●38 混戦・蒼き紅炎の矢 2
「――来ました。これより戦闘に入ります」
幼いユリウスが大いに昂ぶる一方で、アシュリーは冷静沈着に地脈の接続を受け入れた。既に全身の〝SEAL〟に荒ぶる龍の力が流れ込み、オレンジ色の輝紋が煌々と輝いている。
アシュリーは鋭く尖った瑠璃色の視線を上空へ射込み、彼方に蠢く巨人の大群に焦点を合わせた。
既に『白』の通信によってヴィリーへの伝令は済んでいるはず。今なお総身を激しく燃え上がらせる〝炎の騎士〟は、獅子奮迅の比喩が生易しく感じるほどの激闘を演じていた。
近付く鬼人らを斬っては捨て、離れた間合いから飛んでくる遠距離攻撃を火焔の剣で切り払い、時折空いた片手から蒼炎の矢を乱射して牽制する。
そうして着実に鬼人の数を減らし続けていた〝炎の騎士〟が、やおらカレルレンの〝領域〟に向かって移動を開始した。それも、さりげない足捌きによって。
いくら〝炎の騎士〟が鬼人の群れをバッタバッタと斬り倒しているとは言え、相手の数が数である。巨大な鬼顔城を埋め尽くしてなお余りある数の鬼人の軍団は、たった一人で全滅させられるほど少なくない。たとえ相手がアリのごとく小さく弱いものだとしても、その数が数千数万ともなれば、踏み潰し尽くすには途方もない時間と手間がかかるものだ。
故に。
「 目覚めよ 双剣の騎士 」
二振りの曲刀〝サー・ベイリン〟に対し、アシュリーは言霊を紡ぎ始めた。
これより開帳するは、アシュリーにとって秘中の秘。
――よもや、こんなにも早く【これ】を再び放つことになるとは、夢にも思いませんでしたが……
両手に握った蒼刃の双剣を、柄頭同士で繋ぎ合わせながら、アシュリーは苦笑気味に述懐する。
「 泣き叫べ 汝は不幸の嵐 聖なる杯を覆す者 」
さらなる言霊でコマンドを組み立てながら、二つの剣を一本の弓幹とする。
続いて〝サー・ベイリン〟内部にギンヌンガガップ・プロトコルによって内蔵されていたパーツが具現化し、各所を超殻していく。
双刃の切っ先からそれぞれオレンジ色の光線が走り、弦を結んだ。
「 過ちと虚偽に塗れた その手に握られし 神聖なる槍 」
存在しない矢を握り、弓につがえる。すると、そこにあるのが当たり前だったかのように、アシュリーの手中に光の矢が顕現した。
いっそ神々しいほど純白に輝く、長大な矢が。
「 いと尊き人の血と涙に濡れた 悲哀の刃 」
言霊を束ねるように凝縮させ、矢へと練り上げていく。
本来、この光の矢は〝サー・ベイリン〟に蓄積された力を総動員して放つものである。長い時間をかけて蓄えられ、圧縮したエネルギーを一気に解放することによって強大な一撃を撃ち穿つ。
それこそが〝サー・ベイリン〟『モード・ロンギヌス』。
しかし、今この瞬間だけは双剣内部に蓄えられた力などに頼る必要はない。そもそも先日の『開かずの階層』での戦いにおいて、フロアマスターであるヒュドラに対して内蔵エネルギーを解放したばかりなのだ。はっきり言って、日が浅すぎて大したエネルギーは蓄積されていない。
「 其の名は ロンギヌス 」
だが、それでもアシュリーがこの『モード・ロンギヌス』を開帳するのは、他の供給源がある故だ。
つまり、カレルレンの手によって接続された『龍脈』。そこからこの身に流れ込むエネルギーを〝サー・ベイリン〟へと伝え、力とする。
刹那、アシュリーの手に合った光の矢が、あっという間に騎士槍のごとき大きさにまで膨張した。否、それだけに止まらない。地脈から無限に等しい供給を受ける輝光の矢は天井知らずに肥大化し、鏃の切っ先をどこまでも伸ばしていく。
「 悲嘆の騎士よ 慟哭し狂乱し暴虐の限りを尽くせ 」
輝く矢はやがて唸りを上げ、虹色のプリズムを纏い始めた。
極光の輝き。
強すぎるエネルギーによって風が巻き起こり、アシュリーの髪をこれでもかと嬲る。彼女から少し離れた位置に立つ騎士達の髪やコートの裾までもが大きく躍った。
「――っ――!」
前回発動させたときは、ベオウルフの支援術式によって身体能力が強化されていた。おかげでどれほどの力が『モード・ロンギヌス』に集まろうと体幹は揺らがなかったが、今はその恩恵もない。故にアシュリーは全身全霊をかけて双剣の弓と、極光の矢を支える。
だが、短い間隔で二発目を撃つことになったせいか、前よりはコツを掴んでいた。しかも今回は、豪勢なことに連発が前提だ。
「 いま穿たん 」
よってアシュリーの構えに無駄はない。全力を発揮しなければならないが、その身は次なる一撃の連射に耐えうる。
剃刀のごとき眼光を放つ瑠璃色の瞳を、アシュリーは一体の巨大な鬼へと向ける。
そして、決定的な言霊を口にした。
「 〈嘆きの一撃〉を 」
地上から天空へ向けて、虹色に煌めく流星が飛翔した。
一撃必殺だった。
『――――――――――!?』
下方から突然、巨人から見ても大砲としか言いようのない太さの極光の矢を受けた鬼人は、悲鳴を上げる暇もなく消滅した。
かつてフロアマスター・ヒュドラの防御シールドを破り、その巨体の半分を消滅させたアシュリーの切り札の、それが威力だった。
周囲の騎士達からも、そして通信網を介して離れた位置にいる者からも感嘆の声が聞こえてくる。
しかしアシュリーは気を抜かない。
まだ一発。たかが一体だ。
「――私に続きなさい!」
故に、アシュリーはそう叩き付けた。短いその言葉だけで十分だった。
次の瞬間、無数の追随が同時に生まれた。
『〈インフィニティ・グランキャリバー〉ァァァァッ!!!』『〈天蒼翔・光皇翼〉――――――――ッ!!!』『〈エターナル・インフェルノ・エクスプロージョン〉ッッッ!!!』
アシュリーに限らず『蒼き紅炎の騎士団』に所属するほどの者ともなれば、誰しもが『奥の手』を隠し持つ。
アシュリーの『モード・ロンギヌス』しかり、エリオの『〈スターライト・デストラクション〉』しかり。各々が自前で用意したオリジナル術式、ないしは特殊武装を有しているのが、ある種の公然の機密であった。
この今をおいて、他にその『切り札』を切るべき瞬間があろうか。いや、あるわけがない。それが騎士達の共通認識であったが故に、誰一人として手を抜く者はいなかった。
本来であれば高威力過ぎて遺跡内や、味方が近くにいる時は使用できない〝伝家の宝刀〟が惜しげもなく抜き放たれる。
それも、カレルレンが〝接続〟した『地脈』からの加護を受けた上で。
『■■■■■■■■■■――!?』『■■■■■■■■■■■■■■■!?』『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!?』『■■■■■■■■■■!?』『■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!?』
次々に上がる鬼人らの叫喚。
カレルレンの展開した赤き氷の〝領域〟から、周囲への影響を一切考慮しない高破壊力攻撃が乱射された。
先刻、彼らの仲間であるエリオが散り際に放った〈スターライト・デストラクション〉は、絶望的な状況の中、それでも鬼人の〝巨人態〟に一矢報いた。だが逆に言えば一矢報いた程度で終わってしまったのは、全力の一撃が一度だけしか放てなかったが故である。
しかし。
そこいらの建造物よりも巨大な怪物をぐらつかせるほどの攻撃を、消耗を気にせず連射することが可能だったのなら、話は変わってくる。
「 我いま一度 御子を穿たん 」
アシュリーもまた言霊を紡ぎ続け、新たな極光の矢を顕現させた。既に完全展開した〝サー・ベイリン〟の『モード・ロンギヌス』は、エネルギーが供給される限り必殺の一撃を撃ち続ける砲台となるのだ。
「 〈嘆きの一撃〉を 」
いま再び七色に煌めく星が天空を貫く。揺らめく極光とともに一体の鬼人が消失する。




