはエンハンサーであるあなたが一番わかっていることでしょう。――意味もなく自分を卑下するのはおよしなさいと、何度言えばわかるのですか、あなたは」


「あ、す、すみませんっ!」


 いつかのように、またぞろアシュリーさんの声に険が籠もってきたので慌てて謝る。


 いけない、いけない。たまにハヌにも注意されるのだけど、ソロだった頃に拗らせた自虐癖がまだ直っていないみたいなのだ。度が過ぎると周りの人を不快にしてしまうから、ちゃんと気をつけないといけないのだけど――


「……こう言っては何ですが、ベオウルフ。それだけあなたの活躍が華々しかったということです。特にあなたと同じエンハンサーは、みな勇気づけられたことでしょう。支援術式は役に立つものなのだ、決して軽んじられていいものではないのだ――と」


「――え、じゃあ、ということは……」


 言葉の先を察した僕に、アシュリーさんが前を向いたまま首肯した。


「そうです。術力が弱くてエンハンサーにならざるを得なかった人々も、これまで否定的な面しか知らず見向きもしなかった人々も、あなたの活躍によって改めて支援術式に注目するようになったのです。その結果――最近とみに、【あなたの真似をするエクスプローラー】が後を絶たなくなりました」


「……!」


 絶句するしかなかった。


 自分で言うのもなんだけど、僕がやっているのは相当無茶なことなのだ。


 支援術式が再評価され、エンハンサーの地位が向上するのは確かに嬉しい。だけど、それとこれとは話が別だ。


 表面的なスペックだけを見れば、支援術式は――燃費の悪さ以外は――非常に便利なものとして目に映るだろう。だけど、そこにはいくつもの罠が潜んでいるのだ。


 それを理解せずして、支援術式を使うことなんてあり得ない――否、あってはならないことだ。


 特に、先ほどアシュリーさんが言った『身体強化の支援術式を重ね掛けして、通常では手が届かないレベルのSBを撃破する』なんてのは、愚の骨頂であり、論外中の論外である。


 いや、本当に僕がこういうことを言うのは何なのだが――


 だって、考えてもみて欲しい。


 そもそもからして、相手が【支援術式で身体強化をしてないと勝てないレベル】のSBなのだ。逆に言えば、支援術式の効果が切れたときは当たり前のように負けて、殺されてしまうのである。


 無茶にもほどがあるだろう。


 もし敵の数が想定よりも多かったら? もしフォトン・ブラッドが枯渇イグゾーストしてしまったら? もし身体制御が上手くいかず、転倒してしまったら? もし勢い余って味方を傷つけてしまったら?


 ほんのちょっとでも想定外の出来事や、不運が重なっただけで、状況は詰んでしまうのではないだろうか?


 それだけじゃない。


 支援術式にはいくつもの副作用があるのだ。


 例えば、支援術式〈フォースブースト〉を使えば術力は倍増するけれど、それで攻撃術式を放てば消耗だって倍になる。〈ストレングス〉で筋力を高めても、力加減を誤ればポーカーで負けるぐらいの確率で自爆してしまう。〈ラピッド〉で敏速性を向上させたなら、よっぽど上手く調整しないと必ずと言っていいほど狙いが逸れてしまう。〈プロテクション〉で防御力を向上させると体が芯から重くなるから、〈ストレングス〉と〈ラピッド〉がなければやっぱり戦闘力が下がってしまう。


 大きなメリットの裏には、それなりのデメリットが隠れているのである。


 そもそもな話、いくら術力の弱い人がエンハンサーになると言っても、常人の一〇〇分の一以下の僕より弱いケースなんてそうそういるまい。せいぜいが常人の二分の一か、三分の一、大いに負けて四分の一だとしても、やはり支援術式の使用回数には限度がある。多分、十回以上も使えれば御の字だ。


 仮に支援術式を十回発動させられるエンハンサーがいたとしよう。〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉を一回ずつ発動させて、フルエンハンスの強化係数を二倍にしたとする。これで使用回数は三回となり、三ミニトの間は倍増した戦闘力で戦うことが出来る。なおこの場合、術式を発動させる対象は自分でも仲間でもいい。


 だけど、エクスプロールにおけるSBとの平均戦闘時間は、一回につき三ミニトあるかないかぐらいだ。また、よほど積極的に走り回らない限り、遺跡内でSBがポップするのは約五~十ミニトに一回と言われている。


 つまり、一度の戦闘につき支援術式を三回も使用していたら、三度目の戦いでガス欠になってしまうのだ。


 しかもそれが、普段の力量では切り抜けられないような強さのSBが出てくる領域だったとしたら? それもソロで。


 考えたくもない。


 アシュリーさんのように隠蔽術式の代わりとなるアイテムでもあれば話は別だが、そんな高価な物を所有している時点で無理する必要なんてどこにもないはずだ。


 このようにいくつもの難点が支援術式にあるからこそ、これまでエンハンサーがダメダメ扱いされてきた歴史があるのである。


 三戦してハイお終いでは、ろくにエクスプロールなんて出来やしない。もっと言えば枯渇イグゾースト状態になって身動きがとれなくなってしまったら、パーティーやクラスタの足を引っ張るお荷物へと早変わりだ。


 ブラッド・ネクタル? 確かにあれを沢山用意しておけば継戦は可能だろうけど、ブラッド・ネクタルを準備するためには多少のお金と時間がかかる。経済的な効率が悪くなって、下手をすれば収支は赤字に転じてしまうだろう。そうなっては本末転倒だ。


 だから、要所要所で使ったり、いざという時の切り札にするのが、支援術式の本来の用途なのである。


 例を挙げるなら、ヴィリーさん率いる『蒼き紅炎の騎士団』とゲートキーパー〝ボックスコング〟との戦い。あの時のとどめの一撃――あれこそ理想の一つだ。ああいった使い方こそが支援術式の真骨頂なのである。


 そうとも知らず、倍増される能力を基準にしてエクスプロールする場所を決めるなんて――言葉は悪いけれど『馬鹿の極み』としか言いようがない。


 よく言っても『自殺志願者』が精々だろうか。


 ――そう。かつてハヌと別れ、強くなろうとがむしゃらに最前線でSBを狩り続けて死にかけた、あの日の僕のように。


「残念ながら、大衆というものは表面的な事柄しか見ないものです。もとより無謀な話ですが、特に彼らが軽視しているのは身体強化した際の感覚変化でしょうね。とはいえ、こうしてあなたと訓練をすることで私も初めて気付いたのですが……」


「――?」


 妙なところで言葉を切ったアシュリーさんに、僕は首を傾げる。アシュリーさんは何かを躊躇うような微妙な間を置いてから、こう続けた。


「……あなたの体幹のバランスです。正直、驚きました。あなたの師匠は、実に特殊な鍛錬をあなたに施したのですね」


「体幹……?」


「ええ、あなたほど完璧に整った体幹の持ち主は見たことがありません。まるで生まれたての子供のように、歪みも崩れも見当たらないのです。道理で〝アブソリュート・スクエア〟状態でもまともに動けるはずです。なにせ体幹のバランスが左右どちらにも偏っていないのですから。少しでもズレがあれば、強化係数が千倍以上になった時には、そのズレの影響もまた千倍以上になって出てくるはずです。しかし、あなたはあの状態でも【まっすぐ進む】ことが出来ています。これは体幹のバランスが完璧でなければ不可能なことです」


「は、はぁ……?」


 そういえば、先日ロゼさんにも似たようなことを言われた気がする。


 曰く――


『どうやらラグさんには、【純然たる基礎】が埋め込まれているようですね。成長が早いとは思っていましたが……まさかここまでとは。お祖父様は素晴らしい指導者でいらっしゃったのですね』


 ――と。


 自分ではよくわからないのだけど、何やら僕はその【純然たる基礎】のおかげで、教えられたことの吸収速度が尋常ではないらしい。


 あまり実感はないのだけれど。


 そのせいだろうか。


 はぁ、と前を行くアシュリーさんが溜息を吐き、わずかに肩を落とした。立ち止まり、振り返る。瑠璃色の眼光が僕の顔に突き刺さり、僕も見えない壁にぶつかったみたいに足を止めた。


「……褒め甲斐のない人ですね。わかっているのですか? たとえどれほど力が強かろうと、どれだけ速く動けようと、体幹バランスが完璧でない者には決してあなたと同じ戦い方は出来ないのです。これは単純に強い弱いの話ではなく、持つか持たざるかという領域の話なのですよ?」


「え、えと……?」


 明らかに怒っているようにしか見えないアシュリーさんの剣幕に、思わず腰が引けてしまう。どうして彼女が憤慨しているのかがわからない。


 ――あれ? おかしいな、僕は何かいけないことをやってしまったのだろうか?


 僕は愛想笑いを浮かべて、ふと思いついた謙遜の言葉を、


「――あ、で、でも、か、身体のバランスぐらいなら、別に誰でも矯正でき」


「ませんっ! 出来るわけないでしょう! 一度染みついた歪みがそう簡単に取れるのなら誰も苦労はしませんっ! 支援術式を戦術に組み込むために私達がどれだけ訓練していると思っているのですかっ!」


 口にしている途中で猛然と遮られ、思いっきり噛み付かれた。元から吊り上がっているアシュリーさんの目がさらに角度を鋭角にして、僕を睨みつける。


 そういえば、少し前からカレルさんの方針で『NPK』の人達は身体強化の支援術式を重ね掛けした上で十全に動けるよう、訓練を重ねているとの話を聞いていた。アシュリーさんの口振りから察すると、どうやら相当苦戦しているものと見受けられる。


 すっ、とアシュリーさんが俯き、わなわなと身を震わせ始めた。


「完璧な体幹バランス、黄金比のような身体と四肢のサイズ、鍛えすぎていないおかげで余計なところのない筋肉の付き方……! それら全てを持つのがどれだけ困難なことか……!」


 ガバッ、といきなり顔を上げて叫ぶ。


「あなたは全くわかっていませんねっ!?」


「ご、ごめんなさいっ!?」


 あまりの勢いに思わず口から謝罪が飛び出した。ビックーン、と身体が伸びて硬直する。


「違います! どう考えても支援術式で〝アブソリュート・スクエア〟するためだけに作り上げられたような体幹に、私の指導があるとは言え毎日毎日あれよあれよと上達していくあなたの成長速度の根本が何故その丹念に醸造された肉体バランスにあるとわからないのですか!? 褒めているのですよ私は!?」


「す、すすすすみませんっ!?」


「だから! 私が! この私が! 褒めて! いるんですっ! あなたを!!」


「もっ、申し訳ありま――へっ?」


 みたび謝ろうとして、妙な違和感に気付いた。


 アシュリーさんが切実な声で、節をつけて区切るように怒鳴っていたその内容とは――よく考えてみると、称揚の言葉だったのである。


「――……あ、ありがとう、ございます……?」


 遅ればせながらそのことに気付き、僕は謝るのではなく御礼を言ってみた。


 すると、


「そうっ! それですっ! それでいいんですっ!!」


 きっぱりと肯定を断言した直後――アシュリーさんが、はっ、と我を取り戻したように顔色を変えた。


 表情筋がぴしりと固まり、


「――~っ……!」


 かと思ったら口元がむにゅむにゅとわななき始め、ついには、うがー! と爆発した。


「ああもうっ! どうしてあなたという人はっ! 私はただあなたを称賛しようとしただけなのにっ! あなたといいフリムといい、どうして私の調子を狂わせるのですかっ!? 私に何か怨みがあるのですか!? いやあるのでしょうねええわかっていますともっ! だからこうしてお詫びに剣術を指南しているというのにっっ!!」


「そ、そんなつもりは……!?」


 今にも泣き叫びそうな勢いで吼えるアシュリーさんに、僕は戸惑ってオロオロするしかない。


 そういえば、いつの間にやらアシュリーさんは僕の従姉妹のことを『ミリバーティフリム』とフルネームではなく、さりげに『フリム』と愛称で呼んでいる。女性同士のコミュニケーションの円滑さといったら物凄いもので、実はフリムは僕より先にアシュリーさんのネイバーになっていて、今ではしょっちゅうメッセージのやりとりをしているらしい。そんなわけもあってか、もうすっかり『アシュリー』『フリム』と気を置かずに呼び合う間柄になっているのだとか。


 時々思うのだけれど、僕の対人コミュニケーション能力は、長い間一緒に暮らしている内にフリムへと吸収されてしまったのではなかろうか。勿論そんなことはないとわかっているのだけど、彼女が周囲の人々と即座に仲良くなっていく姿を見ていると、どうもそう思わざるを得ないのである。というか、あれだけ人間関係の構築が上手なのに、それでもソロでエクスプロールするしかなかったフリムの戦い方って……


「――とにかく、あなたにしか出来ない特殊なスタイルであるにも関わらず、その猿真似をする輩が雨後の筍のように湧いています。こういった流行は時折あることです。センセーショナルな活躍をしたエクスプローラーのスタイルを凡俗がこぞって模倣し、自らも名を上げようとするのです。自戒も込めて言いますが、自分勝手で逆恨みをする人間はいつの世も絶えません。例の〝ベオウルフ・スタイル〟のせいで何かあるかもしれませんから、あなたも精々気をつけることです」


 どうにかこうにか怒りを宥めてもらうと、耳まで真っ赤になったアシュリーさんはそう言って再び背中を向けた。そのまま、ずんずんと靴底を踏み鳴らして先へ行ってしまう。


「あ、あれ……?」


 慌ててその背中を追いかけながら、けれど僕はまたしても首を傾げた。


 つまり、要するに、アシュリーさんの言い分を要約すると――僕を心配してくれている……?


 多分、いいや、きっとそうに違いない。僕も他人のことは言えないけど、アシュリーさんだって相当に不器用な人である。僕の体幹バランスを褒めつつ、〝ベオウルフ・スタイル〟について注意を喚起したかったのだろう。


 ただそれが、僕にとってはわかりにくい表現だっただけで。


 僕が鈍感すぎるのか、彼女の言い方が遠回しすぎるのか、あるいはその両方か。


 そう気付いたら、思わず口から笑みがこぼれてしまった。


「――ありがとうございます! 僕、ちゃんと気をつけますね、アシュリーさん!」


「……勝手にしなさいっ!」


 すごい早歩きで遠ざかろうとしていく背中に大声でお礼を言ったら、さらにアシュリーさんの歩行速度が加速した。


 照れているのだということは重々わかっていたので、僕もまた足の回転速度を上げ、揺れて踊るペンギンの尻尾みたいなロングジャケットの裾を追いかけた。


 その時だった。




「た、助けてくれぇぇぇぇっ!!」




 悲痛な叫びが僕達の耳を劈いたのは。





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