●30 踊る最前線 3
ハヌVSフリムという異色の対決は、思わぬ展開を見せていた。
「――っこの! チョコマカ逃げてんじゃないわよっ! もおっ!」
「ふっはっははははははははっ!! 遅い! 遅いのう! あくびが出るぞフリム! はようせぬか! ラトが追いついてきてしまうぞ! ほれ!」
「うっさい! ああもうその余裕ぶっこいた顔もむかつくわねっ! チョロチョロ飛び回って羽虫か何かかっつーの! 今度から小竜姫じゃなくて小虫姫とか名乗ったらいいんじゃない!? このチビ助っ!」
「こむ――ち、び……?」
フリムが苛立ち紛れに放った適当な罵詈雑言が、ハヌの逆鱗を触れ――否、逆撫でにした。
次の瞬間、激昂したハヌの口が顔よりも大きくなって大音声が響き渡る。
「誰が小虫かと思うほどのチビじゃあ――――――――ッッッ!!! このたわけェ――――――――ッッッ!!!」
地上のハウエル達にまではっきりと聞こえていそうな、それは大絶叫であった。
そして空気の壁をぶち抜き、音速を超えてここまでやってきた挙げ句、このやりとりを目にした僕の気持ちを察して欲しい。
激闘の果て、僕がロゼさんを微妙な空気の中で見逃してしまった後、急いで降下してきたところ、そこは当然ながらもぬけの殻だった――空中だけに『もぬけの【空】』とでも言うべきか――わけで。
考えるまでもない。戦闘に入ったハヌとフリムが、攻防を繰り返しながら別の場所へと移動してしまったのである。
僕は慌てて〈イーグルアイ〉を再起動させて周囲を捜索し、ようやく二人の居場所を突き止め、全速力でここまでやってきた。
のだが。
「チビだからチビつったのよこのチビスケ小虫姫――――――――っ! 悔しかったら背伸びしてみなさいよ大きくなってみなさいよ何年かかるかわかんないし大して変わんないでしょうけどねぇ――――――――っ!」
「やっかまわしいわぁこの性悪つり目くっつきベタベタ女めがぁ――――――――っ! いつもいつも隙あらば妾に抱きついてくっつきおってからに今日こそそのふざけた頭に天誅を下してくれるわぁ――――――――っ!」
この低次元な口喧嘩は、しかしながら技術的にはとてもハイレベルな戦いの中で行われていた。
フリムは無論、先程も目にした背中の飛行ユニット――ピュアパープルのフォトン・ブラッドで形成された一対の翼で飛翔している。スカイレイダーをロゼさんに貸しているせいでいつもの機敏性こそないが、その速度はなかなか馬鹿にできない。飛行のトップスピードだけならスカイレイダーのそれを遙かに凌駕しているだろう。自慢のツインテールを水平に流し、風を切って飛ぶその姿はさながら天使――ではなく、悪魔か妖怪か。鋭角的で刺々しい形状の羽は、あるいはそれ自体が武器になる可能性がある。
そんなフリムと相対するハヌはというと――驚くべきことに、実に奇想天外な方法で〝災厄女王〟と呼ばれる相手と渡り合っていた。
なんと、正天霊符の護符水晶にぽっこり下駄を乗せて、空中浮遊していたのである。
これには僕も目から鱗が落ちる思いだった。二つの護符水晶を術力で操り、ぽっこり下駄を下から持ち上げることによって、ハヌは自身の『機動力がない』という弱点を克服していたのだ。
「どぉおおおおりゃぁああああああああああ――!!」
「当たらぬと言っておろうが! 愚か者め!」
背中の光翼を唸らせて遮二無二突っ込むフリムを、ハヌが闘牛士よろしく、ひらりと回避する。
フリムの戦法は先程と同じく六枚刃の『ビッグサイス』を後方に携え、高速の突撃によって引っ掛けようとするもの。宙を蹴るスカイレイダーがないため、どうしてもその軌道は一直線にならざるを得ない。
対するハヌは、これを自らの脚ではなく、ぽっこり下駄を下から押し上げる護符水晶の力によって縦横無尽に移動し、余裕を持ってフリムの攻撃範囲から逃れていた。
戦いという枠組みの中ではなんてことない光景なのだけれど、その内実を分析すると、驚くほど超高等な技術が使われていることがわかる。
まず、フリムの飛行ユニット。実は似たようなものであれば、既に存在してはいる。背中に装着する鳥翼型、ジェット噴射型と種々様々だが、個人が術式に依らず宙を飛ぶ技術は以前から研究が進められているのだ。
が、僕の見立てでは、フリムのあれは当然のごとく光臓機構が搭載されている。それでも十分な脅威であり世界的な価値を有する新発明なのだが、、そもそもからして『フォトン・ブラッドの翼』というのが異質に過ぎる。
というのも、あの翼、どう見ても羽特有の動きを全くしていないのだ。
多分、浮揚効果や推力などを通常とはまったく異なる原理によって得ているのだろう。ホバリングするために羽ばたきを繰り返したりもしないし、加速する際の予備動作もない。普通ああいった飛行ユニットは金属ないし生体パーツを使用して、鳥を模した飛翔をしたり、ハウエルのパワードスーツのようにスラスト噴射で跳躍したりするものなのに。
武具作製士の技術に詳しくない僕からすると、自分も使っている光刃によく似て非なる機構が使われているのだろう――程度の想像ぐらいしか出来ない。
一方ハヌはと言うと。フリムのハイレベルさが工学的技術のそれを指すのであれば、こちらは体術と術力の運用の点において、それが言えるだろう。
前々からわかっていたことだけど、ハヌの術力は洒落にならない強さを誇る。それ故の正天霊符の威力ではあったのだけど、まさか護符水晶で自分の体を持ち上げて移動に利用するとは。
正天霊符に似た武具は他にもあるけれど、こんな使い方をするウィザードなんて僕は見たことも聞いたこともない。まさに前代未聞だ。
また、さほどグリップ力に秀でてもなく、もとより構造的には不安定なぽっこり下駄で、僕の拳大ぐらいの水晶球の上に立つだなんて。普段のハヌなら絶対に無理だったことだろう。が、そこは僕が発動させた〈シリーウォーク〉がいい感じに作用しているらしい。下駄の底に展開する力場が水晶球の丸みをフォローして、ハヌの体のバランスを支えていた。
そして。
「――そろそろ反撃に移らせてもらうかの。慣れてきたぞ、おぬしの動きっ!」
ハヌの機転はとどまるところを知らなかった。
二つの水晶球で運ばれていた小柄な体へ、さらに複数の護符水晶をくっつけさせたのだ。
両手に一つずつ。背中と胸に一つずつ。計四つの水晶を追加して、機動力をより一層機敏にしたのである。
両手の水晶は左右の動きを。背中と胸は前後の動きをサポートする。目に見えてハヌの移動速度が上がった。
「そりゃっ!」
そんな状態から気合いの入った声が迸る。呼応したのは残る六つの護符水晶だ。ただでさえ護符水晶に自身の肉体を運ばせるという離れ業をしておきながら、かてて加えて攻撃まで行うなんて。
ハヌは以前、複数の術式を同時制御する僕に対して『し、信じられん……おぬしは一体どんな頭をしておるのじゃ……!? まるで想像がつかぬ……』とコメントしていたけれど、その台詞をそっくりそのまま返したい。
「――はっ! さっきから遅いだのあくびが出るだの好き勝手言ってくれちゃってたけど、アンタこそ激ノロじゃない! 当たんないっつーのよ!」
吐き捨てたフリムは追い縋ってくる護符水晶に背中を見せながら、大きくバレルロールを行う。確かに彼女の言う通り、今のハヌの護符水晶のスピードはお世辞にも速いとは言えなかった。
それもそのはず。
十二個の護符水晶を操るというのは、ごく単純に例えれば、自分の腕が十二本増えたにも等しい。ただでさえ二本の腕でも持て余すことがあるというのに、それがさらに十二本も増えたらどうなることか。
ハヌは今、護符水晶を使った新しい運用に挑戦している。そのため、操作の精度が下がってしまうのはいかんともしがたいことだったのだ。
しかし。
くふ、とちんまい口元が不敵に笑った。
「――言うたであろう、おぬしの動きは見切ったとな!」
彼女は誰あろう、あのハヌである。元来、習熟にとても時間のかかるSSWである正天霊符を、この短期間でここまで使い熟した天才なのである。
ピタリ、とハヌの体が宙の一点で急停止した。その途端、フリムを追う六つの護符水晶の飛翔速度が段違いに速くなった。
「――えっ嘘っ!? ちょっ!?」
いきなりスピードアップして近付いてきた水晶球の群れに、フリムが露骨に狼狽える。フリムは武具作製士だから、あるいは僕以上にSSWの扱いにくさについて知悉していたはずで、それだけに驚きもひとしおだったろう。
ことは単純だ。さほど難しい話ではない。ハヌは単に、体を移動させている護符水晶の操作をいったん止め、攻撃に集中しただけなのだ。
だが適当にそうしたわけではない。フリムは背中の飛行ユニットの特性上、後ろよりは前の方が進みやすい。よって、背後を取られるといったん逃げてしまう傾向にある。ハヌはそれを利用したのだ。
一度フリムを背後から護符水晶で追い立てれば、彼女は逃げの一手を打つ。その間、ハヌ自身が攻撃される心配はない。であれば、移動や回避を放棄して攻撃に集中すれば、六つの護符水晶の操作精度は桁違いに跳ね上がる。もちろん、速度だって。
返す返すに、スカイレイダーを手放したフリムの失策である――そうとしか言い様のない状況だった。最初こそ意表を突かれはしたが、その後がよくない。やはり、人にはそれぞれ合った戦闘スタイルがあるのだ。
「――っのぉっ! サティ! トリプル・マキシマム・チャージっ!」
が、ここで易々とやられてくれるような、可愛げのある我が従姉妹ではない。逃げながらも白銀の長杖にコマンドを叩き込み、
『マママキシマム・チャージ』
盾の『スヴァリンシールド』を展開するのか、それとも――と注目する僕の前で、フリムはやはりフリムらしい選択をした。
『ジャイアントハンマー』
決河の勢いでドゥルガサティーのスリットからピュアパープルのフォトン・ブラッドが溢れ出て、巨大な鉄槌を作り上げる。
フリムは飛行しながら後ろを振り返るという無茶を敢行。慣性やら風の抵抗やらであちこちのバランスが崩れることも辞さず、強引にジャイアントハンマーでハヌの護符水晶を叩き落とす体勢へ。急激な制動にトレードマークのツインテールが振り回され、首を落とされた蛇にも似た動きで宙を躍った。
「ぉおおおおりゃぁああああああああああぁ――――――――ッッッ!!!」
今更ではあるが、うら若き女性としてそれはちょっとどうなのか、と思うような咆哮を上げ、大上段に振り上げたジャイアントハンマーを振り下ろす。
タイミングはジャスト。ハヌの腕前なら直前で護符水晶を散開させ、フリムの攻撃に空を切らせることだって出来ただろう。が、もちろん彼女はそんなことはしなかった。
激突。
スミレ色に輝く六つの流星と、紫色の煌めきを放つ巨大な鉄槌とが高速でぶつかり合った。
天を割るような快音。
「――――!?」
結果は、フリムの力負けだった。
当然だ。繰り返すが、今の彼女は本調子とはとても言えない。スカイレイダー不在がゆえの踏ん張りのきかなさに加え、飛行ユニットのせいで普段とは違う重量バランス。諸々の条件が重なった結果、ジャイアントハンマーの渾身の一撃は、ハヌの護符水晶六つの同時突撃にあえなく弾き返された。
「――ッきゃぁあああああああああああああああっっっ!?」
膨大なエネルギーの衝突には相応の反動が生まれる。爆発にも等しい衝撃を打ち返されたフリムは踏ん張ることも出来ず、三次元的な縦回転をしながら勢いよく吹っ飛んだ。
「ぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあとまんなぁあぁあぁあぁあぁあぁいやぁあぁあぁあ――!?」
長い足に長い髪、それらが車輪のように回転することによって円盤みたいな影となり、空の彼方へ向かって上昇していく。そんな状態でも愛用のドゥルガサティーだけは手放さないのは、流石の意地であった。
と、少し離れた座標からハヌとフリムの戦いを眺めていた僕だったけれど、ここで急に他人事ではなくなる。
ハヌとの力比べに負けて吹っ飛んだフリムが放物線を描き、ちょうどよく――よくはない――僕のいるところまで飛んできそうなのだ。
「――へ?」
唐突に突きつけられる選択。すごい回転をしながら飛んでくるのは、自称僕の『お姉ちゃん』のフリム。長い付き合いの従姉妹であり、家族であり、今は同じクラスタの仲間でもあるけれど、同時に今この瞬間だけは、ゲームの敵チームである『黒』のプレイヤー。
受け止めてあげるべきか。
それとも、さっと避けてスルーするべきか。
「…………」
「ぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ――――――――!?」
迷っている間にもフリムとその悲鳴はどんどん近付いてくる。彼女にしては珍しく本気の叫喚だ。そりゃあれだけ回転していれば、色々と大変なことになっていることだろう。もし受け止めたら、その後に何が起こるかなんて想像するまでもない。僕の心の天秤は『スルー』に傾きかける。
「ぁあぁあぁあぁたぁすぅけぇてぇえぇえぇえぇ――!?」
が、助けを求める叫びが耳に入った瞬間、天秤は一気に逆に傾いた。
「――~ッ……!」
一大決心して〈バルムンク〉の大柄を腰のベルトのハードポイントへ叩き付けて固定。体にかかっている支援術式の一部を解除、強化係数を一時的に引き下げる。そのまま両腕を広げて意識を集中。少しでも衝撃を和らげるため、動体視力に全身全霊を注ぎ込んで『ここぞ』というタイミングを見計らった。
――今だっ!
相対距離、フリムの回転ルーチン、僕の移動速度を演算して最適の瞬間をはじき出し、一気に飛び付いた。
「――ぅわっ!?」
「――っきゃあっ!?」
覚悟していたとはいえ、結構な衝撃があった。なにせ絶賛回転中の車輪を体で受け止めるにも等しい行為だ。ただですむ方がおかしい。
とはいえ、受け止め自体はどうにか成功した。僕は逆さになったフリムの腰かお腹辺りを抱き止め、回転を停止させる。
頭を下、背中をこちらへ向けている状態のフリムは、急に止められたことで体に掛かっていた慣性が手足の先へと振られ、海老みたいに体を『く』の字に折った。その際、ホットパンツの裾から伸びるスラリとした素足が、僕の顔の両横を通り、膝裏を両肩に引っ掛けた。
多分、傍から見ると『フリムをエプロンみたいにまとった僕』みたいな図になっていると思う。あるいは、僕と言う木にフリムがコウモリみたいにぶら下がっている、とでも言うべきか。
言うまでもないが、フリムはついさっきまで全身を巡る力に翻弄されながら宙を飛んでいたわけで。いわば【空中で溺れていた】と言っても過言ではない状態だったわけで。そんな人間が急に体を固定できるとっかかりを得たら、どういう行動に出るか? それは当然、手放さないよう全力で捕まえにいくわけで。
とても自然な流れとして、フリムの両脚は全力で閉じられ、僕は彼女のふとともに顔を挟まれてしまったのである。
「――むぎゅっ!?」
柔らかくて苦しい、という矛盾した感触。というか必死の力が込められているので、わりと洒落にならない圧力であった。
「――……っ……? ……は? え? あれ? 何でアタシ止まって……あ、ハルト?」
目一杯力を込めて身を硬くしていたフリムが、ようやく我に返る。自身の体が止まっていることに気付いて、強く瞑っていた眼を開いた。そして辺りを見回し、上方――彼女にとっては『下方』なのだろうけど――にある僕の顔を発見した。
「……なにこれ? どういう状況?」
とぼけた顔で聞きながら、フリムは僕の顔を挟んでいた太腿の力を緩める。お礼の一つもないまま。
「……そんなことより、早く降りて欲しいんだけど……」
引き締まった太腿に強く挟まれてそこそこ苦しかった僕は、ついフリムの質問を無視してぶっきらぼうな態度をとってしまう。
「あ、なによハルト、その嫌な感じ。あのねぇ、アタシの美脚に挟まれたい男なんて腐るほどいるのよ? 少しはお姉ちゃんとのスキンシップをありがたがりなさいよ」
「こんな時にそんなこと言われても……」
だって相手はフリムだし、と思いつつブツブツと言い返したら、
「かっちーん。お姉ちゃん笑顔だけど静かにブチ切れたわ。そりゃあっ!」
「え? ――わ、わぁっ!?」
やけに明るい声音で変な宣言をしたかと思うと、フリムはいきなり腹筋を使って体を強引に起こし始めた。
ぐわっ、と僕の肩に乗せられていた両脚が蟹挟みよろしく頭部へと巻き付けられる。がっしりとホールドされ、フリムの下半身がしっかり固定された。
出し抜けのことに驚いて僕が腕を離した途端、ぐいんっ、と反動をつけてフリムの体が乗り上がった。第三者視点からは、長い黒のツインテールが躍りながら弧を描いて見えただろう。
こうして僕とフリムは、いわば前後が反対になった『逆肩車』状態になった。そうなると、僕は顔全体をフリムの腰やらお腹やらで塞がれてしまうわけで。
前が全く見えない。
「ちょっ――フ、フリムっ!?」
「ほらほらほぅらほらぁ? これでもなんとも思わないってわけぇ? うりうりうりうりっ」
両手で僕の後頭部を押さえ、フリムは自身の下腹部を押し付けてくる。ついでに僕の髪の毛もわしゃわしゃわしゃと掻き乱しながら、まるで犬猫をかまうかのように撫で回した。
ここが地上なら、そのままフランケンシュタイナーでもかけられてもおかしくない体勢だけど、フリムにそういった意図がないことだけは、不思議とよくわかる。
むしろ、だからこそ余計にイラッときた。
「あっちょっやめ――!? も、もっ、もおおおおおーっ! なぁにやってるのさぁ――――――――っっ!!」
せっかく助けてあげたのにー! と嫌がらせしてくるフリムを振り落とそうと、僕は上半身を大きく左右に揺さぶった。
「きゃああああああああははははははははははははははっ!! なによちょっとこれ面白いんだけどーっ!!」
悲鳴を上げたかと思えばすぐに哄笑が取って代わり、フリムはまるで遊園地のアトラクションで遊ぶみたいなテンションで大はしゃぎする。
まったく我が従姉妹ながら、無駄にタフな神経をしているものだ。
僕は深い諦めとともに動きを止め、
「……冗談抜きでそろそろ本気で降りて欲しいんですけど……!」
「あーはいはいわかったわよ、降りればいいんでしょ降りれば? まったくもーなにカッカしてんのよ、子供じゃあるまいし」
「その台詞そっくりそのまま返すけどいいよね!?」
年甲斐もなくはしゃいでいた人に言われたくないものだった。
「――ま、アタシもそろそろ切り上げようとは思ってたのよね。小竜姫も詠唱再開したみたいだし?」
「え?」
背中の飛行ユニットが再起動したのだろう。ふわり、と両肩にかかっていたフリムの体重が急に軽くなり、しまいにはゼロになった。
僕自身の視界が開けていく中、〈イーグルアイ〉の複合視野から転送されてくる映像を確認する。すると、なるほど。確かに、少し離れた座標にいるハヌが両手で印を組み、極大術式の詠唱に入っていた。僕が近くまで戻ってきたことに気付いていたのか、それともフリムを撃退したと思ってとにかく詠唱を再開したのか。多分、前者だとは思うのだけど。
宙に浮いて後退し、距離を取ったフリムがドゥルガサティーを構え直す。
「――さて、ハルト。状況はシンプルね。こんなに早くロゼさんを撒いてくるのは正直計算外だったけど……まぁイレギュラーは常に起こり得るものよね? だから計算外だけど『想定内』よ。大丈夫。詰まる所――アタシは小竜姫のデカい一発を止めたい。アンタはそんなアタシを止めたい。そうよね?」
「…………」
にわかに凄味を増すフリムに、僕は我知らずベルトのハードポイントに固定した〈バルムンク〉の大柄へと手を伸ばす。敢えて質問に答えなかったのは、わざわざ答えるまでもないことだったからだ。
僕は〈バルムンク〉のグリップを握り、術力を注入。ディープパープルの光刃が間欠泉のごとく吹き出し、大剣を形作った。
「言うまでもないことだけど、アタシまだ本気出してないわよ? さっきの小竜姫とのはちょっとした小競り合い。なんせアンタが追いついてくることは織り込み済みだったんだから。この意味、もちろんわかるわよね?」
不敵に笑うフリムの体が、滑るように僕から見て左へ移動していく。まるで〝浮いている〟というより、自分の位置をその高さに〝固定している〟かのような動き。どこか、壁にくっつけたマグネットを動かしているようにも見える。やはりあのフリムの新発明には、僕の想像を超える技術が用いられているのだろう。
僕は彼女を見失わないよう視線を合わせつつ、無言で頷いた。
先程のロゼさんはフリムと力を合わせた上で、本気の攻撃を仕掛けてきた。それも、僕がこれまで見たことのない形で。
であれば、フリムにだってその用意があると見て然るべきだ。
実際、さっきのハヌとの戦闘が小競り合いだったのも事実であろう。フリムは武具作製士であると同時に、付与術式使いでもある。より正確に言えば、本人曰く『天才クラフターにしてスーパーエンチャンター!』らしいのだけど、それはまぁともかく。先程の戦闘で、彼女は付与術式を一度も使わなかった。
つまり、手を抜いていたのだ。
以前にエクスプローラーとして、どんな活躍をしてきたのか詳しくは知らないが――あまり知らない方が精神衛生上いいと思って――、なんだかんだ〝災厄女王〟なんて異名を付けられているほどだ。
フリムもまた、ロゼさんが放ってきた空間制圧にして局所殲滅な攻撃に、勝るとも劣らないものを仕掛けてくるに違いなかった。
だから。
「〈ヴァイパー――」
剣術式を起動させながら、同時に支援術式〈ストレングス〉、〈ラピッド〉、〈プロテクション〉を発動させて強化係数を再び五百十二倍へと戻す。今度こそ甘く見ない。自分だけ無傷で済まそうなんて考えは持たない。最初から全力で――
「――アサルト〉ッ!」
先手必勝だ!
切っ先を下に向けていた〈バルムンク〉の刀身が、うねりながら伸長した。生きている大蛇のごとく伸び上がった光の刃を振り上げる。もちろん狙うは緩やかに左へ旋回しているフリム。
鞭のようにしなった光刃が空を裂き、風切音を鳴らす。
名前の通り『強襲する蛇』にも似た軌道を描いた極太の〈ヴァイパーアサルト〉が、しかし斬るのではなくフリムの周囲を渦を巻いて取り囲む。先日の『根の国』で二番氏の首を絞めた時と同じ要領だ。
「――はっ! やっぱそうきたわねっ!」
僕の行動を見越していたか、フリムが鼻を鳴らして吐き捨てる。
付与術式使いは地上だけに限らず、空間そのものに罠を張ることが出来る。特に〈エアーマイン〉みたいな空中機雷を辺り一帯にばら撒かれてしまったら、移動もままならなくなってしまう。
よって、フリムを相手にまずやるべきは『拘束』であった。
が、当然、フリムとて僕がそうするだろうことは予測していた。背中の飛行ユニットから弦を爪弾くような不思議な音がして、フリムの体が予備動作なしで急上昇を始める。
「――っ!?」
周囲を光の蛇に囲まれたのだから、上か下へ移動するのは予想していた。が、機動の〝起こり〟が急すぎることに僕は驚愕する。まるで以前、ロゼさんから教えてもらった武術の極意の一つ『無拍子』のようだ。何の前触れもなかった。
突如として矢のように上昇していくフリム。不思議と『下から突き上げられる』ような動きではない。どこか、遙か頭上から巨大な磁石で引き寄せられているかのような、そんな浮揚感。それでいて速度はデタラメに速い。
「――っ〈ヴァイパーアサルト〉ォッ!」
僕は即座に追撃を選択した。剣術式を重ね掛け。これまであまりやってこなかったけれど、〈ヴァイパーアサルト〉は重複させることによって刀身の伸長レベルを上昇させる。つまり、重ねれば重ねるほど射程が長くなるのだ。
「ふっ……!」
グングンと刀身を伸ばす〈バルムンク〉を大きく振る。ある程度は〝SEAL〟からも操作できるけれど、最終的には腕の振りが物を言う。
一気に重ねた〈ヴァイパーアサルト〉×20がウネウネと身をくねらせながら急上昇。フリムの横を一気に追い抜き、頭上を取る。これ以上はもう上昇させない。ここで止めて、捕まえる――!
「――そろそろガチの出番よ〝ホルスゲイザー〟! ここがアンタの見せ所ってやつねっ!」
『Sir yes sir』
刹那、フリムが虚空に向かって大声で語り掛け、しかも応じる声があった。
「ゲイザー! ディカプル・マキシマム・チャージッ!」
『ママママママママママキシマム・チャージ』
フリムの口から迸る定番のチャージコール。それに応じたのは――やはりというか何というか――背中の飛行ユニットだった。
フリムの〝SEAL〟が励起して、ピュアパープルに輝く幾何学模様が皮膚の上を駆け抜ける。珍しくスカイレイダーを履いていないせいで、足の付け根から爪先まで輝紋が浮かび上がるのが見えた。
星屑のように煌めく粒子が輝紋から放たれ、背部の飛行ユニット――〝ホルスゲイザー〟へと吸い込まれていく。
「――ッ!」
だがはっきり言って、そんなものは想定の範囲内だ。というか、あのゲイザーとやらがロゼさんの使っているウルスラと同時期に開発されていたのなら、サティと〝ユニゾン〟する可能性だって十分にあるのだ。これはまだ【マシ】な展開だとすら言える。
でも、そんなことは関係ない。何かする前に拘束する。そうすれば何の問題もない――!
「でやぁああああああああああああああっ!」
僕は〈バルムンク〉の大柄を勢いよく振り回した。僕に操作に応え、極太の光の鞭と化した刀身が大空を暴れ回る。
ディープパープルに輝く切っ先が飛燕のごとく縦横無尽に空を飛び、素早くフリムを三次元的に取り囲んだ。今度は上も下も塞いでいる。逃げ場はない。
その時。
『シームルグ・ウィング』
フリムの背中のホルスゲイザーが、短いコマンドをコールした。
次の瞬間、ランドセル型のホルスゲイザーの左右から生えていた鋭角的な紫の羽が、空恐ろしい勢いで膨張を始めた。
「な……!?」
それだけではない。
増殖。
羽の枚数がどんどん増えていく。しかも、それらまでもが同じように膨張し、急激に巨大化していくではないか。
止まらない。
ホルスゲイザーの光翼は、あっという間に片翼だけでもフリムの身の丈を越えるほどとなり、それでもなお成長を続けていく。
「くっ……!」
鋭角な羽が増殖、膨張する姿はもはや剣山――否、ハリネズミと言っても過言ではない。もはや【フリムがホルスゲイザーを装備している】というより、【ホルスゲイザーにフリムがくっついている】としか言い様のない状態になっていた。
当然、そんなフリムの周囲を鳥籠よろしく取り囲んでいた〈ヴァイパーアサルト〉――〈バルムンク〉の刀身は紫の光翼の巨大化に耐え切れず、あっさりと【内側から喰い破られてしまった】。
「――っ!」
長く長く伸びていた深紫の光刃が、それこそ刃のごとく鋭利なピュアパープルの羽にズタズタに切り裂かれ、雲散霧消する。
そうして大空に君臨するのは、無数の花弁を持つ美しい華。
どこか彼岸花にも似た形状の、光の翼――紫紺に煌めく、天空の曼珠沙華。
「…………」
綺麗だ、と頭のどこかで思った。さっきのロゼさんの攻撃も、僕の〈ドリルブレイク〉と激突した瞬間、百合の花弁のごとく花開いていたけれど――
時に強力過ぎる攻撃は、人の心に〝美〟を刻み込むものらしい。
まるで岩山を二つ背中に載せているような――およそ常識の埒外なサイズにまで成長したフリムの双翼に、僕は感動にも似た畏怖を覚えた。
しかし。
「……ちょっと……あの……これは……や、やり過ぎなんじゃ……?」
改めて言うことでもないが、フリムのフォトン・ブラッドは特殊な性質を持つ。尋常ではない回復力が故に、ほぼ無限に消費することが可能という特異体質。
そしてホルスゲイザーの『シームルグ・ウィング』とやらは、どうやらフリムのフォトン・ブラッドを吸収して膨張しているようなのだが――
「……………………」
見上げる。さっきまで小山のようだった光翼が、早くも1・5倍ぐらいにまで膨れ上がっていた。まるで限界が見えない。それこそ、その向こうに広がる青空のごとく天井なしに。
――え、嘘……まさかコレ、本当にどこまでも大きくなっていくんじゃ……!?
色んな意味で不安になってくる光景に唖然としていると、その張本人から声が掛かった。
「――さぁハルト! ロゼさんは上手くいかなかったみたいだけど、アタシはそんなに甘くないわよ! ――っていうかあの人ってアンタにはとことん甘いからね? 知ってる? 顔には出さないけど相当デレデレよロゼさんって? わかってる?」
大きな声を張り上げたかと思うと、井戸端会議でもしているかのようなテンションで変な話を振ってくるフリム。茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せてくるので、どこまで本気かわからない。
「ま、それはさておき。――いっくわよぉーっ! サティ、ゲイザー! ツイン・ディカプル・マキシマム・チャージッッ!!」
『『ママママママママママキシマム・チャージ』』
ただでさえ馬鹿でかい光翼を展開しているくせに、フリムはさらに凶悪なチャージコマンドを唱えた。
「――!?」
またしてもフリムの〝SEAL〟から紫の煌めきが飛び出し、背中のホルスゲイザーと両手に握ったドゥルガサティーへと吸い込まれていく。
僕は反射的に〈バルムンク〉を胸の高さまで持ち上げ、再び光刃を形成。防御姿勢を取ってしまう。
普段から自身の特異体質を活かして強大かつド派手な攻撃を繰り出しているフリムだ。今度だって途轍もないやつが来るに決まっていた。
とはいえ既に『ウォール』のマジックは使ってしまった上、ロゼさんの『ハック』で解除されてしまっている。
――防ぎきれるのか……!?
さっきのウルスラグナとスカイレイダーのユニゾン攻撃も相当なものだった。今の僕の強化係数は五百十二倍。これでもかなりの数字だけど、まったく安心できない。試していないからわからないけれど、僕の体感では、ロゼさんの攻撃はゲートキーパー級すら活動停止させて余りある威力があったのだ。
フリムがピュアパープルの燐光を纏うドゥルガサティーを、杖のように掲げる。長杖を真っ直ぐ立てて持ち上げるその姿は、どこか神に供物を捧げる巫女か何かのようだ。
しかし。
ニヤリと口の端を釣り上げ、その唇から迸った言葉が全てを台無しにした。
「――ブチ喰らいなさいッッッ!!」
『フェザー・レイン・エクスプロージョン』
『ジャイアント・グラビトン・スピア』
持ち主の戦意溢れる宣告に、二種類の機械音声が追随する。しかも、聞くだけで背筋が震え上がりそうな単語ばかりが羅列されていた。
「――――」
体が勝手に踵を返して、退避しようとした。ろくでもないものがくる、と理性も本能も叫んでいた。今すぐ逃げないと大変なことになる――そんなことは自明の理だった。『時には〝逃げるが勝ち〟ということもあるぞ』という、師匠の教えが耳の奥に蘇った。
けれど僕は、ぐっ、と脚に力を込めてその場に踏み止まった。
――さっきと一緒だ。ここは引いちゃいけない場面なんだ……!
ロゼさんの時と同じだ。今こそ僕の覚悟を見せる時。フリムに僕が口先だけではなく、本気で強くなると決意していることを証明する。絶好の機会なのだ。
よって退路はない。作らないし、考えない。
進むなら前だ。
「〈ドリルブレイク〉」
静かに息を吸いながら〈バルムンク〉を直突きに構える。大きな激突はこれで二度目だ。慣れたというわけでもないが、気持ちはやや落ち着いている。怖くないと言えば嘘になるけれど。
「〈ヴァイパーアサルト〉」
既に二十連になっている〈ドリルブレイク〉に、再度の〈ヴァイパーアサルト〉を重ね掛け。二十重に積み重なった螺旋衝角が、蛇行しながらその身を伸ばす。柔らかく伸びて、けれど猛烈に回転する〈バルムンク〉の刀身。海の大渦の中心部分だけを抜き出して、剣にしたような姿。そこへ、
「〈ボルトステーク〉」
稲妻を付与し、
「〈エアリッパー〉」
風刃を纏わせ、
「〈フレイボム〉」
爆裂の力を秘めさせた。
刹那。
気球かと思うほど膨れ上がったホルスゲイザーの光翼が、一層強く輝いた。
フリムのフォトン・ブラッド色の光が広がり、太陽の日射しをも圧して空の一部を支配する。
この真下の戦場で、『蒼き紅炎の騎士団』のメンバーや『探検者狩り』の連中は、この光景をどう見ているだろうか。
それはきっと、美しくも恐ろしい情景だろう。
自分達の頭上で、二度も続けて巨大な光の華が咲いたのだ。ハヌの極大術式のアイコンほどではないとはいえ、大きく開く花弁がエネルギーの塊であることは、エクスプローラーであれば誰にだってすぐわかる。
ましてや山のように肥大化した紫の彼岸花から、数え切れないほどの星屑が飛び出し、雨となって降り注ぐとなれば。
「――!」
ホルスゲイザーから一斉に発射されたのは光の羽根。
言うまでもなく、一枚一枚が必殺の威力を秘めた死の流星だ。僕が見上げる空いっぱいをピュアパープルの光の粒子が埋め尽くし――【落ちる】。
斉射。
星の数ほどと言っても過言ではない光の羽根が、狙いも何もなくただ一斉に【落ちた】。それこそ、夜空一面を飾る流星雨がごとく。
地上で戦っている敵味方のことなどまるで眼中にない。フリムかくあるべし、としか言いようのない無差別攻撃。幸か不幸か、ハヌのいる場所は範囲外であることだけは確認できた。なら、足元で誰が戦っていようが今の僕には関係ない。考えている余裕など微塵もない。
僕は頭上から襲いかかる羽根の群れを視界に収め、最後の剣術式を発動させる。
「〈ズィィィィィィィ――――――――!!」
放つは空を埋め尽くす光の羽根全てを吹き飛ばす、天を裂く斬撃。
何もかもを薙ぎ払い、大気を突き穿つ一撃。
既に無数の術式を装填・融合している〈バルムンク〉の刀身がさらに強く深紫の輝きを放つ。僕の全身の〝SEAL〟が励起して、輝紋から電弧にも似た光が迸っているのがわかる。
強化係数五百十二倍、全力全開のてんこ盛り〈ズィースラッシュ〉。
発動している術式は全て低級の、誰にでも扱えるような単純な術式。だけど、これだけ束にすれば上級の術式にだってきっと引けは取らないはず。
切り払え。
「――スラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアシュ〉ッッッ!!!」
斬った。
大気を破り、音を裂き、光を断つ。
高速回転し、うねり伸び、雷電を帯び、竜巻を纏い、爆裂を秘めた刃が咆哮を上げて天空を切り裂いた。
雨のように降り注ぐ光の羽根と激突。
触れた端からそのことごとくを消滅させ、弾き飛ばし、打ち落とす。
「――っああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
刀身が長くなればなるほど斬撃も大きくなる。視界に収まる以上の空一面を横一文字に切断し、切り返して、右上から左下へ。〈バルムンク〉の大柄を渾身の力を込めて振り下ろす。
斜めに走る軌道にはホルスゲイザーの巨大な光翼。
接触し、激発。
吐き気がするほど膨大な抵抗感。翼の内部に籠められたフリムの濃密なフォトン・ブラッドが〈ズィースラッシュ〉を押し止める。
だがその時、刀身に秘められた〈フレイボム〉の力が解き放たれた。
爆裂。
言葉通り【爆ぜて】【裂く】力が光翼の抵抗を無慈悲に吹き飛ばす。
渦を巻く光の剣が圧し斬った。
荒々しい断面を残して、ホルスゲイザーの双翼が斜めにぶった切られた。
切り返し、再び横一文字を描く。
まだだ、まだ終わりじゃない。
最後の一撃。ピリオドのスラッシュ。〈バルムンク〉を大きく引いて、突きの構えへ。
フリムの言葉遣いが移ったのかもしれない。僕は凶暴な言葉を吼えた。
「――喰らえぇえええええええええええええええええええええッッッ!!!」
撃ち放たれる刺突。螺旋を描く切っ先が砲弾のごとく大気を貫いた。
しかし、フリムがこのままあっさりやられるわけがない。
これまでも続けられていた、そして両断された今もなお発射され続けられている光の羽根が、突如として指向性を持った。
一点集中。
先刻までのアトランダムな発射ではなく、明確な狙いを持った動き。まるで吸い寄せられるように、僕の放った刺突の先端へ向けて光の羽根が勢いよく群がっていく。
「――!?」
途端、壁にナイフを突き立てたかのごとき硬い手応え。空気を裂いてヴェイパートレイルすら発生させていた光刃の切っ先が、その場で縫い止められた。
凄まじい威力を持つ紫紺の羽根は〈ズィースラッシュ〉の先端に触れる度に消滅していくが、その破壊力でもって光刃の進行を食い止め、次なる羽根へと場所を譲る。それが高密度に連続することによって波となり、〈ズィースラッシュ〉を押し止め、それどころか押し返そうとしているのだ。
これだけの数の羽根を精密に操作するには、とんでもない集中力が必要なはずだ。それこそハヌの正天霊符の護符水晶全てを操るよりも、難易度が高いはず。
だからそう――つまり、これはフリムの【執念】だ。
意地でもやられはしない――そんな感情が形となって、これだけの離れ業を成させているのだ。
流石は僕の従姉妹。伊達に僕の『お姉ちゃん』を自称していない。
ふと、目が合った。
光の剣先を突き入れる僕と、それを光の羽根の過密集中によって防ぐフリム。両者の視線が音を立ててかち合い、火花を散らす。
――アタシは絶対、絶対負けないわよハルト!!
フリムの紫の瞳がそう主張していた。戦意の炎が激しく燃え上がり、目の奥で揺らめいている。彼女はこのまま〈ズィースラッシュ〉を押し返し、そのまま僕のHPを全損させる気満々だ。
だから。
――僕だって、絶対に負けられないんだ……!
決意を眼差しに込めて、フリムの両眼に射込む。
強くなると。誰にも負けない剣士になると。そう誓った相手だからこそ、負けるわけにはいかない。
ロゼさんの時と同じように、僕はこの勝負に勝ち、自らの誓いに証を立てなければならないのだ。
「――うぉおおおおおおおおおおあああああああああああああああッッッ!!!」
刀身に込めた攻撃術式の力を全解放。もう出し惜しみは必要ない。これが最後の一突きだ。
空を焦がすほどの稲妻を迸らせ、巨大な風の刃が大気を唸らせる。爆ぜる轟音が天と地を揺らした。
「――――――――――――――――ッッッ!?」
フリムの顔が驚愕に染まる。当然だ。僕の〈ズィースラッシュ〉が押し勝ち、一気に進行速度を上げたのだ。無限に群がる光の羽根を消滅させながら、螺旋を描く切っ先が逆流していく。さながら、導火線を走る火花のごとく。
とった。
そう確信した、その瞬間。
「――【お姉ちゃん】を……なめんなぁあああああああああああああ――――――――ッッッ!!!」
もはや目と鼻の先にまで迫った〈ズィースラッシュ〉に向けて、なんとフリムが、両手に持った白銀の長杖を大上段に振りかぶったではないか。
「おおおおおおおおりゃぁああああああああああ――――――――ッッッ!!!」
良くも悪くも、最後の悪あがきとしか言いようのない行動。だがその一撃には、おそらくユニゾンによって作り出されたエネルギーの残る全てが注ぎ込まれていた。
閃光が炸裂。
目を開けていられないほどの輝き。
次の瞬間、爆発した衝撃が〈バルムンク〉の刀身を伝播して僕を襲った。
「――~ッ!?」
流石にひとたまりもなかった。
大柄を手放すまいと抵抗したことで、僕の体は木の葉のように宙を吹っ飛んだ。




