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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第二章 格闘技が得意という歪なハンドラーですが、どうかあなた達の仲間に入れて下さい

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●8 見透かされていたパターン


 ちょっと待って欲しい。


 いや、文句があるわけではない。


 ロゼさんの目的は『僕自身』ではなかった。それはいい。それはいいのだ。むしろ、そうであってくれてよかったと安堵しているぐらいだ。


 だけど、それでもちょっと待って欲しい。


 ロゼさんは、僕が持つヘラクレスのコンポーネントが悲願だと言った。


 ハンドラーが強力なSBのコンポーネントを求める――それは一見、至極当然のように思える。


 けれど、違う。それは全く意味のないことなのだ。


 何故なら――【ゲートキーパー級のコンポーネントは使役ハンドル出来ない】からだ。


 これはハンドラーというタイプを語る際、必ずついて回る事実である。


 考えてもみて欲しい。もしハンドラーが世界中の遺跡に現れるゲートキーパークラス――場所によってガーディアンやフロアマスターとも呼ばれている――を使役出来るのなら、彼らの待遇は今よりもずっと良かったはずだ。


 例えば一体のゲートキーパーに、これまで倒してきたゲートキーパーを複数ぶつけられるとしたら? 当然、戦いは遥かに容易になるだろう。話に上がっているヘラクレスだって、もし海竜やボックスコングが味方として使役できていたなら、どれほど楽だったことか。もしかしなくても『スーパーノヴァ』が全滅することはなかっただろうし、当然ハヌが危機に陥ることもなく、僕の出番だって無かっただろう。


 が、世の中はそんなに甘くない。


 出来ないのだ、それは。


 僕も専門家ではないので詳しい理由は知らない。しかし、遺跡内の不特定の場所に現れるSBとはアルゴリズムが違うのか、はたまたプロテクトがかかっているのか。とにかく現行の技術では、ゲートキーパーの使役は不可能だと言われている。


 なのに、何故? どうしてロゼさんはヘラクレスのコンポーネントなんかを欲しがるのか――


「――なんじゃ、そんなものでよいのか?」


「えっ!?」


 ハヌの放った信じられない言葉に、思わず声が出た。


 目を向けると、ハヌは心の底から拍子抜けしたような顔でロゼさんを見つめていた。


 うん、わかってない。この子、自分が何言ってるか絶対わかってない。


 ハヌは首を傾げ、ロゼさんにこんなことを言い始める。


「しかし回りくどい真似をするのう、ロルトリンゼ。そうならそうとさっさと言えばよいではないか。ラトはおぬしが考えているほどケチな男ではないぞ?」


「えっ……あ、いや、あの、ハヌ? ハヌさん?」


「のう、ラト? コンポーネントの一つや二つ、くれてやっても問題なかろう?」


「いやいや待って待ってハヌ待って」


「? どうしたのじゃ?」


 妾は何かおかしいことを言っておるのか? とヘテロクロミアを瞬かせるハヌに、僕は何と言ったら良いものかと考える。


 そういえば、ハヌはまだコンポーネントの価値についてよく知らないのだ。と言うより、経済観念が未発達であると言った方が正確だろうか。


 正天霊符を購入したときもそうだった。ハヌは基本、値札を見ずに買い物をする。このフロートライズに来る前は、一人で買い物もしたことがないのかもしれない。


 故にゲートキーパーのコンポーネント――とりわけキリ番階層のヘラクレスのそれが、どれほど価値のあるものなのか。彼女はまったく理解していないのだ。


「――あ、あのねハヌ、ゲートキーパーのコンポーネントは普通のものと違って、ものすごく貴重な物でね?」


「ふむ? それならば妾も知っておる。一緒に買い取りセンターへ赴いたではないか」


 ハヌが言っているのは、海竜のコンポーネントを換金した時のことだ。一九七層の戦いの後、僕とハヌは人気の少ない時間帯を狙って、海竜のコンポーネントをお金に換えに行った。


 遺跡がある場所なら、必ずと言っていいほど至近にコンポーネントの買い取りセンターがある。言うがもがな、遺跡で収集したコンポーネントをお金に換えてくれる公式の施設だ。エクスプローラーにはいくつもの協会や支援団体があるのだけど、買い取りセンターもその一つ。情報具現化コンポーネントはもはや人類社会の必需品であるため、いくつもの大きな会社がその流通を担っているのだ。


 さて、肝心の『コンポーネントの価値』だけれども。


 普通のSBコンポーネントの大きさが数セントルから数十セントル程。レッサードラゴンでも一メルトルあるかないかぐらいだろうか。


 それに比べてゲートキーパークラスは、小さくても二メルトル程度から。大きなものとなると、僕が持つヘラクレスのコンポーネントのように四メルトル近いものまである。


 コンポーネントが内包する情報量は、その直径が大きければ大きいほど多くなり、それに応じて支払われる報酬も増える。通常そこで計上されるのは、エネルギー資源としての価値だけである。


 が、これがゲートキーパーのものとなると少し話が違ってくる。先程ロゼさんが言ったように、時にコンポーネントはSBの『魂』として認識されるのだ。


 つまり、そこには単なる情報量やエネルギー資源としての価値だけではなく、いわゆる【ブランド】的なプレミアム感が生まれる。


 結果、買い取り金額はビックリするぐらい跳ね上がる。世の中には酔狂な人もいるもので、お金持ちの道楽として強力なSBのコンポーネントをコレクションしている御仁がいるのだとか。おかげさまで、僕達エクスプローラーが景気の良い職業だと世間様から認識される一因にもなっている。


「憶えておるぞ。あの蛇めのコンポーネントは、なかなかの逸品じゃとセンターの者も言っておった」


 大したものじゃろう、と何故かどや顔のハヌ。


 そう。海竜のコンポーネントはというと、お値段は大体ルーター一〇個分ぐらいだっただろうか。普通の四人用ルーター一つと、ちょっと良いランクの車一台とが同じぐらいの値段だから、そう考えるとかなりの高額である。


 とはいえ、普通のエクスプローラーなら、ゲートキーパーには大人数のクラスタ単位で挑むし、山分けすると大した額にならなかったりする。もちろん、普通のSBを何百匹と倒すよりも手っ取り早いのは確かだけれど。


「――しかし、その半分でも【コレ】一つ分であろう? あの蛇と、そのヘラクレスとやらのコンポーネントとでは、さほどに違いがあるものなのか?」


 ハヌは正天霊符の扇子リモコンを取り出し、首を捻った。言わんとしていることはわかるけれど、この場合は比較対象が悪い。


 彼女が知らないだけで、正天霊符は『超』がつくほどの高級武器なのだ。ルーター五つ分の価値は確かにある。もちろん、ちゃんと使いこなせれば、という枕詞がつくけれども。


「あります」


 短く断言したのはロゼさんだった。僕とハヌが揃って振り返ると、そのまま自動読み上げ機能のように抑揚の薄い口調で説明を始める。


「かつてこのルナティック・バベルの第一〇〇層を守っていた〝アイギス〟のコンポーネントは、現在でも他のゲートキーパーの一〇倍以上の金額で取引されています。百年以上前のアイギスでもその値段なのです。倒されたばかりのヘラクレスに一体どれほどの値がつくのか――市場は現在も議論を戦わせています。と言っても、肝心のコンポーネントが売りに出されていないため机上の空論となっていますが」


 琥珀色の一瞥が、しゃがみ込んでいる僕に向けられた。いや、多分、僕にではない。僕の〝SEAL〟に格納されている『ヘラクレス』へ、視線を向けたのだ。


「それだけではなく、いまやヘラクレスのコンポーネントは〝勇者ベオウルフ〟の証でもあります。エクスプローラーにとって名声がどれほど重要なものか、私も末席に連なる者として理解しているつもりです。また世の中には、いくらお金を積んでも買えないものが存在することもわかっているつもりです」


 淡々と言い連ねる言葉の先に逆接続詞がつくだろうことは、考えるまでも無かった。


「ですが」


 予想通りそう掌を返したロゼさんの声は、わずかに震えているように聞こえた。


 不意にロゼさんは膝を折ると、その場に跪いた。両手を太股の上に載せ、アッシュグレイの毛先が床に触れるほど深く頭を垂れる。僕が昨晩ハヌにした土下座に限りなく近い体勢だ。


「……お願いします。私にはその力が必要なのです。私の全財産、および貯蔵している全てのコンポーネントを差し出します。足りない分は体でお支払いします。ですから――」


 そういえば、ハンドラーの忌避される理由の一つに『コンポーネントを全て換金できないから』というものがあったことを、不意に思い出した。


 ハンドラーにとってコンポーネントは、SBを倒した報酬であると同時にメイン武装でもある。当然、手持ちの数が多いに越したことはない。よって入手したコンポーネントの一部を保管しておくのが彼らの常識だ。


 しかしそうなると、パーティーでエクスプロールして成果を山分けする際、計算が少し面倒臭くなってしまう。これは本当に些細なことだけど、お金にまつわる話なので一度こじれると大変なことになる。お互いエクスプローラーなだけに、流血沙汰だって充分あり得てしまうのだ。


 ロゼさん程のハンドラーなら、それはもう大量のコンポーネントを揃えているだろうこと想像に難くない。それらを売却すれば、きっとかなりの金額になるだろう。


 だけど――


「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくださいっ」


 今にも床に額をつけんばかりのロゼさんに驚き、僕は慌てて制止をかけた。


「はい」


 拍子抜けするほどあっさりロゼさんは応じてくれて、すっと面を上げる。真っ直ぐこちらを見つめてくる瞳に、僕は妙な圧迫感を覚えてたじろぎつつも、口を開く。


「あ、あの、ちょっと言いにくいんですが……」


「足りませんか」


「い、いえ、足りないとかそういう話じゃなくてっ」


 足りないと言えば足りない。余程の無茶でもしない限り、ロゼさんがヘラクレスのコンポーネント代を捻出するには何十年も掛かってしまうだろう。が、僕が問題にしたいのはそこではない。


「――あの、確かゲートキーパーって、現代の術式では使役できなかったと思うんですけど……だから、その……ロゼさんが【アレ】を持っていても、あまり意味がないんじゃ……?」


「できます」


「えっ!?」


 それとなく厳然たる事実を突き付けたつもりだったのに、あっさり可能だと肯定されてしまった。思わず目を剥いて声を上げてしまう。隣のハヌも、ほう、と感心したような息を吐いた。


「そ、それって――!?」


 どういう意味なのか。もしや、僕が知らないだけで使役ハンドル技術はそこまで進歩していたのか。いやだけどしかし、そうだとしたら、それはそれでエクスプロールにとんでもない革命が――


「【私ならば可能】、という意味です」


 そう断言するロゼさんの顔は、静かな自信に満ち溢れていた。


「他のハンドラーには不可能です。しかし、この私――ロルトリンゼ・ヴォルクリングには可能です」


 そう言い切るロゼさんの瞳に、嘘の色は無かった。その自信の根拠が気になったけれど、それはおそらく僕の『マルチタスク』やヴィリーさんの〈ブレイジングフォース〉のように、おいそれと他人に話していい事柄ではないのだろうと予想された。例え相手が、同じクラスタの仲間だったとしても。


 故に、僕は別の質問を繰り出した。


「――な、なら、目的は何ですか? 仮にロゼさんにゲートキーパーを使役する技術があったとして、【あの】ヘラクレスをどうするつもりなんですか?」


 そう。そもそもからして、求めているものが尋常ではないのだ。


 百歩譲って本当にロゼさんがゲートキーパーを使役出来るとしよう。しかし、何故求めるのがヘラクレスなのか。別にヘラクレスでなくても、他のゲートキーパーだって充分すぎる程の戦力になるはずだ。なのにその身を差し出してまでヘラクレスを求めるなんて――その理由が全くわからない。


 僕の問いに、ロゼさんはそっと目を伏せ、短くこう答えた。


「……それは言えません」


 回答拒否。だけどそれは、冷たく突き放すような感じではなく、むしろ柔らかく押し止めるような気配があった。


 うっすらと瞼を開いたロゼさんは、視線を自身の膝あたりに落として、


「そこからは、私の個人的な事情です。あなた方を巻き込むわけにはいきません。身勝手を言っていることは重々承知しております。ですが、どうかお願いです。【それ】は聞かないで下さい」


 やんわりと、けれど断固とした拒絶だった。何かがあるのは明白で、しかもそれが面倒事であるのも歴然としていて、本当なら誰かの助けが喉から手が出るほど欲しいに違いないにも関わらず――ロゼさんは口を噤んだ。少なくとも、僕にはそう見えた。だから、


「で、でも――」


 と前のめりになった僕の肩に、隣から小さな手が載せられた。


「よいラト。そこまでじゃ」


「ハヌ……」


 ポンポンと僕の右肩を叩いたハヌは、正天霊符の扇子リモコンを開いて口元を隠し、どこか涼しげな目でロゼさんを見つめていた。


「まず『全てを話せとまでは言わぬ』と申したのは妾じゃ。これでこやつの目的はようわかった。これ以上詮索するのは、無粋というものであろう?」


「お心遣い、痛み入ります」


 僕の言及を掣肘したハヌに、ロゼさんが頭を下げる。


 ハヌは、うむ、と頷き、


「話をまとめるぞ。要は、ロルトリンゼはラトの持つコンポーネントを所望しておる。しかし、それは相当に高価なものじゃ。よって、ロルトリンゼは全財産とその身――つまり『奴隷』じゃな――を対価に、コンポーネントをラトから購入したい。そうじゃな?」


「はい」


 ざっくばらんにまとめられたハヌの話に、こくりと頷くロゼさん。


 ど、奴隷って……!?


「――となれば話は簡単じゃ。ラトよ、どうする? 売るのか? 売らぬのか? おぬしがそれを決めれば、この話はこれで終いじゃ」


「えっ、ええっ!?」


 身も蓋もない二択を突き付けられ、僕は狼狽した。いきなりそんなことを言われて、はいそれじゃあ、と決められるわけがない。


 じぃ、と二人からの視線が僕に突き刺さる。プレッシャーが胸を圧迫する。


「え、えっと……えっと……えっと……!?」


 一気に混乱の坩堝に落っこちた僕は、空っぽの頭を文字通り空回りさせ、光に三〇〇万キロトルほど旅をさせた挙げ句、ひどく間抜けであろう顔で、こう言った。


「――か、考える時間を、ください……」


 優柔不断で本当にごめんなさい。


 扇子リモコンの陰で、そう言うと思っておったわ、とハヌが囁くのが耳に届いた。






 ――色々と申し訳ありませんでした。


 そう言い置いて、ロゼさんは立ち去って行った。


 あの後、僕とハヌとロゼさん、三人のエクスプロールは終了ということになり、返事が決まり次第こちらから連絡すると約束して、僕達は解散した。


「――して、どうするつもりじゃ?」


「うーん……」


 幸せそうにフルーツパフェをパクつきながら、変装モードで向かいに座ったハヌが気軽に聞いてくる。僕は喫茶店のテーブルに両肘を載せ、カフェオレのカップを前に頭を抱えていた。


 何だか、妙にもやもやする。


 やけにすっきりしない気分だった。


「どうしたラト。何ぞ、引っかかる事でもあるのか?」


「……そうなんだよねぇ……」


 ハヌの問いに図星を刺されて、僕は溜息を吐きながら頭を起こした。


 そう、【引っかかる事】がたくさんあるのだ。


 ロゼさんはヘラクレスのコンポーネントを入手するため、僕達に――否、僕に近付いてきた。だけど、手にしたヘラクレスをどうするのかは不明。しかも、普通のハンドラーではまず使用できない代物だっていうのに。


 それだけではない。言及することは無かったけれど、未だ彼女が『ヴォルクリング・サーカス』というテロリスト集団と、どのような関係にあるのか。それもわかっていない。


 というか、色々とチグハグなのだ。


 もし仮に、ロゼさんがテロリストの一員だったとしよう。だとしたら、ヘラクレスは強大な戦力になるだろうし――もちろん本当に使役できるのならば、だけど――、その利用目的を言おうとしないのも理解できる。


 だけど。


 彼女はそのゲートキーパーのコンポーネントを手にするために、【命以外の全て】を投げ打とうとしたのだ。これは大いなる矛盾である。いや当然、その購入条件がブラフであるという可能性は否定できないのだけど。


 それに、『ヴォルクリング・サーカス』という組織そのものがヘラクレスを欲していて、その尖兵として来たのだとしたら、これもおかしい。あれだけの数のコンポーネントを用意できる集団だ。多分だけど、ヘラクレスを購入するお金がないってことはないだろう。つまり、ロゼさんが身売りする必要などないはずだ。それとも、お金が勿体ないから、ロゼさんを売って済むならそれでいいと判断した? いやいや、言っていたではないか。「【私ならば可能】、という意味です」と。つまりゲートキーパーを使役できるのは、ロゼさんだけなのだ。大体、ロゼさん程の実力者を使い捨てるテロリスト集団ってどうなんだ。


 なら、逆のベクトルで仮定しよう。そう、ロゼさんが『ヴォルクリング・サーカス』と無関係である場合。


 ――ここでもネックになるのが、やはり【ヘラクレスを使って何をするつもりなのか】、という点である。


 つまるところ疑問の焦点はそこに帰結するのだ。


 テロリストでもない彼女がヘラクレスのコンポーネントという、非常に強大かつ高価なものを求めるのは何故なのか。


 その為なら、命以外の全てを差し出しても構わないと思える、その【目的】とは。


「……うーん……!」


 腕を組んで頭を捻るけど、全くわからない。


「長考しておるのう」


 そんな僕を見て、早くもフルーツパフェのクリームとフルーツの層を平らげ、今度はアイスクリームとフレークの層にスプーンを突き刺したハヌが、くふ、と笑った。


 パフェグラスの向こうから、まるでからかうかのような視線を向けてくる彼女に、僕は思うところを述べる。


「……正直、わからないんだ。ロゼさんに、コンポーネントを渡した方がいいのか、悪いのか」


 僕の悩みは、結局はそこに尽きる。現状、僕が選べるカードは『渡す』か『渡さない』か――その二枚だけなのだから。


「嫌ならばやめておけばよかろう?」


 とハヌは簡単に言うけれど。


「で、でも、何か事情があるみたいだし……」


「では渡せばよい。対価ならば用意すると言っておったではないか。何が不満じゃ?」


「そ、それは……」


 ハヌの言う理屈は単純明快過ぎて、なんとなく突き放されているような気分になる。


 確かにその通りではあるのだ。切れるカードが二枚しかないのだから、畢竟、どちらかを選ぶしかない。そして、渡したくない理由がない限りは、対価を用意しているロゼさんの要望を断るべきではないのだ、とも。


「あー……む」


 ハヌはスプーンのつぼにアイスとシリアルの混合物を載せ、ちっちゃな唇を大きく開いて迎え入れた。パク、と口の中に頬張ると、ぱぁぁぁ、と花が咲くような笑顔を生まれる。が、それはすぐに引き締められ、


「――そもそも何を心配することがあるのじゃ。ロルトリンゼは妾達のクラスタに入るのであろう? つまり仲間じゃ。ヘラクレスのコンポーネントを渡したところで、そこに主従関係が追加されるだけのこと。どちらにせよ、あの者が何か悪さをするならば近くで見張っていれば良いだけのことじゃ。何の不都合がある?」


 まったく……とぼやきながら再びパフェにスプーンを伸ばすハヌを、僕は呆然と見つめてしまう。


「……え? ちょ……ちょっと待って?」


「? 何じゃ?」


「い、いいの? ロゼさんを仲間に入れて……?」


「ほ?」


 僕の質問に、ハヌがキョトンとする。色違いの瞳がパチクリと瞬いた。


 僕の方こそキョトンとしたいぐらいだったけど、ここはこちらが説明しなければ話が転がらない。


「い、いや、だって、ロゼさんの目的はコンポーネントだったんだよ? つまり、僕達の仲間になるって言っていたのもその為で……別に本気で『BVJ』の一員になりたいってわけじゃなかった……と、思うんだけど……」


 不意に、ロゼさんの思いを勝手に決めつけるのは良くない、と思い、最後につい曖昧な表現を付け足してしまう。我ながら小心者である。


「…………」


 ハヌはしばし無言。ややあって小首を傾げると、


「ならばどうする?」


 と無表情のまま問いかけてきた。


「えっ?」


「仮にじゃぞ? ロルトリンゼ・ヴォルクリングには、妾達の仲間になる意思がないとする。それはつまり、ヘラクレスの魂の受け渡しが終われば、あやつとはお別れになる、ということであろう? ラトはそれで良いのか?」


「…………」


 良いも何も――というか、僕がハヌに質問していたはずなのに、どうして逆に聞かれてしまうのだろうか。


「それとも、仲間としてではなく〝奴隷〟として傍に置くつもりか? 言っておくが、〝アイジンケイヤク〟は絶対に許さぬぞ?」


 ハヌがぷくっと頬を膨らませてジト目で睨んでくるので、僕は慌てて否定した。


「えぇえぇっ!? ち、違うよ! そんなこと考えてないよ! だ、だからアレは誤解なんだってば! 信じてよ!」


 必死に両手を振ってジェスチャーする。僕としてはもうその件には触れられたくない気持ちで一杯だった。


「ぼ、僕はただ……ほら、ハヌが言っていたじゃないか。仲間の条件として肝心なのは、僕達と友情を育めるかどうかだ、って……」


 先日、ハヌがクラスタ設立を宣言した場での発言を持ち出し、僕は弁解する。


「だから、つまり……ハヌは、ロゼさんと友達になりたいと思っているのかな、って……」


 端的に言ってしまえば、ロゼさんには下心があった。そして、それを隠して近付いてきた。言うなれば、あの『仲間殺し』ダイン・サムソロとほぼ同様の行為をしたのだ。


 ハヌはそういった行為をひどく嫌っている――と僕は思っていたのだけど。


「……ラト」


 ハヌは、はー、と大きく溜息を吐くと、スプーンをテーブルの上に置いた。


 蒼と金のヘテロクロミアが真っ直ぐこちらを見る。


「試みに問うが、ラト。おぬしは何故、妾と共におる?」


「へっ……?」


 いきなり予想の斜め上をいく質問が飛び出した。呆気にとられる僕を前に、真剣な表情をしたハヌが言葉を続ける。


「自ら言うのも何じゃが、妾もなかなかの不審者じゃぞ? おぬしだけには明かしておるが、この身は東の田舎の現人神。しかし、妾が【何故ここにおるのか】。【何を目的としておるのか】。それをラトに語ったことはあるまい?」


「…………」


 突然の話に、僕は絶句するしかない。ぐうの音も出ないとはこのことだ。確かに、その通りだ。僕は彼女の名前と、かつての立場しか知らない。ハヌがどうしてこの浮遊都市に来たのか、その理由をまだ聞いたことがないのだ。


「しかし、それでもラトは妾と共にいてくれる。妾を親友として扱ってくれる。とてもありがたいことじゃ。故に、妾はこう思う。それはおそらく、ラトが『妾の周り』ではなく、『妾そのもの』を見てくれたからであろう、と」


 くふ、と口元に微笑を浮かべ、ハヌは優しそうな瞳で僕を見つめる。しかし、それも一瞬のこと。彼女はすぐに表情を引き締め、言う。


「じゃがな、ラト。今のおぬしはいたずらに惑わされてはおらぬか? その眼を曇らせてはおらぬか? おぬし自身の心の中を、しかと見据えておるか?」


「僕の……心の中……?」


 オウム返しにした僕に、然り、とハヌは頷いた。


「然様じゃ。ラト、おぬしは一体何を悩んでおる? ロルトリンゼにヘラクレスの魂を渡すか否かについてか? いいや、違うじゃろ。そうではなかろう。そもそも、おぬしこそあやつの事をどう思っておるんじゃ? ロルトリンゼは味方か? それとも敵か?」


 畳み掛けるように、ハヌはいくつもの質問を繰り出してくる。僕はそれら全てを一挙に処理しきれず、呆然としてしまう。


「ラト、おぬしは何故、あやつを妾達のクラスタに入れようと思ったのじゃ? 昨晩のニュースを見るまでは、おぬしも乗り気だったではないか。一度、ロルトリンゼとあの犯罪集団とを結び付けて考えるのをやめてみよ。今一度、しかと己が内を見据えてみよ」


「…………」


 ハヌにそう言われて、僕は愕然としつつも、頭の裏では無意識に言われた通りのことを考え始めた。


 自分が何を悩んでいるのか。ロゼさんと『ヴォルクリング・サーカス』との関係を一切考えず、僕が彼女をどう思っているのか。


 真っ先に脳裏に思い浮かんだのは、真っ直ぐこちらを見つめるロゼさんの顔だった。


 そう、あの人は常にそうなのだ。無口で、不愛想で、何を考えているのかわからなくて――だけど、話をする時はいつも真っ直ぐ目を合わせて、決して逸らさなかった。


 ――否、違う。いつもではない。つい先刻、彼女の目的について質問した時だけ、彼女は目を伏せた。


『そこからは、私の個人的な事情です。あなた方を巻き込むわけにはいきません』


 そう言って。


 その時の記憶が蘇った瞬間、胸にひどくザラついた感覚が生まれた。


 何だろう、この感じ。肋骨に鉛がくっついたような、とても嫌な気分だ。


 どうしてあの時、ロゼさんは瞼を閉じたのだろうか。それまではずっと、僕に愛人契約を迫って無理矢理ヘラクレスのコンポーネントを譲ってもらおうとしていた時ですら、目を逸らさなかったのに。


 何か、後ろめたいことでもあったのだろうか?


 ――しかし、だとすると……これまでロゼさんは、後ろめたさ無く僕達と接していたのだろうか?


 ――いや、多分、そうなのだろう。一切の後ろめたさなく、彼女は僕達に近付いてきた。


 だって、あんな真っ直ぐな瞳、他に見たことがない。


 故に、僕はこう思う。


 ロゼさんはとても不器用な人なのだ。きっと、嘘だって苦手だろう。だからあの人は、ヘラクレスのコンポーネントを求めるにあたって、僕を騙すのでは無く、【真意を隠す】ことで何とかしようとした。


「――悪い人じゃ、ないと思う……」


 呟きは、我知らずこぼれていた。独り言のように、僕はロゼさんの印象を言葉にしていく。


「表情はあんまり変わらないし、言葉遣いは丁寧だけど、時々わけの分からないことを言うし、何を考えているのかわからないけど――」


 だけど、


「――多分、嘘だけはついていない、と思う」


 いくらだってあったはずだ。僕みたいな子供を騙す方法なんて。情に訴えたり、複雑な事情をでっち上げたり。少なくとも、愛人契約などという荒唐無稽な策を弄する必要なんて、どこにもなかったのだから。


 おそらくは、本気でやるつもりだったのだ。愛人契約も、僕達のクラスタメンバーになることも。全ての責任を背負いきると覚悟していたからこそ、あんな風に真っ直ぐ他人を見つめることが出来たのだ。


 そう考えると、あの人は本当に不器用なんだと思う。思わず笑ってしまうほど。


「……あんな方法しか、思い付かなかったんだろうね。僕が言うのも何だけど、すごく、色々なことが下手くそな人だよね……」


 対人における能力の欠如という点では、僕に勝るとも劣らない。ハンドラーというタイプが理由だけではなく、彼女がずっとソロだったのは、あの性格に因るところが大きいに違いない。


「――……」


 ――ああ、そうだ。ようやくわかった。


 ロゼさんは、僕に似ているのだ。


 だから、親近感が湧いてしまったのだ。


 我ながら気付くのが遅すぎる。本当に今更だ。


「……そうか。そうだったんだ……!」


「ほう、何か気付いたようじゃの?」


 その声に、いつの間にか俯かせていた顔を上げると、ハヌが先程と同じようにからかうような目線をこちらに向けていた。


 僕は心に浮かんだ言葉を、そのまま口にする。


「……ハヌ、さっきの質問だけど――僕、ロゼさんのことを〝味方〟だって思っていたみたい……ううん、そうじゃない。〝味方〟じゃなくて、〝仲間〟かな? 多分、同じソロのエクスプローラー同士、共感できるところがあったんだ。だからあの人に、クラスタメンバーになって欲しいって思ったんだよ、きっと」


「うむうむ」


 ハヌは再びスプーンを手にして、パフェを食べるのを再開した。新たに一口頬張った彼女は嬉しそうに頷きながら、


「そうじゃろうて。ラトもそのように相手を見ると思ったからこそ、妾も【ロルトリンゼ自身】をよく見定めた上で、仲間となる許可を出したのじゃ」


 その頷きは、パフェの味に対するものなのか。それとも僕が導き出した答えに対するものなのか。


「故に、じゃ。次に考えるべきは【そこ】からであろう? ロルトリンゼは妾達の仲間になる――否、もう既にラトも妾も認めておるのじゃから、あやつはもう仲間じゃ。その上で、ラトはどうしたいのじゃ?」


「その上で……?」


 ロゼさんは僕達の仲間。その前提で考えるべき事。


 それはきっと、さっき胸でざわついた嫌な感覚についてであろう。


『そこからは、私の個人的な事情です。あなた方を巻き込むわけにはいきません』


 もう一度、頭の中でその言葉を反芻する。何故かさっきよりも強い不快感が、胸の奥に生まれた。


 ――そこから? そこからって何だろう。巻き込むわけにはいかない? 何言ってるんだろう。


 仲間になるって言ったじゃないか。それに、もうとっくに巻き込まれているじゃないか。


 どうして【そこ】で線を引くのかがわからない。


「……ごめん、ハヌ。段々わかってきた。僕……多分、ロゼさんに腹が立ってる」


 口から自然と出た言葉は、自分でもちょっと驚くような内容だった。けれど、紛れもない本心でもあった。


 ぶっちゃけてしまうと、ムカついていたのだ、僕は。


 ここまでやっておきながら、あの場で嘘を吐くことも無く、ただ線を引き、個人的な事情に立ち入らせなかったロゼさんに。


 本当にメチャクチャだ。愛人になるって言ったり、命以外は差し出すって言ったり。なのに、本当に肝心な所だけはずっと隠したままで。言っている事もやっている事もチグハグで、まるで一貫していない。


 つまり――あの人の方こそ、僕達を仲間だとは思っていないのだ。


 そう思い至った瞬間、カッと音を立てて全身の体温が上がった気がした。思わず膝の上で、両の拳を強く握りしめてしまう。


「……僕はヘラクレスのコンポーネントを渡したくないわけじゃないんだ。何か事情があって、それが本当に大変なことなら、ただであげたっていいとも思ってる。だけど……」


「だけど?」


 ハヌのオウム返しに、僕は大きく息を吐いて心を落ち着かせた。カレルさんのように冷静に、落ち着いていこう。ここで怒っても益はない。


「――ロゼさんが悪いってわけじゃないよ? 多分、あの人はあの人なりに色々と考えているんだろうし、いくら仲間だって言っても、昨日今日知り合った人間に心を開けっていうのは無理な相談だし、誰にだって話したくない事の一つや二つあるものだろうし――」


 そこまでは頭でわかっている部分。けれど結局、感情の部分が、


「――でも……何だか妙に気に入らないんだよね……」


「そうかそうか」


 僕の言葉を聞いて、ハヌが笑いながら何度も頷く。くくく、といかにも楽しげに笑う顔は、まるで僕の反応を楽しんでいるようにも見えた。


 とはいえ、こういう風に笑われて良い気分にはならないので、つい唇を尖らせてしまう。


「……なんで笑うのさぁ、ハヌ」


 するとハヌは、おっと、という感じで笑いを潜め、それでも吹き出すのこらえるような顔で言う。


「ああ、すまぬ。よもや、ラトの膨れ面が見られようとは思わなかったのでな。許してたもれ」


 カランと音を立てて、いつの間にか空になったパフェグラスにスプーンを突き刺すと、ハヌはテーブルに肘をつき、両手で顎を支えて前のめりになった。


「――して、どうするつもりじゃ?」


 そして、この喫茶店に来て最初にした質問を、改めて放り投げる。


 くりんと大きな金目銀目が、僕の事をじっと見つめている。宝石みたいに輝く色違いの瞳は、どう考えても僕が何と答えるかを楽しんでいる風だ。


 とはいえ、確かに問題は『僕が具体的に何をしたいのか』ってことなわけで。


 ハヌのおかげで、事がヘラクレスのコンポーネントを渡すかどうかの問題では無いのはよくわかった。


 やっぱり、どう考えてもゲートキーパー――それも体を売ってまでヘラクレスのコンポーネントを求めるなんてのは、どう考えたって異常だ。それに、『ヴォルクリング・サーカス』との関連だって気になる。


 何より、腹を立てておいて何だけど、


『そこからは、私の個人的な事情です。あなた方を巻き込むわけにはいきません』


 というこの台詞は、考えてみれば本当に僕達を気遣ってのことだったのかもしれない。


 つまり、あのロゼさんをしてそう言わせるほどの【何か】が、彼女には迫っているのだ。


「――きっとロゼさんには、何か大変な事情があるんだと思う。そう簡単には話せないほど、重い事情が。多分、そのためにヘラクレスのコンポーネントが必要なんだと思う」


 だから僕は。


 顔を上げ、ハヌの目を見つめ返し、言う。


「――僕、ロゼさんの力になりたい。クラスタの『仲間』として……一人の【友達】として、出来うる限りのことをしてあげたいんだ」


 半ば無意識に発したその言葉は、砂漠が水を吸い込むように、しっくりと腑に落ちた。


 この時、僕は初めて、自分がやりたかった事に気付いた。


 そうだったのだ。僕はただ、ロゼさんの力になりたかったのだ。


 仲間として、友達として、頼って欲しかった。


 困っているだろう彼女を、この手で助けたいと願った。


 だから『線』を引かれて、腹が立ったのだ。


「――うむ、それでこそラトじゃ」


 蒼と金のヘテロクロミアが弓形に反って、笑みを形作る。


 そして、心の底から満足げに、ハヌはこう言った。


「そう言うと思っておったわ」





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