●28 反撃の狼煙 1
「――さて、そろそろ行こうかね。俺からは以上だが、そっちから何か言うことはあるかい?」
エイジャからの返答で知り得た『隠しルール』を開示し終えたジェクトさんは、やおら立ち上がった。両手で腰の後ろを叩き、汚れを落とす。
「ま、特にないならここで失礼するよ。一応ルール上では敵同士だからな。他の誰かにこんなところを見られちゃかなわねぇ」
そう言って、あっさりと踵を返すジェクトさんに、
「待て」
ハヌの制止の声がかけられた。
「――うん? なんだい、小竜姫の嬢ちゃん。何か質問でもあるかい?」
自然な動作で手甲や戦闘コートの具合を確認しながら、ジェクトさんは肩越しに振り返る。瀟洒な光を宿した青い瞳が、流し目気味にハヌの顔を見つめた。
「問いも何もなかろう。おぬし、妾達の返事を聞かずに行くつもりか?」
「返事? 何の?」
キョトンととぼけるジェクトさんに、ハヌの声が一オクターブ低くなった。
「……おぬしに手を貸す件についてじゃ。よもや忘れたとは言わさぬぞ」
「ああ、それね。そっちはもういいんだ。用件は済んだからさ」
「え……?」
思わず疑問の声を出してしまったのは僕である。
そんな馬鹿な。僕はもちろんのこと、ハヌだって是も非も口にしていない。なのに、それを確認もせずに立ち去るだなんて。
驚きに軽く目を見張る僕達二人に、しかしジェクトさんは口の端を釣り上げ、意味ありげな笑みを見せた。
「返事なんざ聞くまでもない。どうせ手助け……というか、俺と同じ目的で動いてくれるんだろ? お前さんらは」
まるでこちらの心を見透かしたようにジェクトさんは嘯く。
「嬢ちゃんと少年、お前さんらは揃いも揃って頭が回る。決して馬鹿じゃない。何が大切で、何がそうでないかぐらい、わかっているはずだ。ここまで言葉を交わして、それがよーく理解できた。なら、後は信じるだけさ。無駄な口約束なんかいらねぇよ。全ては行動に出るからな」
自信満々に言い放つと、ジェクトさんは完全にこちらに背を向けた。黒い戦闘コートの背中は思いのほか広く、その中に潜む隆々とした筋肉の存在をほのかに感じさせる。
「伝えるべきことは伝えた。もしお前さんら二人が俺と同じ目的で動いてくれるなら、まぁどうにかなるだろ。こう見えて、俺は結構評価してるんだぜ? お前さんらを子供と思って侮っている連中と比べたら、さ」
片手を振って、ははは、とジェクトさんは軽く笑う。
「でもま、嫌なら嫌で別にいいさ。旦那や俺の目論見通りに動きたくない、自分達には関係ない、だから協力はせずに従来のルール通りゲームに興じる……そんな選択だって悪かない。ただそん時は……」
やけに含みのある沈黙を、ジェクトさんは挟んだ。合わせて、手持ち無沙汰っぽく無駄に上下していた片手の動きも止まる。
「……その時は……?」
急な沈黙に耐えきれず、僕はオウム返しにしてしまった。
すると、それを待ち構えていたかのごとくジェクトさんは肩越しに振り返り、ニヤリ、と笑った。ぐっ、と片手の親指を立てて見せて、
「ただ、お前さんらが〝俺が思ったより馬鹿だった〟――と諦めるだけの話さ」
そう爽やかに言ってのけたジェクトさんに、僕は瞬時にして血の気が引く感覚を覚えた。背筋が凍り付く。
なんてことを。ハヌの前でそんな挑発するようなことを言ったら――!
次の瞬間、スミレ色の閃光が猛然と薄暗闇を切り裂いた。
「――おおっと?」
完全な死角から放たれたはずの正天霊符の護符水晶を、しかしジェクトさんは闘牛士もかくやの鮮やかさで避けてしまう。それも稲妻のような攻撃を、まるで背中に眼がついているかのようなタイミングで。
「とっとと、危ねぇ危ねぇ。いきなりはよしてくれよな、お嬢ちゃん。俺もまだこんなところで失格になるわけにはいかないんだ」
戦闘コートの裾を翻したジェクトさんは飄々とした調子で、軽快なステップを踏む。ハヌの追撃を警戒したのだろう。しかし、
「……妾を誰と心得る、この下郎が。これ以上の愚弄には、死を以てあがなわせてくれるぞ。安い挑発で命を落としたくば、好きに続けるがよい。その時は、妾手ずからおぬしを消し飛ばしてくれる」
敢えてだろう。それ以上の攻撃行動はせず、けれど〝SEAL〟を激しく励起させてスミレ色の輝きを放ちながら、ハヌは傲然と吐き捨てるように宣告した。
今のはこちらもわざと外した、この恫喝を無視するのであれば次こそ容赦しない――と。
僕の位置から見えないが、きっとハヌの蒼と金のヘテロクロミアからはレーザービームがごとき視線が放たれているに違いなかった。ハヌの目力は幼い少女とは思えないほどに強い。大の大人でもたじろぐほどだ。それを真っ向から浴びせられるジェクトさんには、相当なプレッシャーがかかっていることだろう。
刺すようなハヌの目線を受け止めていたジェクトさんは、やがて小さく息を吐き、
「――わかった、悪かった。おふざけが過ぎたな。ちょっとした冗談のつもりだったんだが、気を悪くさせたなら謝る。すまん」
ばつの悪そうな表情で、緩く両手を上げて降参の意を表す。だけど、ハヌは身に纏う烈気をいささかも衰えさせず、
「痴れ者が。おぬし程度の器で妾達を試そうなど、思い上がりもはなはだしい。次に似たようなことを申してみよ。その時は敵味方などもはや関係ない。絶対に容赦せぬぞ。覚えておれ」
ジェクトさんはああして謝罪していると言うのに、ハヌは一切手を緩めなかった。さらに正天霊符の護符水晶に術力を込め、ぼんやりと燐光を放つだけだったそれらが、次の瞬間には帯電したかのごとくバチバチと空気を焼く音を立て始める。
露骨なまでの威嚇。つまり、それほどまでにハヌの機嫌は損なわれていた。
さもありなん。ここ最近はあまり表立つことはなかったけれど、こう見えて――いや、どう見ても――ハヌのプライドは浮遊都市フロートライズよりもはるか高いところにある。自身の矜持を傷つける類の言動には非常に敏感で、ひとたびそこに触れるものあらば、彼女は狂犬のごとく吼え喚き喰らい付くのだ。
残念ながら、先程のジェクトさんの言葉は冗談めかしていても、明確にハヌの逆鱗に触れてしまったのである。
「……はい、覚えましたよ。もう嬢ちゃんの前じゃ軽口は叩かな――おぅわっ!?」
一瞬にしてスミレ色の電光が三条同時に走り、ジェクトさんが慌てて背中を大きく仰け反らせた。そのままブリッジへと移行しそうなほど反り腰になったジェクトさんの、先程まで頭や胸があった空間をハヌの護符水晶が勢いよく貫く。目標を見失った三つの護符水晶は空を切り、それでも建物の壁や床には激突することなく減速、停止した。
「その〝お嬢ちゃん〟も認めぬ。次に口にする時は死を覚悟せよ」
「ハ、ハヌ……!?」
無警告でいきなり再攻撃した親友の所業に、流石に僕もたじろぐ。
もしかしなくとも、ずっと気にしていたのだろうか。確かに、ジェクトさんの『嬢ちゃん』や『少年』には、どこか小馬鹿にするような調子が含まれているように思えたけれど。とはいえ味方同士、共同エクスプロールする相手クラスタの一員であれば、親睦を深めるという意味もあったはずなのに。
「あっっっっぶね……っ! 今のは本気でヒヤッとしたぞ……!?」
バネのように上半身を戻したジェクトさんは、かなり大げさな表情で驚きを露わにした。あるいはこれが、彼の素なのかもしれない。
それにしても、今のすら綺麗に避けてしまうとは。ジェクトさんの体捌きに改めて驚いてしまう。
ハヌの放った二撃目は、一撃目よりも速度があったし、狙いも正確だった。一撃目は『避けられても構わない』感じだったが、さっきのは逆に『当たっても構わない』ぐらいの意志が籠められていたのだ。それだけに三個の護符水晶の攻撃にはそれぞれ違う角度がつけられていたし、タイミングも巧妙にずらされていた。なのにそれを、まるで事前に察していたかのようにジェクトさんは回避したのである。
今更言うことでもないが、やはりこの人、只者ではない。
「わかったのなら返事をせよ。さもなくば――」
なおも殺気を抑えず、ハヌが応答を求める。それに対し、すっ、と割と真剣味を帯びた構えを取りながら、ジェクトさんが頷いた。
「――ああ、はいはい、わかった。わかった、わかりましたよ、小竜姫。これでいいんだろ?」
今にも冷汗を流しそうな、少し引き攣った顔で了承したジェクトさんに、ハヌが厳かに、ふぅ、と溜息を一つ。
「……その適当な返事の仕方は気に喰わぬが……よかろう。許してつかわす。以後、気を付けよ」
そう告げて、全身から迸っていた鋭気と護符水晶に籠めた術力をやわらげる。ようやく周囲に満ちていた緊迫感が薄れ、一番の味方であるはずの僕ですらほっと安堵し、思わず内心で胸を撫で下ろした。
と、ジェクトさんと目が合う。
「「――――」」
その瞬間、お互いの目線だけで様々な情報を交換したような手応えがあって、ふとジェクトさんの瞳が柔らかく微笑んだ気がした。
――なんというか、お前さんも大変だな……?
気のせいかもしれないけど、垂れ気味の青い瞳がそう言っているような気がしたのだった。
「――まったく、女を怖ぇと思ったのはヴィリーの姐さん以来だな。くわばらくわばら……」
そう言って目を伏せるや否や――なんとジェクトさんの姿が、すうっ、と幽霊のごとく透き通り始めたではないか。
「そんじゃ俺は失礼するぜ、小竜姫、少年。お前さんらは気にせず休憩を続けてくれ。ああ、でも三十分以上何もしないとブルーフリーズって大硬直があるからな。それには気を付けてくれよ?」
信じがたいことに、術式を使っている様子はない。ジェクトさんの〝SEAL〟がまったく励起していないからだ。
だというのに、ジェクトさんの薄まった姿は徐々に透明度を増していき、僕達の見ている前で彼は消えようとしていた。目の前の現実が上手く受け止められない。
「……ん? いや、待てよ? こうして敵同士、争わずに一緒にいればブルーフリーズは半永久的に免れるんじゃないのか? うーん……でも、流石にそんなうまい話はないか。どうせこっそり監視されているんだろうしな、今も」
独り言のようにブツブツ言っている内に、とうとうジェクトさんの姿が大気に溶けるようにして消失してしまった。僕もハヌも信じがたい思いで目を見張るけど、影も形もすっかりなくなってしまっている。
「ま、一応、後でまた運営にメッセージしてみるか。どうせ予想通りの返答だろうが……」
終いにはその声までも緩やかに小さくなり、フェードアウトしていく。同様に、呼吸や衣擦れなどの音も薄れて、ジェクトさんの気配そのものが消えていき――
「…………」
完全に消えた。
さっきまでそこにいたジェクトさんは幻か何かだったのではないか。このまま、僕達の記憶からも消え失せてしまうのではないか――そう思うほど、鮮やかに。
「消え……ちゃった……?」
虚空に向かって、僕は呆然と呟く。
何かしらの行動でいったん僕らの意識の外へ出て、それから姿をくらましたというなら、わからないでもない。でも、目の前だ。手は届かないまでも、立ち上がって少し歩けば触れられるぐらいの近距離だったのだ。
そんな間合いで、ジェクトさんは隠形術によって姿をくらましてしまっていた。いまや、まだそこにいるのか、それともとっくに立ち去っているのか、それすらもわからない。
「……妾は不愉快なことを思い出したぞ、ラト」
「えっ?」
出し抜けにハヌが不満げに唸ったかと思うと、彼女はまたしても怒りに満ちた声で呟く。
「ああして身を隠すような奴ばらに、妾は攫われたのじゃ。あなうらめしや……余計なことを思い出させよって……!」
苦虫を噛み潰したようなハヌの声に、僕も記憶野を刺激された。爆発的に思い出す。
――ヤザエモン・キッド。
あのハウエル・ロバーツを主と呼ぶ、黒尽くめの男。頭の天辺から足の爪先までを黒装束に包み、唯一露出している目元ですら真っ黒に染めた得体の知れない人物。
奴こそはハヌを人質に取り、指示に従わなければこの場で自爆して諸共に死ぬと、僕を脅迫した『探検者狩り』が一人。
「……っ……!?」
ふと脳裏に蘇った情景に、当時味わった苦渋が口の中いっぱいに広がった。忘れていたドス黒い炎熱が再び燻りだし、肋骨の内側をジリジリと焼き始める。
そうだ。僕もよく覚えている。今の今までこの感情を失念していたのは、多分こんなものを抱き続けていては魂が焼き切れてしまうからだ。本能的に、そういった防衛機構が働いたのだろう。
でも、もう思い出してしまった。情報ではなく、体感として。あの骨身に染みた、マグマのごとくドロドロとした憎悪の感覚を。
僕が近くに居ながら、みすみすハヌを連れ去られた――その屈辱、その悔しさは、今でも言葉にならない。
「……うん……そういえば、そうだったね……僕も、思い出しちゃったよ……はは……」
努めて明るく、冗談めかしてハヌに同意しようとしたけれど、声の底が震えるのはどうしようも出来なかった。
思い返してみれば、ハウエルとは一応、激闘の末に決着をつけた――ということにはなるのだろう。
けれど、ヤザエモンとのそれは、未だ手付かずのままだ。
あの時の戦いで、ヤザエモンは僕の攻撃を防御術式によって受け止め、完全に封殺した。
言い換えれば、奴の防御の前に僕は手も足も出なかった、とも言える。
つまり――僕はまだ、奴に勝っていない。
喉元でひりつくような溜飲は、まだ下がってはいないのだ。
「…………」
次に会ったときは――そんな思考が頭の中を占める。
あいつがもし『黒』のチームだったら、また似たようなことを仕掛けてくるかもしれない。一度あることは二度あるし、二度あることは三度ある。
――だったらその時は、今度こそ絶対に……!
「――というわけでじゃ、ラト。妾達には気分転換が必要だとは思わぬか?」
「……えっ?」
決意の炎を胸の奥で燃やしていると、ハヌが一転して明るい声を出した。虚を突かれた僕は、思わず素っ頓狂な聞き返しをしてしまう。
見るとハヌがこちらを見上げ、くふ、と笑っていた。
「おぬしのHPとやらも回復せねばならぬ。ここはひとつ、甘いものでも食べて気分転換といこうではないか。のう?」
ニコニコと微笑むハヌは、詰まるところ先程露見したばかりの僕の所有する非常食――フルーツの缶詰を所望しているようであった。
「……あー……」
さっきの不機嫌な態度は演技だったのか、それとも天然なのか。見事にのせられてしまった僕には、イエス以外の選択肢はなく。
「おぬしも疲れたであろう? 妾も少々疲れた。新たに動くには癒やしが必要じゃ。そうであろう?」
けれども、ハヌは決して直裁的にではなく、婉曲な言い方ばかりをする。
それがなんだかおかしくて、僕もとうとう口元を綻ばせてしまった。
「……うん、そうだね。じゃあハヌ、みかんとパイナップルの缶なら、どっちの方がいい?」
「――なん……じゃと……!?」
軽く頷きつつ、同時にハヌにとっては究極の選択になるであろう二択を突きつけて、僕は、あは、と笑った。
■
結局、ハヌは悩みに悩んだ挙げ句にパイナップルを選択した。まるで最後の晩餐を選ぶかのごとき懊悩っぷりであったことだけ、明記しておく。
待ちかねた甘味――とはいえ、今回は僕のHPを回復させるという名目がある。それ故、いつもなら大半をハヌに譲ってあげるところだけど、今日ばかりは綺麗に半分こにした。
どういう理屈かはわからないが、缶詰に封入されていたパイナップルのスライスを半分ほど平らげただけで、HPが三ゲージほど回復した。
それから乾パンを三つほどかじり、水を飲むとさらに二ゲージほど増加し、僕のHPはほぼ全快と言ってもよい状態にまで回復した。
HP:■■■■■■■■
MP:■■■■■■■■■■
なお、時間が経過したおかげでMPも回復し、最大値へと達している。これなら再び戦いに身を投じても問題ないはずだ。
「……これからどうしよっか?」
ハヌは僕より食べるのが遅い。使い捨てスプーンを手に、まだコッフェルに分けたパイナップルと戦っていたハヌに、僕はそれとなく問いを投げてみる。
下駄を脱いでクッションの上で正座し、レジャーシートの上に展開させた短足テーブルの前でご満悦の顔をしていたハヌは、けれど僕の問いかけに【はた】と我に返った。
「……うむ。先程の奴……確かジェクトとか言ったかの? あやつの言う通り、三十分ほど何もしなければブルーフリーズとやらが発動してしまうからの。妾達も頃合いを見て戦場へ赴かねばなるまい」
ほっぺたが落ちそうなほど緩んでいた表情を一瞬で引き締め、ハヌは冷静な意見を口にする。
そうなのだ。例え戦場から離れ、こうして潜伏することに成功したとしても、ゲームが始まる直前にエイジャが制定したルール『ブルーフリーズ』がある。これがひとたび発動すると、十分間は身動きが取れず、何も出来なくなってしまうのだ。
無論、たとえ硬直していてもそのまま隠れおおせるのならば問題はない。しかし、このゲームには『サーチ』のマジックがある。それによって『黒』チームの誰かに居場所を特定され、発見されたらその時点でおしまいなのだ。
よって、僕達もうかうかしてはいられない。
ジェクトさんのおかげで、ゲームの隠しルールの大部分が判明した。今度こそは、先刻の乱戦のような無様は見せられない。僕達二人の力を有効に使って、戦況を有利に持って行かなければならないのだ。
しかし――
「……でも、気になるよね。ジェクトさんの言っていたこと」
「うむ、業腹じゃが、確かにの」
僕の懸念に、ハヌが同意する。
なんだかんだ言って、ジェクトさんの言っていたことは無視できない。
このゲームによってエイジャが何を目論んでいるのか。その目的とは一体何なのか。
それさえわかれば、盲目的にゲームに注力する必要はなくなる。エイジャが狙っていることが判明すれば、ジェクトさんの言っていた『本当の攻略法』が見えてくるはずなのだ。
とはいえ。
「……ただ、とっかかりが何もないんだよね……」
カレルさんが僕達に何も語らなかったのは、あるいは確信に至る材料が少なすぎたからかもしれない。ただの直感というのであれば、それは皆の心を無駄に乱すだけになる。どちらかと言えばマイナス要因だ。
だから多分、ジェクトさんにだけ例外的な指令を下したのは、その確信を得るためなのだろう。
「さよう。ジェクトめの言う通り、エイジャとやらに何かしらの【裏】があるのは間違いあるまい。じゃが、ゲームはまだ始まったばかりじゃ。手掛かりは無きに等しいのう」
コッフェルに残ったパイナップルの最後の一切れをフォークに刺し、ハヌはあーんと口を大きく開いて迎え入れる。締めの一口としてやや大きめのを敢えて残していたらしい。咀嚼音を鳴らしながら、またしても目尻を下げて口元を綻ばせ、果肉から迸る爽やかな甘みを堪能する。「ん~……!」と嬉しそうな声をこぼすハヌは、まるで夢見心地の表情をしていた。
やがて、こくん、と細い喉を鳴らしてパイナップルを嚥下すると、僕の親友は表情を改め、
「じゃが、妾らのするべきことは明確じゃぞ?」
「と、言うと……?」
どこか不敵な笑みを浮かべるハヌに、僕は少々不安になりつつ聞き返す。すると、
「決まっておろう。敵を殲滅するのじゃ」
さも当然のごとく、ハヌはそう言い切った。そのままコッフェルの縁に唇をつけ、くいーっ、とシロップを呷る。
ぷはっ、と満足げに嘆息したハヌは蒼と金のヘテロクロミアを好戦的に釣り上げ、くふ、と笑った。
「カレルめは配下の者共を使って集団戦を目論んでおるはずじゃ。ならばの、妾達はその逆をやってやろうではないか」
「ぎゃ、逆?」
「さよう、〝各個撃破〟じゃ! ラトは元より、妾もこやつを使えば白組でも随一の機動力を発揮できる。これを活かさぬ手はなかろう」
こやつ、とハヌが掲げるのは正天霊符の扇子型リモコン。どうやら『酉の式』による飛行のことを言っているらしい。
「ちょうど二人組なのじゃ。交互に『まじっく』とやらを使って敵の居場所を特定し、頭上から強襲してやろうではないか。やり口は何でもよい。妾の術で一網打尽にしてもよし、ラトが単身で突入して大暴れするもよし、じゃ。安心せよ、ラト。いつも言っておろう?」
鈴を転がすような可愛らしい声で剣呑すぎることを言いながら、ハヌは茶目っ気たっぷりの目付きで僕を見つめる。そして、
「妾とラトが揃えば〝無敵〟じゃ。何も恐れるものなどない」
にっこり、と満面の笑顔で、キッパリと断言した。
「――――」
そんな風に自信満々で言われてしまったら、僕に『NO』を言う選択肢などあるわけがないわけで。
「何をするにせよ、まずは邪魔者を排除しておかねばな。とにかく手当たり次第に敵を叩きのめすのじゃ。さすればジェクトめが言っておった『攻略法』とやらを調べる余裕もできよう」
出かける前にちょっと部屋の片づけを、ぐらいのテンションでハヌが言うものだから、
「じゃ、じゃあ、優先目標はとりあえず『探検者狩り』の人達ってことで、どう……?」
と、僕は思わず折衷案を出していた。
先程ジェクトさんが言っていた通り、僕達『BVJ』とヴィリーさん達『蒼き紅炎の騎士団』の同士討ちこそがエイジャの狙いだとしたら、それに乗るのは愚策もいいところである。
でも、ハウエル達『探検者狩り』であれば、もとより敵同士。手心を加える理由も必要もない。
僕の提案にハヌは頷き、
「うむ、それが最善じゃの。あやつらに関しては『白』だの『黒』だのは関係あるまい。有象無象はまとめて消し飛ばしてくれる」
胸を張って、むふー、と鼻息も荒く宣言する。つい先刻ちいさく丸まって泣いていた女の子はどこへ行ってしまったのか。どうやらフルーツのシロップ漬けを摂取したことで気力が充実し、戦意がかつてないほど昂揚しているようだ。
実にハヌらしい。
「えっと……僕達が北側からスタートで、あっちは南側からのスタート……それで僕達の現在地が今ここだから……」
いつの間にやらアップデートされていた専用アプリ『Lコンシェルジュ』の地図機能を立ち上げ、白い光点の相対位置を確認する。現在地は先程エイジャが表示させたもので確認済みなので、見るべきは主に南側の光点のばらつき具合だ。
エイジャの話によると、この表示は現時点から十分前の情報だという。とはいえ、この浮遊大島は決して狭くない。十分で北エリアから『探検者狩り』達がいる南エリアまで移動するのは、それこそハヌの〝酉の式〟みたいな飛行手段でもなければ難しい。
いや、確かヴィリーさんには一応飛行で移動する手段があるはずだけど、あの人は僕達側の『白』チームのリーダーと言っていい存在だ。単独行動はするまい。
であれば、やはり大島の南側に固まっているのは『探検者狩り』側の『白』チームと見て間違いないだろう。
「――一番近い集団がこれだね。このあたりから攻めてみる、ハヌ?」
「じゃな。余計な小細工など必要ない。ねじ伏せるぞ、ラト」
僕達の現在位置から一番近い『白』の集団を指差すと、ハヌは一も二もなく頷いた。色違いの瞳を星屑を散りばめさせたみたいにキラキラ輝かせて、早く戦いたくてウズウズしているのが丸わかりである。
ともあれ話はまとまった。『サーチ』を使うのはハヌの〝酉の式〟で目的地付近まで移動してからでいいだろう。僕はごみの片付けやクッション、レジャーシートの収納を行い、素早く身支度を整える。
休憩は終わりだ。
ここからは仕切り直し。
第二ラウンドである。
疲労状態から完全に復活したハヌは、両手を腰に当て堂々と胸を張り、高らかにこう宣言した。
「ゆくぞ! これより妾達の反撃の始まりじゃ!」
いつもお読みいただきありがとうございます。
今回の更新で、総文字数が【200万】を超えました。
これもいつも応援してくださっている皆様のおかげです。
これからもどうぞよろしくお願いします。




