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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第一章 支援術式が得意なんですけど、やっぱりパーティーには入れてもらえないでしょうか

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●13 喧嘩して仲直り 雨降って地固まる



 当然ながら、無理をしすぎたらしい。


 気を失った僕は病院へ担ぎ込まれて、なんと丸二日もベッドで眠っていたそうだ。


 その間、僕の《SEAL》にあらかじめ設定してあった医療用ポートを通じ、病院勤めのヒーラーさんが上級回復術式を駆使して何とか治療してくれたのだという。


 そのヒーラーさん曰く、担ぎ込まれた時の僕は、それはもう生きているのが不思議なほどの重体だったという。


 全身のいたる場所が骨折していて、部位によっては吹き飛んでなくなっていたりしていて――およそエクスプロールで負うような怪我ではない、と。どの部分が吹き飛んでいたのかは、怖くて聞けなかったけれど。


 なおかつ《SEAL》のプロパティも色々なところがおかしくなっていたらしく、「その調整やリンクも含めて、治療するのが大変だった」と怒られてしまった。


「す、すみませんでした……」


 と謝りつつ、流石に術式制御を暴走させて限界以上の攻撃術式を同時起動した挙げ句、自分で起こした爆発の余波で大怪我しただなんて、そんな恥ずかしいことは口が裂けても言えなかった。


 しかし、《SEAL》の調整などを含めた高額の治療費などより、また担当のヒーラーさんから頭ごなしに怒られたことなどより、僕を深く打ちのめした事実がある。


 それは、見るも無残に砕けてしまった黒帝鋼玄の姿だった。


 漆黒の刀身が残っているのは、ハバキから伸びるほんの僅かな部分だけ。そこから先の刃は粉々になっており、もはやその形状は武器と呼べる代物ではなかった。


 当然と言えば当然の結果だった。あのヘラクレスの防御力、再生力を超えて粉々にするだけの重複〈フレイボム〉だったのだ。いくら支援術式の加護があったとはいえ、その渦中にあった〈大断刀〉が無事で済むわけもなく――実際そこから少し離れていた僕自身も重傷を負ったわけで――、ご覧の有様である。


 不幸中の幸いは、黒玄そのものを《SEAL》に紐付けしておいたおかげで、飛び散ったであろう破片も含めて全てを回収できていたことだ。僕が気絶した瞬間、具現化が切れて自動的にGPでデータ化されたのである。


 ここまで壊れてしまったら、流石に自己修復機能が備わっているとはいえ、完全回復は望めないだろう。一度、故郷の祖母に見てもらわなければなるまい。


 早いところ連絡をとっておかないとなー、それまではしばらくエクスプロールは休まないといけないかなぁ……――などと考えていたこの時の僕は、つまり自分が眠っていた二日間、外界で何が起こっていたのか、これっぽっちも知らなかったのである。


 というか、知る由も無い。


 二〇〇層のゲートキーパーを単独で倒した僕に、一部の人が巨人殺しの勇者――《ベオウルフ》という二つ名をつけていたことも。


 同じく、現場であの戦いを見ていた一部の人が、自己の理解を超えた強さに恐怖して、僕を《怪物モンスター》と呼び始めていたことも。


 いくつものクラスタが、僕とハヌを合わせて仲間に入れようと画策し、ぶつかり合い、喧嘩していたことも。


 その騒動をヴィリーさんとカレルさんが仲介し、話し合いへ持ち込ませ、奇妙な取り決めを作っていたことも。


 あと瑣末ながら、あのダインが私刑に処されていたことも。


 まったく、全然、知らなかったのである。


「お、お世話になりました」


 受付カウンターで支払いを済ませ、病院を辞する。


 僕が昏睡している間、ヴィリーさんとカレルさんが一度だけ見舞いに来てくれたらしい。看護士のおば――お姉さんがそう教えてくれた。「えらい美人と、ものすごくかっこいい男がお見舞いに来てたのよ! あなたすごいわねぇ! 実はお金持ちなの?」――なんというか、最後の一言にモニョってしまうのは僕の心が狭いからなんだろうか?


 ちなみに、ヴィリーさんからはダイレクトメッセージも届いていた。目が醒めたら連絡が欲しい、心配している。また、カレルさんが聞きたい話があるとも言っている――と。


 ヴィリーさんとカレルさん、二人の姿を見た人は看護士のお姉さん以外にもたくさんいた。


 だけど――ハヌらしき姿を見た人は、一人もいなかった。


 こうして出入り口に向かって病院の廊下を歩いている今でも、頭に思い浮かべるのは、あの小さな女の子のことばかり。


 僕が眠っている間、彼女はどうしていたのだろうか。またぞろ、あのダインが変なことをしてやいないだろうか。いやいや、流石に大勢の前であんなことをされたのだ、流石にハヌだって怒っているだろうし、何を言われても拒否していることだろう。


 というか、ハヌはきっと、僕に対して一番怒っていると思う。多分、いっぱい心配をかけた。気を失う直前、僕に抱きついて泣き叫んでいたハヌの声を覚えている。


 見舞いに来てくれてないのは、もしかしたら人目を避けるためなのかもしれない。そうだ、ヴィリーさん達が来たのは、ハヌの代理という意味があったのかもしれない。いや、これは僕が『そうであって欲しい』と思う願望でしかないのだけど……


「――――」


 出入り口に着く直前、ふと胸に去来した不安に、僕はピタリと足を止めた。


 ――もし許してくれなかったら、どうしよう?


 あの時は、ヘラクレスがいて、非常事態だった。ハヌは僕を殴ったし、僕もごめんなさいって謝った。


 だけど、僕はまだ、ハヌに許してもらっていない。少なくとも、許しの言葉をもらっていない。


 ――ラトなんぞもう知らぬ――妾はもう別の者達と行動することにした――おぬしはおぬしで好きにすると良い――おぬしと妾とでは、到底釣り合わぬ――


 想像力が暴走していた。自分で作った勝手なイメージが、僕自身をしたたかに傷付ける。


 あの時、自分からさよならを言ったことを――自分勝手にハヌの手を振り払ったことを、僕は後悔している。


 自分勝手で、臆病で、我が儘で、弱虫だった。多分、それは今でも変わらない。だけど、あの選択だけはしてはいけなかったのだ。あの時、ダインの言葉に頷くべきではなかったのだ。


 なのに、僕は――


「……はぁぁぁぁ……」


 全身を使って大きく溜息を吐く。


 駄目だ駄目だ。考えれば考えるほど、どつぼに填まっていく気がする。


 ここで悩んでいても仕方がない。とりあえず一度部屋に戻り、祖母と連絡をとって、後のことは後で考えよう。


 歩みを再開して、病院の玄関を抜ける。


 時刻は昼前。浮遊島であるフロートライズはいつだって快晴だ。陽光の眩しさに、少し顔を顰める。


 段差とスロープのある場所をゆっくりと降りて、敷地外へ出るため正門を目指して歩く。


 そんな僕の背中に、


「のう、そこのおぬしよ、一つ聞きたいのじゃが」


 突然、聞き覚えのある声が掛けられた。




「妾は故あって身分を隠しているのじゃが、やはりパーティには入れてもらえんのじゃろうか?」




「――――」


 足どころか心臓まで止まるかと思うほど、体が驚きにすくんだ。いきなり全身が石像になったみたいだった。真実、僕は呼吸すら忘れた。


 誰何する必要なんてなかった。僕がこの声を聞き間違えるはずがない。


 それも、いつかどこかで聞いたようなフレーズを口にするなんて――世界中を探したって一人しかいやしない。


 一体いつの間に背後へ回られたのだろうか。それとも、僕が気付かずに側を通り過ぎてしまったのだろうか。


「……ふむ、返事がないようじゃが、聞こえておるかの、そこのおぬし」


「…………聞こえ、てる、よ……」


 僕は棒立ちになったまま、振り返ることも出来ず、震える声で応えた。


 背中にかかる声はとても軽やかだった。そう――まるで、何事も無かったみたいに。


「そうか、それは重畳じゃ。して、どうなんじゃ? 妾は必要ないのかの……?」


 そんな聞き方は意地悪だと思った。だけど、その語尾がわずかに震えていることに、遅れて気が付いた。多分、わざとじゃない――不安なのだ。彼女も、きっと。


 僕はゆっくり、首を横に振った。


「そんなこと、ないよ……必要、だよ……」


 涙は、いつの間にか頬を伝い落ちていた。


 嬉しかった。彼女の方から声を掛けてくれたことが。仲直りのきっかけを作ってくれたことが。本来なら僕からするべきことだったはずなのに――否、だからこそ。


 ハヌから歩み寄ってきてくれた――それが、たまらなく嬉しかった。


 僕は情けなく、鼻水をすすりながら、想いを口にする。


「僕には、君が必要だよ、ハヌ……」


「……ほう? それは本当か?」


 からかうような、でも伺うような、そんな声。


 僕は流れる涙をそのままに、深く頷く。


「うん……本当だよ」


「本当の本当か?」


 すると真剣な語調で、念入りな確認をされた。だから、僕はもう一度頷く。


「うん、本当に本当だよ……本当の本当に、君が必要だよ、ハヌ」


「――しかし、おぬしはまた、妾の手を離すのではないか……?」


 疑るような、怯えるような声に、首を横に振る。心の底から答える。


「ううん、もう離さない……もう絶対に離さないよ。約束する」


「――じゃが、妾とおぬしとでは、釣り合わぬのではなかったのか……?」


「もう、そんなの関係ない。僕は、君と一緒にいたいんだ」


 断言した。ほとんど――というか全部が願望だったけど、それが僕の正直な気持ちだった。


 両眼が熱い。喉が痛い。鼻の奥がツンとする。


「――ごめんね、ハヌ……勝手なことばかり言って……だけど、本当なんだ。僕は、また君と手を繋ぎたい……君と話をしたい……君と一緒にいたいんだ……!」


 もう嗚咽も我慢出来なかった。


 僕は泣きながら、喉を詰まらせながら、情けないことを言う。


「だから、僕の方から、改めてお願いします……! 僕の、友達に、なってください……! 僕の、一番の親友に、なってください……!」


 ただただ、胸の内から溢れる想いを――


「――僕と、これから、ずっと……一緒にいてください……っ!」


 結局の所、僕はどこまでも身勝手なのだ。


 ハヌを慮ることも、その気持ちを察することも上手く出来ない。いつだって、自分のことだけで精一杯だ。


 だから、そんな僕が唯一、誠意を見せられるのだとしたら、それは正直でいること。決して嘘を吐かず、ありのままの想いを、素直に吐露することだけだ。


 胸に浮かんだ言葉をそのまま吐き出した僕に、果たして、ハヌはこう言った。


「……ばかもの……」


 からん、ころん、と下駄の鳴る音がして、腰周りに細い何かが回される感触。


 ハヌが、後ろから僕に抱き付いたのだ。


 背中にハヌの声を、直に振動として感じる。


「ラトのばかもの……妾とおぬしは、とっくに【友達】じゃ……唯一無二の【親友】じゃ。今更その縁を無かったことにするなど、この妾が許さぬ」


 その言葉は、僕の涙の堤防をさらに決壊させた。僕は滂沱と泣きながら、何度も頷く。


「うん……! うん……! ごめん、ごめんね、ハヌ……!」


 くふ、とハヌが笑った。


「ばかもの、何を泣いておる。嬉しいのか悲しいのか、どっちなんじゃ」


「――だって……! だって……!」


「まったく……泣き虫じゃのう、ラトは。妾よりでかい図体をしておるくせに」


 僕はずびずびと鼻水を啜る。もう顔が目やら鼻やら口やらがビチャビチャで、大変なことになっていた。


「――よし、ラトよ。こちらへ向いて膝を突くがよい」


 服の袖で顔をぐしぐしと拭っていると、ハヌが僕の腰から腕を離して、そう指示した。それは、僕とハヌが向き合って話をする時の定番の形だった。


「……?」


 わけもわからぬまま、とりあえず言われた通りにする。


 なんだか久しぶりに近くで見たような気がするハヌは、今は外套のフードを下ろしていて、綺麗な銀髪とヘテロクロミアを露出させていた。だけど、その宝石みたいな両眼は――


「……あれ……? もしかして、ハヌも泣いて――」


「いちいち口にするでないわっ」


「ふぶっ?」


 いきなり小さな両手が僕のほっぺたを挟み込んで、唇の動きを阻害した。


 どう見たって、それは泣き腫らした目だった。ハヌの金目銀目が、変な言い方だけど、ウサギみたいに真っ赤になっていたのだ。


「その……なんじゃな……」


 ハヌは僕の顔を挟んだまま、少し俯き、視線の置き所に迷うように目を泳がせてから、呟くように、


「妾も、悪かった……と、思っておる。どうやら妾は、友達も、親友も、友情も、思い違いをしておった……ようじゃ」


 それは告解だった。ハヌは自ら不明とするところを、たどたどしく、だけどちゃんと言葉にしていく。


「友達とは、どうやら《なった》だけでは意味がない、らしい……友情とは、どちらか一方が寄り掛かることを言う、のではないようじゃ……親友とは、それだけではただの言葉……中身が伴わなければ、意味はない……ようやっとそれがわかった……気がする」


 きっと、たくさん泣いて、たくさん考えたのだろう。ハヌは賢い子だ。様々なものから、色々な情報を吸収している。僕が知らない間に、言葉としてしか知らなかったことを、じっくり思い悩んだに違いない。


 つと、ハヌが僕と目を合わせた。顔を掴まれたまま動けない僕は、その二色の瞳に魅入られる。


 やがて、サファイアブルーとゴールデンイエローの宝石が、じわり、と潤んだ。桜色の可憐な唇が、わなわなと震えだす。


「――情けない話じゃ……妾は、ラトが苦しんでいることに気付けなんだ……! この手を振り払われるまで、自分がどれほどおぬしに甘えていたか、わからなんだ……! 妾がやっていたことは所詮、茶番――ただの友達ごっこじゃった……! ラトが怒るのも当然じゃ……すまなかった、許してくれ……」


 ハヌはそう言って、目を伏せた。目尻から涙の粒がぽろぽろとこぼれていく。


 その姿を、僕は声もなくただ見つめていた。場違いなことに、泣いているハヌがとても綺麗に見えたのだ。おそらくはこんな風に、何度も泣いたのだろう。今日ここで僕に会う前から、ずっと自分を責めていたのだろう。そうでなければ、この目の赤さは説明できない。


 僕は両手を上げて、頬に触れているハヌの繊手を取る。壊れないように優しく包み込むと、掌に彼女の体温が伝わった。


「……違うよ――謝るのは、僕の方だよ、ハヌ……僕こそ、ごめん。僕だって、君がそんなに僕を頼ってくれていたなんて、知らなかった……僕が離れることで、君がそんなに苦しむなんて、思いもしなかった……僕も怒られて当然のことを、しちゃったんだよ」


「じゃが……」


 多分、間違えていたと言うなら、二人とも間違えていたのだろう。僕もハヌも、今まで友達がいなかった。だから、ちゃんとした付き合い方も、距離の取り方も、わからなかったのだ。


「――だからね、お互い様、ってことでどうかな? ほら、よく聞かない? 喧嘩するほど仲がいい、って。多分、これが僕達の初めての喧嘩だったんだよ。だから……仲直りしようよ。それできっと僕達の《友情》は、今よりもずっと強くなるはずだから……ね?」


「ラト……」


 僕が無理して笑って見せると、ハヌが顔を上げて、こっちを見た。


「――そうか……お互い様で、仲直り、じゃな」


 笑った。最初ははにかむように、だけど段々といつものハヌらしく。くふ、と声がこぼれ、


「……そうじゃとも。妾とラトは唯一無二の親友じゃ。この程度のことは通過儀礼に過ぎぬ。むしろ乗り越えて当然の試練じゃ。良かろう。妾はラトを許し、ラトも妾を許す……これぞ互いに支え合う、麗しき友情というやつじゃな」


 うん、いつも通りのハヌだ。なんかこう、しおらしい方が可愛いと言えば可愛いのだけど。やっぱりこっちの方がハヌらしくて、僕は好きだ。


 僕とハヌは涙に濡れた笑顔で差し向かい、互いに笑い合った。胸の中に温かい水が満ちていくような、そんな不思議な気持ちが充溢していく。


 が。


「――時にラトよ」


 すとん、といきなりハヌの声のトーンが落ちた。


「え?」


 ぎくり、と何だか嫌な予感がして、僕は反射的に表情を強張らせる。


「お互い様とは言うたが、妾はまだ、おぬしに置いて行かれたことを根に持っておる」


「へっ? ……ええっ!?」


「あなうらめしや……! 屈辱的な日々であったぞ……あの男の虚言に騙された振りをしながら、ラトが来るのを待っておったこの数日は……! ダインの愚か者めが図に乗りおって、妾にあれをやれ、これをやれと上から物を言いおってな! 昨日の死に様で多少は溜飲が下がったものの、未だ思い出すだけで臓腑が焦げつくようじゃわ……!」


「ひはひ! ひはふふぃふぁふぃ!」


 怒りに燃えるハヌが、ぐにぐにと僕の頬をつねる。抵抗することも出来ずに僕は痛みに悲鳴を上げる。何かさらっと気になることを言ったような気もするけど、頓着するどころではなかった。


「というわけでじゃ、ラト。妾はおぬしに甘い菓子を所望する。さすれば、それをもって勘弁してやろうぞ」


 ゴムの玩具でもいじるように僕のほっぺたを好き放題にしたハヌは、そう言って手を離した。


 僕は赤くなっているであろう両頬をさすりさすり、あは、と笑う。


「――何だ、良かった。そんなことで良ければ、いくらでも。ケーキでもパフェでも何でも奢るよ」


 拍子抜けしてしまった。ものすごい怒りようだったから、どんな無理難題を課せられるのかと焦ったけれど、望みが甘い御菓子だというなら、何のことはない。幸い、海竜の時の分け前はまだまだ残っている。それでハヌからのお許しが得られて、嬉しそうな笑顔が見られるなら、僕にとっては一石二鳥だ。


「あ、じゃあ、喫茶店にでも行こうか。前に行った所がいい? それとも――」


 言いながら立ち上がろうとしたところ、鋭い制止が入った。


「いや待てラト、まだ立ってはならぬ」


「へ?」


 意味がわからないままも、言われた通りピタッと動きを止める。


「そ、その、じゃな……」


 するとハヌは、しばし唇をもごもごと落ち着きなく動かしていたかと思いきや、急に、


「ラト……ちょっとあちらを向くのじゃ」


 と言って、僕から見て右を指差した。


「???」


 ハヌの意図するところが掴めず、頭に疑問符の花を咲かせつつ指示に従う。


 特別、何が見えるわけでもない、普通の景色が視界に映った。だけど次の瞬間、




 ちゅっ




 と左の頬に何か柔らかいものが触れ、すぐに離れた。


 左耳に、ハヌの声が聞こえる。


「こ、これが妾からのお礼とお詫び、というやつじゃ。その、なんじゃ……ラトは、なんのかんの言いながら、妾を助けてくれた。妾が名を呼んだ時、本当に駆けつけてくれた……あの時、妾は本当に嬉しかったんじゃ。そ、それでじゃぞ? ヴィリーの奴が言ったのじゃ。姫を助けた勇者には、接吻を下賜するのが当然、じゃと。そ、それで妾は………………ラト?」


 何を隠そう、僕は所謂『ヘタレ』という人種だ。


 自慢ではないが、剣嬢ヴィリーさんからダイレクトメッセージを受け取っただけで失神してしまうような、小心者なのだ。


 そんな僕が、である。


 ほっぺとはいえ、ハヌにキスされたのだ。


「ど、どうしたラト? 何を固まっておる? ラト? 聞いておるのか? ラト?」


 ハヌの声が遠く聞こえる。


 ひとたまりもなかった。


 心に翼が生えて大空へと羽ばたいていくような感覚だった。


 嗚呼、突き抜けるような蒼穹が見える。


 フロートライズの空はいつだって快晴だ。


 視界の端に映るルナティック・バベルは、今日も宇宙に向かってその身を大きく伸ばしている。




 幸せな気分のまま、やっぱり僕は気を失ったのだった。


















 第一章「支援術式が得意なんですけど、やっぱりパーティーには入れてもらえないでしょうか」




 完









ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

これにて第一章、完結です。

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