●46 最終決戦・たった一秒の差 3
――嫌だ!
――もう嫌だ!
――もうたくさんだ!
――助けてくれ!
――こんなバケモノと戦ってなどいられない!
――逃げる!
――死にたくない!
――今すぐ逃げなければ!
――全力で!
「――ォオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッッ!!!」
心の底から恐怖に震え上がった怪物は、自らの意思ではなく本能に衝き上げられて大声を発していた。
――喰われる!
――捕食者であるはずの自分が!
――獲物であったはずの相手に、狩人たる己が逆に喰われようとしている!
「――ィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッッ!!!」
左の首筋に食い込む激痛と恐怖に絶叫する。こともあろうに、この『黒い中くらいの奴』はこちらに噛み付き、身を守る鱗を噛み砕き、内側に隠れていた肉と血を食んでいるのだ。
笑いながら。
「ィイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッッ!!!」
怪物は己が頭部を、回転する爪の生えた両手で掴む少年――即ち『黒い奴』の両腕を横から掴み、必死に引き剥がそうとする。
種族は違えど、相手が笑っているかどうかぐらいわかる。この『黒い奴』はこちらの頭に穴を空けようとしながら、同時にがら空きだった首筋へと噛み付いてきた挙げ句、今はそこから溢れる血を飲みながら何度も咀嚼を繰り返しているのだ。くつくつと楽しげな声を漏らし、肩を細かく上下させながら。
――喰われる! 喰われる! 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!
火事場の馬鹿力という言葉がある。これは人間のみに発現する事象ではなく、生きとし生けるもの全てに通ずる。この時の怪物がまさにそうだった。
喰われたくない、死にたくないという強烈な感情は、極彩色の怪物の奥底から一滴残らず全身全霊を振り絞らせた。
「ギギギギギギギギィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイィァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァッッッ!!!」
魂切るがごとき悲鳴を轟かせると、怪物自身すら驚くほどの力が出た。頭部をガリガリガリガリと削っていた『黒い奴』の両手が離れる。それは牢に囚われた受刑者が、鉄格子を力尽くで開くかのような光景だった。
――離れた! これで逃げられる!
こうなっては、この場から逃れられるのなら何でもいい。未だ『黒い奴』の口は首筋に喰らいついたままだが、噛まれている部分はもういらない。持って行け、とばかりに躊躇なく身を引いた。体の各所に空いた穴から極彩色の光を噴射し、全力加速。爆発的な推進力によって、怪物と『黒い奴』の密着が勢いよく引き剥がされる。ブチブチと繊維質の音を立てて怪物の首筋周辺の筋肉が食い千切られた。間欠泉のごとく極彩色に輝く血液が噴出し、雨のように降る。
構うことなく脱兎のごとく逃亡した。
怪物自身でも信じられないほどの加速力。自分の中にこれだけの力が眠っていたとは、という妙に新鮮な驚き。だがきっと【こんな時でもなければ】発揮されない力だろう。そんなものなどありがたくもなんともない。もう二度とごめんだった。
自慢の太い一本角で空気の壁を貫き、音よりも速く空を飛翔する。逃げる、あの恐るべき『黒い奴』から――怪物を【捕食】せんとする脅威から一目散に逃げる。逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げてどこまでも逃げて、奴の手が、爪が、牙が届かないところまで逃げ果てるのだ。
しかし。
「ア――――――――――――――――」
「ッッッ!?」
頭の中を直接殴られたかのごとき衝撃を受ける。聴覚に届いた『黒い奴』独特の鳴き声に心臓が止まりかける。
追いかけてきている。しかも、さほど距離が離れていない。こんなにも全力で逃げているというのに。
「――ィィイイイイイイイイイァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」
純粋な恐怖に駆られて怪物は再び絶叫した。嫌だ、来るな、来ないでくれ、あっちに行ってく
ガッ、と頭の角に手がかけられた。
「――――~~~~ッッッ!?」
圧倒的な力で頭を押さえ込まれる。角の削れる複数の音。あの『回転する爪』が生えた手で角を掴まれたのだ。
飛翔する進行方向が強制的に下へと向けられた。恐怖に塗れた怪物の精神では、加速のための噴射を緩めることができない。よってそのままの勢いで、流星のごとく地表へ墜落した。
轟音、衝撃、激震。
結果として『黒い奴』の手で怪物は地面へと叩き付けられて、止められない自己の加速噴射によってガガガガガガガガッと土煙を巻き上げながら地表の上をどこまでも滑り行く。進行方向に建っていた朽ちた高層ビルを悉く根元から破壊しながら、それでも一切の減速なく突き進む。全身に凄まじい反動と衝撃が襲い来るがまるで頭にない。むしろのし掛かってくる瓦礫の山や波濤で頭を掴んでいる『黒い奴』が振り落とされて離れてしまえば万々歳だとすら思う。
無我夢中のまま一気に都市部を抜けた。怪物の移動速度をもってすれば浮遊大島など小さな庭に過ぎない。一般には広範囲と思われる地域だろうが猫の額にも等しい。
気付けば頭の角を掴んでいた手が消えている。背中に張り付いていた黒い重圧も失せている。やった、奴を引き剥がした、このまま絶対に逃げ延びる――!
ほのかに見えた希望によって心なしか視界までもが明るくなる。決意を新たにしたところ、しかし自身の消耗が激しいことに怪物はふと気付く。
噛み千切られた部分の再生が遅すぎるのだ。おかしい。いつもならこの程度の損傷などすぐ回復するはずなのに。肉も血もすぐに再生して、傷が塞がるはずなのに。一体どういうことだ。何が起きている?
今も真新しいままの傷口は延々と極彩色に光る液体を垂れ流し続けている。駄目だ、せっかく『黒い奴』を振り払ったというのに、これでは血痕と臭いで跡を辿られてしまう。
何か、何か滋養が必要だ。そう、獲物を見つけなければ。自己再生が難しいなら新たなエネルギー源を外部に求めなければ。
そうして脳裏に閃くのは、つい先刻見逃さざるを得なかった獲物らの姿だ。大きいのはあまりに邪魔すぎて苛立ちまぎれに〝消して〟しまったが、残る小さい奴と中くらいの奴らは喰えばそれなりの滋養にはなろう。
あいつらを探さねば。そうして万全の状態となってこそ、完全にあの『黒い奴』から逃げおおせることが出来るはず。
怪物は瞬時にそう判断し、そのための方策を実行した。
即ち『サーチ』のマジックである。
厳密に言えば怪物もまた『赤き髪を持つ神』の用意したゲームに参加するプレイヤーの一人。マジックの使用も当然許されている。当初は、こんなもの自分に必要ない、と断じていた怪物であったが、もはや四の五の言っている場合ではなかった。
サーチ、を意味する音を口から出すと、途端に怪物の視界にいくつかの矢印が浮かび上がった。これこそ獲物達の位置を指し示す標だ。この先に先程の獲物の生き残りがいる。一本だけ後方を向いているものがあるが、敢えて無視した。それが誰を示しているのかなど考える必要もない。
全速力で宙を貫き空を翔る。かなりのペースで血が抜けていくのがわかる。同時に四肢から力も失われていく。自身の活動時間の限界が近いことを怪物は悟る。とにかく滋養だ。エネルギーがいる。それもすぐ捕まえられ、すぐ口に入れられ、すぐ消化できるのが理想だ。
となれば、あの小さい奴らが狙い目だ。どちらでもいい。あの小ささなら二口か三口で噛み砕いて呑み込める。そうして体内に取り込めばすぐにでも首筋の傷は回復し、血流もよくなるだろう。
そうなったら今度は島の外へと逃げる。目論むのは持久戦だ。ゲリラ戦だ。不意を突き、隙を突き、虚を突く作戦だ。油断を誘い、寝込みを襲い、寝首を掻けば、あの『黒い奴』とて堪ったものではなかろう。一瞬の集中では負けても、長期間の潜伏力と耐久力には自信がある。短距離走では分が悪かろうとも、マラソンになれば畢竟こちらが有利――それが怪物の中で弾き出された、彼我の戦力の分析結果だった。
事実、それは正解の一つと言えた。知る由もなかったが、怪物が呼ぶところの『黒い奴』の全力は、たったの三分しか保たなかったのだから。
斯くして音よりも速く飛翔する怪物は、すぐさま獲物達のいる空域へとやってきた。背後から追ってきているであろう『黒い奴』の影に怯えながら。
やがて捉えた。眼下に見下ろす。
いる。いるいる。寄り集まっている。目当ての小さいのが二つ、中くらいのが五つ、否、六つ。中くらいの内の一つはオスだろうか。他よりも頭一つデカい。アレが一番邪魔っけだ。
「――――」
となれば、狙うは小さな奴ら。全体的に白いのと、桃色の頭と蒼い体の奴の二択。だが後者は気を失ってぐったりとしているが、それだけに中くらいのが三つぐらい寄り添っていて面倒くさそうだ。
だが白い小さな奴。あれは逆に、寝そべっている中くらいの奴ら二つの世話をしているようだ。あれなら邪魔は入るまい。
アレを取って喰う。
喰って回復する。
回復したら逃げる。
もはや、やるべきことはもうこれ以上は単純化できない。
「ギギギギィリリリイイイイイイイイィィッッ!!」
急激な空中機動。右半身から極彩色の光を大放出して軌道を曲げる。描くべき軌跡は、猛禽が水中の魚を狩る際のそれ。高空から一気に降下して、鋭い爪で獲物を掴み連れ去る。そして、再び誰の邪魔も入らない空へ昇ってから、捕らえた獲物を貪り喰う。これだ、これしかない。
全ては一瞬だ。
どいつもこいつも最後まで気付くまい。特に白い小さな奴は己が食い殺されたことにすら気付かずに消える。他の奴らが気付いたときには後の祭りだ。
ニィ、と我知らず怪物の口元に笑みが浮かんだ。
「 オイ 」
思いもよらなかった超至近――それも耳元で囁かれた声に、真実、怪物の時が止まる。
「――――」
今の今まで思い巡らせていた目論見が一瞬で真っ白になった。小さな獲物特有の柔らかい肉、その噛み応えと舌触りに躍っていた胸が、鼓動を凍らせた。
自失の刹那。
――オマエ アノコヲ ネラッタノカ?
もはや声でなく、精神感応のように頭の中に直接『黒い奴』の意思が流れ込んできた。しかも、怪物の視線の向きを完全に読み取ったように。
気付けば再び、自慢の一本角が『黒い奴』の右手に握られ、さらには背中に空いた噴射孔――加速および飛翔するための光を放つ主要な箇所――を左手で塞がれていた。
「――!?」
有り得ない。これだけの高速を維持するために、どれだけの勢いで極彩色の光が噴射されていると思うのか。下手な攻撃よりも強烈な波動が噴き出しているそこを手で塞ぐなど、まさしく自殺行為だ。実際、自分の手でやっても腕が丸ごと粉微塵に吹き飛ぶ未来しか見えない。
だというのに。
――アノコヲ ネラッタノカ ヨリニモヨッテ ハヌ ヲ
死神が宣告するがごとく静かな、それでいてどこか伽藍堂な囁きが、怪物の頭の中で幾度も反響する。
――ボクノ タイセツナ ハヌ ヲ
主となる噴射孔を塞がれたがため、怪物の飛行が致命的なまでに乱れ狂った。
「ギギィィイイイイイイイイイイッ!?」
獲物を狩る猛禽のごとく鮮やかな軌跡を描いて飛び去るはずが、標的を目の前にしておきながら、あらぬ方向へと逸れていく。
怪物と『黒い奴』以外は時が止まっているにも等しい世界で、錐揉み回転を繰り返しながら宙を蛇行し、やがて開けた平地へと墜落する。
もはや落下というよりは激突。
怪物は頭部の角と、飛行するために必要な部分を完全に取り押さえられたまま高速で地表に叩き付けられた。そのまま『黒い奴』のサーフボードにされたかのごとく、地表を大きく抉り削りながら慣性を消費し尽くすまで滑り続ける。
「ギギギギィィイイイリリリリリィイイイイイイィ――――――――!!!」
ちくしょうめ、と自棄気味に憤怒の声を上げる怪物に、
「許さない」
今度は肉声がかけられた。
何の変哲もない、一般的なイントネーションでもないその言葉に、何故か怪物は【ギョッ】としてしまった。
やがて互いの体にかかっていた慣性が完全に死に絶え、怪物の肉体が半分地面に埋まった状態で停止する。その頃にはもう、水が湧けば大きな河になるだろう――そう思わせるほどの傷跡を地表に残していた。
頭の角を押さえられているため自由は利かなかったが、それでも背中に馬乗りになっている『黒い奴』を振り返り、視線を向ける。
「!?」
黒い――どころか『真っ黒な奴』がそこにはいた。
黒い。どこまでも黒い。全身が漆黒に包まれていて、人の形をした影――否、【闇】がそこにあるようにしか見えなかった。
だというのに、両眼にあたる部分だけは煌々と輝いていた。深紫の鮮やかな光。それでいて燃える炎のごとく揺らめいてもいて。
悪魔だ――怪物は率直に思った。
怪物は自身のことを『怪物である』と認識していた。自覚があった。自己は他よりも優れた存在であると。王者であると。だから他の鬼人をことごとく取り込み、吸収し、孤高の王となった。己以外の鬼人の力を全て自分のものとし、実質的に一族を滅ぼした。
だがそれでもなお、怪物は豪語できた。
己こそが鬼人の究極である――と。
己がここにある限り鬼人は滅びておらず、鬼人とはなべて我のこと。
我こそが【鬼人そのもの】であると。
故に怪物は自分自身を、全てを超越した『怪物』であると思ってきた。否、その認識は未だ変わらず、怪物にとって自身は今なお『怪物』であった。
だが、しかし。
【己という『怪物』を超越する存在】がいることを、怪物は概念として知っていた。上には上がいる、それが自然の摂理だと。
だが『怪物』である己を超える【もの】など、それこそ【死神】か【悪魔】しかおるまい。笑止、それらは実際には存在するものではない。であれば真実、最強なのは己自身である。それが現実だ――
そう思い込んでいた。
今の今まで。
「ギ……!?」
いた。
ここにいた。
自分を超越する【死神】にして【悪魔】が。
「サーチを使ったな? なら、もうこれは防げないな?」
「ギギッ……!?」
みしり、と頭の太い一本角が軋みを上げた。折れる――怪物は本気でそう思った。これまでこれが折れることなど夢にも思わなかったのに、今ならまざまざと想像できてしまう。自慢の極太の角が、完膚なきまでにへし折られてしまう未来が。
「【フリーズ】」
怪物は獲物を探すためだけに『サーチ』など使うべきではなかった。この『フリーズ』を防ぐためにマジックを温存し、ここぞというところで『ウォール』を使うべきだったのだ。
しかし、後悔は決して先には立たない。
もう手遅れだった。
怪物は致命的に間違えてしまったのだ。
何もかもを。
「終わりだ」
悪魔が告げる。
ミシミシと音を立てて、怪物のアイデンティティとも言える一本角が軋む。やがて悪魔の五指による圧迫に耐えきれず、ピシリ、と罅が生まれた。それは瞬く間に角全体を走り抜け、広がっていく。悪魔の指が食い込み、バキバキと硬質の角を握り潰しながら指先を中へ中へと埋めていく。
「……!?」
今となっては悲鳴も上げられない。怪物は全身の隅々までもが凍り付いたように硬直している。『フリーズ』の効果は、エイジャが言うところの〝ラスボス〟である怪物にも十全に機能していた。
そのまま頭の角を持ち上げられ、無理矢理に体を起こされる。抵抗などまるでできない。怪物は悪魔の為すがままにされるしかない。逆海老反りするように上体を引き上げられた怪物は、強制的に空を仰ぐことになった。
怪物の体長は悪魔のそれよりも遙かに大きい。1.5倍から二倍程はあろう。それだけの体格差がありながら、現状地を這っているのは怪物の方であったが。
「お前が僕達を舐めきっているのはわかっていた。言葉じゃなくて、態度や動き、行動全てがそう物語っていた。だからお前が『マジック』を敢えて使わないんじゃなくて、【自分には必要ないと思っている】のはすぐにわかった」
悪魔が何事か語りながら、つい先刻は手で塞いできた背中の噴射孔に、何か細い棒のようなもの差し込んだ。
「だから僕はこう考えた。そんなお前がもし『マジック』を使う時は、それはきっと追い詰められた時だ――って。逆に言えば、その時までお前に『マジック』があるってことを見せちゃいけない……『ウォール』で『フリーズ』が防げることを思い出させちゃいけないって、そう思った」
何の話をしているのかさっぱり理解できない。何を言っているのだ、この悪魔は。一体何が目的で、こいつは自分に話しかけてきているのか。獲物に語りかけることなど決してなかった怪物は、話の内容いかんに関わらず、ただ悪魔の行為そのものに戸惑っていた。
「お前の目の前から消えて『サーチ』を使わせようとか、わざと隙を見せて『フリーズ』を使わせて回避してやろうとか、色々と考えた。考えたけど……」
そこでいったん言葉を切ると、怪物の角を掴む手にさらなる力が籠もった。既にボロボロだった怪物の角がより一層握り潰され、へし折れる寸前にまで至る。
「……まさかお前が回復のために『サーチ』でみんなを探して、喰いに行くとは思わなかった。【ありがとう、勉強になった】。こういうこともあるんだ、って次からは絶対に気をつける」
何を言っているのかはわからないが、とにかく『これは好機だ』と怪物は思っていた。『マジック』には時間制限がある。一定の効果時間が過ぎればこの硬直状態は解除される。せっかくの隙をこうして無駄話で使い切ってくれるのであれば、こんなにありがたいことはない。もはや頭の角など捨て置く。今は矜持よりも命が優先だ。自らの手で自慢の角に止めを刺そうとも、ここから逃げ出してやる――
「逃げようとしても無駄だよ」
「――!?」
ズバリ、と内心を言い当てられて怪物は愕然とする。まるで心の声を聞かれたかのようなタイミングだっただけに、嫌な予感が抑えきれない。
「わかってる、全部わかってるんだ。お前の考えていることが、全部【伝わってくる】んだ。だから無駄なんだよ。みんなわかってるんだから」
悪魔の声音は、いっそ悲しげなほどだった。
「……なんとかなる、後もう少しで、きっと勝てる――そんな風にみんなが思っていたところを【一気にひっくり返す】。虎視眈々とその瞬間を待ち伏せて、希望を絶望へと逆転させる……わかるだろ?」
カチャリ、と硬く乾いた音が怪物の背中で響いた。それは飛翔および加速用の噴射孔の中でも反響し、怪物は音でなく震動でそれを感じた。
「これ全部、【お前がやってきたこと】だよ」
――まさか、
背筋が凍り付く、という感覚を怪物は強く意識した。『フリーズ』のマジックがなかろうとも、この瞬間だけは同じように体が固まって動けなかったに違いない、と。
気付いてしまったのだ、悪魔の【意図】に。
故に膨大な恐怖が全身を支配した。
「一番いいところで盤面をひっくり返される――その気持ちを、お前にも味わわせてやる」
残り時間はもうあと僅か。あとほんの少し、あとほんの少しの時間さえあれば――
間に合うわけがない。
「絶対に、逃がさない」
背中の噴射孔に入れられた【何か】に、ぐっ、と上向きの力が込められた。
「お前はここで終わりだ。〈ドリルブレイク〉」
悪魔が最後に告げた言葉は、最後まで淡々としていた。




