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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第二章 格闘技が得意という歪なハンドラーですが、どうかあなた達の仲間に入れて下さい

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●16 反撃の翼 空に咲く華



 ようやく態勢が整った。


「非戦闘員の避難確認を完了しました。八つの龍穴の包囲網にも洩れはありません。団長、いつでもどうぞ」


「よくやってくれたわ、カレルレン」


 己の片腕である『蒼き紅炎の騎士団』副団長カレルレン・オルステッドから報告を受けたヴィリーは、束の間、目を閉じ黙祷を捧げた。


 戦端が開かれてから、既に一時間(アワト)以上が経過している。これまでの間、どれほどの犠牲が出たことだろう。


 フロートライズは人口四〇〇万を擁する大都市だ。その内部に現れたSBの群れは、怒涛のごとき勢いで住民達を襲った。


 少なくとも、犠牲者の数が万を下ることは決してないだろう。


 戦闘に参加してくれた皆はよくやってくれたと思っている。身内贔屓ではなく、これだけ短時間で事態をここまで収束できたのは、ひとえに彼らの優秀さと尽力のおかげだろう。これ以上の成果はそうそう望めるものではないはずだ。


 結果は上々――そう言っても過言ではない。


 だが、それでも。


 ヴィリーは現状に満足しているわけではなかった。否、満足できるわけがない。


 戦闘員も、非戦闘員も、失われた命は数限りない。


 もっと助けられたはずだ。もっと救えたはずだ。


 今よりも強く、賢くあれば、犠牲者の数は減らせたはずなのだ。あるいは、戦いが始まる前に全てを終わらせる術が、どこかにあったかもしれない。


 自分達はそれを見逃した。犠牲者が出ない方策をとることが、ついぞ出来なかった。


 故に、驕ってはならない。


 これは最善の結果ではない。


 自分達は、そのことを強く胸に刻み付けなければならないのだ。


「――――」


 ヴィリーは瞼を開く。深紅の双眸に、戦場の光景が映る。


 次から次へと湧いてくるSBの群れを相手に、エクスプローラーと自警団の皆が必死に応戦している。


 ――しかし、ここまでだ。


 ――これ以上の犠牲は、絶対に許されない。


 ――ここからは決して、誰も死なせてはならない。


 ――己が、そうさせないのだ。


「総員、後退して。私が【出る】わ」


 決意を胸に秘め、ヴィリーは指示を出すと同時に前へと進み出た。


「ここからは【全力】でいかせてもらうわよ。総員、巻き込まれないよう後方で待機。包囲網の維持に全力を尽くしてちょうだい」


〝SEAL〟の通信によって包囲網全体へ伝わったその命令に、ヴィリー麾下の者達は異口同音に了解の旨を返す。


 すぐさま命令は実行された。包囲網を狭めようとしていた戦線は整然と後退していき、ヴィリーは一人、敵陣の真っ只中に取り残される形となる。


 未だ彼女の〈ブレイジングフォース〉は解除されていない。蒼く揺らめく火焔が、少女の全身をオーラのように覆っている。


『PPPPPYYYYYRRRRRRRYYYYYYY!』


『GGGGOOOOOOOAAAAAAA!』


『UUUUUURRRRRRRRYYYYYYYYYYYYY!!』


 包囲部隊の中から突出し、一見孤立したように見えるヴィリーに対して、正面に位置するSBらは、そのアルゴリズムに則って攻撃態勢に入った。


 ヴィリーは歩みを進めながら、両手に握った二本の剣を無造作に振るう。


『PPPPRRR――』


 斬る。


『GGGGOOOOO――』


 斬る。


 蒼い炎と共に次元そのものを断裁するような銀閃が走り、途上にいたものを例外なく両断する。


『UUUUURRRRRYYYY――』


 鋭すぎる斬撃によって耐久力を失ったSBが活動停止していく中、ヴィリーは歩みを止めない。


 少しずつ歩く速度を上げながら、二刀から紅炎プロミネンスがごとき剣閃を繰り出し、SBを切り刻みつつ、奥へ。


 右。左。右。くるりとターン。左。左。右。ぐるっとターン。金色のポニーテールが体の動きに追随して龍のごとく躍る。


 さらに雄叫びを上げて襲い来る異形共を斬っては捨て、斬っては捨て。ただ一人、包囲網の中央――龍穴へ向けてヴィリーは進軍していく。


 それは不可思議な光景だ。


 一体一体が常人であれば活動停止させるのにひどく苦労し、時には返り討ちにあうこともある怪物達が、年若い少女が放つ火炎を伴う斬撃へ、まるで吸い込まれるようにして飛び込んでいく。


 否、傍目にはそう見えても、実際にはSBの動きに合わせてヴィリーが剣を打ち込んでいるはずだ。


 左。正面。左。右。ターン。右。正面。頭上。宙返り。長いポニーテールが美しい円を描く。


 だというのに、予定調和のごとくSBは続けざまに屠られていく。さながら、絶世の美姫とダンスを踊っては消えていくおとぎ話の妖精のように。


 剣嬢が敵陣を進む姿は、どこか熱した鉄棒で路面に積もった雪をなぞるのにも似ていた。赤熱した鉄棒が放つ熱波によって、雪は直に触れる事なく溶けて消えていく。それと同様、彼女に群がるSBは剣の間合いへ入った途端、白雪のごとく消失していくのだ。


 やがて歩む足に速度が乗り、ヴィリーは駆け出していた。斬光と蒼炎が文目を描き、絶対圏の檻を作る。SBの群れへ深い深い穴を穿っていく。


 そうして包囲陣から充分な距離がとれた頃、


「――はぁっ!」


 突如、ヴィリーは双手に持った剣を大きく振りかぶり――投げた。


「――はッ!」


 右、左と連続で投擲する。ヴィリーの向かう先にいたタゴンとレッドオーガへ、それぞれ炎を纏った刃が砲弾のごとき勢いで突き刺さる。


 その頃には、〝SEAL〟のストレージから具現化した新たな剣が二振り、彼女の手元に現れている。


 深々と突き刺さった剣によって二体の亜人型SBが活動停止していくのには目もくれず、ヴィリーは新たに取り出した二刀の柄を掴んだ。


「――はぁあぁっ!」


 が、それすらも彼女は投げる。今度は左右へ、光の矢のごとく。


 動きが加速していく。


 彼女はヴィクトリア・ファン・フレデリクス。誉れ高き〝剣聖〟ウィルハルトが実子。その二つ名こそ〝剣嬢〟。


 剣の神に選ばれし乙女の所有する刀剣が、五本程度であるはずがない。


 ヴィリーは足を止めぬまま、己がストレージに格納している武器をさらに具現化していった。そして、手にしたものを片っ端からSBめがけて投擲していく。


「――ぁああああああああああああああああああああっ!」


 続々と中空に現れる百を超える剣を、ヴィリーは全方位に向けて飽くことなく投げ続けた。一振り投げる毎にSBが一体以上活動停止していく。


 甲高い雄叫びと悲鳴。その最中を舞うように、刃の散弾を振り撒きながらヴィリーは進む。


 やがて、炎を模した一振りの蒼い剣がその手に収まった。


 これこそ彼女の愛剣リヴァディーン。


『輝く炎の剣』と名付けられた名剣の柄を強く握りしめ、ヴィリーは足を止める。


 立ち止まり、その場でリヴァディーンの切っ先を天空へと向けた。


 ――単純な威力と範囲では小竜姫には遠く及ばない。でも、私には私の戦い方があるわ!


 ヴィリーの皮膚上をアイスブルーの輝きが颯爽と走り、〝SEAL〟の幾何学模様を描く。


 しなやかな背中から、ヴィリーの背丈と同じほどの術式アイコンが浮かび上がった。


 その意匠は、無数の騎士が剣を捧げ持っている姿。


 刹那、ヴィリーを包む〈ブレイジングフォース〉の蒼炎が勢いを増した。質量を持つ火炎が剣の間合いをも超えて広がり、何人も彼女に近付けない絶対圏を構築する。


 合わせて、巨大な炎の塊となった〈ブレイジングフォース〉から、幾本もの【燃える糸】が伸び出した。その本数は加速度的に増え続け、やがて優に百を超える【火の糸】が、先程投擲された全ての剣と繋がっていく。


 否、それはそもそも手放される前から接続されていたのだ。火勢が増すことによって繋がりが視認できるようになったに過ぎない。


 ヴィリーが投げた剣の総数は実に百二十八本。今、そのことごとくが彼女という炎を中心に、同じ本数の【糸】を介して繋がっている。


 これぞ彼女の本領が一つ。多勢を相手取る際の切り札。


 その名も――




「〈ノーブル・プロミネンス・ナイツ〉!」




 清冽な起動音声が大気を引き裂き、術式が発動する。


 同時、全ての剣が燃え盛る蒼い炎に包まれた。


 ヴィリーの中に秘められし〝神器〟の属性は〝実在イグジスト〟。


 その力は様々だが、ヴィリーが得意とするのは、確たる形を持たぬ現象に【確かな存在】を与えること。


 特に、炎に質量を付与することが出来るこの力は、とりわけ〝剣聖〟である父から受け継いだ〈ブレイジングフォース〉との相性が抜群に良かった。


 剣聖ウィルハルトは〝炎の剣士〟として讃えられたが、剣嬢ヴィリーはその上を行く。


 百二十八本の剣を包む炎が勢いよく膨れ上がり、それぞれ固有の形をとった。


 その形状は大きく分けて二つ。


 一つは騎士甲冑を纏った人型。ヴィリーが放った剣をそのまま手に持ち、構える。


 もう一つは炎の翼を広げた鳥。剣を芯として内包し、尾羽からバーニアスラスターのごとく火炎を吐き出し、宙を舞う。


 これこそ神器を用いたヴィリー秘中の術式――〈ノーブル・プロミネンス・ナイツ〉。


 その名の通り、青い炎に実在性を与え、騎士団とする術式だ。


『蒼き紅炎の騎士団』とはヴィリーを団長、カレルレンを副団長とするエクスプローラー集団を示すのと同時に、ヴィクトリア・ファン・フレデリクスそのものを指す名称でもある。


 そう。彼女が創設したクラスタが『蒼き紅炎の騎士団』なのではない。


 彼女の【立つ場所】こそが、『蒼き紅炎の騎士団』なのだ。


 全身から蒼き猛火を放つヴィリーは、リヴァディーンを鋭く振り下ろし、切っ先をSBの群れ――その奥にあるであろう龍穴へと向けた。


 凜とした声で高らかに告げる。


「蹴散らせッ!」


 六十四人の騎士ナイトと、六十四匹のフェニックスが音もなく動き出した。


 その速さは疾風迅雷。『敵性対象を攻撃せよ』というSBと同じ行動アルゴリズムを与えられた騎士団が、燃え盛る炎のごとく進軍する。


『GGGGGGGOOOOOOOOOOWWWWWW!!』


『SSSSYYYYYYAAAAAAAAAA――!!』


 SBもまた、炎の騎士団を敵性対象と見なし、いきり立った。


 怪物の群れと炎の軍勢とが激突する。


 見た目は〈コープスリサイクル〉と似た形式の術式である〈ノーブル・プロミネンス・ナイツ〉ではあるが、異なる点は多い。


 まずもって戦闘力が違う。


 炎の騎士の性能は術主であるヴィリーに準じる。つまり、その剣技の冴えはヴィリーのそれと等しいのだ。先刻ヴィリー自身が披露した流星雨がごとき剣閃を、蒼き騎士達は余すことなく再現する。


 また、蒼炎で形作られた彼らの体は滅びを知らない。いくら攻撃を受けようと、それが弱ければ跳ね返し、強ければ歪むだけ。しかし炎というものは常に揺らめいているのだから、多少の歪みなどすぐに修正してしまう。


 火の鳥はその特性を生かし、高速で空を舞って体当たりでSBを攻撃していく。単純な速度と重量による質量攻撃だけではなく、その身に宿る熱もまた武器だ。いわば炎を纏った剣が自律的に行動し、宙を飛び回っているのだ。その速度が弾丸と同じとあれば、止められるものなどまず存在しない。


 ヴィリーと同じ剣と技量を持つ六十四人の不死の戦士が地上の敵を蹂躙し、生きた火炎術式とも呼ぶべき蒼い鳥が飛行型SBを駆逐する。


 蒼い炎の軍勢が、まさしく燎原の烈火のごとく迫り来る敵を蹴散らし、進んでいく。


 圧倒的なまでの対軍効果を持つこの術式の難点は、〈コープスリサイクル〉と同じく、敵味方の判別が出来ないこと。特に〈ノーブル・プロミネンス・ナイツ〉には暗号コードなるものが存在しないため、周囲に味方がいる状態では絶対に使用できない。その為、活用する場面が限られてしまうのだ。


 だが逆に言えば、一度解き放てば誰にも止められない無敵の軍団が出来上がる。


 封印を解かれた『蒼き紅炎の騎士団』を止められたものは、未だかつて存在しない。


 全方位に蒼の騎士と火の鳥を配置し、中央のヴィリーは改めて足を進めた。もはや彼女自身が戦う必要はない。敵は全て、麾下のナイツが葬っていく。しかし、


「〈フレイムタン〉」


 彼女はさらに術式を追加。〈ブレイジングフォース〉からの派生術式の一つ。実体を持った炎を剣に纏わせ、その刀身を三倍以上に伸長させる術式である。


 術式の効果が出るのはヴィリーの握るリヴァディーンだけではない。炎の糸で繋がっている〈ノーブル・プロミネンス・ナイツ〉にもまた、同様の力が与えられる。


 騎士はその手の刃を炎によって延長し、空を翔る鳥は翼を拡大させた。


 これだけで驚くほど攻撃範囲が広がり、SBを狩る効率が劇的に高まる。


 先程から活動停止したSBのコンポーネントが途切れることなくヴィリーの〝SEAL〟へ吸収されていっていたが、その密度がさらに上がった。


 ここまでくれば、もはや大仰な技など必要ない。単純な力押しだけで片は付く。だが、力に驕ることを剣嬢はよしとしない。


 ヴィリーは炎と同化したように見える蒼きリヴァディーンで突きの構えをとる。次の剣術式の起動音声を口にする刹那、彼女の脳裏に、紫の戦闘ジャケットを着た少年の姿がよぎったかどうかは、誰にも分からない。


「――〈ドリルブレイク〉!」


 剣術式の基本、突進系の攻撃術式。


〈フレイムタン〉によって伸長したリヴァディーンが、同じく炎の騎士の剣が、そして火の鳥の全身が、それぞれアイスブルーのフォトン・ブラッドで形成された巨大なドリルを纏った。


 基本技であるからこそ、熟練の剣士によるそれは絶技と化す。


 ドリルが蒼い炎を孕み、渦を巻いた。


「――はぁあああああああああああああッッ!!」


 ヴィリーの桃色の唇から裂帛の気合が迸る。


 百を超える〈ドリルブレイク〉が一斉に発動した。


 蒼炎が螺旋を描く光景は、さながら無数の蕾が開いていく様にも見える。


 騎士達は目の前の敵へ。火の鳥は空中のSBへ。中央のヴィリーは包囲網の中心である龍穴へ向けて、一気に撃ち出された。


 荒れ狂う。


 破壊の炎が爆発的に散開し、立ち塞がる何もかもを燃やし打ち砕く。吹き荒れる火炎が拍子抜けするほどあっさりSBを消滅させていく。


 巨大なライフル弾となったヴィリーは轟雷のごとき勢いでSBの軍勢を撃ち抜き、決して減速することなく突き進んだ。


 疾風怒濤の勢いで敵陣を貫く蒼い炎の矢。それはあっという間に包囲網の中心部へと至った。


 ――見えた!


 ようやく辿り着いたSBの発生源――龍穴ボルテックス。多くのSBの隙間から見えるそこには、直径二メルトル程のアイコンが地面に浮かび上がっていた。その上には、既にエリアスキャンで存在が確認されていた人間がいる。


 オリーブグリーンの軍服のようなシルエット。間違いない。『ヴォルクリング・サーカス』のメンバー――この龍穴における〈コープスリサイクル〉の術者だ。


 今なお術者の男が持つ携帯外部ストレージからコンポーネントが具現化し、〈コープスリサイクル〉の効果によって次々とSBが再生していっていた。


「……なっ――!?」


 一セカドにつき二体のペースで顕現する種々様々なSBに囲まれていた男が、分厚い布陣を紙か何かのように貫いて迫るヴィリーに気付いた。ほんの一瞬前まで余裕の笑みを浮かべていたその顔が、驚愕に染まる。


 目を剥き口を大きく開いたその顔に、ヴィリーは照準を合わせた。


 こいつが元凶の一人。多くの命を奪った、許されざるべき大罪人。


 ――楽に死ねると思わないことね。


 この時、深紅の瞳は氷よりなお冷たく蒼炎を照り返した。


〈ドリルブレイク〉の切っ先が男に届く直前、ヴィリーは術式をキャンセル。背から噴出していたフォトン・ブラッドの勢いはそのままに、新たに攻撃術式を発動させる。


「――〈フェニックスレイブ〉ッ!」


 剣嬢の身体を包む〈ブレイジングフォース〉の火勢が猛烈に高ぶり、爆発的な風を巻き起こしながら不死鳥の形状へ変化した。


 それはかつて、ルナティック・バベル第一九七層のゲートキーパー〝ボックスコング〟を活動停止寸前まで追い詰めた攻撃術式。


 ヴィリーの右肩から先が、消えたように見えた。


 瞬間、太陽フレアにも似た斬撃の嵐が吹き荒れる。


「せぁああああああああああああッッ!!」


〈フレイムタン〉によって通常の三倍にまで伸長したリヴァディーンが、目にも止まらぬ速度で縦横無尽に奔った。


「――ッ!?」


 男の顔が恐怖に歪み、全身が石像のように硬直した。


 残像が重なって見えるほどの神速の斬閃はしかし、術者の男を綺麗に避けている。


 ヴィリーが斬っていたのは、奴の周囲にいるSBだけだった。


 数え切れないほどの攻撃が一瞬で放たれ、男を取り囲んでいた――再生したばかりのものも含めて――全てのSBがまるごと消滅した。


「――……!? な、な――!?」


〈フェニックスレイブ〉による火炎の嵐が過ぎ去り、コンポーネントがヴィリーの〝SEAL〟に吸収された後、そこに残されていたのは、周辺のなにもかもを【剥ぎ取られた】テロリストの男のみ。


 突如、半径五メルトルほどの〝空白地帯〟へ放り込まれた男は周章狼狽し、忙しなく首を回して視線で助けを求めた。もちろん、助力を求められる相手など存在しない。


「――何をしているの?」


「ヒッ――!」


 長大な炎の剣と化しているリヴァディーンの切っ先を、それでも正確に男の喉元へ突きつけ、ヴィリーは氷塊が擦れ合うような声で問うた。


 この瞬間にも新たなSBがコンポーネントから再生するが、それは後から追いついてきた炎の騎士が一刀のもと即座に斬り捨てる。


 故に、ヴィリーは切っ先を揺らすことなく、こう告げた。


「さっさと術式を解除なさい。さもないと――」


 深紅に輝く瞳から氷の矢のごとく鋭い視線が放たれ、男の心臓を射貫いた。


「――生かしておくのが面倒になるわよ?」


「ッ!?」


 電気を流されたかのように、ぶるり、と男の身体が震えた。ほとんど反射的な行動だろう。彼はすぐさま術式を解除した。


 地面に浮かび上がっていた〈コープスリサイクル〉のアイコンが消失する。合わせて、新たなSBの再生も止まった。


 ヴィリーはそれを見届けると、やや剣を手元へ引いた。切っ先が遠のいた途端、男は露骨に安堵したような顔を見せる。


 しかし次の瞬間、ヴィリーはリヴァディーンを握る右手首を少し捻り、スナップをきかせ――剣の腹で男の側頭部を殴りつけた。


「――がっ……!?」


 こめかみを正確に打ち抜かれ、男が、ぐるん、と白目を剥いてその場に崩れ落ちる。


 無論、殺してはいない。この男には、まだ有用性があるのだ。


 ヴィリーは〈ノーブル・プロミネンス・ナイツ〉にキャンセルコマンドを送り、炎の騎士と火の鳥の形状を崩した。放っておくと自律行動によって男を殺しかねないからだ。


 炎の糸を介して繋がっている剣を全てストレージへ回収し、各々の蒼炎を自身を包むものへと収束させる。


 それから〝SEAL〟の通信タスクを呼び出し、


「ゼルダ、こっちは片付いたわ。すぐに来てちょうだい。カレルレンに届けて欲しいものがあるの」


『はいです! 少々お待ちくださいです!』


 自身が率いるナイツのメンバーを呼び出した。ちょうどあのベオウルフと同じ年頃の少女の名は、ゼルダ・アッサンドリ。スピード自慢のエストックフェンサーである。


 さらにヴィリーは通信セッションを切り替え、


「――カレルレン、南の龍穴の一つを潰したわ。術者は意識を落としてゼルダに届けさせるから、そちらで尋問をお願い。私は次の龍穴を潰しに向かうわ」


『了解しました。捕虜は一人で充分でしょう。残りはご自由にどうぞ』


「言われるまでもないわ」


 正直な所を言えば、足元で失神している男とてどれほど首を撥ね飛ばしてやりたいことか。しかし、今の状況において情報は金銀よりも重い価値を持つ。この『ヴォルクリング・サーカス』のメンバーから得られる情報で一人でも多くの命を救えるのなら、感情に任せて殺すのは愚策でしかない。


『では、そちらの包囲網の統括はユリウスに委任します。以上』


 私情より理性を優先させたヴィリーに、こちらは悟性と合理性しか持ち合わせてないようなカレルレンが一方的に通告して、通信は終了した。


 ほどなくヴィリーの下に、ネイビーブルーのウルフカットの少女が駆けつける。


「お待たせしましたです、団長閣下!」


 韋駄天もかくやという速度で現れたゼルダは、生真面目に背筋を伸ばし、両足を揃え、右拳で胸を叩く形式の敬礼をした。頭一つ分低い位置からヴィリーを見上げるペルシャンブルーの瞳には、畏敬の念が溢れんばかりに滾っている。


 ヴィリーは頷きを返し、リヴァディーンの切っ先で男を示す。


「そこに転がっている男をカレルレンのところまで連行してちょうだい。急ぎで」


 常日頃はヴィリーも妹分としてゼルダを可愛がってはいるが、戦闘中の今はわずかも気を緩めることなど出来ない。故に彼女は硬い態度で対応する。


「この事件の重要参考人よ。【良くも悪くも丁重に】」


「はいです!」


 犬のように耳があればピコピコ動かし、尻尾があればパタパタと振っただろうか。ゼルダは元気一杯の返事をすると、即刻命令通りに動いた。糸の切れた操り人形のように倒れている男を、ひょい、と右肩に担ぎ上げ、再びヴィリーに向かって敬礼をする。


「それでは失礼いたしますです!」


 自身より大きな成人男性を担いでいるというのに、疾風のごとく駆け出した。健脚な少女の姿はあっと言う間に見えなくなる。


 これで、後はこの地域を囲む部隊にSBの掃討を任せれば良い。


 ヴィリーは〝SEAL〟のマップ機能で至近の龍穴を確認し、次なる目標を西区のそれと定めた。


 ふと空に目を向けると、東の方角に『サムライ・クライン』の〝崩界剣〟と思しき金色の輝きが。東南には『ラーズグリーズ』の〝精霊女王〟らしき極光が見えた。彼ら彼女らもまた、今頃は龍穴にいる術者と対峙している頃合いだろう。


 負けてはいられない。


 単純計算で、残りの龍穴は五つ。つい先刻、誰よりも早く、誰よりも多く戦果を上げ、さらなる向上を目指すと誓ったばかりだ。


 モタモタしている余裕などない。時間は限られているのだ。


 その身を包む不死鳥フェニックスに翼を拡げさせ、ヴィリーは高く跳躍した。






 ようやく龍穴の一つを攻略できた。


 最初の白星を挙げたのが剣嬢ヴィリーであったのは、カレルレンにとっても僥倖である。


 首謀者である『ヴォルクリング・サーカス』のメンバーも無事に捕獲し、現在はゼルダがこちらへ移送中とのこと。


 もはや、こちらの勝利は時間の問題だった。


 だが――


「……少し集まりすぎだな」


 司令部のカレルレンは頭上を見上げ、小さく呟いた。


 小竜姫が来てからというもの、彼女の強すぎる術力に惹かれてか、多くの飛行型SBがこの都庁へと集まってきている。


 現在もなお、屋上の縁にはエクスプローラーと自警団の混合部隊が配備され、攻撃術式の多重火力によってSBを片っ端から撃墜し続けていた。


 今のところ戦線の維持に問題は無い。この場にいる人員は充分以上の戦果を挙げてくれている。


「 あまねく大気に宿りし精霊よ 我が呼び声にこたえよ 」


 中でも小竜姫の力は群を抜いていた。


 カレルレンと共に屋上の一段高い位置――展望台に立つ彼女は、その超絶的な術力を以て多くのSBを消滅させている。


「 森羅万象を貫く破魔の槍と化し 我が敵へ過たず降り注げ 」


 小さな身体の表面をスミレ色のフォトン・ブラッドが駆け巡り、強い輝きを放つ。カレルレンの半分もないだろう大きさの掌が、空を覆い隠す飛行型SBの塊へと向けられた。


「 〈天剣槍牙〉 」


 一瞬、空全体がスミレ色の光に満たされる。それほど強烈で巨大な術式アイコンが生まれた。


 風神が深く息を吸い込むかのように、大気が急激に小竜姫の下へ収束していき――指向性を持って弾ける。


 龍の息吹がごとき凶暴な風が発射された。


 破壊の波動が約一〇メルトル四方の空間を撃ち貫き、空の彼方まで飛んでいく。


『GGGGGRRRRRRYYYYYY!!』


『KKKYYYYEEEEEEEEAAAAA!!』


『PPPPPGGGGGGYYYYYAAAAA!!』


 圧縮された固体空気の刃に、衝撃波。まさしく剣のごとく槍のごとく牙のごとく、ありとあらゆるものを切り裂く風が、蝋燭の火でも消すかのように膨大な数のSBを無へと帰した。


 術の余波が消え去った後は、都庁の屋上を取り囲む飛行型SBの陣に、ぽっかりと大きな穴が空く。


 小竜姫の術式〈天剣槍牙〉はどうやら連発が出来るようで、先程から三〇セカドに一回の頻度で彼女は空の敵を大幅に削っていた。


 流石に例の『龍』を生み出す術式は時間がかかるらしく、とりあえずはと、威力は低いが短時間で発動できるという〈天剣槍牙〉を撃ってもらっていた。威力が低いと言っても、あくまで小竜姫の基準では、であったが。


 だが、そろそろ頃合いかもしれない。


「――小竜姫、自分はこのあたりが良いタイミングだと思うのだが、どうだろうか?」


「ふむ。ちょうど妾もそう思うていたところじゃ。しかし、この状況で妾が抜ければ、戦線が崩壊せぬか?」


 現状、戦線は問題なく維持されているとはいえ、それも小竜姫の力あってのものだ。もしこの状態で彼女が詠唱に入り、さらに強まった術力で集まってくるSBの数が増えれば、どうなることか――小竜姫はそう言っている。


 その懸念をカレルレンは正確に理解していた。


 自身の「少し集まりすぎだな」という呟きもまた、それを思ってのことだったのだから。


 しかし。


「問題は無いな。君のことは必ず守るとラグ君に約束した。俺もそろそろ体を動かしたかったところだ。いったん指揮を離れ、君の護衛と穴埋めに務めよう」


 カレルレンは拍子抜けするほど簡単にそう請け負い、右手に握った二メルトル程のハルバードを軽く掲げて見せた。


 その斧槍の名は〝ニーベルング〟。ヴィリーの持つリヴァディーンに勝るとも劣らない業物だ。メタルブラック一色のハルバードには、柄や穂先、斧部にも細かい回路図のような溝がびっしりと彫り込まれている。


「――ほほう。大した自信じゃのう。そういえば、カレルよ、妾はおぬしの実力をまだ欠片も知らなんだ。一度見せてもらおうかの、あのヴィリーの腹心の力とやらを」


 くふ、と小竜姫が意味ありげな笑みを見せる。


 カレルレンと小竜姫の二人は、屋上の中央に設置された一辺が五メルトルほどある四角形の展望台に立っている。


 カレルレンは小竜姫から数歩離れると、ニーベルングの中央を握り、頭上で一回転させた。そして、足元に突き刺すかのごとく石突きを落とすと、通信タスクにいくつかの指示を飛ばす。


「ジェクト、聞いていたと思うがゼルダが『ヴォルクリング・サーカス』の人間を連れてくる。受け取り、ここまで運んできてくれ。尋問は俺がやる。アシュリー、そういうわけで俺はまず小竜姫と共に空の敵を一掃する。少しの間だけ総指揮を任せた。――抜かるなよ。これから【華が咲き、龍が舞う】。注意の勧告をハイマルチキャストで流すのを絶対に忘れるな」


 それから翡翠の瞳を小竜姫に向け、あくまで冷静沈着にこう告げた。


「では小竜姫、詠唱に入ってくれ」


 その途端だった。


「 あまねく大気に宿りし精霊よ 我が呼び声にこたえよ 」


 余計な問答をする愚を好まなかったのか、小竜姫は打てば響くような反応速度で詠唱を開始した。


 彼女の術式が発動するために必要な時間なら、ベオウルフとの会話を聞いていたので知っている。


 約三ミニト。


 それだけの間、敵の侵攻を食い止められればそれでいい。


 後は発動した小竜姫の『龍』が、空の敵全てを食い尽くしてくれる。


「…………」


 カレルレンはニーベルングを両手で握り、自身の前面に立てた。ちょうど己の正中線に沿うよう、槍斧が直立する。


 瞼を閉じ、カレルレンは意識を集中させた。


〝SEAL〟を励起。フォトン・ブラッドが幾何学模様を描く輝紋を駆け巡り、光を放つ。


 カレルレンの持つ血の輝きは――ルビーレッド。


 かつて旧人類の体に流れていたものと、非常によく似た色合いである。


 ぼそり、とカレルレンは術式の起動音声を唱えた。


「〈ブラッドストリーム〉」


 ハルバードを握る両手の前方に、直径一メルトル程度の術式アイコンが発生する。


 瞬間、ドクン、とカレルレンの〝SEAL〟が大きく【脈打った】。


 ――彼が所属する『蒼き紅炎の騎士団』において、神器を持つ者は剣嬢ヴィリーだけではない。氷槍カレルレンもまた、〝神器保有者セイクリッド・キャリア〟であった。


〝SEAL〟の鼓動と共に、カレルレンの両掌からルビーレッドのフォトン・ブラッドが、黒金色のニーベルングへと流れ出る。斧槍の表面に刻まれた溝に沿って、毛細血管現象よろしくカレルレンの血が染み渡っていく。


 そして、あっと言う間にニーベルング全体に【血が通った】。


 まるで〝SEAL〟の拡張パーツかのごとくルビーレッドの回路図を輝かせるニーベルングだったが、〈ブラッドストリーム〉による【浸食】はそこで止まらなかった。


 ニーベルングの石突きから展望台の床へと。石突を突いた場所を中心として、放射線状に広がり始めた。


 さらに展望台を這い伝い、屋上へと。


 屋上の表面をルビーレッドの輝線が蜘蛛の巣のように駆け巡り、都庁全体へ瞬く間に広がっていく。線と線が繋がり、絡み合い、どこか葉脈にも似た網を形成しながら範囲を拡大していく。


 わずか数呼吸分の時間を以って、全長三〇〇メルトル以上もある巨大な建造物がルビーレッドの〝血管網〟に覆われた。


 カレルレンの所有する神器の属性は〝生命ビビファイ〟。


 ヴィリーの〝実在イグジスト〟はもちろん、他の神器と同じく様々な力を持つが、カレルレンの十八番は【特定の対象に血を通わせること】。


 もしくは、【無機物に生命を与える】と言っても良いかもしれない。


 今、カレルレンのフォトン・ブラッドが流れている箇所は、全て彼の支配下にある。血が通った場所はそのまま彼の肉体の一部であり、分身であり、領域テリトリーだ。


 シグロスの〝融合〟とはまた違った意味での一体化――それが彼の能力だった。


 高層ビルそのものと一体になったカレルレンは、そのスケールに見合った広大な〝SEAL〟をさらに励起させる。


 フロートライズで最大の高さを誇る建造物が、ルビーレッドの輝紋を激しく輝かせる。


 カレルレンは厳かに、術式の名を告げた。




「〈ユグドラシル・エーリヴァーガル〉」




 都庁の【全身】から濃密な霧が吹き出した。


 純白――ではない。まるで血煙のごとく真っ赤な霧だ。


 活火山の噴煙のごとく濛々と溢れ出た紅霧は、一瞬にして都庁の全てを覆い隠した。周囲に群がっていた飛行型SBも為す術も無く赤い霧に呑み込まれていく。


 所々にキラキラと輝く粒子を内包した霧が都庁の倍ほどの太さまで広がった瞬間。


 空間そのものに巨大な亀裂が入ったような、歪で澄んだ音が響き渡った。


 カレルレンの術式によって生じた【それ】は、ただの霧などでは無かった。


 ダイヤモンドダストを孕んだ、極低温の赤い冷気――あまりにも急激な温度変化によって、大気中の水分が液体化したのだ。


 突如、真っ赤な噴霧を突き破り、内部からいくつもの氷の角が飛び出した。これもまた、血を凍結させたかのように鮮烈な赤――ルビーレッドの氷だ。


 小竜姫の詠唱している術式の余波だろう。不意に突風が吹き、霧が一挙に晴れた。


 太陽の下に姿を現したのは、ルビーのごとく輝く氷の大樹。


 先刻、都市中に轟いたのは、この刺々しく巨大な柱が氷結した音だったのだ。


 よく見れば氷の中に、多くのSBが時を止められたかのように閉じ込められている。


 精密に制御された氷――彼はこれを〝血氷〟と呼んでいる――は、術者であるカレルレンの周囲には何の影響も与えず、ドーム状に屋上全体を覆っていた。そこだけ綺麗に刳り抜いたかのように、空間が確保されている。


 完成した氷の大樹。その全体の形状は、大きすぎる〝氷の槍〟に見えないこともなかった。


「――すごい……!」


 屋上の端で攻撃術式を撃っていた誰かが、そう呟いた。カレルレンの〈ユグドラシル・エーリヴァーガル〉が発動する直前、屋上に舞い降り、彼ら彼女らに襲いかからんとしていたSBが、今まさに目の前で氷付けにされている。凍りついた水族館でも見ているような気分だっただろう。


 ナイツの参謀役であるカレルレンが本気で戦うのは非常に珍しい。若い団員の中には、副団長の実力を知らない者も多かった。そういった団員達は全員が瞠目し、感嘆の息を吐いた。


 だが、カレルレンの力はこれで全てではない。


 距離が離れていたため、凍結されてないSBはまだまだ多い。分厚い氷壁に断絶されているので、すぐには攻め込んで来ないだろうが、氷の樹周辺を飛行しながら奴らは虎視眈々と機を狙っていた。


 故に、カレルレンは自らが生み出した血氷の『世界樹ユグドラシル』にさらなる生命の息吹を与える。


 陽光を緋色に反射する氷の樹の表面に、ルビーレッドのフォトン・ブラッドが駆け巡った。


 ぱきぱきと音を立て、世界樹の表面に生える無数の氷柱が一斉に成長していく。一息に伸び上がったそれらは赤い槍となり、飛行型SBを次々と刺し貫いた。


『GGGGOOOOOAAAAA――!?』


『GGGGGRRRRRRYYYYY――!?』


『SSSSSSYYYYYAAAAAA――!?』


 ハリネズミの毛のごとく伸びていく血氷の槍は、カレルレンの神器により【生きている】。即ち、単純に真っ直ぐ伸びるだけではない。


 獲物を求め、うねり、しなり、湾曲しながら伸長し、その鋭い切っ先でSBの全身を貫通する。怪物の肉体を突き破った後も成長を止めず、更なる敵を求め空を貫いていく。


 そうして出来上がるのは、千を超えるコンポーネントの光を果実のように飾った、巨大な氷の樹。


 だが、中には氷槍に体中を刺し貫かれても活動停止していないSBもいる。


 それすらもカレルレンは見越していた。


 続けて、赤い世界樹が【回転】を始める。


 縦軸の横回転だ。長く剣山のごとく伸ばした槍をそのままに、ドリルよろしく巨体がその場で旋転したのだ。


 バキバキと氷の砕ける音が連続して重なり、一気に加速。全体像がぶれ、もはや人の目には枝の細かさなど判別しようがないほどの速度になる。


 高速で回転する氷の大樹はその全身をミキサーと化し、飛行型SBの群れを空間ごと切り刻んだ。なおかつ、廻転を続けながらさらに枝を伸ばし、ゆっくりと攻撃範囲を拡大させていく。


 スケールの大きすぎるスピンが終わる頃には、都庁を中心とした半径一キロトルは、綺麗に【削られ】、全ての飛行型SBが掃討されていた。


 回転が止まる際、赤い世界樹はその身を捻らせながら減速し、停止した。


 残ったのは、ぐるぐると捻転した茎に、上部で放射状に広がった、数多の氷の槍が連なって形成された花弁。


 空に向かって咲く、真っ赤な氷の華。


 ――かつてヴィリーが、カレルレンにこう言ったことがある。


『私が〝燃え誇る青薔薇(ブレイジングローズ)〟なのだから、カル、あなたがもし女だったら、きっと〝咲き凍る赤薔薇(フリージングローズ)〟なんて呼ばれていたに違いないわね』


 その幻の異名が示す通り、都市で最も大きな建物を媒介に咲いた華は、陽の光を浴びて美しく輝いていた。


 術式を発動させる前、カレルレンは部下のアシュリーにこう言い放った。


「抜かるなよ。これから【華が咲き、龍が舞う】」――と。


 その予告通り、こうして真紅の華は咲き誇った。


 当然、次に起こるは――


 カレルレンの背後で延々と続けられていた小竜姫の詠唱が、ついに終点へと達した。


「 我らが手を合わせ 息を合わせ 心を合わせれば 全てはただ滅するのみ 」


 スミレ色の光輝が血氷の世界樹を抜けて空を昇り、巨大すぎるアイコンが再び浮遊島全域を傘下に置く。




「 〈天龍現臨・天穿龍牙〉! 」




 風が渦を巻き、竜巻と化し、龍が顕現する。


 氷の華を砕いて、今一度、神の化身が雄々しく空を舞った。






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― 新着の感想 ―
[気になる点] 〈ノーブル・プロミネンス・ナイツ〉に関してですが敵味方の判別ができなければ「敵性対象を攻撃せよ」も何もなくないですか? もしくは「味方も敵性対象に含まれる」=「追加の指令がない限り術者…
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