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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第三章 天才クラフターでスーパーエンチャンターのアタシが、アンタ達の仲間になってあげるって言ってんのよ。何か文句ある?

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●11 ルームガーディアンを倒しまくれ





 大気を震わせ、僕とフリムの前に顕現したのはまさに異形。


 果たしてコンポーネントから具現化したのは、全長三メルトル前後の【首無しケンタウロス】だった。


『RRRRRRROOOOOOOOOWWWWW!!』


 肩から上が真っ平らなくせに、どこからともなく雄叫びが上がる。


 通常のSBは生物型で、ゲートキーパーは機械型だけど、ルームガーディアンはその混合だ。


 サイバネティック・オーガニズム――いわゆる『サイボーグ』である。


 焦げ茶の体毛を持つ馬の部分は、その大半が生身だ。ただし、蹄から足の付け根あたりまでは鉛色の装甲に覆われている。また、ケンタウロスの人体にあたる場所は完全に機械――つまりロボットになっていた。


 スカイブルーを基調としたやたらと爽快なカラーリングの首無しボディには、ところどころ黒いスリットが長めに走っている。おそらくはあそこがスピーカーとなり、電子音を発しているのだと思われた。


 フリムがドゥルガサティーを構えつつ部屋の奥に佇立するルームガーディアンを見据え、不敵に笑う。


「あいつね。名前はなんていったっけ?」


「〝サイバネ・ケンタウロス〟だよ。略してサイケンタってのが定着してるみたいだけど……両手の機械弓クロスボウが曲者らしいから気をつけてね」


「アレ? わっかりやすいわねぇ」


 フリムが失笑するのも無理はない。サイケンタの両腕は人型のそれではなく、武器として特化した形状をしていた。


 両手でボウガンを構えた状態で固定化されている――と言えばわかりやすいだろうか。普通あんな状態で固定されてしまったら、動きにくいことこの上ないはずだ。しかし、そこはそれ、機械型ならではの機動がものをいう。


 馬の機動力と機械弓による遠隔射撃――つまりは移動砲台。それがサイケンタの特徴だった。


 ちなみに、名称については当初『首無しだからデュラハンなのでは?』という意見もあったそうだけど、結局はなし崩し的にケンタウロスで定着してしまったのだとか。


「ま、いいわ。さっさとブッ倒して次に行くわよ!」


「わ、わかった!」


 僕が応えるとほぼ同時、サイケンタの赤いアイレンズがこちらを捉え、即座に機械弓の筒先が向けられた。


 ジャキン! と機械弓の弦が自動で引かれる。


『RRRRRRROOOOOOOOOWWWWW!』


 僕とフリムは同時に床を蹴って駆け出した。


 彼我の距離は三〇メルトルほど。けれど〝スカイレイダー〟を履いたフリムの足ならほんの一瞬だ。


 サイケンタの機械弓、そのどこか銃口にも似た筒先から鮮烈な真紅の輝きが迸る。事前にデータベースで調べてきた僕にはわかる。奴の機械弓はケルベロスのブレスと同じく、火炎、冷気、雷撃の三属性を使い分けるのだ。あの赤はきっと炎の赤だ。


「来るわよ!」


 速度の差で僕よりも先行しているフリムが警告し、その足が何も無い空間を踏んだ。靴の裏からは紫色の微光が弾け、そのまま見えない階段を昇るように空中を駆け上がっていく。


 次の瞬間、機械弓から真紅の矢が放たれた。大砲に等しい轟音が鳴り響き、槍のような火矢が大気を焦がし貫く。


 僕もまた〈シリーウォーク〉を発動、宙を走って回避行動に入る。


 立体的な軌道を描いて空中を疾走する僕らの隙間を、真紅の槍が一瞬で通り過ぎた。刹那、猛火の熱感が肌を撫でていく。火炎など関係なく直撃したらただじゃすまない一撃だ。


『RRRRROOOOOOOO!!』


 サイケンタが吼え、鋼鉄の蹄を鳴らして左方向へ駆け出した。彼我の距離を一定に保ちながら、奴は腰から上を回転させる。機械弓の照準を僕らに向け続け、炎の矢を連発してきた。


 ――今回は流石に支援術式を使ってはダメです、とは言いません。修行で命を落としては元も子もありませんから。ですが、可能な限り控えめにしてください。これもまた、修行の一環です。


 耳朶にロゼさんの声が蘇り、僕は歯を食いしばって襲い来る火矢の雨を見据える。大丈夫だ、よく見て予測して動けば、回避しきれないものじゃない。


「だぁああああああああああッ!」


 宙を駆けながら気合を入れ、両手の柳葉刀を振るう。円、回転、螺旋。コンパクトに素早く強く、直撃コースの矢を連続で叩き斬った。


 一方、先行したフリムは迫り来る槍のごとき閃火を迎え撃とうとはしなかった。白銀の長杖を突きの形に構え、弾丸のごとく空中を疾駆する。


「てぇりゃああああああああっ!」


『ストライクランス』


 使い手の意図を汲んだ――おそらく〝SEAL〟から直接コマンドを受けているのだろう――ドゥルガサティーが、先端と側面のスリットからフリムのフォトン・ブラッドを吐き出し、展開した。瞬く間に形成されたのは名前の通り、紫光の騎士槍。


 だが、出来上がった円錐の大きさが尋常ではない。


 フリムの全身をすっぽり隠すほどの巨大な穂先が、降り注ぐ炎の雨を全て弾き飛ばした。


『RRRRROOOOOOOWWWWWW!?』


 いきなり出現した巨大すぎる騎士槍に、サイケンタは驚愕したようだった。慌ただしい動作で機械弓の連射を止め、けたたましく四つの蹄で床を叩き逃走に入る。


 奴の判断がわずかに速かったのだろう。真っ直ぐ突っ込んだフリムの騎士槍は、ギリギリの差で生身の馬部分を貫けず空を切った。そのまま後ろの壁に激突して、凄まじい音を轟かせる。


「――っのっ! 避けてんじゃないわよっ!」


『RRRRROOOOOWWWWWW!』


 フリムの理不尽な物言いを理解しているのか、逃げるサイケンタが全身から抗議めいた雄叫びをあげた。


 僕は先回りして、その前方に滑り込む。


 両手の甲に剣術式のアイコンを浮かべ、発動させた。


「〈ヴァイパーアサルト〉ッ!」


 二振りの柳葉刀から、フリムのそれよりも暗く濃い紫の輝きが飛び出した。光はそのまま刃となり、獲物を狙う蛇の動きで伸び上がる。


「はぁああああああッ!」


 いくら一〇〇層あたりに出てくる程度とはいえ、流石に相手がルームガーディアンともなれば、ただ斬りつけてはい終わりとはいかない。


 こちらに突っ込んでくるサイケンタ目掛けて、僕は〈ヴァイパーアサルト〉の連続斬りを浴びせた。狙うは奴の最大の武器、機械弓。しなる深紫の光刃が、空中に幾重ものネオンサインを描く。


『RRRRROOOOOOO!?』


 ガガガガガガッ! と金属をやすりで削るような音が連鎖する。だが、なおもサイケンタの速度は緩まず、それどころか力尽くで機械弓の筒先を僕に向けてきた。


 砲口から溢れる金色の光――稲妻の矢だ。


「――ッ!」


 僕が〈シリーウォーク〉の足場を蹴って真上に跳躍するのと、機械弓から雷撃が放たれたのは、ほぼ同時だった。タイミングがギリギリ過ぎて、右のコンバットブーツの先端が、ジュッ、と焦げた。


「っの!」


 跳躍の頂点で身を丸め、その場で縦に一回転。遠心力を乗せた二本の光刃をサイケンタの首元に叩き込んだ。


『RRRRRROOOOOOOOWWWWWWW!!』


 咆哮を上げたサイケンタが怒涛のごとく駆け出した。僕の脇を抜け、一気に遠ざかっていく。


『ちっ……すばしっこい奴ね……! ハルト、ちょっとそいつを引き付けておいて! 【地雷原】を作るわ!』


 スイッチを介してフリムからの念話が脳内に響いた。


 僕の持っていたスイッチは現在ハヌとロゼさんが使っているので、いま僕らをコンビとして繋げているのは、フリムの私物である。


『――了解っ!』


 フリムから飛んできた指示に、僕も念で返事をする。【地雷原】という単語から、彼女がついにエンチャンターとしての腕前を発揮することを理解したのだ。


 サイケンタが高速移動をしながら機械の上半身だけを回転させ、機械弓をこちらに向ける。筒先に宿るのは白銀の煌めき。今度は冷気を纏った矢が来る。


「〈スキュータム〉!」


 咄嗟に防御術式を五枚重ねで発動。火炎と稲妻と違い、大気中の水分を凍結させる冷気の矢は、下手に喰らえば動きを止められてしまう。さっきみたいに掠っただけでも致命的だ。絶対に喰らうわけにはいかなかった。


『RRRRRRROOOOO!』


 連射が来る。白い靄に包まれた巨大な矢が何十本と殺到した。


「くっ……!」


 直撃コースだった氷結の矢が、淡く紫紺に光る六角形の半透明シールドに激突し、弾け飛ぶ。衝撃が走る毎に視界の半分以上が真っ白に染まった。


 業腹だが身体強化していない僕の速度では、奴の疾走に追いつけない。このままサイケンタが近付いてくるか、速度を落とすのを待つしかなかった。


 視線をフリムに転じると、彼女は部屋の中を素早く駆けずり回っていた。床に壁にと縦横無尽に走り回り、その軌跡がピュアパープルの残光として目に焼きつく。


 よく見ると、戦闘ブーツの靴底が床や壁に触れる度に五〇セントルほどのアイコンが生まれては消えていた。あれこそが【地雷原】の種――付与術式が一つ〈バンクマイン〉に違いない。


『OOOOORRRRRRRROOOOOOWWWW!!』


 調子に乗ったサイケンタが一定の距離を保ったまま僕の周囲を駆け回り、機械弓から火炎、氷結、雷電の矢をランダムに打ち込んでくる。


 僕は空中に立ち止まったまま、全方位に向けて隙間無く〈スキュータム〉を並べ、完全防御体勢をとった。


 奴め、このまま僕を嬲るつもりだ。しかし、今の僕の役割はサイケンタを引き付け、フリムを自由にさせること。だから、これでいい。このまま時間を稼げば――


『――オッケーいいわよハルト! こっちに来て!』


 と、待ちかねていたフリムからのゴーサインが来た。


 次いで、スイッチを経由して僕の〝SEAL〟に座標データが届き、自動で処理される。


 僕の視界に、フリムが【地雷】を敷設したエリアが赤く表示された。


 四角い部屋のやや奥側、右の壁から左の壁まで、太い河のような真っ赤な【地雷原】が出来上がっている。あれだけの広範囲に〈バンクマイン〉を敷き詰める為、一体どれだけの数の術式が発動されたのか。まるで想像がつかない。


 とはいえ、僕は知っている。フリムが、ある意味ハヌにも似た特異な体質であることを。だから、【地雷原】そのものに疑問を抱く余地はなかった。


 それに、今は余計なことを考えている時ではない。


 要はあそこまでサイケンタを誘き出せばいいのだ。


『わかった!』


 寸暇を惜しみ僕は返事と一緒に駆け出した。全ての〈スキュータム〉を背中に集め、後方からの攻撃に備える。


 ちょうどフリムの作った【地雷原】とは反対方向にサイケンタがいたため、誘導は容易だった。


『RRRRRRROOOOOOOOOOWWWWWWWWW!!』


 サイケンタの甲高い雄叫びが追いすがってくる。三色の巨矢が僕のすぐ側を高速で追い抜いていく。何度か背中に鈍い衝撃が走って、術式シールドに矢が直撃しているのがわかった。


「こっちこっち! ほぉらお尻ペーンペン♪」


 僕は駆けていく先、赤いエリアの向こうで待ち受けているフリムが舌を出し、こちらにお尻を向けてペシペシと掌で叩いた。ふりふりと長いツインテールも躍る。


 何故だろう、背後のサイケンタにしているとわかっているのに、微妙にイラっとするのは。


『RRRRRROOOOOOOWWWWWW!!』


 背後からの連射がさらに速くなった。けれど、そのぶん脚が遅くなったらしく、途中で追いつかれるかもと思っていたのだが、僕は無事に地雷原の直上の空間を〈シリーウォーク〉で駆け抜けることが出来た。


 フリムのすぐ近くまで辿り着き、スピードを緩めながら振り返る。


『RRRRRRRROOOOOOOO――!』


 するとちょうど、鋼鉄の蹄で床をどよもし機械弓から炎と氷と雷の矢を乱射しまくっていたサイケンタが、フリムの【地雷原】に飛び込むところだった。


 視界に映る赤いエリアに、鋼の蹄が、触れた。




 視界全てが真っ白に染まり、爆音が轟いた。




「――!?」


 あまりの眩しさに両腕で顔をかばい、瞼をぎゅっと閉じる。


 一拍遅れて、全身をビリビリと震わせる凄まじい衝撃波が嵐のごとく吹き荒れた。


 目を閉じる直前に見た光景が、脳裏に焼きついている。


 当たり前だが、サイケンタの踏んだ場所が真っ先に起爆した。そこから次々と前後左右に誘爆していき、あっという間に【地雷原】全てが連鎖爆発した。


 いや、あれは爆発というより、爆裂だ。


 指向性を持った爆破の力が、床から真上へ、壁から真横へと真っ直ぐ弾けたのだ。


 溢れ出す光の波濤に、サイケンタの全身が一瞬にして呑み込まれた。


「――――」


 耳を劈く爆発音が、余韻を残しつつ徐々に消えていく。そろそろと腕を下ろして目を開くと、そこにはもう、半機械の首無しケンタウロスの姿はなかった。


 僕らが部屋に入ってきた瞬間に時間を戻したかのように、青白いコンポーネントが宙に浮いていた。






 僕の従姉妹であり幼馴染であるフリムことミリバーティフリムは、特異体質である。


 一言で言ってしまえば、フォトン・ブラッドが【濃い】。


 人より少し、とか、人一倍、とかいうレベルではない。


 それこそ〝怪物〟と呼んでも差し支えないほど、フォトン・ブラッドに内包された『現実改竄物質』の密度が濃厚なのだ。


 なにせフリムは生まれてこの方、枯渇イグゾーストを経験したことがない。


 というのも彼女の場合、理論的に枯渇状態になることが不可能なのである。


 人体に流れる輝き光る血――フォトン・ブラッド。そこに宿る『現実改竄物質』は何もしなければ約二四時間(アワト)、つまり丸一日で全快する。


 一日は二四時間(アワト)。さらに細かくして、一四四〇(ミニト)セカドにすれば、八六四〇〇だ。


 単純に考えればフォトン・ブラッドに宿る『現実改竄物質』――これをみんな『フォトン・ブラッド』と略しているが――は、一セカド毎に全体の八六四〇〇分の一が回復する、という計算になる。


 そして、フリムの術力はフォトン・ブラッドの濃さに比べれば、吃驚するほど常人レベルだ。


 その結果、何が起こるか。


 わかりやすく一言で説明しよう。


 最大術力で消費するフォトン・ブラッドより、一セカドにおける回復量の方が多いのである。


 馬鹿げたことに、八六四〇〇分の一の回復量と、フリムの術力とを比べた場合、その差は倍以上になるという。もちろん、回復量の方が圧倒的に多い。消費と回復のバランスが、良い意味で崩れてしまっているのだ。


 例えるなら――巨大なタンクに比べて、あまりにも小さすぎる蛇口。しかも、中身は蛇口よりも大きい補給口から常に供給されている。


 おかげで、フリムはどれだけ術式を連発しようとも、次の瞬間にはフォトン・ブラッドが満タンになってしまう。使い切ろうにも使い切れないのだ。


 この特異体質は祖母のレイネーシスマリアと同じもので、話を聞くに、代々遺伝している一族の特質らしい。祖母マリアが祖父アレスと共に肩を並べて戦っていられたのも、この特異体質によるものが大きかったという。ちなみに、女性にしか発現しないのだとか。


「まるで〝永久機関〟みたいだなぁ」


 とは今は亡き祖父の弁である。


 先程フリムが張り巡らせた【地雷原】こそは、まさにその〝永久機関〟によるごり押し戦法だった。


 地雷系の付与術式である〈バンクマイン〉を辺り一面に山ほど埋め込み、敵を誘い込んで一気に爆滅させる。


 これがフリムのエンチャンターとしての、必殺技の一つだった。






「ミッション・コンプリート! 流石はアタシね♪」


 何故かキメ顔で横ピースをするフリムに、僕はややげんなりする。


「流石はアタシね、って……僕っていう囮がいないと成立しなかった作戦だと思うんだけど……」


「何言ってんのよハルト。アンタを信じていたから任せられたんじゃない。よくやったわよ。褒めてあげる」


「それ、ものすごく上から目線だよね……」


「何よ? 踏まれたいの?」


「だからなんでそうなるの!? 意味がわからないよ!?」


 フリムの密集〈バンクマイン〉によって活動停止シャットダウンさせられたサイケンタのコンポーネントが、ふよふよと宙を漂い、彼女の〝SEAL〟に吸収される。


 地雷原の跡地は、その爆発の規模を考えればあまりに綺麗だった。


 それもそのはず。付与術式〈バンクマイン〉はあくまで床や壁に爆破の力を埋め込むだけで、それらを破壊するものではない。影響があるのはアイコン――術式が発動するとすぐ消えてしまう――の表面が向いている方角だけである。


「それにしても、聞きしに勝る威力だね」


 フリムと一緒にエクスプロールするのは、実は今回が初めてだ。昔から知っていた特異体質はともかく、彼女の戦い方については、昨日の内に色々と聞いていたのである。


「まぁね。でも、付与術式はどれも持続時間が短いのが玉に瑕なのよねぇ。もう少し余裕があれば、もっと爆撃の密度もあげられるんだけど」


「それじゃコンポーネントまで粉々になっちゃうよ……」


 付与術式の効果時間は支援術式よりも短い一(ミニト)が基本だ。よって、〈バンクマイン〉も設置してから一ミニト後には消滅してしまう。


 だからトラップ型の付与術式は、威力が高い反面、使い勝手が悪い。このせいでエンチャンターもまた、エンハンサーほどでないが、他のエクスプローラーから敬遠されてしまっていた。


「ま、それはさておき。意外と楽勝だったわね。この調子なら一日で全部回れるんじゃない? そういえば、ここの復活周期ってどうなってるのかしら?」


「えーと……確かルームガーディアンは七二アワトだったと思う。だから急がなくても、三日で一周できればちょうどいいんじゃないかな」


 ゲートキーパーと違い、ルームガーディアンは一定の周期で復活する。勿論、その分コンポーネントの純度やら価値やらは落ちるのだけど。


 僕とフリムはこの階層に一〇八つあるアーティファクトルームを巡り、そこにいるだろう全ルームガーディアンのコンポーネントを目下の目標としていた。


「なによ、余裕があるなら最前線のゲートキーパーにでも突っ込めばいいじゃないのよ」


「ゲート……!? だ、ダメだよ! ダメダメ! そんなの絶対危ないって!」


「そんなことないわよ。言ったでしょ? アタシのドゥルガサティーとスカイレイダーさえあれば――」


「だぁぁぁめっ! 絶対にだめっ! っていうか、僕に無理するなって怒ってた人が無理してどうするのさっ!」


「はいはい、わかってるわよ。冗談よ、冗談。――チッ」


「舌打ちしたね!?」


 無駄にやる気というか、【殺る気】が満々のフリムをどうにか押し留め、僕らは次の部屋へと向かった。


 フリムの好戦的なところは、どこかハヌにも通じるところがある。術力やそれに関する分野に才能がある人は、みな性格が似通ってくるものなのだろうか――なんて、そんな思いが微かに脳裏を過ぎるのだった。




 それからも、僕が囮になってフリムがトラップを仕掛ける、という戦法を繰り返し、僕達は立て続けに十体のルームガーディアンを撃破していった。


 無論、中には全く動かない――いわゆる『固定砲台』タイプの――ルームガーディアンもいたので、そちらは防御を固め、間合いを詰めていき、二人で攻撃術式を連続で叩き込んだ。機械部分にはまるで歯が立たなかったけれど、生身の部位なら僕の柳葉刀でも刃が通ったので、どうにかフリムの独壇場だけは阻止できた。


 ちょっと情けない自負だけれど。


 それにしても、フリムのエクスプローラーとしての強さは祖父や祖母づてに聞いてはいたけれど、まさかこれほどまでだったとは。


 ドゥルガサティーやスカイレイダーが武装として優秀なのもあるのだろうが――と言ってもそれらすら彼女の自作なのだが――僕の見たところ、フリムの実力はもはやトップ集団のそれになんなんとしている。


 自分の武器さえあればゲートキーパーだって目じゃない――というのは、決して大言壮語ではないのかもしれない。勿論、試したりなんて出来ないけれど。


 僕の修行という意味では少し物足りない気もするけど、この調子だと一日では流石に無理としても、二日もあればこの階層のルームガーディアン全てを活動停止シャットダウンすることが出来るのではないだろうか。


 むしろ、上手くいけば余ったコンポーネントの売却費で、ハヌとロゼさんの負担も軽くしてあげられるかも――なんて楽観的な未来予想図すら思い浮かぶ。


 そんな夢想をしている時だった。


「ねぇ、ハルト」


 僕の後ろを歩くフリムが、なにやら改まった雰囲気で声をかけてきた。戦闘中は別として、移動中は基本的に僕が前に立っている。支援術式〈イーグルアイ〉でもって斥候役をするためだ。


「? なに、フリム?」


 一〇メルトルほど先に飛ばしている紫紺の鷲からの視覚情報があるので、僕は遠慮なく歩きながら背後を振り返った。


 そこには真面目くさった顔のフリムがいて、彼女はとても真剣な声でこう言った。


「やっぱアンタって弱いわよね」


「ぐはぁっ!?」


 いきなり背中に突き刺さった言葉の剣に、僕は悲鳴をあげて足を滑らせた。


 びたーん、と白亜の床に蛙みたいな格好で倒れ伏す。


 あまりに容赦の無さ過ぎる一言に、一発で心が折れてしまった。


「ちょ、ちょっと、どうしたのよ? 大丈夫?」


 僕の足元で歩みを止めたフリムが、気は確かか? みたいな口調で聞いてくる。


「だ、大丈夫もなにも……い、いきなり、ひどいよ……」


 思わず涙声になってしまった。


「? 何がよ? アタシ何か変なこと言った?」


 キョトンとしている声。自覚なしである。この自称お姉ちゃんの幼馴染は、体の心配はしてくれてもメンタルのケアまではしてくれないことに定評があるのであった。


「アンタってさ、ベンチマークテストの最新の結果ってどれぐらいなの? 総合評価でいいから」


 ドゥルガサティーを杖にして、しゃがみこみながら放り投げられた質問に、僕は体を起こしながら答える。


「……総合ランク……D……」


 自然と声のトーンが落ちた。


「D、ね。ま、そんなところよね」


 フリムは驚きもしない。多分、僕が渡した戦闘ログの結果からとっくに予想済みだったのだろう。


「そうよねぇ、アンタってどう見ても生体限界も突破できてないもんね。でも良かったじゃない、Eじゃなくて」


「…………」


 馬鹿にされるどころか、逆に慰めの言葉をかけられた。むしろ、笑われた方がまだしもマシだったかもしれない。僕は立ち上がり、無言で服についた汚れを払う。


 エクスプローラーには公式のベンチマークテストというものがある。


 これは名前から察せられるとおり、強さの目安を測る『性能テスト』のことを指す。


 基本的な項目としては、筋力、耐久力、敏捷性、術力、フォトン・ブラッドの質などがメジャーだ。


 計測方法には、現地で実際に測るもよし、個人情報である戦闘ログをベンチマーク協会に送って診断してもらうもよし、いくつか手法がある。


 僕の最新の結果というと――




 ・筋力:D


 ・耐久:C


 ・敏捷:C


 ・術力:E


 ・血量:B




 ※総合評価:D




 ――以上である。


 ランクの種別は、最低Eから最大SSSまで。あと、特別枠でEXランクもある。


 あくまで所感だが、各ランクの程度は次のような感じである。




 E=ひどい。洒落にならないほど弱い。


 D=弱い。話にならない。


 C=まぁまぁ。普通レベル。


 B=そこそこ。結構できる方。


 A=優秀。ここまでくれば立派なもの。


 S=ずば抜けた才能の持ち主。常人には到達出来ないレベル。


 SS=国単位で見ればトップクラス。


 SSS=世界でも有数。


 EX=次元が違う。




 ボクの場合、唯一フォトン・ブラッドの量だけがB、つまり『そこそこ』であり、それ以外のほとんどが『まぁまぁ』レベル。そして、術力に至っては目も当てられない始末だった。


 特に術力に関しては、ただEが最低ランクなだけであって、これよりもさらにFやGなどがあれば、間違いなくそちらになるだろうってほどにひどかった。それぐらい僕の術力は弱いのだ。


 よって、その辺りが足を引っ張った結果が総合ランクDである。


「……べ、別に、ベンチマークテストの結果が全てってわけじゃないし……」


 僕はあらぬ方向へ視線を逸らし、唇を尖らせる。


 そう、これはあくまでベンチマークの話。性能スペックに対する評価でしかないのだから、実践についてはまた別なのだ。


 実際、我ながら未だに信じられないことではあるけれど、僕は単体であのヘラクレスに打ち勝ち、〝神器保有者〟であり将星類と融合したシグロスを打倒寸前まで追い詰めたのだ。


「アンタってさぁ、一人で飛び出してエクスプローラーやってたわりには、あんまり強くなってないわよね? でもログを見る限り、別にサボってたわけでもなさそうだし……」


 僕が立ち上がったせいで、しゃがみこんだフリムの声が足元から聞こえてくる形になる。一瞥すると、彼女は紫水晶みたいな無邪気な瞳で僕を見上げていた。


 が、その双眸が突然ジト目に変化する。


「……前にアレスお祖父ちゃんが言ってたけど、アンタ本当に才能あるのかないのか判別不能な奴よね。ま、クラフターとしては面白そうな相手だから別にいいんだけど」


「つ、強くなるよ! 僕だってこれからなんだからさっ! 今だってロゼさんに色々と教えてもらって、戦い方だって――」


 僕がフリムの意地悪にせめてもの抗弁を試みた時だった。


 パン、パパン! と何やら爆竹が爆ぜるような音が聞こえてきた。次いで『うおっ!? おおおおおっ!?』『だぁああああ何だぁ!?』という野太い悲鳴も。


「――!?」


 音源はフリムよりもさらに後方、つまり僕達が来た方角である。見ると、十メルトル程離れた床から、細い煙が柳のように何本も立ち昇っていた。


「――かかったわね」


 フリムが振り向きもしないまま口角を大きく吊り上げ、にやり、と笑みを浮かべる。アメジストの光がキラキラと輝きだして――あ、これはいじめっ子の顔だ、と僕は思う。


「な、なに……? 何かしたの、フリム……?」


 僕が戦きながら問うと、彼女は立ち上がって片目を瞑って見せた。


「ちょーっとね。スカイレイダーで〈バンクマイン〉を最小出力で発動させて、罠を仕込んでたのよ。後ろから誰かが近付いてきたら、姿を消していてもわかるようにね♪」


「あ……!」


 聞いた瞬間、僕は理解した。


 そういえばルームガーディアンとの戦闘中も、フリムはずっとスカイレイダーの靴底から〈バンクマイン〉を発動させ、壁や床にトラップ術式を設置していた。確かに術力を絞って行えば、術式の起動を示すアイコンは靴底に隠れて見えないし、一ミニト以内に何者かがそこに立てば、今のように小さな爆発が起こって音が鳴る。


 まさに、フリムの特異体質とスカイレイダーがあってこそのトラップだった。


「さて、こんなショボイ罠に引っかかった奴の顔を拝ませてもらいましょうか。――ほら、出てきなさい! 隠れてるのはもうわかってんのよ!」


 両手を腰に当てたフリムが声を張ると、やがて観念したのか、僕達を密かに追跡していた連中は隠蔽術式を解除して姿を現した。


 何をか言わんや、である。


 やることといい、聞こえてきた声の質といい、昨日の今日で早速だった。


「チッ――ウゼェ真似してくれるじゃねぇか、ぼっちハンサーくんよぉ……!」


 露骨に顔を歪めて凄んできたのは、誰あろう茶髪のニエベス。その傍らには、見覚えのある三人が顔を並べていた。


 ハッ、とフリムが彼らを嘲笑う。


「アンタ達が『お馬鹿のニエベスと愉快な仲間達』? よくもまぁお粗末な尾行をしてたものね。いくら自分達の音を消していても、こっちの仕込んだ術式の音までは消せないのよ――って、何よアンタ達? いきなり人を指差してバカみたいな顔して?」


 フリムの言う通りだった。ニエベスを始め、こちらに歩み寄ってきたかと思った四人が急に足を止め、オバケでも見たような顔で固まっていた。


 全員が全員、ぷるぷると震える指先でフリムを示している。


「お、おま、おま、おま、ま……!」


「おまま? アンタちょっと……ふふっ……何言ってんのよ、誰がお母さんよ。――ぶっ殺すわよ?」


 ぷっ、と吹き出した後、すごく綺麗な笑顔でサラリと怖いことを言う僕の従姉妹である。


「ちっっっっげぇよッッ!!」


 ものすごい勢いでニエベスの突っ込みが入った。顔どころか鎖骨辺りまで真っ赤に染めた彼は、ここで会ったが百年目、とでも言いそうな雰囲気でフリムを睨み付ける。


「テッ、テメェは……テメェはぁっ……!」


 すると、他の三人が申し合わせたかのように声と台詞を重ねて、大きく叫んだ。


「「「あの時のクソ女ぁ――――――――――――――――ッッッ!!!」」」


「へ?」


 思わずおかしな声をこぼしてしまったのは僕である。


 ――あの時の?


「……フリム、知り合い?」


 そう尋ねると、彼女はフルフルと首を横に振って、ご自慢のツインテールをクネクネと揺らした。


「ううん、見たことない顔よ?」


「「「「おおおおおおいいいいいぃぃぃぃ!?」」」」


 キョトンとしたフリムの返答に、ひどく必死な抗議の声が上がる。


 そこで僕は色々と察してしまった。


 多分、ニエベス達はどこかでフリムと縁を持ったのだろう。けれど、フリムは自分の興味の無いことはすぐに忘れてしまう質だ。


 だから、何があったかは知らないけれど――まぁ予想はつくけれど――フリムが一方的に彼ら四人のことを忘却してしまっているだけなのだろう、と予想ができた。


「――まぁ、なんでアンタ達がアタシの顔を知っているのか? なんてことはどうでもいいんだけど……」


 ヒュッ、と風切り音が鳴り響いた。フリムが右手に持ったドゥルガサティーを左から右へ振った音である。


 氷細工のような美しい笑みを浮かべる悪魔が、そこにはいた。


 僕は知っている。フリムがこのような表情を浮かべている時、彼女がその内部でどれほど怒り狂っているかを。


 フリムは怒りがある一点を超えると、憤怒のそれから笑顔へと表情を変えるのだ。


 これまた氷で作った笛を鳴らすようなソプラノが、やや震えながらニエベスらに問いを発した。


「……誰が、【クソ女】、ですって?」


 この瞬間、おかしなことに、僕はニエベス達の安否を本気で心配してしまったのだった。






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