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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第五章 正真正銘、今日から君がオレの〝ご主人様〟だ。どうぞ今後ともよろしく

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●29 黒灰戦争勃発 1








 さて、ここで少々時間を遡ろう。さっきは流石に端折り過ぎた。


 知っての通り、僕とハヌは『探検者狩り(レッドラム)』の本隊を壊滅――即ち、ハウエル達全員をゲーム的に『失格』へと追い込むがため、浮遊大島の中央区の南側に向かって意気揚々と飛行していた。


 浮遊大島の真ん中の区域は荒廃した都市部。そこいらに朽ち果てたビルディングが建ち並び、蜘蛛の巣にも似た罅が走る路面の隙間からはうっすらと雑草が生える。目に映る色彩と言えば圧倒的なモノクロームに、時折走る差し色の緑ぐらい。なんとも物侘しい空間ではあるが、それだけに人間という生きた色彩はひどく目立つ。よって、人捜しという点においてはそれなりに便利ではあった。


 結果的に『サーチ』を併用したハウエル達の捜索は非常に容易で、僕達は大した苦労もなく『探検者狩り(レッドラム)』の本隊の位置を特定することが出来た。


 見つけたからには即攻撃、即壊滅! と主張したのはもちろんハヌだったけど、僕はいつも通りそれを上手く抑制し、『サーチ』のクールタイムが終了するまで待機してもらうことに成功した。


 いくら相手側がマジックを使う可能性が低いとは言え、まったくの皆無というわけでもない。もし突入した途端、全員から『フリーズ』や『ハック』の総攻撃を受けたら一溜まりもないのだ。


 念のため二人とも『ウォール』が発動できる状態になってから攻撃を仕掛けた方がいい、という僕の意見をハヌが呑んでくれて、しばらく上空で待機していた――その時だった。




『――よぉ、〝勇者〟の。よく来たじゃねぇか。待ってたぜ?』




 突然、『Lコンシェルジュ』を介して通信が入ってきた。


 耳孔にヤスリをかけるようなその声を、僕が聞き間違えるはずもない。


 ハウエル・ロバーツ――ほんの数日前に僕と死闘を演じた相手。いや、場合によっては一緒にマグマの中で果てていたかもしれない『探検者狩り(レッドラム)』の首領である。


「……!?」


 僕が愕然とする間にも、ハウエルはさらに言葉を重ねてくる。


『あー、もしもしぃ? おい聞こえてねぇのか? 俺だオレオレ、この前テメェにぶっ飛ばされたしがない〝追い剥ぎ〟だよ、ハッハァッ!』


 どんな神経をしていれば、負けた相手にここまで横柄な態度がとれるのか。下卑た笑みが脳裏によぎるような声音で、ハウエルは豪快に笑う。


 瞬間的に当時の感情を思い出した僕は、思わず通信に応答してしまっていた。


『お前、なんで……ッ!』


『ああ? んだよ、いちいち言わねぇとわからねぇってか? こうやって問題なく通信できてんだからよ、それだけで大体のこたぁわかんだろ? なぁおい』


 僕の第一声を聞いた途端、うざったそうにハウエルは吐き捨てる。


 そうだ。ルーターでパーティーを組んでいるわけでもないのに、お互いの〝SEAL〟で音声通信が可能となっている――それ即ち、ハウエルが僕と同じ『白』チームに所属している証左に他ならない。


『まぁいいさ。おら、せっかくだから降りて来いよ、〝勇者〟の。テメェも俺達に用があってここまで来たんだろ? ちぃと話をしようじゃねぇか』


 正気を疑ってしまう。いくら同じ『白』チームだからとは言え、先日まで明確に敵対していた僕に対し、どうしてここまで馴れ馴れしいことが言えるのか。


 ふざけるな、と僕が返しかけたその時、


『黙れ愚物。ラトとおぬしが話すことなど何もないわ。この痴れ者が。先日妾に屈辱を味わわせた罪、ここであがなわせてくれるぞ』


 憤怒に塗れたハヌの声が割り込んできた。


 少し驚いたけど、考えてみればこれは自然な反応だ。


 数日前、ハヌはヤザエモンの手によって眠らされ、僕の前から連れ攫われた。だが、ヤザエモンにそうするよう指示したのは他でもないハウエルなのだ。


 ハヌを攫われたことに対して僕が怒りを覚えるのが当たり前のように、僕と引き離されたハヌが腹を立てるのも、また当然のこと。


 ここでハウエルと再会するのは、ハヌにとっても翹首ぎょうしゅのことだったのである。


『お? その声は……へぇ、そうかそうか、竜の姫さんも一緒だったってか。こいつぁ好都合だ。〝勇者〟のに〝竜姫〟の、最強の二人がチームメイトたぁ心強いってもんじゃねぇ。こっちの勝ちはもう決まったようなもんじゃねぇか、ハッハァッ!』


 ハヌの瞋恚に燃える声音を聞いておきながら、ハウエルはなおも楽しげに嘯く。まるで話が噛み合っていない。おかげで僕の目の前にハヌの小さな背中から、激憤の炎によって蜃気楼がごときオーラが立ちのぼり始めた。


「ラト……今度ばかりは狙いを外せなどと無粋を申すでないぞ。直撃じゃ。あやつだけは塵一つ残さず消し飛ばしてくれる」


 頭に血が昇ったハヌは有無を言わせぬ口調で宣言する。流石に今回ばかりは僕にも止める理由はなく、一応は形式的に制止の言葉をかけるか否か迷っていたところ、


『おおっと、勘違いするんじゃねぇぞ、〝勇者〟の、〝竜姫〟の。俺ぁテメェらの味方だよ。くれぐれもはやまった真似をするんじゃねぇぞ。貴重な戦力を失いたかぁねぇだろ?』


 ハウエルが妙なことを言い出した。


『知っての通り、俺ぁゲームのペナルティで〝勇者〟のに絶対服従しなくちゃならねぇ。いわば貴重な手駒だ。そいつを無為に捨てたきゃ止めはしねぇが、テメェらは絶賛仲間割れ中なんだろ? 俺達の力を利用しなくてもいいってぇのか?』


「「…………」」


 僕とハヌは思わず互いの顔を見合わせた。意外も意外、まさかハウエルの口から『絶対服従ペナルティ』の話が出てくるとは思ってもみなかったのだ。


 予選の敗者であるハウエルは、エイジャが作成したルールによって『勝者に絶対服従』の状態ステータスが付与されている。また同時に、僕には『敗者への強制命令』権限が付与されている。


 この『強制命令』はルール上『それがどんなものであれ従わなければならない』という強制力が働くという。無論、それはあくまでゲーム内においての話で、命令内容がゲームに無関係のものである場合はその限りではない、とも。


 誰がどう考えたって奴には不利な話である。本来なら、出来る限り避けたい事柄のはずだ。だというのに。


『喜べよ、〝勇者〟の。この俺がいる限り、テメェはさらにその上の立場にある。つまりは俺達『探検者狩り(レッドラム)』のリーダーは実質テメェってことだ』


 己の手勢が乗っ取られるかもしれないというのに、何故かハウエルは楽しげに笑う。その手触りに、僕はいつぞや味わった、得も言えない底知れなさを思い出した。


「……!」


 そうだ、こいつは前に僕と休戦協定を結ぼうと迫って来ておきながら、自らその約束を破ったのである。それも、部下にハヌを攫わせて人質にするという、最悪の形で。


 何が『喜べ』だ。何が『貴重な手駒』だ。ふざけるな。そんな甘い言葉に誰が乗せられるものか。お前の手口はもうわかっているんだ。二度と騙されるものか。


「……ハヌ」


 すぐ傍にいる親友の名を呼ぶと、彼女はこちらを振り向き、僕と視線を合わせた。


 そう、つい先刻ハヌからも言われたばかりなのだ。気を引き締めろと。相手が甘言を弄してくるかもしれないから、騙されるなと。


「ラト……」


 見つめ合う僕達はアイコンタクトをして、互いに頷き合う。大丈夫、騙されやしないよ、と。こんな見え透いた罠になんか引っかかったりしない、と。


 思い返せば、かつてのダイン然り、先程のジェクトさん然り。大人はいつもああやって子供を騙すものらしい。両手を上げ、無防備を晒し、無抵抗を演じて距離を詰めてくる。そして甘く優しい言葉を並べ立て、こちらへ取り入ろうとしてくるのだ。挙げ句こちらが隙を見せた途端、毒蛇のごとく喰らい付いてくる――それが大人の常套手段なのだ。


 だからもう騙されない。油断などしてやるものか。上手く踊らされてなどやるものか。


『おら、さっきも言っただろうが、〝待ってたぜ〟ってよ? 俺ぁもう腹ぁくくったんだよ。テメェとツラあわせたら言うこと聞くしかねぇんだ。なら、最初から観念してテメェの下につくしかねぇだろう? なぁに、こっちの奴らはとっくにまとめてある。全員テメェの手先だ。安心して降りてきな』


 黙れ。誰が信じるものか。もうその手には乗らないぞ。覚悟しろ、今から僕達がお前らをコテンパンに叩きのめしてやるんだからな――


 胸の内で激しく燃え上がる思いを、僕はそのまま言葉にしようと口を開いた。


『黙れ、ふざけるのも『よかろう、おぬしの話を聞いてやろうではないか』いい加減にしぇええええええええええええええええええええぇッッッ!?!?』


 僕が話し始めた途端ハヌの元気な声が割り込んできて、しかもそれが驚天動地の内容だったために僕は人目を憚らず叫び声を上げてしまった。


 ――は!? いや待って!? どういうこと……!?


「ハ、ハヌ!? え、ちょっ――なに!? なにを言って!? 何を言っているのかな!? かなぁ!?」


 思わず目を剥いて大声で問い詰めてしまう。混乱がすごすぎて我ながら間抜けな聞き方をしてしまっているけど、それどころではない。


 ――なんでどうして!? 気をつけろって言ったのはハヌだったよね!? っていうかさっきまでの怒りの波動はどこにいったのかな!? かな!?


 鮮やかすぎる掌返しに愕然とする僕を、ハヌは不敵な笑みを浮かべてさとす。


「落ち着け、ラト。これは好機じゃ。鴨が葱を背負ってくるとはまさにこのことじゃぞ。あやつの言う通り、精々こき使ってやろうではないか」


 そう言って、ハヌは幼い女の子とは思えないほどあくどい顔付きで唇の端を釣り上げる。くふふふ、とどう見ても悪役としか思えない笑みをこぼしながら、


『自ら首を差し出すとはなかなかによい心掛けじゃな。見下げ果てたやからと思うておったが、存外ぞんがいいさぎよいではないか』


 通信を使ってやけにハウエルを褒めそやす。先程の発言が発言だけに、そこに本心など欠片もないことが丸わかりだ。


『じゃが、妾もラトもおぬしの言葉を額面通り受け取るほど甘くはないぞ? 覚悟は出来ておるのであろうな?』


 もはや完全に悪党の物言いである。目には目を歯には歯を、とは言うが、悪には悪を、ということなのだろうか。


 だが、ハウエルだって一筋縄ではいかない。あちらはあちらで、芯の通った本物の悪党なのだ。


『おう、もちろんだぜ〝竜姫〟の。考えてもみやがれ。俺ぁ〝勇者〟のに負けちまって、それはもうでけえペナルティ持ちだ。今更まともにやっても勝てるわけがねぇ。なら、少しでも生存率の高い方法を選ぶまでさ。目下、俺達の目的は〝生きてここから還る〟ことなんだからよ』


 開き直ったハウエルは臆面もなく嘯く。元々は僕達やヴィリーさんの手柄を横取りしようとしたのが原因だったというのに、それをかえりみる素振りすら見せない。


『テメェらが俺と同じチームだったのは運が良かったぜ。協力する大義名分はこれでバッチリだ。まぁ、敵同士でもやるこたぁ変わらなかっただろうがよ。こっちはテメェら二人に力を貸す。そっちは俺達を無事に元の場所へ戻す。そういう話でどうだい?』


 なんて身勝手な――と僕の頭に音を立てて血が上る。何が『大義名分』だ、お前に大義などあるものか。厚顔にも僕達に裏取引を持ちかけるなんて、どんな神経をしているのだ。


 ――という僕の心の声は、しかしハヌによって抑制される。


 すっ、と手を上げて僕を制止したハヌは、あちらには聞こえない肉声で、


「――わかっておる。じゃが、ここは堪えてたもれ、ラト。委細、妾に任せよ」


「…………」


 その言葉に頷くことは出来なかったが、同時に反発もしなかったのは、一番の被害者が他ならぬハヌだったからである。実際に眠らされ、誘拐されたのは彼女自身なのだ。そのハヌがこう言っているのであれば、僕が文句をつける道理はない。とても、ひどく、かつてないほど、業腹なのではあるが。


「……そう苦虫を噛み潰したような顔をするでない。悪いようはせぬ。妾を信じてたもれ」


 感情がそのまま表情に出ていたのだろう。ハヌはこちらに体ごと向き直ると、右手は〝酉の式〟の制御をしたまま、左手で僕の片頬に触れ、優しく撫でた。困ったような微苦笑で、


「おぬしの気持ち、妾は嬉しく思うておるぞ?」


「……うん……」


 これでは、なんだか僕の方が拗ねた子供みたいではないか。決まりが悪くなった僕は思わずあらぬ方向へ視線を逸らしてしまう。


 それをよしと見てか、ハヌは再び通信網に声を吹き込んだ。


『これよりそちらへ降りる。妾達を迎えるのであれば、揃って拝跪はいきするがよいぞ』


 本当に同一人物だろうかと思うぐらい、僕には優しい声で。それでいて、あちらには厳冬を思わせる響きで告げ、ハヌは言葉通り〝酉の式〟の高度を下げていく。


 高空の風に全身をなぶられながら降下していくと、豆粒のようだった人影が徐々に大きく、精密になっていく。その中でも目立つのは断然、ハウエルの巨躯。相変わらずの存在感を誇る悪漢は、度し難いことに笑顔で僕達に向かって大きく腕を振っていた。隣に蹲っている黒い塊は、おそらくヤザエモンだろう。


 彼らがいるのは、かつては駐車場か広場だったであろう広い土地だった。ほどよく開けていて、障害物らしきものはほとんどない。まるで見つけてくれと言わんばかりの陣取りで、攻められた時のことを考えているとはとても思えないが――実際、僕やハヌに見つけてもらうためにこの場所を選んだ可能性は高いのかもしれない。


 ハヌの操縦によって速やかに〝酉の式〟が地上へ近づくと、大勢の男達が指示した通りにひざまずいて僕達を待っていた。まぁ、ハヌというよりはハウエルの命令によるものとは思うけれど。


 僕とハヌが揃って〝酉の式〟の背中から降りると、ただ一人立ったまま僕達の到着を待っていたハウエルが、今度は生のダミ声を響かせた。


「よぉうこそ、〝勇者〟のに〝竜姫〟の! よく来てくれたぜ、ハッハァッ!」


 案の定、こちらの軍門に下ると自ら申し出た『探検者狩り(レッドラム)』の男は、その発言とは裏腹に、いかにもこの場の支配者がごとき態度で僕達を出迎えた。


 しかし。




「 ひざまずけ 」




 容赦のない言霊がハウエルに襲いかかる。


「う、お――!?」


 強力な術力の籠もったハヌの言霊により、ハウエルの大柄な体が不可視の力に押さえ込まれるようにして膝を折った。両膝を罅だらけのアスファルトに落とし、まるで懺悔するかのように四つん這いになる。


 愕然とするハウエルの後頭部に、ハヌが冷たい声を浴びせかけた。


「痴れ者が。己が放った言霊の力を舐めるでない。【おぬしが妾達の手先になると言うたのじゃ】。翻意は許さぬ。面従腹背めんじゅうふくはいも認めぬ。反抗などもっての外じゃ。【おぬし自身がその口で言うたように】、脇目も振らず妾とラトに従え」


 言霊――それは言葉に宿る力だ。キャッシュメモリを使用しない術式構築に用いられるのと同時に、それは自他を縛る【鎖】ともなり得る力を持つ。


 ハヌは自らの言霊と、ハウエルが発した言霊の双方を以て、奇しくも奴自身が発した『僕達の手先になる』という言葉を現実化させたのだ。


 ――す、すごい……ハウエルへの強制命令権を持っているのは僕なのに、ハヌも言霊を使うことによって同じようなことが出来るんだ……!


 ハヌにしてみれば、先程のハウエルの発言は迂闊もいいところだったのだろう。自らの口から降伏宣言をするなど、それこそ先程言っていた『鴨が葱を背負ってくる』そのものだ。なるほど、すぐにでも『探検者狩り(レッドラム)』を消し飛ばすと宣言していたハヌが、急に方針を転換したのも頷ける。ハウエルは、してはならない失言をしてしまったのだ。


 無論、ハヌの言霊の威力はそれだけにとどまらない。実際に宣誓を口に出したわけでもないハウエルの部下達をも、彼女は圧倒していた。元々ハウエルに命令されて形だけは膝を突いていた彼らだが、ハヌの言霊を受けた途端、ただでさえ下げていた頭の位置がさらに地面に近くなっていた。


 目の前に広がる光景に満足げに微笑み、ハヌは傲然と腕を組む。


「うむ、では改めての【確認】じゃが――そこの者の希望により、妾とラトがおぬしらの上に立つ。誰ぞ異論のある者がおれば、【手を挙げてみせよ】」


 無茶を言う、と真っ先に思った。既にハヌの全身からは濃密な術力が溢れ出している。言霊ほど直接的なものではないが、それでも充分以上の重圧プレッシャーとなり得る力だ。これはいわば、ナイフの切っ先なり拳銃の筒先なり攻撃術式のアイコンなりを突きつけているにも等しく、普通に考えれば手を挙げられるわけがない。どう見ても『逆らったら殺される』的な空気なのだから。


 これには流石の『探検者狩り(レッドラム)』――荒くれ者の集団も反発することは出来なかったらしく、ハヌの問いにはただ無言だけが返された。


 斯くして、次なる台詞へと繋がるのである。


「よかろう。おぬしらの力、望み通りこの妾が活用してやろうではないか」







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