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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第三章 天才クラフターでスーパーエンチャンターのアタシが、アンタ達の仲間になってあげるって言ってんのよ。何か文句ある?

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●16 厳しさと優しさは表裏一体





「まずは謝罪をいたします。この空間に来たときは冷静さを欠いておりました。感情が高ぶっていたため、あなたにもミリバーティフリムさんにも失礼な言動があったかと思います。申し訳ありませんでした」


 居住まいを正し、背筋をピンと伸ばしたアシュリーさんは、真っ先に頭を下げることから始めた。


「い、いえ、その……」


 気にしないでください、と言おうとしたところ、考え事に没入していたはずのフリムが片手を上げ、僕を制した。黙って聞きなさい、ということらしい。


「また、これまで陰に隠れ、ベオウルフ――あなたを観察していた非礼も詫びます。大変失礼いたしました」


 礼儀正しく、折り目正しく、改まった声音で謝りの言葉を並べ立てるアシュリーさん。だけど一言一言が募る度、態度の硬さが増していくように思えるのは何故なのだろう。


 礼儀を尽くせば尽くすほど、アシュリーさんは鋼鉄の鎧を着込んでいっている気がした。


「――しかし、これだけは断っておきますが、あなたを監視していたのは私の独断です。ヴィクトリア団長は関係ありません。なによりもこれだけは絶対にご理解ください」


「は、はい……!」


 いきなり稲妻でも迸りそうな眼光で睨まれて、あまりの迫力に脊髄反射で頷いてしまう。


 よろしい、とアシュリーさんは首肯すると、膝の上で組んだ両手をさらに固く結び、数瞬だけ瞼を閉じた。その間に考えを整理したのか、ゆっくりと唇を開く。


「……私が初めてあなたの名前を憶えたのは、第二〇〇層のゲートキーパー、コード〝ヘラクレス〟を活動停止させた後でした。耳にしたのはヴィクトリア団長、カレルレン副団長の口からです。またその際、お二方から〝勇者ベオウルフ〟ことラグディスハルト――つまり、あなたを我ら『蒼き紅炎の騎士団』の第三席として迎えるつもりであることを聞かされました」


 そのギザギザした声の響きから、当時のアシュリーさんがどれほど衝撃を受けたのかが容易に想像できる。いや、驚いたのはきっとアシュリーさんだけではないだろう。


「メンバー全員、寝耳に水でした。しかも団長達の間では、あなたを迎え入れることはほぼ確定事項となっているようでした」


 何となくそのシーンが脳裏に思い浮かんでしまった。ヴィリーさんは僕の前では綺麗で丁寧な人という印象が強いけれど、自クラスタのメンバーに時折見せる顔にはかなり苛烈なところがある。だからきっと、自分の中で決まった方針をそのまま発信してしまったのだろう。あの有無を言わさぬ勢いで。


「当然、私を含めた〝カルテット・サード〟は難色を示しました。……いえ、一名だけ無頓着なグータラもいましたが……」


「へ……?」


 ぼそり、と漏れた愚痴にちょっと耳を疑ってしまう。グータラ、なんていう単語がアシュリーさんの口から出るとは思わなかったのだ。


「いえ、こちらの話です。――とはいえ、勇者ベオウルフは私達の団長の眼鏡に適った人物です。しかも、実績としては申し分がありません。なにせ単身で、しかもキリ番階層のゲートキーパーを撃破したのですから。これ以上の逸材は他にないでしょう。しかもそこに、同じく術式一つでゲートキーパーを倒した小竜姫もついてくるのです。突然の話でしたが、ともあれ私達以下のメンバーは、その決定に従わざるを得ませんでした」


 毎度のことながら、こうしてあの二〇〇層でのことを褒められると、どうにも面映ゆくて仕方がない。どんな顔をすればいいのかわからなくなってしまうのだ。


「しかし」


 いきなりアシュリーさんが語調を強めた。僕は何故か居眠りを見咎められたような気分で、ビシッと姿勢を正してしまう。


「知っての通り、結局その話は流れてしまいました。いざあなたをスカウトする段で、団長と副団長との間で意見が割れてしまったためと聞いています。無論、カレルレン副団長があなたの入団を忌避した理由は説明していただきましたし、少なくとも私は妥当な判断だと思いました。人格の善し悪しではなく、あなたも、そして小竜姫も、個としての力が強すぎて集団の中に入る意義が見いだせません。少なくとも『NPK』に来ても、あなた方は異物として扱われていたことでしょう。それは容易に推測できます」


 そういえば、カレルさんも言っていた。強すぎる力は不和をも生む――と。僕もハヌも、強さの質があまりに特殊すぎて、普通のパーティーやクラスタでは上手く溶け込めないのだ、とも。


 それに――実際、ダイン率いる『スーパーノヴァ』がそうだったけれど――僕のように瞬間最大風速だけはすごいタイプや、ハヌみたいな高火力のウィザードを中心に据えた一点突破な編成は、あまりに歪で脆い。ちょっとでも【ハマらない】状況に陥ると、臨機応変に対応することが出来ないのだ。それこそ術力制限フィールドでハヌの術式が封じられてしまった時のように。


 それでも、そこに強い力があれば、どうしても人はそれに頼ってしまう。そのことを知っていたからこそ、カレルさんは僕達へのスカウトを取り下げたのだろう。


「しかも、それからしばらくも経たぬ内に『ヴォルクリング・サーカス事件』です。そこでもあなたは目覚しい活躍をしたそうですね。事件の首謀者、シグロス・シュバインベルグを打ち破り、新たに〝雷神〟の異名を得たとか。おめでとうございます」


「い、いえ、そんな……」


 素直な褒め言葉に恐縮してしまう。〝勇者ベオウルフ〟も大概だけど、〝雷神〟に至ってはもう過言であるとしか言えない。エクスプローラーには、その時目立っている人間にベタベタとラベルかタグのようにあだ名や異名をつける風潮があるのは知っていたけど、いざ当事者になってみると、その無軌道ぶりには困るやら呆れるやらであった。


「事件後、しばらくは事後処理でクラスタ全体が忙しい状態でしたが、数日が経つと、いくらか余裕が出来ました。その時、ふとあなたのことが気になったのです」


 アシュリーさんが真っ直ぐ僕を見つめた。その綺麗な瑠璃色の瞳に映る僕の顔は、我ながら凛々しさや逞しさから程遠い風貌をしている。


「一人でゲートキーパーを倒し、間違いなく歴史に残るであろう事件の主犯を破り、あのヴィクトリア団長が勇者と認める人物……いったいどのような人間なのか、知ってみたいと思いました。純粋な興味として」


 そして、会うのを楽しみにしていました――という言外の声が聞こえた気がした。


 けれど。


 アシュリーさんの双眸が再び細められる。次いで、紡がれた言葉には無念の響きがこめられていた。


「しかし……この目で見たあなたは――期待はずれもいいところでした」


 期待はずれ。その一言が僕の胸に突き刺さ――るより速く、


「勝手に期待して勝手に失望されちゃあ、ハルトだっていい迷惑よ」


 間髪入れずフリムが反論してくれた。僕の幼馴染は、じとりとした横目でアシュリーさんを睨み、唇を尖らせている。


 そんなフリムに、アシュリーさんはゆっくり振り向き、


「――そうですね。確かにその通りです。これが私の身勝手な言い分だというのは、わかっています。わかってはいるのですが……」


 視線を落とし、言葉尻を濁す。幸いというか何というか、さっきみたいに猛然と噛みつきに行かないあたり、アシュリーさん自身も自分の主張が理不尽であることを自覚しているらしい。だけど、


「い、いえ、大丈夫です……! 聞きます! 是非、聞かせてください!」


 僕もまた居住まいを正し、姿勢を伸ばしてそうお願いした。原則、これまでのアシュリーさんの主張は全て、ちゃんと筋が通っているように僕は思う。そんな彼女が抱いた僕への印象――それはきっと、僕にとって勉強になる意見に違いないのだ。


「…………」


 アシュリーさんは珍しい毛色の動物でも見るような目を僕に向けた。思いもよらぬ言葉を聞いた、という風な顔をしている。


 訝しげな素振りを見せつつ、それでもアシュリーさんは続きを話してくれた。


「――先程お詫びした通り、私はこの数日、失礼ながらあなたを観察させていただきました。また、これは言い訳にもなりませんが、観察は原則、仲間と二人でしていました。憶えていないかもしれませんが、先日一緒にいた彼女です」


「あ、いえ、憶えています。ゼ、ゼルダさん、ですよね……?」


 ネイビーブルーのウルフカットを思い出し、その名を口にする。〝疾風迅雷ストーム・ライダー〟と呼び称されるあの超スピードは、忘れたくとも忘れられない迫力だった。


 こくり、とアシュリーさんは頷く。


「これは、そのゼルダとも意見の摺り合わせをし、共に出した結論です」


 そこで一拍を置き――


「あなたは弱い」


 はっきりと言い切った。


「うっ……!」


 グサリ、と言葉のナイフが胸に突き刺さる。甚大な精神的ダメージに思わず声が漏れた。


「正直に言いますと、私は期待していたのだと思います。〝勇者ベオウルフ〟と呼ばれているあなたが、一体どれほどの強さを見せてくれるのか――と。しかし、実際にこの目にしたあなたは、毎日毎日ルナティック・バベルの低層に赴いては低級から中級のSBを相手に、二流の武器を振り回すだけ。しかも、その動きはとても冴え冴えしいとは言えず、むしろ剣の扱いにおいては稚拙と言わざるを得ませんでした。はっきり言って、私達のクラスタで最弱のメンバーでも、まだまともに剣が振れると思います」


「うぐっ……!」


 ザクリ、とさらに胸が抉られた。


 同時に、彼女の心情に納得せざるを得ない。アシュリーさんが見たのは、間違いなく修行中の僕だ。強者だ勇者だのと呼ばれているエクスプローラーを見物に来たら、総合評価Dランクの未熟者が無様に戦っているところを見せられたのだ。幻滅するのも当然だった。


 しかも、奇しくも今の僕は双剣で戦っている。同じくショーテルの双剣使いであるアシュリーさんの目には、余計ひどく映ったであろうこと想像に難くなかった。


「あなたのスタイルはエンハンサーだと聞いています。これは私達の推測ですが……あなたの最大の強みは、支援術式による強化の上限が極めて高いことではないでしょうか? そうであれば、あのヘラクレスを一人で倒すなどという無茶な偉業にも納得がいきます。しかし」


 いったん言葉を切り、アシュリーさんは息を整える。興奮して早口にならないよう、自分を律しているようだった。


「あなたは【それだけ】です。支援術式の効果時間、三ミニトだけの強さ。逆に言えば、それ以外の時間は中堅ランクのエクスプローラーよりも弱い、いわば常に弱体化状態とも言えます」


「ぐぅっ……!」


 ザクザクッ、と心臓に痛みが走る。耳がピリピリする。今すぐ立ち上がって逃げ出したいのを必死に我慢する。


「いくら強さの上限が高くとも、制限時間や条件があるのであれば、それは評価に値しません。強さと認めるには弱点が多すぎるからです。実物を見て余計に、カレルレン副団長があなたを扱いきれないと判断した理由が理解できました。あなたは創立したクラスタ名のごとく、確かに〝切り札(ジョーカー)〟たりえる存在でしょう。ですが」


 アシュリーさんはここで、わずかに迷ったようだった。けれど、逡巡の果てに彼女はこう続けた。


「【切り札】は、普段は使わないものです。むしろ、よほどの時でもなければ隠しておくものです。――使う必要が、ないのですから」


 視線を逸らしながら静かに紡がれたその言葉は、今までで一番――いっそ残酷なほど――気遣わしい口調だった。


「――――」


 一瞬だけ、胸の中が空っぽになった。


 わかっていたことではある。


 確かに、ちょっと不思議だと思ってはいたのだ。


 いくら先日、ハヌがスカウトにやってきた大勢のエクスプローラーの前でひどい啖呵を切ったとはいえ、だ。


 あれ以降、僕達を仲間に引き入れようとするパーティーやクラスタは、本当にパッタリと途絶えてしまったのである。


 そして、『ヴォルクリング・サーカス事件』の後でもそれは変わらなかった。


 あれだけの功績を立てたというのに、誰も僕達を仲間に誘いに来なかった。それどころか、遠巻きから眺めて噂話を流すだけで、近付いて来すらしなかった。


 その理由は、今アシュリーさんが言った通りである。


 わかってはいたつもりだった。


 だけど、つもりは所詮つもりでしかなく、やっぱり僕はわかっていなかったのだ。


 ――僕は、他の人達から必要とされていない。


 カードとしてはピーキーすぎて手札に加えられない――自分でもそう思う。三ミニトだけはものすごく強いが、それ以外はむしろ弱い。そんな奴、どう使えというのだ。使い勝手が悪いなら、無理して手元に置いておく必要だってない。


 きっと誰もが、そう思ったに違いないのだ。だからこそ、どこも僕達を引き入れようとはしないし、同時に、『BVJ(ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ)』に加入しようとする人も現れなかった。


「英雄、勇者。そう呼ばれるのは――手前味噌ではありますが――剣嬢ヴィリーや氷槍カレルレンのように【完成された強さ】を持つ戦士であるべきです。あなたのような【未完成の強さ】はその名に相応しくないと、私は考えます」


 もはや、ぐうの音も出ない。全く以てアシュリーさんの言う通りだった。ほんの僅かな時間だけ威力を発揮する――そんなのはただの爆弾だ。戦士だなんて、とても呼べやしない。


「なにより私が失望したのは、あなたの立ち振る舞いです。先日も言わせていただきましたが、何ですか、あの体たらくは。いくら支援術式を使っていなかったとは言え、あのニエベスという男に言われ放題のやられ放題。どうするのかと思って見ていれば、挙げ句には怒りに駆られ、これだけは怪物じみた殺気を迸らせる。あれは全く、勇者の名にふさわしくありませんでした。強者の振るまいとしては、下の下です」


 故に、アシュリーさんはあの場に介入したのだろう。ニエベス達の命を守るという名分もあっただろうけど、何より〝勇者ベオウルフ〟と呼ばれる僕の不甲斐なさがあまりにも見ていられなくて。


「逆に何故、ヴィクトリア団長は未だにあなたの獲得を諦めていないのかが理解に苦しみます。改めて言わせていただきますが、今のあなたに勇者の名はふさわしくありません。自ら返上した方が身のため――」


 不自然なところで言葉を切って、アシュリーさんはしばしの間を置いた。


 僕が不思議そうに見つめ返すと、んん、と彼女は咳払いをする。


「――失礼、言葉の選択を間違えました。言い直させていただきます」


 そう仕切り直しをして、アシュリーさんは宣言通りにした。


「……エクスプローラーの肩書きには、それなりの責任が生じます。いわゆる有名税というものです。これが高すぎると、あなたや、あなたの仲間に災いを及ぼす可能性があります。むしろ、身の丈に合わない称号はほぼ確実に不幸を招きよせると言っても過言ではないでしょう」


 それはわかる気がする。というか、ニエベスの件がまさにそうだったように思う。おそらくだけど、僕が有名になっていなければ、彼は復讐しに来なかったかもしれないのだ。


「ですから、悪いことは言いません。可能であれば〝勇者ベオウルフ〟の名は返上した方がよいと思います――と言いたいところだったのですが……申し訳ありません。この点については私の勝手な押し付けでした」


「え……?」


 いきなり掌を返されたことに驚き、声が出てしまった。


「現実問題、ついてしまった名前を返上することは不可能です。ああいったものは一人歩きするのが常ですから。善しかれ悪しかれ、あなたとその周囲には知名度による影響がどうしても出てしまいます。それは止めようがありません」


「――ま、そうなるわよね」


 知ってた、みたいな感じでフリムが相槌を打った。毛布にくるまったまま肩を竦める。


「名前負けしてますからやっぱやめます――なんて通用するわけないじゃない。勝手につけられた名前なんだから、誰だってみんな勝手適当に扱うわよ。世の中そういうもんでしょ?」


 達観したようなフリムの言い分に、アシュリーさんは顎を引くようにして頷いた。


「ええ、その通りです。返す言葉もありません。ベオウルフ、先日は頭に血が昇り、やくたいもないことを言ってしまいました。この通り、お詫び申し上げます」


 またも赤金色の頭を下げるので、僕は慌てて止めに入ってしまう。


「い、いえ、そんな、別にアシュリーさんが謝ることじゃ――」


 けれどアシュリーさんは僕の声を遮り、こう言った。


「――ですが、だからこそあなたは〝勇者ベオウルフ〟の名に相応しい人間になるべきなのです。いえ、ならねばならないのです」


「へ……?」


 予想だにしなかった話の展開に、僕はパチパチと目を瞬かせた。すると、アシュリーさんの顔が険しくなる。


「へ、ではありません。何を呆けているのですか。こうなった以上、名声と実体が釣り合っていないのであれば、あなたが勇者と呼ばれるに相応しいエクスプローラーになる他ないではありませんか。至極単純な話でしょうに」


「い、いえ、その、仰る理屈は何となくわかるのですが……」


 アシュリーさんの口調が移ってしまったのか、何故か丁寧な言葉遣いになってしまった。


「ですが? 何ですか」


 質問というよりもはや詰問をしてくるアシュリーさんの視線に、僕は射竦められてしまう。


「えと、あの……ぐ、具体的には、どういった……?」


 勇者と呼ばれるに相応しいエクスプローラーとは一体どのようなものなのか、といういう疑問である。


 僕の問いに、アシュリーさんは呆れたような息を吐いた。


「知れたことです。いくらでも手本となる人物はいるでしょう。それこそカレル様――いえ、我がナイツの副団長など絶好の見本です。冷静沈着、頭脳明晰、文武両道。まさに勇者の鑑ではありませんか」


 もう何度目だろうか、アシュリーさんがカレルさんのことを副団長ではなく『カレル様』と言い間違えるのは。しかも、カレルさんのことを褒めそやす際の表情と声音といったら、まるで憧れの男性教諭のことを語る女学生みたいである。


 心なしか誇らしげに胸を張るアシュリーさんに、僕は苦笑いするしかない。


「は、ハードル高いですね……」


 この僕があのカレルさんのようになるには当然、一朝一夕とではいくまい。それどころか、あの高みに到達できるかどうかすらも怪しい。あそこまで冷徹犀利になれる境地に、果たしてどうすればたどり着けるものだろうか。カレルさんの場合、種族からして別の生き物のような気がしてならないのだけど。


 僕の弱気な発言に、アシュリーさんは柳眉を逆立てた。


「その及び腰が駄目だと言っているのです。いいですか? 英雄や勇者と呼び称される英傑は、どうしようもなく周囲から憧憬や賞賛の目を向けられるものです。今のあなたには、その期待に応える義務があるのです。少なくともこの間のように、周囲から侮られるような態度をとる、逆上して冷静さを失う、短絡的に暴力に頼るといったことは慎まなければいけません」


「は、はい……」


 ずい、と身を乗り出さんばかりに説くアシュリーさんの迫力に、僕の首は自動的に縦に動いていた。


「そうよねー、逆上して冷静さを失っちゃいけないってのは同感だわー、本当にその通りだわー」


 端で話を聞いていたフリムが、あらぬ方向に顔を向けてこれみよがしな声で言った。


 ぴきっ、とアシュリーさんが硬直する。


 言わずもがなであった。とはいえ、少なくともその点についてだけはアシュリーさんにとってもブーメランであると僕も思う。


 んんん、とアシュリーさんは大げさに咳払いをした。


「――ともあれ、あなたには英雄として振舞うことが求められ、またそうすることこそが、あなたとその周囲の人々のためになるのです。それにはまず、そのすぐ下手に出るところを改めること、早急に地力を向上させること、落ち着いて周りを見ること、これらを心がけるようにしてください。……以上が、私があなたに言いたかったことです。ご清聴ありがとうございました」


 一気に言い切って、アシュリーさんはおしまいとばかりに頭を垂れた。


「は、はい……えと、あの――」


 ――あれ?


 色々教えてくださってありがとうございます、とお礼を言おうとした瞬間、妙な違和感に気付いた。


「――――」


 えーと?


 いや、ちょっと待って?


 これで話が終わりってことは、つまり、アシュリーさんの言いたかったことというのは――


「? どうされました?」


 ふと思い至った結論に呆然とする僕に、アシュリーさんが怪訝そうに首を傾げた。


 僕は遠慮を忘れて、まじまじとその顔を見つめてしまう。


 一昨日、初対面で『最低ですね』と痛罵を浴びせられた。さらに『なんて情けない』とも言われたし、『あなたに勇者を名乗る資格はない』とも怒られた。


 あわや自分の座っている『蒼き紅炎の騎士団』の第三席という地位を僕に奪われかけた――その怒りもあるだろう。期待を裏切られたゆえの苛立ちもあるだろう。もしかしたら、どうしてこんな奴が剣嬢ヴィリーに誘われたのだ――という嫉妬の感情も多少はあったかもしれない。


 だけど。


 他に答えが見つからない。どう考えてもそうだとしか思えない。


「……アシュリーさん……もしかして、僕のことを【心配】して怒ってくれてたんですか……?」


 恐る恐る、僕の中で到達した要点を舌に乗せて聞いてみた。すると、アシュリーさんは一瞬だけキョトンとして、


「――な……っ!?」


 驚愕に目を見張り、口を半開きにした。硬かった表情に、動揺の波紋が見る見るうちに広がっていく。


「ち、違います! 何故そうなるのですか! わ、私は言ったはずです、あなたに失望したと! そう、そうです! 私は不甲斐ないあなたに腹を立てただけで、心配など一切していません!」


 口角泡を飛ばす勢いでアシュリーさんが叫んだ。


 思わぬ激しい反応に、僕は頭に疑問符の花を咲かす。


「? え、で、でも、一昨日は何だかんだで助けてくれましたし、今も色々とアドバイスを――」


「アドバイスではありません! 先程も言いましたが、私は言いたいことははっきり言う主義なだけですっ、他意はありませんっ!」


「そ、そんな大きな声出さなくても……」


 僕の台詞をぶった切って主張するアシュリーさんに気圧されてしまった。


「まったく……前向きなのは結構なことですが、程度というものがあるでしょうに。世の中はベオウルフ、あなたが思うほど甘くはないのです。実際、私達の団長と副団長も名声が高まるにつれて、どれだけ苦労したことか……」


「なによ、やっぱり心配してるんじゃないの」


 ぶつぶつとこぼし始めたアシュリーさんに、にゃは、とフリムが笑って突っ込んだ。


 とうとう顔を紅潮させて振り返った〝絶対領域ラッヘ・リッター〟の二つ名を持つエクスプローラーに、フリムは紫水晶の瞳から悪戯っぽい視線を流して、


「まぁ確かに、話を総合してみるとハルトの言う通りよねー。言いたいことははっきり言ってくれちゃった感じだけど、一応言いっ放しにしないで、これからどうするべきかとか助言してくれてるし、言葉の端々から親身になっている感あるものねー。なによ、ツンケンしているように見えるけどアンタ、意外とおせっかいというか……なかなか良い奴じゃない。なに、俗に言うツンデレって人種かしら?」


「――ッ!?」


 いひひ、と歯を見せて意地悪く笑う僕の従姉妹に、ついにアシュリーさんの耳までもが真っ赤に染まった。黒のワンピースの裾を両手でぎゅっと握り込んだその横顔は、疑似焚き火の照り返しもあって余計に赤く見えた。


 肩を怒らせたアシュリーさんが、大きな声を張り上げる。


「そ、それ以上愚弄するつもりなら、いかにこのような状況であっても決して許しませ――」


 くう、と変な音が鳴った。


 ピタリ、とアシュリーさんの言葉と動きが止まる。


「「あ……」」


 重なったのは、僕とフリムの吐息だ。


 聞こえてきた音量、方角、そしてアシュリーさんのリアクション。それら全てが音の正体を物語っていた。


「……え、えと、あの、その……」


 石像みたいになってしまったアシュリーさんを見ていられなくなって、どうにか場の空気を変えようと思ったのだけど、結局上手い言葉が見つからず、僕はかなりストレートなことを言ってしまった。


「そ、そういえばもうお昼時ですね! い、今のうちに食べておきましょうか!? あ、あー、お、おなかへったなぁー!」


「……ッ!!」


 わざとらしい演技をした直後、ただでさえ吊り上がっているアシュリーさんの目がさらに吊り上がって、ものすごい勢いで睨まれてしまったのだった。






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