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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第二章 格闘技が得意という歪なハンドラーですが、どうかあなた達の仲間に入れて下さい

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●5 その名は〝怪物〟


 とりあえず、その日のうちに報告しておこうと思って――謝るのなら早いに越したことは無い――、僕はロゼさんと別れてすぐ、ハヌのマンションへととんぼ返りした。


 中央区の高級マンション、その一階である。


 インターホンで呼び出し、


『……ほ? どうしたのじゃ、ラト? ああ、ちと待て。今開けるでな』


 オートロックドアを開けてもらい、


「お、お邪魔します」


「よく来たの。どうした、何かあったのか? ん? それとも、寂しくなって妾の顔が見たくなったのか?」


 玄関でにこにこと笑いながら冗談を飛ばすハヌ。


 どうやら突然の来訪を喜んでくれているらしい。


 まぁそれも、部屋に上がって話を切り出すまで、だったのだけれど。


「――ラト、そこへなおれ」


 ひとしきり事情を説明したら、ハヌの声がびっくりするぐらい低くなった。


 さっきまでの笑顔が嘘みたいに、能面のような無表情で床を指差す。


「は、はい」


 僕はすぐに言い訳を始める愚を冒さず、言われたとおりフローリングの上に正座した。


 そんな僕の前に、ハヌは腕を組んで仁王立ち。自分の部屋にいるからだろう、今は外套なしの都雅な着物姿である。


「……ラトよ。知っておるとは思うが、妾は菓子が大好きじゃ」


 まるで遠雷のような声――というと、いささか誇張しすぎだろうか。ともかく、小さな女の子とは思えないほど迫力に満ちた声が、ハヌの喉から発せられた。


「は、はい……」


 何を言われようと僕は萎縮するしかない。首を竦めて、これ以上刺激を与えないよう小さく頷く。


「それも甘い菓子じゃ。そう、好物じゃからのう……ここへ来てまだ日は浅いが、それでもたらふく食うたものじゃ」


 どうしてここでお菓子の話を? なんて疑問が湧くけれど、聞いたら余計に怒らせてしまうような気がして何も言えなかった。


 すると、疑問の答えはハヌから教えてくれた。


「――じゃがのう、ラトよ。だからと言って、妾の身体が菓子で出来ていると思うてか? この身に流れておるのは砂糖水か? この目は飴玉か? 骨はチョコレートか? 肉はパンケーキか?」


 つまり、遠回しの皮肉だったのだ。僕がハヌを甘く見ているのではないか、という。


「いわんや、妾の精神はマシュマロか? 魂はケーキか? 心は杏仁豆腐か? ん? どうじゃ? どう思うのじゃ? ええ? 答えてみよ」


「………………え、えと……あの……その……」


 僕は全身の毛穴という毛穴から脂汗をひり出し、謝罪の言葉もおぼつかない。


 ――まずい。


 まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。


 なんだこれ。なんだこれ。こんなの前代未聞だ。なんだこの迫力。めちゃくちゃ怖い。


 もはや疑うまでも無い。今のハヌは、かつてないほど激怒している。


 心の底から本気で怒ったとき、人は無闇に荒れ狂うのではなく、むしろ爆発の時にそなえて静かになるものだという。今のハヌが正にそうだった。


 下手なことを言えば、それこそ本当に爆発してお終いだ。


 言葉は慎重に選ばなければならなかった。


「……な、なんというか、ですね……つ、つまり……」


 ふと思う。もしかして今朝のハヌも、僕が「本気で怒るよ?」と言った時、こんな気持ちになったのだろうか?


「――。」


 そう考えた瞬間、言うべき言葉は一つに絞られた。


 やっぱり、言い訳はよそう。


 僕は正座した体勢から前方に両手をつき、頭を下げた。


「――ごめんなさい。僕が全面的に悪いです」


「…………」


 そうだ。ハヌだってあの時、すぐに謝ってくれた。なら、僕だってそうするのが礼儀というものだ。


 土下座をして数セカド。頭上で、ハヌが小さく息を吐くのがわかった。


「……よろしい。許してつかわす。なに、妾も今日は一度ラトに許しを得ておるからの。これでおあいこじゃ」


「ハヌ……!」


 苦笑い混じりの声に、思わず嬉しくなって顔を上げる。


 僕の友達は、やれやれと呆れたような感じで笑っていた。


「下手な言い訳をせず、素直に謝ったところは褒めてやろう。その潔さは良しじゃ。これでもし『一人ではなく二人で行ったから問題ないはず』などと言い逃れしようものなら、妾は本気で怒ってやろうと思っていたところじゃ」


「――あ、あは、あはは……そ、そんなこと、かっ、考えたこともなかったよ!? ほ、本当だよ!?」


 あ、危なかったぁ――――――ッ! 下手な言い訳しなくて本当によかったぁ――――――ッッ!!


 崖っぷちに立って谷底を垣間見たような気分になりつつ、少し気になったので尋ねてみる。


「あ、あの……ちなみに僕が変な言い訳をしていたら、具体的には……その、どういう……?」


「ふむ? それはもちろん――」


 ハヌは子供とは思えないほど流麗な流し目で僕を見つめると、くふ、と口元に笑みを刻んだ。


 そして、その顔に【スミレ色の幾何学模様】が走る。




「 あまねく大気に宿りし精霊よ 我が呼び声に「ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 本っっっっっっっっ当にすみませんでしたぁ――――――――ッッ!!」




 冷たい言霊の響きに、僕は額でフローリングをぶち抜くぐらいの気持ちで土下座したのだった。






「して、そのロルトリンゼ、じゃったかの? どうじゃった?」


 手加減抜きで放たれようとしたハヌの術式を何とか食い止め、人心地ついた頃、ようやく話が本題に入った。


 とはいえ、質問が漠然としすぎていたので聞き返してしまう。


「どう、って言うと?」


「強いのか?」


 何ともストレートな質問である。まぁ、ハヌはクラスタに入れるメンバーの条件に強さを求めているから、当然と言えば当然なのだけど。


 僕は少し考え、


「……強いよ。多分だけど、ハンドラーとしてはトップクラスなんじゃないかな? ルナティック・バベルの最前線近くでも全然物怖じしていなかったし……あ、そういえば出身地がドラゴン・フォレストの近くだって言ってたから、強いSBは見慣れているのかも?」


 他のハンドラーの腕前は知らないけれど、僕みたいに支援術式の強化もなく、素手でペリュトンをあそこまで痛めつけたのだ。単純に一人のエクスプローラーとして、ロゼさんは強いと思う。


 それにもし、この浮遊都市フロートライズへ来る前のロゼさんの活動拠点がドラゴン・フォレストだったのなら、あの強さにも納得がいく。


 ドラゴン・フォレストはその名の通り、幻想種ドラゴンが顕現する広大な森だ。


 もちろん他のSBだって出現しないわけではないけど、その比率は僅か二割弱。ドラゴンと鉢合わせになる確率は、他所と比べて圧倒的である。


 そして、誰もが抱くイメージ通り、ドラゴン系SBはどいつもこいつも非常に強力だ。聞く所によると、ドラゴン・フォレストにポップする一番小さな竜――いわゆるレッサードラゴン――でも、準ゲートキーパー級の力を持っているという。これが伝説に謳われる最上級の竜――皇帝類となろうものなら、もはやその力は神のみぞ知る領域だ。


 ロゼさんは言った。【ソロには慣れている】、と。つまり彼女は、あのドラゴン・フォレストでずっとソロのままエクスプロールをしてきたのかもしれないのだ。


 そう考えると、とんでもない実力者である。


 ハヌは僕の話に興味深そうに頷いた。


「ふむ……ラトがそこまで言うのであれば、なかなか見所があるのじゃろうな」


「うん、すごかったよ。あ、でも、一応説明すると――」


 僕はハヌにハンドラーについて詳しい説明をした。ハンドラーの強さは基本、本人よりも使役するSBの強さに左右されること。術力やフォトン・ブラッドの質より、エンジニアとしての資質が大きく問われること。使役するSBには簡単なコマンド入力しか出来ず、使い勝手はあまりよくないこと。もし制御を誤れば、味方のSBが逆に敵として襲ってきてしまうこと――等々。


「――とまぁ、僕の支援術式みたいに色々と弱点はあるけれど、でも、逆に言えば使いようによってはすごく【使える】術式でもあるんだよ、使役術式って」


「ふむふむ」


 ハヌの金目銀目が、つい、と右下へ逸れる。どうやら何か考え込んでいるらしい。


 自分で言うのも情けないけど、ハヌは僕よりもずっと賢い。エクスプロールに関する知識量では、今は僕の方が上だけれど、機転の良さではきっとハヌには敵わない。彼女は今、その聡明な頭脳でロゼさんの『活用法』について考えているのだろう。


 先日、ハヌは僕をクラスタのリーダーに任命した。けれど、クラスタの実質的なトップはおそらくハヌになるんじゃないか、と僕は考えている。何故なら、組織という『体』を動かすのは、何時だってまず『頭』からなのだ。考える力を持つ人間が組織を動かしていく。それが自然の摂理である。


 僕はその後も、ロゼさんの驚愕すべき怪力、得物である鎖や〈リサイクル〉、〈カーネルジャック〉などの術式についても説明をした。


 すると、全てを聞いたハヌはしばし沈思した後、くふ、といきなり笑い出した。


「――よかろう。あいわかった。それでは明日、そのロゼという者と実際に会って、妾自ら見極めてやろうではないか」


 不敵な笑みと共に吐き出された言葉に、僕は胸を撫で下ろすより先に猛烈な不安を抱いた。


 ロゼさんに『明日から一緒にエクスプロールしましょう』と約束した手前、彼女と会う気になってくれたのは嬉しいのだけど――


「あ、あの、ハヌさん……?」


「ん? なんじゃラト? 妙にかしこまりよって」


「い、いやね? そんなことはないと思うんだけど一応ね? ね、念のために確認しておきたいことがあってね?」


「……なんじゃ、その不気味なものでも見るような目は? ええい、もったいぶらずに早よう言わんか」


 笑顔から一転、不機嫌そうに唇を尖らしたハヌに、僕は思い切って聞いてみた。


「――へ、変なこと、企んでたりしてない……よね?」


「それは秘密じゃ」


 間髪入れずあっさりそう返されて、僕は絶句した。


「…………」


 そんな僕を見て、ハヌは実に楽しそうに、くふ、と口角を吊り上げる。


「安心せい、ラト。悪いようにはせぬ。ああ、ところで話は変わるが、これはどう使うものなのじゃ? 前から聞こうと思っていたんじゃが」


 その話はこれでお終いじゃ、とばかりに話題をガラリと変えられてしまった。


 ハヌのマシュマロみたいに白い指が差したのは、リビングの壁にある黒い小さなピクトグラム。


 見た瞬間、僕はすぐに得心して彼女の疑問に答える。


「あ、ああ……それはARボードだよ。埋め込み式だから、そこに目印がつけてあるんだね。えっと、使い方は――」


 僕はハヌにARボードの使い方を説明するため、実際に使ってみせることにした。と言っても、〝SEAL〟でARボードの固有アドレスを取得して、コマンドを送るだけの話なのだけど。


「――ARボードには細かい機能が色々とあるんだけど、まぁ基本的にはテレビとして使うことが多いかな? 例えば……」


 僕の〝SEAL〟からARボードを起動。僕とハヌの視界に、共有拡張現実として六〇インチ程の大きなスクリーンボードが現れる。今はまだ真っ黒な画面にテレビ機能を立ち上げ、適当に現在配信されているニュース番組へとアクセスしてみた。


「おお! 見たことがあるぞ。これはセキュリティルームの前やら、先日のミーティングルームにあった奴じゃな?」


「そうそう。単に配信されている映像を個人で見るだけなら〝SEAL〟で充分なんだけど、【みんなで一つの映像】を見る時は、やっぱりARボードがないとね」


「なるほどのう。ああラト、ちと膝を借りるぞ」


「へっ?」


 この時、僕は土下座で謝罪して許してもらった後、すぐに足を崩してフローリングに胡座をかいていたのだけれど――


 言うが早いか、ハヌはそんな僕を座椅子に見立てて、すとん、と脚の上に腰を下ろしてしまった。


 ちっちゃな体がちょうど僕の懐に収まり、ハヌの背中と僕のお腹とが密着する。


「ほほう、これは良い座り心地じゃな」


「――――」


 こつん、と僕の胸に後頭部を預けてARボードを視聴し始めたハヌに、僕はさっきとは違う意味で言葉を失う。


 ヘラクレスから助けてくれたお礼にと左頬にキスされて、その直後に気絶したことはまだ記憶に新しい。


 我ながらおかしな話である。寝ぼけているハヌを抱き起こしたり、背中に負って歩くことなら、恥ずかしげも無く出来たくせに。


 なのに、こうしてただ膝の上に座られただけで、こんなにもドギマギしてしまうなんて。


「?? のうラト、これは文字しか出てこんのか?」


 僕の顎のすぐ下でハヌの銀髪がふわりと動いて、金目銀目が無邪気に見上げてきた。綺麗な髪から漂う【ハヌの匂い】が、僕の鼻腔をくすぐる。胸の奥に、得も言えぬ感覚が生まれる。


 見ると、彼女の指はARボードを指差していた。


「――えっ? あ、えっと、これは……うん、そうだね。これは直近のニュース一覧だから、リンクがあるのを追っていけばニュースキャスターが出てきたり、何かしらの映像が出てくるはずだけど……」


 僕とハヌが揃って体を向けている先、大きなARスクリーンにはみっしりと文字列が並んでいる。自動読み上げ機能を使えば内容を音声で聞くことも出来るけど、デフォルトではオフになっていた。


 今の画面は、番組メニューというものだ。ここでめぼしいニュースをチェックして直に読むことも出来るし、メニューにある『リアルタイムニュース』を選択すれば、その名の通り現在配信しているニュース番組そのものが見られるという仕組みになっている。


 僕は自分の〝SEAL〟からARボードを操作して、メニューの端にある『リアルタイムニュース』を選択した。


 ぱっと画面が切り替わり、映像が映し出される。


「おっ、映ったのう」


『――の街では現在救助活動が続けられており、死傷者の数はすでに三〇〇〇人を超え――』


 ニュースキャスターの真面目な声が流れ出すけれど、僕の頭はその音のほとんどを上っ面で聞き流す。


 それどころではなかったのだ。


 この胸のドキドキがハヌに伝わってしまわないだろうか。というか、ハヌみたいな小さな女の子相手に何を考えているのだろうか自分は。これじゃ世間で流れている根も葉もない噂が本当になってしまうではないか。いやいや違う違う、僕はそんな人間ではないはずだ――などと焦ったり不安に駆られたりしていた。


 けれど、


「……ラト、あれは……何じゃ?」


 急速に緊迫感を帯びたハヌの囁きが、そんな僕の雑念を吹き飛ばした。


「えっ?」


 再び彼女の人差し指が指し示すのは、ニュース番組を流すARスクリーン。


 だけど、そこに映っていた光景を見た瞬間、僕も息を呑んでしまった。


「――な……」


 破壊された街――見たままを一言で表せば、そうなる。


 高い位置から俯瞰で撮影された映像。まるで戦争に巻き込まれたかのように、建物が壊れ、あちこちから煙が上がっている。だけど、それだけならば――嫌な話だけど――紛争地域ではよくある風景だ。


 しかし、僕達の目に飛び込んできた映像には、


「……な、なんで、こんな所にSBセキュリティ・ボットが……?」


 見覚えのあるものから初めて目にするタイプまで、何体も、否、何十体ものSBが街を徘徊し、暴れていたのだ。


「のう、ラト……これは、よくあること、なのか……?」


 腑に落ちない、という訝しげな様子でハヌが聞く。僕は彼女の頭越しにAR画面に釘付けになりながら、首を横に振った。


「う、ううん……有り得ないよ、だって――【SBは遺跡の外では具現化できない】はずなんだから……」


 世界中にある遺跡に、必ずと言っていいほどSBが出没する理由は、実はまだ解明されていない。当然、そのメカニズムも。


 僕達エクスプローラーの収入源であり、今や人類の生活にとってなくてはならない〝情報具現化コンポーネント〟。


 これは遺跡に潜りSBを倒すだけで、無限とも思えるほど延々と回収し続けることが出来る。


 だけど、無から有は生まれない。これは物体では無いコンポーネントにおいても絶対の法則だ。


 つまり、各々の遺跡の奥には、SBを生み出している【仕組み】があるはずなのだ。また、それを可能とするエネルギーの【供給源】も。


 それらの解明もまた、僕達エクスプローラーの使命の一つである。


 極端な話、情報具現化コンポーネントを別の方法で供給出来るのなら、無理にSBと危ない戦いを繰り広げる必要などないのだ。遺跡の秘密や世界の真実など、それこそ考古学者や物好きにでも任せておけばいいのだから。


 ただ、コンポーネントの発生メカニズムは未だ分かってはいないけれど、それでも判明している法則がいくつかある。


 その一つが『SBは遺跡の内部でしか具現化しない』である。


 正確に言えば『具現化できない』だろうか。おそらくはSBのコアであるコンポーネントを起動させるための【仕組み】と、具現化に必要なエネルギーの【供給源】が遺跡の外には存在しないからではないかと考えられている。


 それでも、もし例外があるとすれば――


『――のように映像では数十体規模の群れですが、実際には千体以上の数が街に出没していたとのことです。なお、これらの怪物はほどなく駆け付けた軍によって処分され、現在は安全が確保された中で救助活動が続けられております。その際、軍が受けた損害は大きく、発表によると戦闘における死傷者は――』


 ――一つだけ、SBを遺跡の外で具現化する方法がある。僕は今日、それをこの目にしていた。


 さっきまでの浮ついた気持ちなど完全に忘れて、頭に浮かんだ可能性に一人、驚愕する。


 ――ハンドラーだ。


 そう、ロゼさんみたいなハンドラーなら、術式を使って遺跡の外でもSBを具現化させることが可能なのだ。


 だけど、ニュースキャスターの言葉が真実なら、映像に映る街を襲ったSBの数は千体以上。遺跡の中でもまず巡り会えない、とんでもない規模だ。とても一人や二人のハンドラーでまかなえる数ではない。


 ということは、かなり大人数のハンドラーが関わっていると見るべきだけど――以前にも言った通り、ハンドラーの絶対数は少ない。つまり――


「……もしかして……!」


 僕は待ちきれず、リアルタイムニュースから再び番組メニューへと戻り、記事一覧から事件に関するものを探した。その中から最新のものを選択して、目を通す。


 案の定だった。


 こんな仕業が出来る存在なんて限られ過ぎているし、ちょっと考えれば誰だってすぐに気付く。


 だからだろう。【犯人達】は大胆不敵にも、自ら『犯行声明』を出していた。


 その名は――


「――? ラト、どうした? なにゆえ震えておるのじゃ?」


「…………」


 嗚呼、どうして気付かなかったのか。僕は確かに、その名を知っていたはずなのに。知識として、頭の引き出しに仕舞っていたはずなのに。何故ロゼさんの名前を聞いた時、すぐに思い出さなかったのだろうか。


 SBを〈リサイクル〉して人の住む街を襲わせるというとんでもない事件を起こし、前代未聞の『犯行声明』を出したテロリスト集団。


 それは、世界的にも有名――というか、ほぼ唯一である【ハンドラーだけで構成されたクラスタ】だった。


 その名も――


『ヴォルクリング・サーカス』






「邪魔するわよ、カル」


 ノックもなく気安い声をぞんざいにかけて部屋に入ってきた見目麗しい女を、カレルレン・オルステッドは横目で一瞥すると、すぐに先程まで見入っていた映像へと視線を戻した。


 どれだけ整った目鼻立ちをしていようと、彼女――世間に名高い剣嬢ヴィリーことヴィクトリア・ファン・フレデリクスは、彼の幼馴染みだ。そして、彼女と彼は『蒼き紅炎の騎士団』の団長と副団長という間柄でもある。顔などとうに見飽きていた。


「……どうかしましたか、団長。そちらから来るなんて珍しいですね」


 現在、『NPK』は活動拠点として中央区の高級ホテルのワンフロアを丸ごと借りている。その内の一室、カレルレンに割り当てた部屋までわざわざやって来た上司に、彼は椅子に座ったまま少し投げ遣りな応対をした。


「ちょっと、ここには他の団員はいないでしょ。普通にしてよ、普通に」


「――おっと、そうだった。すまないな、いつもの癖で」


 常であれば部下達の目もあるため、節度を保って敬語を使っているが、元来の二人は気が置けない関係であった。


 カレルレンは詫び代わりにヴィリーへ向き直ると、改めて問い直す。


「で、何の用だヴィリー? 皮肉抜きで珍しいじゃないか、君が俺の所まで来るだなんて」


「カル、あなたがなかなか説明に来ないから、わざわざ聞きに来てあげたのよ。一体全体、どういうつもりなのかしら?」


「? 何の話だ?」


 毛足の長い絨毯を踏んで近付いてくるヴィリーに、カレルレンは意図を図りかねて首を傾げた。


 時刻はもう夕食時に近い。


 今日も『NPK』は二アワトほど前までルナティック・バベルでコンポーネントの回収を行っていたのだが、その時とは違い、ヴィリーもカレルレンも互いに簡素で楽な格好をしている。それでもトレードマークであるゴールデンブロンドのポニーテールはそのままに、深紅の視線を針のように尖らせてヴィリーは気炎を吐く。


「ラグ君のことよ。私に何の相談もなく、彼の入団を断った件。いつになったら説明をしてくれるの?」


「ああ、その話か」


 拍子抜けした、と言わんばかりにカレルレンは溜息を吐いた。


 その態度にヴィリーの眼光が鋭さを増し、声の気圧が低くなる。


「ああその話か、じゃないわよ。本当にどういうつもりなの? あなたのことだから何かしら考えがあるのだろうけど、そういう時はきちんと説明してと何度言ったら――」


「説明も何も、あの場で言った通りさ」


 小言が長くなりそうだったので、カレルレンは彼女の言葉を遮ってそう言った。


「勇者ベオウルフに、小竜姫。あの子達は強い。いいや、強すぎる。だからこそ、逆に危険なんだ」


 文句を切り捨てられた形のヴィリーは、しかし敢えてその事には触れずに話を続ける。


「……つまり、裏切りや下克上を危惧しているってこと?」


 この質問には、少し驚いたようなカレルレンの声が返った。


「いいや? 単純な力比べならともかく、こと『戦闘』なら君と俺とで負けることはまずないだろうさ。それはあの時、君が小竜姫に言った通りだ。『戦いは単純なパワーだけでは決まらない』。いくら彼らが強力な力と才能を持っていたとしても、戦って負ける気はしないな。――今はまだ」


 最後の、余計とも言える一言にヴィリーが耳聡く反応する。


「今はまだ? やけに消極的ね。将来的には負けるとでもいうの?」


「それはもちろん、将来的な可能性は否定できないさ。ただ……」


「ただ?」


「……あの二人はまだ、荒削りに過ぎる。宝石で言えば原石の段階だな。磨いて光るのか、光らないのか。はたまた劇物で、何かの拍子に爆発してしまうのか」


 カレルレンは遠い目をして、自身の内側へ意識を向けた。数日前に内心で検討した事柄を掘り返す。


「彼らと一緒にいた場合、この先どう転がっていくのか。彼らを抱えることがプラスになるのか、マイナスになるのか。また、俺達と一緒にいることが、彼らにとってプラスになるのか、マイナスになるのか。それらの要素が絡み合った挙げ句、俺達にとって最悪の事態、ナイツの解散があるかもしれない――そんな事を考えてしまった。――そうだな、正直に言ってしまおう。俺は彼らを入団させた場合、未来がどうなるか【予測できなかった】んだ。だから俺は彼らを入団させたくなかった。――まぁ、それが一番の理由だな」


 身も蓋も話に、ずっとヴィリーの眉根に寄っていた険がふと緩まった。


「……呆れた。カル、あなたのことだからどんな理屈があるのかと思ったら……理屈を突き詰めすぎて感情論になっているじゃないの」


 ヴィリーの皮肉を、カレルレンは軽く笑い飛ばした。


「俺ほどの理屈屋になると、理屈は所詮、感情の添え物でしかないってことがわかるものさ。とはいえ、これだけじゃヴィリー、君も満足できないだろう。実は他にも理由がある」


「? まだ何かあるの?」


 首を傾げるヴィリーに、カレルレンは顎を引くようにして頷く。


「さっき言った理由を補強することになるが……まずはこれを見てくれ」


 カレルレンは〝SEAL〟から部屋のARスクリーンを操作し、とある映像を流し始める。


 ヴィリーはカレルレンが座る椅子の背後に回り、彼の肩越しから映像へ目を向けた。


「これは……ああ、ラグ君が二〇〇層のゲートキーパーと戦った時のものね」


「お調子者の『放送局』が付けた名前は〝ヘラクレス〟か。言い得て妙だとは思うが、英雄を倒した者が英雄呼ばわりされるのもおかしな話だ」


 ヴィリーはカレルレンの台詞の後半を無視して、


「でも、これはもう何度も見たわよ? それであなたが言ったのでしょう? ラグ君が使っているのはただの支援術式、しかし複数同時起動をしているため爆発的な効果を発揮しているようだ、と」


「ああ。しかも、本来なら短所でしか無い術力の異常な弱さが幸いして、フォトン・ブラッドの消費を抑えて連発することが可能なようだ、ともね」


「ラグ君の術式制御の才能と、普通なら欠点でしか無い術力の弱さが上手く噛み合っているのよね。まぁ術力が強かったら強かったで、それもまたかなりの強みになっていたとは思うけれど」


「――だがどうやら、彼の才能は化け物じみた術式制御力だけじゃないらしい」


「……? どういう意味?」


 カレルレンは翡翠の瞳に氷のごとき冷たい輝きを宿らせる。彼はARスクリーンに映る、体のあちこちから飛沫のようにアイコンを表示させては発動させていく少年を見つめ、己が分析を口にする。


「例えば――ヴィリー、支援術式は戦術としては非常に有効なものでありながら、何故かエクスプローラーの間では人気が無い。それどころか忌避されてさえいる。その理由は?」


 突然の質問に面食らいながらも、ヴィリーは記憶の引き出しをひっくり返して答えを探した。


「それは……基本的にラグ君のような例外を除けば、フォトン・ブラッドの消耗も激しくて、特に身体強化系は体の感覚がおかしくなって、上手く動けなくなるから……でしょう? ああ、それと、あまり重ね掛けすると〝自爆〟の危険性もあるわね」


「だが俺達のナイツでは、特にゲートキーパーのような大物相手には重複支援を使っているな。その時はどうしてる?」


「それは……さっきも言った〝自爆〟を避けるために、ピンポイントで使っているわね。そういえば、この間のボックスコング戦がそうだったじゃない」


「そうだ。強すぎる力は自らの身を滅ぼす危険がある。このあたりは俺がベオウルフと小竜姫をナイツに入れたくない理由にも繋がるんだが――それはさておき、その通りだ。支援術式を使用するタイミングはほんの数セカド。さらに、自爆を防ぐため攻撃方法は術式だけと限定している」


「そうね。剣術式なら体の動きを術式がサポートしてくれるから、余計な力が入らないもの。〈ストレングス〉を十回も重ね掛けした状態で普通に剣を振ったら、腕が千切れ飛んでいってしまうわ」


「だが――ベオウルフはそれを可能としている。おそらくは〈ストレングス〉の他に〈プロテクション〉を併用しているからだと考えられるが――」


 ARスクリーンに映るムービーには、まさしく少年が三つの支援術式を駆使して、その身を強化しながら立ち回る様子が映っていた。ヴィリーはその姿を見ながら、感嘆の息を吐く。


「こういう使い方もあるのよね。うちでも活用出来ないかしら?」


 感心するヴィリーの声を後頭部に受けたカレルレンは、ゆっくりとかぶりを振った。


「だが、【おかしい】んだ。改めて詳しく調べてみたが、支援術式〈ストレングス〉は攻撃力の強化、〈プロテクション〉は防御力の強化、〈ラピッド〉は敏捷性の強化をする術式なんだが――」


「? それのどこが【おかしい】のよ?」


「わからないか? 支援術式を一つの〝SEAL〟に重ね掛け出来る限度は一〇回までだが、それだけでも計算上は一〇二四倍のブーストがかかる。つまり、ベオウルフの場合は、力も防御も速度も全てが一〇二四倍にまで強化されるという、とんでもない状態になる」


「?? ごめんなさい、カル。あなたが何を言いたいのかよくわからないわ。つまり、何が【おかしい】のかしら?」


「俺が理解できないのは、〈ラピッド〉で千倍以上の速度を得ている、という点さ。いいかい? 〈ラピッド〉という術式は『肉体の速度』を上昇させるものであって、決して『精神の速度』を【強化するものではないんだ】」


「…………」


 深紅の瞳が、ゆっくりと見開かれていく。剣嬢の美貌が、驚愕に染まる。


 カレルレンは続ける。


「力は強くなり、肉体の強度も上がり、動きも速くなる。しかし、それを操作する人間の思考は【何の強化もされない】。なのに何故、彼はそんな状態でまともに動けるんだ?」


「――嘘、でしょ……?」


 ARスクリーンに映る黒髪の少年は、ムービーの再生速度をスローにしていても、ごく自然な動きで戦っている。


 ヴィリーはてっきり〈ラピッド〉によって思考速度、反応速度、神経伝達速度も含めて全て加速されるものと思っていたのだが、もしカレルレンの言う通りそうでないとしたら、これは異常な光景だ。


 例えば強化係数が一二八倍だったとしよう。であれば、この少年は通常の状態で脚を一歩踏み出す時間の内に、一二八歩も進むことが出来る。


 それを何のサポートも受けずに、ここまで正確に操作しきれるものだろうか? 映像の彼はセキュリティルームを所狭しと走り回っているが、どうして足がもつれず、転倒しないでいることが可能なのか。ヴィリーには全く理解が追い付かない。


 カレルレンが独り言のように呟く。


「考えられる可能性としては、驚異的な集中力で意識を加速しているのか。それとも、彼が使っている支援術式が普通のものに見えて実は特別製なのか。あるいは〈ラピッド〉の使い方に何かコツがあるのか……いや、後者の二つはやはり無理があるな。となると、やはり彼には術式制御力だけではなく、『千倍の世界』へ行ける怪物のような集中力があると見るべきか。そうか、もしかするとその集中力こそが、あの術式制御を可能としているのかもしれないな……」


 集中力。


 その単語をきっかけに、ヴィリーは『ゾーン』という用語を思い出した。


 極度に高まった集中力は、極稀に主観的な時間を止めるという。スポーツで言えば、競技中にボールが宙に止まって見えたり。戦闘であれば、敵の動きが手に取るようにわかったり。己以外の全ての時間が止まって見える領域――それを『ゾーン』と呼ぶという。


 もしカレルレンの分析が的中しているのなら、あのラグディスハルトという少年は、その『ゾーン』へ自由に出入りしていることになる。


 周囲の時間が止まっているのかと思うほどの集中力があれば、確かに、何百倍にも強化された自身の力を正確に制御することも不可能ではないだろう。


 ヴィリーの背筋に、ぞくりと悪寒が走る。


 それはある意味、力が強いことや技術があることよりも、よほど恐ろしいものであるかのように彼女には思えたのだ。


「――話は変わるが、君はおかしいとは思わなかったか? この二〇〇層のゲートキーパー、〝ヘラクレス〟との戦いを」


 新たな質問に、ヴィリーはもはや考えるまでもなく、肩を竦めて降参の意を示した。


 彼女の幼馴染みは、その視線の射程をどこまで伸ばしているのか。常人ではついて行けない思考の飛躍に、やはりヴィリーもついて行くことは難しかった。


「……全く、あなたの頭は本当によく回るわね。何かおかしいところでも?」


 半分以上呆れながらも訊ねると、カレルレンは頷き、奇妙なことを言い出した。


「俺は妙な【作為】を感じた。まともな攻撃では抜けない装甲、同じくまともな装甲では防御出来ない攻撃。その上で術力が制限される特殊なフィールド。ヘラクレスが使った、古代術式のものと思われる変身――出来すぎているとは思わないか?」


 深刻ぶるカレルレンに、ヴィリーは軽い調子で返す。


「出来すぎているって……それは、ルナティック・バベルもゲートキーパーも古代人が作った人工物なのでしょう? そこに【作為】があるのは当然じゃ無いかしら」


 然り、とカレルレンは頷く。


「ああ、確かに【作為】はあって当然なんだが、その【作為】が妙なんだ。そうだな……まるで〝試されている〟……いや成長や進化を〝促されている〟ような――」


 カレルレンはここで一度沈黙を挟み、思考をまとめるような間を置いた。


「――第一〇〇層の〝アイギス〟では、英雄セイジェクシエルによって新たな術式が開発された。第一五〇階層では倒しても倒しても新たに出現するゲートキーパーに、人々は大人数で団結する重要性を知った。そして二〇〇層のヘラクレスでは、支援術式を極めたベオウルフが勝利を手に入れた――つまり」


「つまり?」


「あのヘラクレスは、【支援術式を活用しなければ勝てないよう設計されていた】んじゃないか、と俺は考えている」


「…………」


 カレルレンの発想を元に、ヴィリーもまた思考を巡らしてみる。そして、まるでそれをトレースするように、カレルレンが説明を続けた。


「術力制限フィールドは一面だけ見れば、強力な攻撃術式が放てない不利な条件に見える。だが、支援術式に限って言えばそうじゃない。むしろフォトン・ブラッドの消耗を抑え、使用回数を増やせるまたとない機会だ」


 カレルレンが言葉を切ったタイミングで、ヴィリーは自身の考えを口にした。


「……その術力制限フィールドにいる、普通に戦えばまず勝てないゲートキーパー。けれど、もしクラスタ単位で支援術式を駆使して戦えば、決して勝てない相手ではなかった――ということ?」


「そうだ。支援術式を扱う訓練をして、ベオウルフのように強化された肉体を自在に操れる戦士がいれば、あのヘラクレスは彼で無くても倒せたはずだ。そして、おそらくはそれが【設計者】の狙いだった」


 だった、と過去形を用いるのは、ある意味でその狙いが外れているからであろう。ヘラクレスの設計者もまさか、支援術式を駆使するのはともかく、それがただ一人の少年によって成されるとは夢にも思わなかったに違いない。あの六本腕は、どう見ても一対多を想定した変身だったのだから。


「……本来なら、俺達エクスプローラーは二〇〇層を前に、しばらく足踏みするはずだった。いや、むしろそうでなければならなかった。然るべき研究をして、然るべき進化を遂げ、試練を突破する。それが古代人が想定していた【シナリオ】だった。だが、一人の天才がそれを横から破ってしまった」


 カレルレンは声を低め、心の底からそう思っているように、重い言葉を吐いた。


「ラグディスハルトは怪物だ」


 翡翠の視線の先で、その怪物がとうとうスロー再生でも追い切れないほどの速度まで加速して、ついには一瞬でヘラクレスを爆散させた。一体どのような攻撃で堅固な装甲を貫いてとどめをさしたのか、これ以上はより精細な映像解析が必要になる。既に専門家にデータを渡してはいるが、結果が出るのは何時になるか見当もつかなかった。


「強く、そして弱い。不思議な怪物だ。これから先、どう成長するのかまるで想像できない。最終的に仲間になってもらうにしても、それは少なくとも今という時期ではない。それにこれは勝手な推測だが、彼らは野に放っていた方がむしろ成長が早いように思う。だからというわけでも無いが……」


 言うべきか否か、カレルレンは迷ったようだった。しかし、逡巡の果てに彼はこう言った。


「古代人の思惑と、ちょうどよくそこに現れた、打って付けの力を持った少年――さっきも言ったが、妙な【作為】を感じるんだ。もはや、きな臭さすら感じるほどにな。もちろん、明確な繋がりを示唆する証拠は無い上、ただの直感で、可能性としては大分薄いんだが……しかし、もし何かしらの繋がりがあったとしたら、と思うとな……」


 言葉通り、確信を持っているわけではないのだろう。カレルレンはらしくもなく、歯切れの悪い言い方をした。


「つまり、ラグ君の近くにいれば、私達に災難が降り懸かる――とでも?」


「――かもしれない。とにかく、何にせよ今は様子見が妥当だと俺は思う。――話は以上だ。さて、納得はしてくれたかな、我が主?」


 椅子に座ったまま肩越しに振り返り、カレルレンはからかうような笑みを見せた。


 それを受け止めたヴィリーは、口元に不敵な笑みを刻む。深紅の双眸が強い意志の光を放った。


「あなたの言いたいことはよくわかったわ。でもカル、前にも言ったでしょう? 私は納得はしているけれど、諦めてはいないわよ、って。むしろそんな話を聞かされて黙っていられるほど、可愛い女じゃないのよ、私は。何がどうなろうと、最後には私の思惑に従ってもらうんだから。憶えておきなさい」


 その傍若無人とも取れる言い分に、カレルレンは苦笑するしかない。


「私は誰にも負けないわ。あなたが何を心配しているのか知らないけれど、相手が怪物だろうが何だろうが、全て超えてしまえばいいのよ。そうすれば、何の問題もないでしょう?」


「そうだな。理屈の上では、まったくその通りだ」


 ヴィリーの大言をひねた態度で受け流し、カレルレンはARスクリーンの表示を変える。ヘラクレス戦の映像が消え、今度はニュースの記事が映った。


「……これは?」


「そんな気鋭の団長殿にピッタリの、おもしろそうなニュースを見つけておいた。君がここに来るまでいくらか調べたんだが、どうやら俺達も無関係ではいられなさそうなんでな」


「――――」


 興味を引かれ、ヴィリーは並んでいる文字列へ目を通す。


 そこには、とあるテロリスト集団が出した犯行声明と、次の犯行予告を引用した記事が書かれていた。


 テロリスト集団の名前は『ヴォルクリング・サーカス』。記事によると、元々はマイナーなエクスプローラータイプであるハンドラーだけで構成されたクラスタだったようである。


 そのハンドラーの集団が何をしたかと言えば、千体以上のSBを具現化させ、大国パンゲルニアの地方都市を壊滅状態に追い込んだのだという。


 彼らは引き続き新たな戦力を蓄えるため、世界各地の遺跡がある地域を標的とすることを予告していた。遺跡の近くには必ずと言って良いほど、コンポーネントを買取・管理する施設がある。暗にそこを襲撃すると宣言しているのだ。


 現時点での犠牲者数は三〇〇〇超。その数字に、ヴィリーは眼光を鋭くし、歯を食いしばった。


「――本当に『ここ』にも来るのかしら」


 もしそうなら喜ばしいことだ、と彼女は思う。騎士として、真っ向から断罪してやること吝かでなかった。


 対して、カレルレンは冷静な姿勢を崩さない。


「可能性は高いな。ここは浮遊都市だ。守るに易く、攻めるに難い。一度占領してしまえば、テロの活動拠点としては申し分がない」


「望むところだわ」


 ヴィリーのはっきりした声が室内に響いた。炯々と憤怒の炎を燃やす瞳が、ARスクリーンに映る犯行予告を視線で射貫く。


 力強い台詞に、カレルレンはニュースを消して立ち上がり、


「――わかった。なら、明日からはしばらく【エクスプローラーではない】『蒼き紅炎の騎士団』へと移行しようか」


 快く了承する幼馴染みの姿に、ヴィリーは珍獣でも見るような目を向ける。


「あら、珍しいわね。反対はしないの?」


 カレルレンはわざとらしく肩を竦めて見せた。


「どちらにせよSBを退治するのなら、遺跡に行こうがテロリストを出迎えようが結果は同じだろう? 騎士団の『運営』係としては、別段文句は無いさ」


 全く以て理路整然とした物言いに、今度はヴィリーが苦笑する番だった。


「なるほど、ね。やっぱりあなた、ラグ君と違って全然可愛くないわ」


「なに、子供と可愛さで勝負するつもりはないさ。勝てる道理がないからな」


 そう言ってカレルレンは右手を顔の高さまで上げると、その掌をヴィリーへと向ける。


 それを見たヴィリーは笑みを深め、自らも手を上げると、


「頼んだわよ、私の騎士」


 カレルレンのそれに勢いよく叩きつける。


「お任せあれ」


 厳かぶったカレルレンの声と共に、手を打ち合わせる小気味よい音が鳴り響いたのだった。




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