●7 まさかの戦力低下 2
『GGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAA――!!』『WWWWWWWRRRRRRRRRROOOOOOOOO――!!』『SSSSSSSSYYYYYYYAAAAAAAAAA――!!』『UUUUUUUUURRRRRRRRRRYYYYYYYYYY――!!』
八つの間欠泉の中から飛び出してきたのは、四体のイエティと、同じく四体のマウンテンロードだった。
どいつもこいつもチョコ色をベースに、黒い網目模様が体表を覆っている『浸食』タイプだった。
「あーもー何なのよー! ちょっと冗談で言ってみただけなのにわざわざ律儀に出てくんじゃないわよこんちくしょーがーっ!」
あまりにも理不尽なタイミングでの登場に、フリムが悲鳴じみた抗議の声を上げた。そうしながらもドゥルガサティー、スカイレイダー、ホルスゲイザーを戦闘モードに切り替えているのは流石の一言である。
無論のこと、わざとではないのはわかっているし、そも因果関係があるわけでもないのだが、タイミング的には明らかに『フリムが余計なことを言ったから敵が現れた』みたいな感じになっていた。
「ばかもの! はじめから余計なことを言うでないわ!」
ハヌが正天霊符の扇子型リモコンを懐から取り出しながら、実にもっともなことを宣う。
僕はその言い合いに加わる愚は犯さず、
「――ロゼさん!」
「お任せください」
強く名前を呼んだだけなのに、ロゼさんは僕の意図を過たず汲み取ってくれた。
とにもかくにも間欠泉から噴き出す、液状化した高熱のチヨコニウムをどうにかしないといけない。溶けたチョコレートのように見えるからあまり実感はないが、実質的にあれは火山のマグマなのだ。そんなものが雨のように降ってくる今の状況は、かなりまずい。ここが戦場になるなんて悪夢そのものだ。
ハヌは僕が守る。ムーンは機動力の高いフリムが助ける。だけど、この危険なエリアから逃れるためには襲い来る八体の特級SBを掻い潜らなければならない。
その隙を作って欲しいと、ロゼさんにお願いしたのだ。
「――グレイプニル」
小さな呟きを一つ落とすと、藍色のバトルドレスの背中から勢いよく四本の鎖が飛び出した。獲物に襲いかかる毒蛇よろしく射出された蒼銀と紅銀の鎖は、それぞれに螺旋を描いて二本のトンネルを作る。否、違う――そこにある不可視の〝力場〟にまとわりついているのだ。
ロゼさんは使役術式使い(ハンドラー)であり格闘士だが、さらに『鎖使い(チェインアーティスト)』も追加して名乗るべきだと、最近は特に思う。
ロゼさんにはゲートキーパー級を再生させる超級の使役術式に、さらに神器の力を応用した自己強化のオリジナル術式という、二つの奥の手がある。
だが、それだけではない。
そう、この〝グレイプニル〟こそが『鎖使い(チェインアーティスト)』としてのロゼさんの奥の手――切り札。
目に見えない波動の鎖。魔狼フェンリルの動きさえ縛ったという、超級DIFA(ダイナミック・イメージ・フィードバック・アームズ)なのだ。
これこそがロゼさんが〝狂戦士〟とは別に、〝銀鎖の聖女〟なる異名を持つ由縁であった。
「――いきます。その隙に脱出を」
静かに、だけど深い自信の籠もったロゼさんの声。
活路を切り開く、と琥珀の瞳が言ったのだ。仲間の僕達は、ただそれを信じるのみ。
「――お願いします!」
僕はドーム状に展開させていた〈スキュータム〉をバラバラに解体した。半分を僕とハヌの上に集め、もう半分をフリムとムーンの頭上へと集中させる。
合わせてフリムが白銀の長杖を頭上に掲げ、
「サティ! ダブル・マキシマム・チャージ!」
『ママキシマム・チャージ』
輝く〝SEAL〟の幾何学模様から星屑みたいなピュアパープルのフォトン・ブラッドを放ち、呑み込ませる。
『スヴァリンシールド』
紫の流体が渦を巻き、ドゥルガサティーの先端から拡散した。出来上がるのは、巨大な傘のようなシールドだ。
「レイダーとゲイザー、あんたらもよっ!」
『シームルグ・ウィング』
『ジェット・ファイア』
続いてコマンドを唱えると、背中のランドセル型の武具から純紫の光翼が展開し、戦闘ブーツの靴底から猛火が噴出した。
僕がハヌをお姫様抱っこするのと、フリムがムーンを枕のように脇に抱えるのとは、ほぼ同時だったと思う。
直後、タイミングを合わせてロゼさんのグレイプニルが荒れ狂った。
「――はぁっ!」
珍しいロゼさんの気合いの声。
僕とハヌ、そしてフリムとムーン、それぞれだけを避けて、不可視にして強烈なグレイプニルが縦横無尽に宙を奔った。
『GGGGGGGGGGGOOOOOOOOOOOAAAAAAAA――!?』『PPPPPPPPRRRRRRRRRRRRYYYYYYYYY――!?』『VVVVVVVVVVVVVRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――!?』『BBBBBBBRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOWWWWWW――!?』
グレイプニルそのものは色も形もない力場だが、その動きを制御するためだけに、蒼銀と紅銀を螺旋状に纏わり付かせている。それ故、動いた軌道ぐらいは見えるのだが、これがもうとんでもなかった。
まるで竜巻だ。レージングルの蒼とドローミの紅が混じって紫色の風刃に見える。
考えてみれば、いつかの戦いでは暴走したヘラクレスを拘束したり、発射された〈インバルナラブル・キラー〉すら掴んで軌道をねじ曲げたほどの武装なのだ。
イエティやマウンテンロードをまとめて弾き飛ばすなど造作もなかった。
けれど圧倒的な威力は同時に、間欠泉から噴き上がる高熱のチヨコニウムをも吹き飛ばし、拡散させていた。僕は慌てて複数展開した〈スキュータム〉を操作して僕とハヌ、フリムとムーンを取り囲ませる。間に合った。一瞬遅れて、溶けた鉱物の飛沫がビチャビチャと薄紫の術式シールドに叩き付けられる。
『今の内にどうぞ』
ロゼさんからの念話。隙は作ったからすぐに脱出してくれ、と。返事をする暇すら惜しんで、僕は〈シリーウォーク〉を発動させて跳躍。ハヌを抱きかかえたまま何度も宙を蹴って立体機動を繰り返し、ともかく間欠泉の降り注ぐ危険地帯から逃れる。
「ムーンあんた舌噛んじゃダメよ!」
同様にフリムも『スヴァリンシールド』を傘として、背中の光翼と足底からの火炎噴射によって緊急発進。ムーンを脇に抱えたまま、ロケットみたいに勢いよく真上へ飛翔する。そぼ降る高熱の雨の中を一気に突っ切り、圏内を脱出した。
『PPPPPPPPRRRRRRRRRRRRYYYYYYYYY――!!』『VVVVVVVVVVVVVRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――!!』『GGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAA――!!』『UUUUUUUUURRRRRRRRRRYYYYYYYYYY――!!』
乱舞する鞭がごときグレイプニルに吹き飛ばされたイエティとマウンテンロードの群れが体勢を立て直し、獰猛な咆哮を迸らせる。
だが、既にロゼさんを除く僕ら四人は危険地帯を脱した。ここから仕切り直しである。ロゼさんはもちろんのこと、僕も前衛タイプ。多少の危険は織り込み済みだから、熱い間欠泉が噴き上がる中で戦うのに躊躇などない。防御力の低いハヌとムーンは安全な場所に退避できたし、フリムに護衛を任せれば遠隔攻撃によって援護もしてもらえる。
特級SBが同時に八体というのは常識的に考えてかなり厳しいが、僕達なら大丈夫。なんなら、その気になればハヌの極大術式で間欠泉群ごと一気に殲滅――
などと頭の中で戦闘演算をしていた時のことだ。
「 テンケン 」
我が耳を疑った。思わず、弾かれたように視線を頭上に向ける。
まさかだった。フリムの脇に抱えられたムーンが、未だ空中にありながら、掌を真下に向けていた。
傘みたいな『スヴァリンシールド』にぶら下がって飛行しているフリムの、目を見開いて愕然としている表情が、ひどく印象的だった。
ムーンの掌の先に膨大な風が寄り集まり、凝縮されていく。
「まっ――」
て、と言う時間などなかった。
ムーンの掌が向けられているのは、戦場のど真ん中――まさしく、孤軍奮闘、四面楚歌といった状態に陥ったロゼさんがいる座標だったのだ。
ギュオン、と唸りを上げて圧縮された大気が、次の瞬間、強力無比な風の牙と化した。
ゲートキーパー級を吹き飛ばす破壊力が、真っ逆さまに落ちて炸裂した。
いつもお読みいただき、まことにありがとうございます。
コミックス新刊のお知らせです。
本日、6月1日に「リワールド・フロンティア@COMIC」の3巻が発売となりました。
小説版の第一章、ヘラクレスとの決戦および決着、ハヌとの仲直りエンドまで収録されております。
1巻でも2巻でもそうでしたが、美しい色彩かつカッコいいデザインの表紙に、書き下ろしのカラー口絵、10000文字以上の書下ろしSS、書下ろし4コマ漫画、術式アイコンと解説などなど、おまけ要素も入って充実した内容となっております。
毎巻、メインとなるカラーが違う「特色」を使用した装丁で、本棚に並べても綺麗な本です。
是非ともお手にとっていただければ幸いです。
何卒、コミカライズ版リワールド・フロンティアをよろしくお願いいたします。
国広仙戯




