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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第三章 天才クラフターでスーパーエンチャンターのアタシが、アンタ達の仲間になってあげるって言ってんのよ。何か文句ある?

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●7 バタフライ効果





 寝不足である。


 ハヌとロゼさんとの合流地点にふらつく足取りで向かいながら、僕は太陽の黄色さに顔をしかめる。


 昨晩は散々だった。


 あの後、フリムは「あっついから」と言って、なんとバスタオル一枚という半裸状態で浴室から出てきた。もちろん僕は悲鳴をあげて服を着るよう要請したのだけど、当然フリムが聞き入れるはずもなく。彼女は僕などいないかのように振舞い、本当に体温が下がるまでその格好でい続けた。


 それだけではない。


 眠るときは、僕のシングルサイズのベッドで一緒だったのだ。一人でもさほど広くないスペースだ。二人だと尚更である。


 あまつさえ、僕は抱き枕にされた。もちろん最初は、フリムがベッドで寝るのなら自分は床で寝ると主張したのだ。なのに、暑いからと半裸状態でいたくせに、眠るときには「ちょっと肌寒くなってきたわね」となどと嘯いて、僕を強制的に同衾させたのである。


 天国か地獄かと問われれば、あれは間違いなく地獄だったと答えよう。


 こう言っては何だが、僕だって一応は年頃の青少年である。無論、付き合いが長くて姉弟同然に育ったフリムに、家族愛以上の感情なんて持ち合わせていない。


 しかし、フリム自身も言っていたけれど、彼女は確かに一年前よりも綺麗になった。もとより男子にモテるタイプの女の子だったけど、さらに磨きがかかったと思う。そして、体のほうもより女性らしく成長していた。


 柔らかいのだ。


 昔はハヌみたいな感じだったと記憶している。だけど、今となってはどっちかと言うとロゼさんに近い。年齢が近いのだから、当たり前といえば当たり前なのだけど。


 いくら従兄弟で幼馴染で昔よく一緒のベッドで寝た仲だと言っても、そんなの僕にとっては超古代並に遠い過去の話だ。


 残酷なことに、フリムのほうはベッドに入った途端あっという間に夢の世界へ旅立ってしまった。


 甘い寝息、絡みつく腕と足、マシュマロみたいに柔い感触。


 そんな成長したフリムの『女』をどうしようもなく意識させられながら、いやいや相手はあのフリムだぞ気は確かかこんな感情を抱いちゃいけないだろ――と葛藤し続けていたら、気が付いたときには朝を迎えていた。


 冗談抜きで、一睡も出来なかった。


「……はぁぁぁぁ……」


 歩きながら深く溜息を吐く。幸い、長時間横たわることである程度の疲労は回復していて、エクスプロールと修行が出来ないほどではない。けど、今日も帰ったら同じ事の繰り返しになるのかと思うと、今から憂鬱だった。


 ハヌとロゼさんとの合流場所へ近付いていくと、まだ約束の時間まで十ミニト以上あるのに、彼女達は先に来て待っていてくれた。あちらはまだ僕の接近に気付いておらず、何やら二人で話し込んでいる様子である。


 フロートライズに限らず遺跡のある街には、エクスプローラーが仲間を募る場所として『カモシカの美脚亭』のような集会所がいくつかある。それと同様、既に結成済みのパーティーやクラスタが合流するための専用空間も用意されている。僕達が利用しているのもその一つだ。


『モスクワの海』――ルナティック・バベルから歩いて五ミニトほどの場所にある噴水広場がそれである。ここの目立たない一角を、僕達は集合場所に決めていた。


 と、ロゼさんが僕に気付いた。軽く会釈してくれる。その動きでハヌも僕を見つけて、灰色の外套から腕を出して大きく振ってくれた。


 僕も手を振りながら近寄っていくと、


「――ロゼ、先程の件はラトには伏せておくのじゃぞ」


「はい、わかっています」


 ほんの微かな囁き声で、二人がそう言い交わすのが聞こえてしまった。


 ――なんだろう? 気になるけど、僕には秘密の話っぽいし……ここは聞こえていなかった振りをした方がいいのかな……?


 なんて思いつつ歩み寄っていくと、何故か二人の視線が僕の後方へズレた。


「おはよう、ハヌ、ロゼさ……ん?」


 何だか僕の背後霊でも見ているかのような三色の視線に、ふと嫌な予感がした。


 背筋に悪寒が走る。


 ――まさか……


 立ち止まり、錆び付いた機械みたいな動きで首を後ろへ巡らし――


「あ、やっと気付いたわね」


 振り返ると奴がいた。


 艶やかな紫のリボンで長い黒髪をツインテールに結った幼馴染が、そこにはいた。


 満面の笑顔で。


「……………………フ、フリム……?」


 僕は目を見開き、呆然とその名を呟いた。


 わけがわからない。頭が混乱する。確か、部屋を出るときには「いってきます」「いってらっしゃい」の挨拶を交わしたはずだ。彼女は僕を見送ったわけで、だから今も部屋にいるはずで、なのに実際にはここにいて――あれ?


「な、なんで……?」


 素の疑問が口をついて出た。フリムがここにいる因果関係が全く理解できなかった。


「なんでも家出もないわよ。アンタ、今から仲間の人と一緒にエクスプロールするんでしょ? だったら姉貴分のアタシが挨拶しないわけにはいかないじゃない。当然でしょ? ――あ、そちらのお二人?」


 当たり前のように言って、目ざとく僕の向こうにいるハヌとロゼさんを見つける。


「あ、いや、ちょ――!?」


「おはようございまーす♪」


 止めるが早いか、フリムは僕を避けて二人の方へ行ってしまった。


「はじめまして。いつもうちのハルトがお世話になっております。ハルトの従兄弟で姉貴分のミリバーティフリムと申します」


「ちょちょちょ、ちょっとフリム!?」


 意外にも礼儀正しく背筋を伸ばして、ぺこり、とお辞儀をしたフリムに、僕はテンパったまま追いかけて制止の声をかけた。


 僕を前にした時には絶対にしないだろう、にこやかで丁寧な態度。よそいきの声。まるで似合わない服でも着ているかのような違和感。


 いや、なんだろう、これ――は、恥ずかしい!? なんかすごく恥ずかしい気がする!


「な、なにしてるの!?」


 大声で質した僕に、フリムは頭を上げてうっとうしそうに振り向いた。


「なによもー、なにしてるのって、見りゃわかんでしょ? こちらの二人への挨拶よ」


「だ、だからなんでっ!?」


「あーもーうっさいわねー。人前なんだから静かにしなさいよ。だからさっき言ったでしょ? 大事な弟分がお世話になっているんだもの、せっかくここまで来たんだから、アタシがちゃんと挨拶しておかなきゃでしょ? アンタも外の世界に出たんなら、これぐらい常識として知っておきなさいよね」


「え、えええええええっ……!?」


 逆にお叱りの言葉を受けてしまって、僕は混乱の度合いをさらに深めた。


 ――な、なんで怒られたの……? 僕の方がおかしいの……?


 そんな風にまごついていたら、いきなりのことでキョトンとしていたロゼさんが我に返り、フリムに応じてしまった。


「……これはご丁寧にありがとうございます。私はロルトリンゼと申します。ラグディスハルトさんにはいつもお世話になっております」


 いつかのように静かに頭を下げ、スカートの両側を摘んでカーテシーするロゼさん。上品なその所作に、フリムが感嘆の息を吐く。


「はー……あ、もしかして、あなたがロゼさん? お話は伺ってます。うちの愚弟に戦闘技術をコーチしていただいているとか?」


 面を上げたロゼさんはお淑やかに首を横に振り、アッシュグレイの髪を揺らした。琥珀色の瞳が冷静にフリムを見る。


「いえ、私ごとき非才の身、わずかでもお力になれればと愚考した次第です。大したことではありません」


「いえいえ、本当にありがとうございますぅ、出来の悪い弟分ですが、どうか存分にしごいてやってくださいね♪」


「あ、ああ……ああああ……」


 猫なで声のフリムと普段どおりの恬淡なロゼさんが会話しているのが、何故だか無性に恥ずかしい。全方面に申し訳なくなってきて、このまま小さくなって消えてしまいたくなる。


「……妾は、他の者からは〝小竜姫〟と呼ばれておる。世話になっておるのはこちらも同じじゃ。気にせずともよい」


 頭からすっぽり外套を被っているハヌは、僕が思っていた以上に暗雲垂れ込める声を発した。綺麗な金目銀目が見えなくなるほど深くフードを被り、しかも俯いているせいでその表情は杳として知れない。


「…………」


 ハヌの態度に、フリムが鼻白む気配があった。彼女は両眼をパチクリさせた後、僕に一瞥を向け、ちょいちょいと手招きする。仕方なく体を近づけると、フリムは僕に耳打ちしてきた。


「……ねぇ、もしかしなくても、あの小さくて偉そうな人……人よね? アレが〝小竜姫〟って女の子……?」


「――――」


 僕は苦虫を噛み潰したような顔をするしかない。例えフリムが礼儀正しく接したところで、ハヌは相手が誰であろうと――それこそ剣嬢ヴィリーさんを前にしても――態度を変えない。多分、かしこまること自体を知らないのだろう。


 故に、僕はフリムにひそひそと耳打ちをし返す。


「……そう、あの子が小竜姫。詳しくはわからないけど、高貴な生まれの人みたいだから、偉そうなのは気にしない方がいいよ……」


「……ふーん……」


 納得したようなしてないような、微妙なフリムの返事。


「何をこそこそと話しておるのじゃ、ラト?」


「えっ!? い、いや、な、なんでもないよっ!?」


 ハヌには聞かせられない話をしていたら、当人からチクリと針のような指摘を受けてしまった。慌ててボディランゲージも含めて他意が無いことを示す。


「…………」


 フードの奥から曰く言いがたい目線を感じる。いきなり彼女にとって見知らぬ人間を連れてきてしまったのだから、当然といえば当然だ。


 これは一刻も早くフリムをどうにかしなければ。


「じゃ、じゃあ僕達これからエクスプロールだから! フリムは部屋で待っててね! ね!?」


「ちょっとちょっと何よ押さないでよもー」


 ブツクサ言うフリムの肩を押して退散させようとすると、彼女は意外にもあっさり引き下がってくれた。


「ったく、はいはいわかったわよ。ま、アタシもアンタの戦闘ログ調べたり、お師匠様に出す設計図を引いたり、レンタル工房とか探さないといけないから、あんま暇じゃないのよねー」


 ひょいと肩を竦めて一歩退くと、フリムは左手を腰に当て、右手でツインテールのかたっぽを振り払う。


 ぐっと左の親指を立てて、ウィンクを一つ。キメ顔でこう言った。


「ハルト、楽しみにしてなさいよ。アンタにぴったりの、すっっっっっっごい武器を作ってあげるから」


 威風堂々そう宣言すると、にゃは、と笑い、今度はその手をひらひらと振った。


「そんじゃ、気をつけていってらっしゃい♪」






 弟分が外套を被った小柄な影と一緒にルナティック・バベルへ向かうのを見送り、フリム自身も踵を返そうとした時だった。


 もう一人、ロルトリンゼ――ハルトが『ロゼさん』と呼ぶ少女が、まだ動いていなかった。


「――?」


 既にハルトと小竜姫と名乗る少女はこちらに背を向け、空高く伸び上がる白亜の塔へと歩を進めている。しかしロゼはそれに倣わず、何故か風の無い日の湖面のごとく澄んだ目でフリムを見つめていた。


 目が合っても、まだ動こうとしない。どうやら意識的にこちらを見ているらしい。


「……? あの、何か? というか、アナタみたいな美人に見つめられると、アタシ胸がドキドキしちゃうのだけど」


 愛想笑いを浮かべて半分冗談のつもりでそう言うと、しかしロゼは合わせて笑うこともなく、


「お姉様」


 と呼びかけてきた。


「お、おねえさまぁ!?」


 フリムの鼓動のリズムが跳ね上がり、思わず素っ頓狂な声が喉から飛び出した。色艶の良い頬に朱がさす。


「ラグさんの従兄弟の姉貴分ということでしたので、お姉様とお呼びしたのですが……」


「え……? ――あ、そ、そう、そうよね? そうよねそうよね? 変な意味じゃないわよねそうよねあービックリしたあはははは」


 赤くなった顔で笑って誤魔化すフリムに、ロゼは淡々と話を続けた。


「お願いがあります」


「へ? あ、はい。何でしょう?」


「まず、そのようにかしこまらなくても結構です。ラグさんとお話していた時のように、どうか自然にしてください。私のこれは癖のようなものですので、どうかお気になさらず」


 軽く頭を下げるロゼに、フリムは戸惑いつつ指で頬を掻く。


「え、ええと……じゃあ、わかりま――わかったわ。これでいい?」


「はい。ありがとうございます」


「ま、堅苦しくないのはこっちとしてもありがたいけど。それで? 【まず】ってことは、まだあるのよね?」


「はい。もう一つは、どうかラグさんのことを『愚弟』と呼ぶのはどうかおやめください」


「え?」


 予想外の話に、ツインテールの少女は虚を突かれ、言葉を失った。アメジスト色の目を瞬かせて、不思議そうな顔をする。


 責めているのか、諌めているのか。どちらとも判別できない平坦な口調と表情で、ロゼは告げた。


「お姉様。あなたの弟分のラグさんは、とても素敵な男性に成長なさっておられます。愚弟、出来の悪い弟分などと謙遜する必要はありません。彼はもう立派な戦士です。それだけは知っておいてください」


「…………」


「もしよろしければ、詳しい根拠もお聞かせいたします。今度、お時間があれば是非おっしゃってください。私からのお願いは以上です。お手間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした。それでは、失礼いたします」


 頭を下げる――ただそれだけの動作にどうすればここまで上品さを込めることが出来るのか。フリムがそう問いたくなるほど典雅な振舞いで一礼したロゼは、藍色のスカートの裾を翻し、その場を去っていった。


 言葉もなくロゼの背中を見送ったフリムは、彼女の灰色の髪と藍色のツーピースが見えなくなってから、ようやく大きな溜息を吐いた。


 自慢のツインテールの根元を両手で握り、位置を調整するかに見せかけて、特に意味もなくぐりぐりと動かす。


「――なによ、いい仲間が出来てんじゃない。心配して損しちゃった」


 不貞腐れたような、どこか寂しそうな声で呟き、視線を上へと向けた。


 抜けるような蒼穹を背景に、純白の軌道エレベーターが宇宙まで伸びている。


 あそこが、彼女の弟分の戦場だった。






 ■






 詳しい話はルナティック・バベルに入って、中央エレベーターシャフトを通り抜け、人気の無い第一層の奥まで進んでからということになった。


 ほぼ全てのエクスプローラーが中央のエレベーター群で各階層へ散らばっていくので、この第一層の奥まで来る人間なんてそうはいない。この階層ならSBもポップしないし、ちゃんと話をするならこのあたりが一番だった。


「あの、ハヌ……ご、ごめんね……」


「――何を謝っておるのじゃ? ラトは妾に詫びねばならぬことをしたのか?」


 純白に染まったルナティック・バベルの広い通路。ここにはもう僕とロゼさんしかいないのに、未だにハヌはフードから顔を出そうとしない。


 その上で、この硬い声の質問返しである。どう考えても怒っているに決まっていた。


「そ、その……フリム――あ、さっきの人なんだけど、その、あの子が来ていることを前もって言ってなかったことと……あと、いきなり連れてきちゃったこと、とか……」


「……ふむ。そちらか……」


「えっ……?」


 そちら? ということは、他にも怒られるようなことが……?


「確か、ミリバーティフリムお姉様、だったでしょうか。あの方はラグさんが意図して連れて来られたのですか?」


 既に濃紺のバトルドレスに装備を換装しているロゼさんの質問に、僕は慌てた。


「い、いえ、そんなことはっ! へ、部屋を出るときは一緒じゃなかったんですよ!? フリムだって、その時はいってらっしゃいって言ってましたし――」


「部屋を出るとき、じゃと……?」


「――えっ?」


 ぬっ、と差し込まれたハヌの呟きに、まるでナイフを突き付けられたかのような戦慄が走った。


 けど、僕にはそれが何故なのかまではわからない。正体不明の、だけど緊迫感を察知し、思わず動きが凝固してしまう。


「つまり何か……? ラトとあの者は、一夜を共にしたということか……?」


 台本でも読むような平坦なハヌの言葉に、僕は仰天した。


「い、いやいやいや!? ちょっと待ってハヌ!? その言い方はかなり人聞きが良くないよ!? ち、違うんだ、昨日フリムがいきなり転がり込んできて、ホテルもとってないって言うから仕方なく――」


「部屋に転がり込む……なるほど。その手がありましたか」


「ロゼさん!? いま何を納得したんですか!?」


「気にしないで下さい。こちらの話です」


「視線逸らしながら言われても!?」


 不穏な納得をしたロゼさんに食い下がっていたら、僕の戦闘ジャケットをくいくいと引っ張る手があった。


「ハ、ハヌ……?」


 何かを訴えるような動きに、僕はすぐその意図を察した。すぐさま彼女の前で膝を突き、目線の高さを合わせる。


「――妾は、ラトに問わねばならぬことがある」


「う、うん……」


 小さな外套姿から発せられる圧倒的な迫力に、我知らず生唾を呑み込んだ。


 ハヌの質問、それは――


「……妾は本当に、ラトの一番の親友か……?」


「――へっ……?」


 思いもよらなかった問いに、つい間抜けな声をこぼしてしまった。


 そんな僕の眼前で、ハヌがフードを外す。


 露わになった蒼と金のヘテロクロミアは、もう泣き出す寸前だった。


 彼女は桃色の唇をわなわなと震わせて、今にも嗚咽しそうな声で言う。


「あの者……フリムとやらが、ラトの一番の親友ではないのか……?」


「え……ええっ!?」


 予想の斜め上すぎる問い掛けに、僕は声がひっくり返るほど驚いた。


 ハヌはとうとう大きな瞳からポロポロと涙の雫を落とし始める。


「お、幼馴染みと言うておった……しかも『姉貴分』とも……わ、妾と立場が被っておるではないか……!」


 ――ええー……?


 この時点で突っ込みを入れたいのは山々なのだけど、流石に今はそんなことをしている場合ではない。いくら僕でもそういう空気ぐらいは読める。


 プルプルと寒空の下の子犬みたいに震えるハヌは、えぐえぐと泣きながらこうも訴えた。


「しかも従姉妹じゃ……つまりラトと幼き頃からずっと一緒じゃったということじゃろ……? 仲も良いはずじゃ……そう、昨晩はラトの部屋に泊まったぐらいじゃ……わ、妾とは次元が違う……! わらわは……わらわは、ほんとうにらとの、いちばんのしんゆうであるじしんが、のうなってきた……」


「お、おおお落ち着いてハヌ! だ、大丈夫! 大丈夫だから! と、とにかく落ち着いて!? ねっ!?」


 ハヌの唇の輪っかがどんどん大きくなってきて、終いには大声で泣き喚き出しそうな気配があったので、必死に宥めにかかる。


 するとハヌは、少し表情を落ち着かせて――しかし、両眼からはらはらと涙を流し続けながら小首を傾げ、半笑いでこう問うた。


「ラト……正直に答えてたもれ……? 本当は、妾は二番目なのであろ……?」


 何もかも諦めたような、すごく透明で、けれどどこか空虚な笑みだった。もしかしなくても今のハヌはものすごく追い込まれていて、笑顔以外に表情の選択肢がないところまで来ているのかもしれないと、僕は悟ってしまう。


 ――いやいやいやいや、ちょっと待ってちょっと待ってぇぇぇぇ!?


「……よいのじゃ、ラト……妾はもう覚悟は出来ておる……潔く、止めをくれてたもれ……」


 視線をあらぬ方向へ逸らし、ふっ、と笑みに自嘲すら混ぜるハヌに、僕はもう絶叫するしかなかった。


「お、お願いだから話を聞いてぇ――――――――ッッッ!?」






 大変だった。


 僕は必死に『あの女の子ミリバーティフリムは同い年の従姉妹で昔から姉弟同然に育ったのだけどある意味近すぎて友達って感じじゃないし親友なんてとてもとても』ということをハヌに説明した。しまくった。


 ハヌとしては、目の前で僕とフリムが親しくしているところを見て大層ショックを受けたらしく、なかなか信じてくれなかった。だけど、一生懸命説明を続けたところ、最終的にはちゃんとわかってくれた。


『本当か? 本当に初めての親友は妾か? 妾なのか? 本当に妾で良いのか? 絶対か? 絶対の絶対か?』


 という念押しに首が抜けるほど頷きまくった結果、ハヌはさっき以上に滂沱と涙を流して僕に抱き付いてきた。


『よ、よかったのじゃぁああああ……!』


 おいおいと噎び泣くハヌを、よしよし、とあやして落ち着かせてから、僕はようやく他のことについても説明をした。


 フリムが何故、ここフロートライズにいるのか。彼女は一体何をしにやって来たのか。


 また、当初は修理するはずだった黒玄と白虎が、なんだかんだでリメイクされる流れになったことについても。


 昨晩から今朝までのいきさつを全て話し終えてから、やっと今日のエクスプロールが始まった。




「……はぁぁぁぁ……」


 一人になった途端、体内の空気を全部吐き出してしまいそうなほど深い溜息が出た。


 ハヌとロゼさんとは一層の中央エレベーター前で別れた。彼女達は今日も最前線近くでエクスプロール、僕は低層で修行がてらのSB狩りである。


「……なんだか、今日は朝から疲れたなぁ……っとと」


 エレベーターシャフト周辺の安全地帯から出る前に、ストレージにギンヌンガガップ・プロトコルでデータ圧縮していた柳葉刀を取り出した。ディープパープルの光が弾けて、白銀の双剣が具現化する。


 昨日『カリバーン』の店長にお願いできなかったメンテナンスは『そんなもんアタシがやったげるわよ!』という宣言通り、フリムがやってくれた。自らを『天才』と称するだけあって、そしてマリアお祖母ちゃんの薫陶を受けただけあって、彼女の整備は完璧だった。


 刃こぼれは跡形も無く消えていて、鏡のごとく磨かれた刀身には僕の顔が映り込んでいる。あの『カリバーン』の店長に勝るとも劣らない仕上がりだ。


「……よしっ」


 今日の修行の場はルナティック・バベル第五三階層。少し前にもハヌの〈エアリッパー〉の練習で来た階層である。


 ここに出没するSB〝クロードモンキー〟は昨日のバグベアーと同じく、小柄で俊敏なのが特徴だ。けど、直線的な動きをするバグベアーと比べて、クロードモンキーは壁に跳ね返ったり宙返りをしたりしてトリッキーな動きが目立つ。今日はあいつらを相手に、ロゼさんから伝授された動きを体に叩き込んでいこうと思う。


「……それにしても、やっぱり誰もいないなぁ……」


 しん、と静寂の満ちる空間に、僕の声が驚くほどよく響いた。


 エレベーターシャフトから離れて、とりあえず北側の通路を進んでいく。辺りを見回しながら歩くけど、どこからも人の気配を感じない。当然と言えば当然だ。今時、とっくの昔に攻略された低層でエクスプロールする人なんて、よほどの駆け出しか、もしくはソロでやるしかないあぶれ者ぐらいである。


 例えば、少し前の僕とか。


「……なんか、夢みたいだなぁ……」


 ぽつり、と思わず感慨深い独り言が漏れてしまった。


 今の僕は、なんと一抹の寂しさを感じてしまっているらしい。それは、ちょっと前の僕からは想像も出来なかった心理状態である。


 昨日もそうだったけれど、こうして真っ白で広い空間を一人で歩いていると、まるで世界から自分だけが取り残されたようで不安になってくる。けれど、まだハヌと出会う前は――ソロでエクスプロールしていた頃は、これが当たり前だったのだ。


 ハヌという友達が出来て。ロゼさんという仲間を迎えて。


 僕はやっと、一人でいることに寂しさを覚えるようになれたらしい。


 そう考えると、本当に今という状況が夢のように思えてくる。


「二人とも、大丈夫かな……?」


 なかなかSBがポップせず、一人ぼっちでテクテク歩いていると余計な思考が生まれ、僕はふと天井を見上げた。勿論あの二人のことだから大丈夫に決まっているし、そもそも僕の方が弱いのだから心配するのもおこがましい話なのだけど。


 聞けば、僕が抜けた穴はロゼさんの〈リサイクル〉を用いて埋めているらしい。適当な使役SBを盾に使って、一時の陽動、撹乱、足止めをさせているのだとか。


『用が済めばまとめて薙ぎ払えばいいので便利です』


 とはロゼさんの弁である。そら恐ろしい言葉ではあるが、僕はそんな彼女と肩を並べ――それこそ使役SB以上に役に立つメンバーとして――戦えるようにならねばならないのだ。


 先は遠い。


「――それにしても、今日はなかなか出てこないな……珍しい……」


 聞こえるのは、僕の呟く声に、コンバットブーツが床を踏みしめる音だけ。


 そろそろ目当てのクロードモンキーでないにせよ、いずれかのSBがポップしてもいい頃合だ。と言っても遺跡内でSBと遭遇する確率は一部を除いてランダムなのだから、星の巡り会わせが悪いときは、小一アワトもポップしないことだって十分あり得るのだけど。


 余談だが――油断ならないことに――低層であっても極々稀に、高層に出没するような強力なSBがポップすることがあるらしい。と言っても、それこそ何百万分、何千万分の一の確率らしいのだけど。実際にいくつかの遺跡で同現象が確認されていて、現在でもデータ収集や分析が行われているのだそうだ。あまりに希有な遭遇のため、通称『奇跡の遭遇ミラクル・エンカウント』などと呼ばれているとか。


 そういえば、このルナティック・バベルでも五五層とか六六層とか、とにかく【ゾロ目】の階層では『奇跡の遭遇』の率が高いと噂に聞いたことがある。五〇層や一〇〇層といったキリ番階層だけでなく、ゾロ目階層でもこの軌道エレベーターとセキュリティシステムを設計した古代人のこだわりが反映されているということだろうか。


 そうだ、確かゾロ目と言えば――


「――ッ!?」


 出し抜けにじっとりとした視線を背後に感じ、僕は即座に振り返った。


「…………」


 しかし、誰もいないし、何も無い。


 また、だ。昨日と同じく、何やら妙な気配を感じるのに、振り向くと何事も無いのだ。


 昨日の気配は氷の棘のようだった。けどさっきのは、亜熱帯の空気みたいに、妙に粘っこくて暑苦しい視線だったように思える。


「……何だろう……寝不足で神経質になっているのかな……?」


 そう独りごちて前へ向き直った瞬間だった。


『――JJJJJAAAAAGGGGGGYYYYYY!!』


 申し合わせたように、今度こそ眼前でSBがポップした。


 何も無い空間に次々に青白い光が生まれ、収斂し、コンポーネント内部の情報体が具現化していく。


 現れたのは、小型SB〝ヴェロキラプトル〟――一二〇セントル前後の体長を持つ、二本足の怪物だ。


『AAAAAAGGGGGGYYYYY!』『GGGGGYYYYYY!』


 架空の生物が喉を逸らし、甲高い電子音の咆哮を上げる。


 ヴェロキラプトルのモデルはその名の通り、かつて超古代に存在していたという小型の恐竜である。灰色の乾いた硬皮に黒く縮れたたてがみ、ワニのごとく鋭い牙の並んだ獰猛な頭部に、猛禽類のそれを凶悪化させたような鉤爪。フシュゥゥゥと呼気を吐く口からボタボタとこぼれる涎が、無駄に生々しい。


 小型とは言え、バグベアーやクロードモンキーなんかと比べればよほど迫力がある。それが六体同時に出現し、僕の行く道を塞いだ。


「……よしっ!」


 敵との遭遇に、僕は自身に気合を入れ直し、一対の柳葉刀を構える。


 期待していたクロードモンキーではなかったけれど、こいつはこいつで良い練習相手になりそうだ。


『JJJJJJAAAAAAAGGGGGGYYYYYY――!!』


「でやぁああああああああああッ!」


 奇声を上げて躍りかかってくる獣脚類に、僕は床を蹴って真正面から突っ込んでいった。






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