●31 『外』からの来訪者 2
当然ながら、勾邑とアグニールの相手をしている間も、サブ人格を使ってゲームの推移を観察はしていた。
主人格の意識が戻ってきたところで情報を共有し、記憶と認識を同期する。
「――なるほど、こうなるか」
ニヤリと笑う。
戦況は激化の一途をたどっていた。
まずは最注目なのは、マイマスターにしてゲームの主役であるラグディス。
エクスプローラー仲間であるロルトリンゼ、そしてミリバーティフリムの両名をほぼ戦闘不能へと追い込んだが、どうやら代償として主武装を破損してしまったらしい。武器を持ち変え、空中で詠唱を続ける現人神〝ヴァイキリル〟こと小竜姫――〝ハヌ〟の近辺で警戒を続けている。
長い詠唱を紡ぐ小竜姫は、またしても、その身に宿る超強力な術式を発動させるつもりなのだろう。〝氷槍〟が地上に築いた要塞を、一撃で粉砕しようというのだ。ラグディスが邪魔者二人を排除した今、『黒』チームにそれを阻む手段はない。
術式の発動は、もはや時間の問題である。
一方、決着のついた感のある空中とは裏腹に、地上の戦いは混迷を極めていた。
浮遊大島の地表を徒歩で進軍していた、いわゆる『探検者狩り』の集団。本来であればマスターラグディスとは敵対関係にあるようだが、今に限っては消極的な味方となっている連中だ。こちらは『白』と『黒』の混色チームとなっている。
そんな彼らに、ラグディスと敵対する『黒』チームのプレイヤーが奇襲を仕掛け、熾烈なゲリラ戦を演じていた。
数の多い『探検者狩り』と比較して、地下道を利用して迅速に地上へと這い出てきた『黒』チームのプレイヤーは極少数。しかしながら、指揮官の能力が高いのだろう。よく訓練された動きで『混色』チームを翻弄し、複数で一人を狙うという戦術で、冷酷なまでに各個撃破を繰り返していた。『混色』プレイヤーは少しずつだが、しかし着実に失格へと追い込まれ、脱落していく。
「それにしても、『黒』の〝氷槍〟はよくやる。慣れているんだろうね、こういうの。エクスプローラーだというのに、まるで戦争屋か何かみたいだ。軍隊にでもいたことがあるのかな?」
無論、エイジャの手元にも通り一辺倒の情報であれば揃ってはいる。
――カレルレン・オルステッド。
エクスプローラー集団『蒼き紅炎の騎士団』の副団長にして、〝剣嬢〟ヴィリーことヴィクトリア・ファン・フレデリクスの懐刀。
これはどこにでも転がっていそうな話だが、オルステッド家は代々フレデリクス家に仕えてきた譜代の臣だという。
当然カレルレンも例外ではなく、門閥貴族でありながら実力で〝剣号〟持ちを輩出してきたフレデリクス家に仕え、幼少のみぎりからヴィクトリアと共に育った。
学生時代の成績は非常に優秀。後に〝剣嬢〟という、名実ともに〝剣号〟であり〝異名〟を手に入れるヴィクトリアと肩を並べ、貴族階級の子弟のみが入学できる学園の定期テストでは、常にワン・ツー・フィニッシュ。当然、ナンバーツーはいつもカレルレンであり、全てのテストにおいてそうであるところを見ると、どうも狙ってやっている節がある。リスト化して一覧すると、まさに一目瞭然だ。
「……本当は〝剣嬢〟ヴィリーよりも優秀だったんじゃないかな、君は? 少なくとも勉学においては」
ここにいない人物に対し、エイジャは小さな声で問いかける。無論、そのまま風に散らされ、虚空へと消えた。
戦闘訓練は幼い頃から行っていたのだろう。ヴィクトリアはなんと十六歳の若さでデイリート王家から〝剣嬢〟――彼女の亡き母と同じ名前――の号を授与された。その片腕たるカレルレンもまた、実質的な意味はほとんどないが同時期に〝騎士〟の号を賜っている。
このように二人三脚で歩んできた二人の道は、しかし学園の卒業を境に分かたれている。
ヴィクトリアは剣を持ち、エクスプローラーへ。
一方、カレルレンはそのまま最高学府へと進学した。
何が二人を分けたのかは不明だ。より正確に言えば、情報不足。当人やその周りであれば事情を知っていただろうが、流石にそこまでログを調べることがエイジャには出来ない。どうしてもと言うのであれば、今のエイジャ以上の権限が必要になる。
とはいえ、ある程度の類推ならば可能だ。今の二人の関係を見れば、当人同士で話し合った結果であろうことが伺える。あるいは、当時は討論の末に決裂したが、後年になって関係を修復させたという可能性も考えられるが。
何にせよ、四年ほどの間を置いてからカレルレンがエクスプローラーとして旗を揚げ、最終的にヴィクトリアと合流して『蒼き紅炎の騎士団』を立ち上げたことは、誰もが知る通りだ。
「そう、問題はその空白の四年間だ」
モラトリアムを選択したカレルレンとは正反対に、新進気鋭のエクスプローラーとしてデビューしたヴィクトリアの記録は実に派手で、鮮烈で、刺々(とげとげ)しかった。
まさしく異名の一つ『燃え誇る薔薇』が示すように、美しき花弁とトゲを持つ華のごとく。
なにせ剣王国と名高いデイリートの〝剣号〟持ち――それも、その名も高き〝剣嬢〟が、何を血迷ったか探検者風情などに身を落としたのだ。
何をどうしたって話題になるというもの。
善意も悪意もひっくるめて全身に浴び、それでもヴィクトリアは怒濤の快進撃を続けた。
輝かしき蒼炎の薔薇の活躍はどこを見ても眩いばかりだが、それだけにカレルレンを覆う影は濃い。
進学したカレルレンの記録はほぼないに等しい。無論、成績や表彰歴といったものはいくらでもある。一人になっても、否、一人になったからこそ、その優秀性が浮き彫りになったのであろうという記録が、いくらでも散見される。
が、それだけだ。
これを頭から信じるのであれば、カレルレン・オルステッドという男は、ただの頭でっかちの【もやし】である。
そんなわけがない。
先程エイジャ自身が口にしたように、彼の指揮能力は群を抜いている。それこそ、戦争経験でもあるかのように。
彼の部下の動きを見れていばわかる。現在の『黒』チームのそれは、【対人】に最適化されたものだ。
従来、エクスプローラーは遺跡に跳梁するSBと戦うものだ。生命なき怪物を活動停止させ、情報具現化コンポーネントを回収するのが生業だ。
だというのに、カレルレンの率いる『蒼き紅炎の騎士団』のメンバーは、人間と戦うのに適した動きをして、実際に敵をねじ伏せている。
相手にしている『探検者狩り』達こそが、その対人戦のスペシャリストだというのに、だ。
それだけではない。
勇名を馳せてはいるが、実は結成されて間もない『蒼き紅炎の騎士団』の特徴は、属するメンバーの平均年齢が他と比べても特に低いところにある。
団長であるヴィクトリア自身が年若いこともあろうが、斬った張ったの世界に生きるエクスプローラーとしては異例に過ぎる集団だ。それでいて、実力は並以上――どころか、最上級にすら匹敵する。
つまり現状は――幼い少年少女が、熟練のエクスプローラーと肩を並べ、挙げ句にはエクスプローラーキラーである『探検者狩り』を圧倒するという、まるで作り話のような異常事態なのである。
そして、この光景を作り出した張本人こそが、カレルレン・オルステッドその人なのだ。
たかだが最高学府を優秀な成績で卒業した程度の人間に、出来得る所業ではなかった。
「ただ勉強していた、なんてことはないのだろうね。隠れて何かをしていたはず……何を?」
意図して隠しているのか、それとも、決して表には出ない『裏の世界』にでも身をやつしていたのか。
想像の翼はどこまでも広げられる。
あるいは、ヴィクトリアとカレルレン以外では、誰も彼も記録や実績の出てこない他の『蒼き紅炎の騎士団』メンバーに、そのヒントが隠れているのかもしれない。
「まったく、実に興味深いね。流石はマイマスター、といったところか。妙な人間と縁を結んでいるものだ」
言わずもがな、それはカレルレン・オルステッドに限ったことではないが――という言葉をあえてエイジャは胸に秘した。
背後の二人が和解した空気を察したのである。
「――やぁ、失礼致しました。突然お邪魔したというのに、この上おかしな迷惑までかけてしまって」
安堵した声で背中に話しかけてくる勾邑に、やはりエイジャは振り向きもしない。
「全くだ。仲直りしたのなら、もうそのまま帰ってくれたまえ。さっきも言ったように、今いいところなんでね」
にこやかに、それでいて頑として拒絶の姿勢を貫く。相手が聞き入れてくれるとはまったく思っていない上で。
「ええ、それなのですが、実はお願いがありまして」
「へぇ、お願い? 聞きたくはないけれど、無視しても意味はないだろうからね。いいさ、聞くだけは聞いてみようか。どうぞ」
「はい。大変ぶしつけで申し訳ないのですが、【私とアグニールもあなたのゲームに参加させていただこう】かと思いまして」
「……なんだって?」
完全に想定の範囲外のことを言われ、エイジャは思わず振り返ってしまった。
これ以上さらにオレの邪魔をするのか――ではなく。
何を言っているのか理解が追いつかず困惑した――でもなく。
そんな素晴らしいアイディアがあったのか――とでも言うかのように。
エイジャは口元に笑みを浮かべて、勾邑を省みたのである。
最高の提案を快く受け入れたエイジャは、先程までとは打って変わってトントン拍子で話を進め、逸る気持ちを抑えきれぬまま、勾邑とアグニールの二人を送り出した。
ゲームの舞台、浮遊大島へと。
「信じられない。これはかつてないイレギュラーだ。申し訳ないが、前代未聞の【ジョーカー】を投入させてもらうよ、マイマスター・ラグディス。どうか悪く思わないでくれ。こいつはきっと、君自身が引き寄せた運命というものなんだ。恨むなら己が天命を恨んで欲しい。こうなるのは、君という存在に関わる因果の発露なんだよ。誰が悪いんじゃない。星が回転するように、水が高きから低きへ流れるように、エントロピーが増大するように、ごく自然なことなんだ。当たり前のことなんだ」
謝罪の態を取るのは言葉のみで、その声音、その表情は愉悦一色であった。
悪いとは微塵も思っていない。ただ、これから起こることへの期待に満ちた、子供のような表情。
およそAIとは思えぬ挙動は、見る者が見れば異常動作であることを見抜いたであろう。
何もない空中にあたかもテーブルがあるかのごとく両肘を置いて、頬杖をつく。前のめりになっても意味などないが、それでもエイジャは顔をより浮遊大島へと近付ける形で宙に浮き、ゲームの観戦を続ける。
ただでさえ混迷を極めている舞台に、いま、かつてない劇薬が混入される。
その結果として、いかなる化学変化が起こるものか――
それを目の当たりにするのが、楽しみで仕方のないエイジャなのだった。
「さぁ、君の力を見せてくれ。マイマスター」
陶酔にも似た感覚に支配され、エイジャは我知らず独りごちる。
だが、ふと思考回路に雑念がよぎった。
先程、人目も憚らず勾邑に泣きついていた現人神〝ロシュダルク〟――否、アグニールという少女。
あれはもしや、『ゲームに参加したい』という希望を通すための演技だったのではないか――と。
あのコロコロと変わっていた態度の振れ幅を思えば、さして的外れでもない予想に思える。
が、もしそうだったとして、そこに何の問題があろうか。
ゲームの中に〝勾邑〟、そして〝現人神〟という新要素が追加される。その面白味に比べれば、アグニールの思惑など知ったことではない。
エイジャとしては、ゲームを盛り上げてくれるのなら何だっていいのだ。せいぜい頑張って『ハヌムーン姉様』とやらを探し、再会すればいいだろう。その際、互いに戦ってくれればなおよしだ。
「……うん。これは思いつきだけど、とてもいい案だ。なら、そうなるように仕向けてみようか。まぁ、あの様子だとオレが手を出すまでもないとは思うのだけど。状況を整えるのもゲームマスターの務めというものだからね」
軽口を叩き、エイジャはゲームのパラメータ変更へと手を伸ばす。こんなにも面白い事態になってきたのだ。どうせなら、より楽しく、よりおかしくしてあげることこそ、己の役目、いや義務ではなかろうか。
心が沸き立つ感覚を覚えながら、エイジャはラグディスハルト達が興じるゲームの盤面へと投じる、三つ目の【一石】を作成し始めた。
その時だった。
浮遊大島の上空で、これまでにないほど強烈で強大なスミレ色の閃光が炸裂したのは。
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いつもお読みいただき、ありがとうございます。
前回お知らせした通り、本日2019年5月23日(木)より、
『ニコニコ静画』内【コミックコロナ】にて、拙作「リワールド・フロンティア」のコミカライズの公開が開始されました。
下部にある画像をクリック(タップ)していただくか、【コミックコロナ】で検索していただければ、掲載ページが出てくると思われます。
とても素敵なコミカライズとなっております。
是非ともご覧ください。
これからもリワールド・フロンティアを、どうぞよろしお願いいたします。




