●45 幕間・復活劇 3
ひとまず【嫌な感じ】がするので、僕達は砂山の上から辞することにした。
これについてはハヌも、ヴィリーさんも同様のものを感じていたのだろう。すぐに承諾され、僕達はこんもりと積もった白い砂山の麓から、やや離れた場所で話をすることにした。
とにもかくにも、僕にとっては状況整理からである。無論、警戒は怠らぬまま。
まずは、ハヌに殴られた途端に目が覚めて、それまでの記憶が【ぽっかり】と抜け落ちていることを素直に告白した。
すると、ヴィリーさんを始め、アシュリーさんとゼルダさんの『蒼き紅炎の騎士団』の三人は『ああ、道理で。そういうことか』みたいな雰囲気で納得してくれた。
一方、ハヌはというと。
「なん……じゃと……!?」
ものすごくショックを受けたようで、目を大きく見開いて口をあんぐりと開けていた。背後で雷光が瞬いたかのような驚愕の仕方だった。
途端、涙目になって僕に近付くと、さっき自分が叩いた頬を優しく撫でさすり、
「なんと……あいすまぬ、ラト……妾の早合点じゃったか……そうと知っておれば、このようなこと……」
よくわからないけれど、ハヌの中でスイッチが切り替わり、さっきの平手打ちは勘違いが元だったことが判明したらしい。
大変申し訳なさそうに、何度も謝りながら頬だけでなく頭まで撫でてくれるハヌ。
とにもかくにも、これで誤解は解けた。こちらは一段落。
というわけで、今度は僕から皆に話を聞くことにしたのだが、こちらはこちらでびっくり仰天な事実が発覚した。
「――僕が、フロアマスターを、一撃で……!?」
と、我知らずキラキラと光る白い砂の山へと目を向けてしまう。
曰く、僕はしばらくの間、行方不明になっていたらしい。
なんと『サーチ』のマジックを使用しても居場所がわからず、すわ〝失格〟になって、どこぞで〝死亡〟したのか、とハヌやロゼさん、フリムは慄然としていたという。
けれどそんな僕が、ここのフロアマスターこと〝妖鬼王ゴルサウア〟との最終決戦の最中、突如として現れ、強大な敵を一撃のもと粉砕してのけた――らしい。
ちょうどそこで山になっているのが【ゴルサウアだったもの】だとか。同時に、ロゼさんとフリムが中心となって再生させたミドガルズオルムだとも。
話を聞くだに、とんでもない状況だったことがわかる。
ロゼさんにミドガルズオルムのコンポーネントを渡した時は、あくまで『もしかしたら』という思いだったし、そもそも僕が持っていても意味がないから念の為に預けておこう、という程度の気持ちだったのだけど。
よもやそれが、本当に必要になる時が来ていただなんて。
しかも、そんなロゼさんやフリム――なんと神器〝共感〟の完全版を取得して〝神器保有者〟になっていた――、そしてカレルさんが力を合わせてようやく再生に成功したミドガルズオルムが、なんだかんだで〝妖鬼王ゴルサウア〟に浸食されて、乗っ取られていたなんて。
僕は一体、何を考えてそんなところへ飛び込んで行ったというのか。
まるで、てんで憶えていない。
しかしながら、それも無理からぬことで。
ハヌやヴィリーさん達の話を総合すると、やはり当時の僕は、明らかに様子がおかしかったようなのだ。
まぁ、ハヌはそんなこと関係なしに大激怒していたようだけれど。
しかし、ハヌが怒ったのも無理はないと思う。なにせ〝SEAL〟が真っ黒に染まり、正気を失った風の僕は、ハヌを目の前にしておきながら完全に無視したらしいのだから。
それだけのことで? とちょっと思わないでもないけれど、しかしハヌからしてみれば『どこに行ったのかわからない、もしかしたら〝死亡〟しているかもしれない』と心配していた僕が、突然目の前に現れたのだ。それはもちろん、驚きもするし喜びもする。だというのに、目の前を通り過ぎながらも完璧に無視されたとなれば、可愛さ余って憎さなんとやら。怒って当然だと思う。だってもし僕が逆の立場だったとしたら、やっぱりモヤモヤというかトゲトゲしたものが、胸中に生まれていたに違いないのだから。
「――そうじゃの。言われてみれば確かに、ラトの姿はかなりおかしかったしのう。まともに喋ることもできぬようじゃったし、顔も目玉まで真っ黒じゃった。体にも黒い紐のようなものがたくさん絡みついておったし……」
ふむ、と唸って目を瞑り、先刻の記憶を呼び戻すハヌは、口をへの字にして難しい顔をする。
「いえ、小竜姫。あれは紐というよりは……」
「そうでありますです。あれはどう見ても……」
ハヌの見解に異があるらしく、アシュリーさんとゼルダさんが遠慮がちに間違いをほのめかす。二人の視線は自然とヴィリーさんへと向けられ、
「……そうね。あれはこの前の決闘で、ラグ君が見せた【アレ】に似ていたわね。色は違ったけれど」
「アレ……? アレって、もしかして……」
ハヌからの〝紐のようなもの〟と、ヴィリーさんからもたされた〝先日の決闘〟というキーワードをもって、僕は一つの記憶を脳裏に再生させる。
ヴィリーさんの言う『アレ』が指し示すもの。
無論のことながら当時の僕はロムニックとの戦いに夢中であった為、それに気付いたのは後日のことだった。後々、決闘の時に撮影されていた映像を見直していて、気付いたのである。
それは、決闘の最後の最後。より正確に言えば、決闘がロムニックの降参によって決着がつき、しかし結果を不服とした奴が神器〝共感〟の力で観客を暴徒化させた時のこと。
何故か〝神器保有者〟以外には必ずと言っていいほど――実際、あのフリムですら操られた――作用するはずの神器の力が効かなかった僕は、ロムニックのあまりにも無様なあがきように最初は呆れ果て、次いで自分でも驚くほど激烈な怒りを覚えた。
既に決着がついたというのに、しかも自ら負けを認めたというのに、後になってからそれを力尽くでひっくり返そうという下卑た性根。
それがあまりにも気に入らなさ過ぎて、音を立てて頭に血が上ってしまったのだ。
実を言うと、この時のことはあまり細かく憶えていなかったりする。血液が沸騰するような怒りのあまり、頭の中が真っ白に染まっていたのだ。
だが、周囲に飛んでいた〈エア・レンズ〉は克明に僕の姿を記録に残していた。
あの時、僕の〝SEAL〟は確かに【拡張】した。
激しく励起し、眩いディープパープルの光を放つ幾何学模様が、僕の皮膚を離れて空気中へと飛び出したのである。
自分で言うのも何だが、前代未聞の現象だ。
人体に内臓された生体コンピューターである〝SEAL〟が、体の外へと【拡張】するだなんて。しかもそれが蝶の羽根のように広がって、空気中に幾何学模様を描くだなんて。
「そう、あの時の〝SEAL〟の拡張現象よ。さっきのラグ君は、あの時とほぼ同じ状態のように見えたわ。ただ……」
言いにくそうに言葉を途切れさせたヴィリーさんは、少しだけ宙に目を泳がせてから、やはり得も言えない口調で続けた。
「……フォトン・ブラッドの色が、どう見ても【真っ黒】だった……けれど……」
「…………」
僕のフォトン・ブラッドは元よりディープパープルという、フリムのピュアパープルに比べればやや暗めの紫色をしている。だが、いくら暗めとはいえフォトン・ブラッドはフォトン・ブラッドだ。光り輝くそれを、どうすれば『真っ黒』と見間違うことが出来るのか。
見間違えるわけがない。よりにもよって、あの〝剣嬢〟ヴィリーが見間違えるわけもない。
しかも、当時の僕を一番間近で見たはずのハヌですら、それを『黒い紐』と言ったのだ。
つまり、実際に黒く染まっていたのだろう、僕のフォトン・ブラッドは。
今さっきロゼさんとフリムに〈ヒール〉を発動させた時は、間違いなくいつもの僕の色だったけれど。
「――その様子では、やはり自覚はなかったと……そういうことですね? ベオウルフ」
我知らず自分の両手へ視線を落としていた僕に、心なしか優しげな声で、アシュリーさんが確認の問いをかけた。
「はい……」
頷く他ない。
先日の〝SEAL〟の拡張現象については、言うまでもなく病院に行って調べてもらった。先述した通り前代未聞のことだったし、そもそも当時の僕は原因不明の〝SEAL〟不調にも陥っていたのだ。
とはいえ、お医者さんに診てもらっても結局は何もわからなかった。
今回のフォトン・ブラッドが黒くなったのも、そこから地続きのことなのかもしれない。
これで謎がまた一つ増えた――つまりはそういうことだった。
「――とにもかくにも、無事で何よりだわ。わからないことは脇に置いて、まずはお互いに生きていたことを喜びましょう。それに、お礼を言わないといけないわね」
暗く沈んだ空気を混ぜっ返すように、ヴィリーさんが努めて明るい声を出した。
「憶えていないとは思うけれど、あなたのおかげで助かったわ、ラグ君。あなたが来てくれなかったら、私達の全滅は間違いないところだったもの。改めて〝勇者ベオウルフ〟に、心より感謝を」
いつもマントのように羽織っている戦闘コートの裾を摘まみ、片手を胸に当てて丁寧に会釈するヴィリーさん。追従して、アシュリーさんとゼルダさんも同じようなポーズを取って僕に頭を下げた。
「い、いえっ、そんな……! だ、大体、僕だってハヌに止めてもらわなかったら、今頃どうなっていたか……!」
思いも寄らない礼儀正しい謝礼に慌て、僕はわたわたと両手を振りながら三人に顔を上げてもらおうとする。
が、そこではたと気付いた。
――そうだ、僕は【ハヌに止めてもらった】んだ……!
「――? どうした、ラト?」
思わず、未だ正天霊符の〝酉の式〟の背に座ったまま――ロゼさんとフリムが気を失っているのだから仕方ない――のハヌに目を向けると、彼女は何てことない様子で僕を見つめ返してくる。
そうだ。もし僕が、ハヌの平手打ちで正気に戻らなかったら、今頃どうなっていた?
考えるまでもない。ハヌ達とヴィリーさん達の共同戦線、そこにミドガルズオルムまで加えた大激戦。そんな最中に一切の頓着無く飛び込んで行くような『黒い僕』――何と呼べばいいのかわからないので、便宜上こう呼称する――であったのだ。
おそらくだけど、真っ先にミドガルズオルム・ヒュドラに取り憑いたゴルサウアを攻撃したのは、それが一番大きくてうるさくて鬱陶しいからだったからと思う。話を聞くに『黒い僕』はハヌが何を話しかけても「ア――――」としか応えなかったというし、きっとまともな思考力など持ち合わせていなかっただろう。
であれば、ゴルサウアを壊した『黒い僕』の次なる標的は、他の『動くもの』あるいは『生きて呼吸するもの』であったに違いない。実際、ハヌの証言によると僕のこの手は、未遂ながらも彼女を斬らんとしたという。直前で刃が止まったのは何かの偶然か、それとも必然か。僕の裡にある本能か、理性か、あるいはその双方が作用した結果、ハヌを手にかけることを拒んだのか。理由はわからないけれど、大きな間違いを犯さずに済んだことにまずは安堵する。が、同時に、自らの肉体が制御不能な状態で勝手に動き、大切な友達を傷付け、下手すれば殺していたかもしれないという事実に、どうしようもなく戦慄する。
僕に意識がなかったのだから、結局のところ全てはただの偶然だ。成り行きだ。今があるのはただ幸運だっただけに過ぎず、一歩間違えれば今頃は絶望の淵を踏み外し、奈落の底へと落ちていたかもしれないのだ。
「――――」
背骨が丸ごと氷柱になったかのようだった。背中を中心として悪寒が全身を駆け抜け、手足の先まで突き抜ける。
――僕が、ハヌを、斬り殺していたかもしれない、だって……!?
こんなにも目が眩んで吐き気のする未来予想図があっただろうか。
考え得る最低最悪の未来が、唸りを上げて耳元を掠めていったという事実。その実感が、今更のように僕を恐怖させる。絞られた雑巾のように、全身の毛穴から脂汗が滲み出てくる感覚があった。
いきなり足元に深い穴が口を開けたような、そんな気分。
心臓が早鐘を打つ。まるで全力疾走をした直後のように。
「ど、どうしたのじゃラト? 急に顔色が悪くなったぞ?」
ハヌを見つめたまま、どっ、と汗を掻き始めた僕を、彼女は心配してくれる。こんなに優しくて小さい女の子が、分岐した未来では物言わぬ肉塊になっていたかと思うと、なかなか動悸が収まってくれない。
いや、わかっている。ゲームのルールがある限り、HPが残っているハヌが即死することはなかっただろうってことぐらい。
でも、そんなの何の保証にもなりはしない。
何故なら。
HP:-
MP:-
視界の隅に浮かぶ僕のステータスは、明らかにプレイヤーとして〝失格〟になっていることを示しているのだ。
いつこうなったのかは憶えていない。
記憶にある限り――そう、ハヌとアグニールという女の子がそれぞれ極大術式の詠唱を始めた時点では、僕のHPとMPはまだそれなりに残っていたはずだ。それは間違いない。
けれど、そのあたりから記憶はぶつ切りになり、巻き起こる極大術式の余波の突風によって吹っ飛ばされたあたりで、完全に途切れている。
気が付けば、ものすごい頬の痛みによって目が覚め、ここにいた――そんな感じだった。
「……だ、大丈夫、だいじょうぶ……ちょ、ちょっと嫌な想像をしちゃっただけ……」
心配するハヌに応じながら、嫌な想像だけは無情に進行する。
HPとMPのステータス表示がなくなり〝失格〟となった僕でも、こうしてゴルサウアを粉々にすることが出来た。なら、同様にハヌを斬り殺すことだって、出来なかったはずがないではないか。
どうして〝失格〟状態でゲームに介入することが出来たのかはわからない。普通に考えれば僕の攻撃はゴルサウアどころか、誰にも通じないはずだ。エイジャなら絶対にそういうルールを設定しているに違いないのだから。
そのあたりは僕の〝SEAL〟が拡張したり、フォトン・ブラッドが黒くなっていたことと、何か関係があるのかもしれない。
ただはっきり言えるのは、僕が僕でない時間に、どんな理由であれ僕の腕が止まっていなければ、今頃ハヌは〝死亡〟して消えていた――ということだ。
「――……」
薄氷を踏んで、ちょうど下ろした足の両脇が割れて崩れ落ちる瞬間を見たような――そんな九死に一生を得た気分だった。
「まったく大丈夫ではないではないか! さらに顔色が悪うなっておるぞ、ラト!」
自分でも顔から血の気が引いていくのがわかっただけに、ハヌの指摘は大いに的確だった。
「ご、ごめん、もう大丈夫、本当に大丈夫だから……」
ハヌがいつもより心配そうなのは、さっき僕を思いっきり殴ってしまった負い目もあるからだろう。もうこれ以上、僕の大親友の心を憂えさえるのは何なので、逆に考えてみよう。
そう、僕は幸運だった。意識のない状態で、それでも大切な友達だけは手にかけなかった。しかも、その友達からの平手打ちでもって目も覚めた。ギリギリの瀬戸際で、最悪の事態を回避できたのである。かなりの巡り合わせの良さといえよう。
――あれ? でも、なんで殴られただけで正気に戻れたのかな、僕……?
ふと脳裏を過ったのは、素朴な疑問だった。
よくわからない暴走状態になったのは、実は今回が初めてではない。以前にも半ば無意識の内に戦闘行為を続行したことが、僕にはあるのだ。
あれはそう、『開かずの階層』ことルナティック・バベル第一一一層、エイジャ言うところの〝ミドガルド〟でのことである。
ミドガルズオルム・ヒュドラとの戦いの最中、フリムを庇って意識を失った僕は、それでも立ち上がり、ストレージから埃を被った大型武器まで取り出して戦いを続けたのだ。しかも制止するフリムやアシュリーさんの声を振り切ってまで。
そういえば、あの時も正気に戻ったのはフリムから受けたヘッドバットが原因だったように思える。
と言っても、あの時の暴走はあくまで【半ば】の無意識で、感覚的には夢を見ているようなものに近く、実際に自分がどう動いてどう戦ったのかはうっすらと憶えていたのだけど。
それと比べて、今回は全くと言っていいほど記憶が無くて、本当に僕の感覚からすると『強い突風に吹かれたかと思ったら、ノータイムでハヌに殴られて目が覚めた』という、冗談みたいな状況なのである。
――強い衝撃で元に戻る、という感じなのかな……?
おかしなスイッチが入る原因が強い衝撃であれば、それを元に戻すのが同じぐらい強い衝撃であるというのは、なるほど有り得る話である。ただ今回の暴走状態における始点が、今の僕の記憶にないことはすごく気になるけれども。
『――おい、〝勇者〟の……』
「えっ――」
その時、思いも寄らぬ方向から耳にザラつくスピーカーボイスが聞こえてきて、僕の体は条件反射的に身構えていた。
近付いてきた重苦しい足音も含めた上で、理性より本能が先に声の主を特定したのだ。
これは【敵の声】だ――と。
「ハウエル……ッ!」
振り返り様に握っていた長巻こと黒帝鋼玄を構えると、やや遅れて頭の中の引き出しから名前が出てきた。
振り返るとそこには、至る所が破損した青黒いパワードスーツを纏った巨漢がいた。
――生きていたのか……!
という思いは、多分この場にいる全員に共通していたことだろう。気絶しているロゼさん、フリム、そしてカレルさんとユリウス君を除いた全員が、僕と同じように素早く臨戦態勢に入った。もっとも、ここにいる全員が武器を手放していなかった為、戦う準備はとっくだったのだけれども。
しかしながら『探検者狩り』の首領は、見るからに戦意を喪失している様子だった。
『――ヘッ、なんだぁテメェは。すっかり正気に戻ってやがるじゃあねぇか……』
「……?」
何を言っているのかわからない。が、『すっかり正気に戻って』のあたりで大体のことは察せられた。さしずめ、ハウエルも『黒い僕』とやり合ったのだろう、と。
奴の自慢のパワードスーツがそこかしこに損傷を抱えているのは、それが原因かもしれない。
『――ラグ君、彼はあなたと同じタイミングで戦場に入ってきて、フロアマスターに体当たりで激突していたのだけど……心当たりはあるかしら?』
今となってはもう何の意味もない『白』チームの通信回線を通じて、ヴィリーさんから念話の質問が来た。
もちろん、心当たりはない。僕にはついさっきまでの記憶がないのだから。
とはいえ、
『あの……憶えはないんですけど、でも多分、僕が何かしたっぽいです……』
僕と同時にここへ来たということは、奴が僕をここへ連れて来たか、あるいはその逆か。僕が意識を失っている間に、ハウエルと『黒い僕』との間に何かしらのやりとりがあったのは確実だと思われる。
その予測を裏付けるように、
『テメェは憶えてねぇかもしれねぇがよ、よくもやってくれたぁもんだぜ。俺をサーフボードか何かみてぇに扱ってくれてよ、ここまで飛んで来させられたかと思いきや、そのままデケぇバケモンにブッコミかませられるたぁな……本当にいい度胸してるぜ、〝勇者〟のよぉ……!』
やっぱり――という思いと、正直想像以上だった――という驚きが同時に来た。
要するに『黒い僕』はどこかでハウエルと出会い、戦闘の挙げ句に彼を【乗り物】として使役して、ここまで駆けつけたらしい。しかもそれだけに飽き足らず、人間砲弾よろしくハウエルをそのままフロアマスターへ突っ込ませた――と。
僕が言うのも何だが、かなりの外道である。正直、自分がやったことだとは思いたくないぐらい。
『おかげさまでこの有様だ。何か言うことはあるかよ、ええ? 〝勇者〟のよぉ……!』
身構えるでもなく棒立ち状態のハウエルだが、逆説的に全身から放たれる凄味が半端ない。心のどこかで彼の怒りが正当だと感じている自分がいるので、高圧的に言い返すことも出来なかった。
僕が黙っていると、ハウエルは半ば予想していたのか、大柄な体躯全体を使って深い溜息を吐いた。
『――ああ、わかってるぜ。どうせ心当たりがまるでねぇんだろうがよ。それにこの状況だ、今更テメェらに喧嘩売るほど馬鹿じゃねぇ。こっちにやる気はねぇぞ。身構えたって無駄だ、無駄』
ハッ、と吐き捨てて、パワードスーツ姿の男は大仰に肩を竦めてみせる。
『そんでもって、さっきのテメェに〝命令〟されちまったからな。何をどうしたって俺は逆らえねぇ状態だ。クソが』
命令。その単語で、僕はゲームのルールの一つを思い出した。
勝者の特権、敗者への絶対命令権――僕はハウエルに対し、それを有している。とんと記憶にないが、奴の口振りから察するに、どうやら『黒い僕』はそれを行使したらしい。
ということは、現時点ではハウエルは危機たりえない、と判断できる。無論『黒い僕』がどんな命令をしたかはわからないし、ハウエルの言葉が嘘である可能性も否定できない。だが、何かしようとした際は改めて命令しなおせばいいだけの話だ。僕の勝者としての特権は、まだ生きているようなのだから。
――いや、ちょっと待てよ……?
肝心なことを忘れていた。
ともあれプレイヤーとして〝失格〟の状態では何が出来て、何が出来ないのかもわからない。ここまできてエイジャに質問を送るのも億劫だ。
であれば、手は一つ。
「あの、ハヌ? ちょっとお願いが……」
と声をかけた、その時だった。
【奴】が動いたのは。




