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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第五章 正真正銘、今日から君がオレの〝ご主人様〟だ。どうぞ今後ともよろしく

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●17 冥府の神獣








 一号氏と二番氏、そして三等氏との兄弟対決、および女王イザナミとの戦いの様子は、僕も『女王の間』の各所に飛ばした〈イーグルアイ〉でリアルタイムに把握していた。


 勿論、目の前にいるハウエルをどうにかするのが先決だったため、僅かな意識しか割いてはいなかったけれど、やはり衝撃的な光景であったことは否めない。


 浮遊島の地下奥深く――『女王の間』で勃発した戦闘は、もはや神話的ですらあった。


 武器を手にその身を躍らせるは三体の巨人。


 高らかに咆哮を上げ炎の四翼を広げるは神の獣。


 まず双方のサイズからして人類とは桁違いだ。


 巨人が足を一歩踏み出すだけで地が揺れる。


 神獣が翼を羽ばたかせるだけで鉄をも溶かす炎が空間を埋め尽くす。


 矮小な人間など近付くどころか、遠目に見ることすら叶わないだろう。一般人がこの凄絶なる戦闘を直視できる距離にいたならば、例外なくその者は、いずれ戦いの余波を受けて死んでしまうに違いない。


 見れば死ぬ――これはそういう戦いだった。


 伝説に謳われる『神々の黄昏(ラグナロク)』とは、あるいはこういうものだったのかもしれない。




『いくぜいくぜいくぜいくぜいくぜいくぜぇぇえええええええええええッッ!!』


 まず白と赤の刀身を持つ剣を携え、疾風迅雷の勢いで飛び出したのは、この場における僕の最大の味方――一号氏だった。武者装束に身を包んだ朱色の巨体を一個の砲弾と化し、これまた巨大な火柱から姿を現したイザナミに向けて突撃する。


 速い。


 誰よりも真っ先に動き出した一号氏は、しかし二番氏や三等氏には目もくれず、黒豹の女王めがけて一直線に突き進む。


 さもありなん。この時、二番氏と三等氏は僕の奇襲を受けて足止めされている頃だ。彼の進撃を邪魔する者など誰一人として存在しない。


 故に、イザナミに初撃を叩き込む栄誉は一号氏のものとなった。


『今日こそおめぇの命日だゴルァアアアアアアアアアアアッッ!!』


 いかにも三下としか思えないような喊声かんせいを上げて、駆ける一号氏は紅白剣を大上段に振り上げた。


 斬りかかるは女王イザナミの、向かって左側の脚。


 だが当然、イザナミに無抵抗のまま刃を受ける道理などありはしない。


『GGGGGGGYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAARRRRRRR――!!』


 一号氏の〝巨人態ギガンティック〟と比較してなお巨大な黒豹は、頭を低くして甲高い電子音で荒々しく唸る。続けて爛々と輝く水色の瞳を一号氏に向け、鋭い牙の生えた顎を大きく開いた。赤黒い口腔内が露わになる。


 次の瞬間、イザナミの喉奥から真紅の猛火が溢れ出した。


 地中にて活火山のエネルギーを吸収していただけあって、その体内には膨大なカロリーが貯蓄されているのだろう。女王はこの時、それを惜しみなく吐き出した。


 決河の勢いで火炎流が走る。それは瞬く間に一号氏の全身を呑み込み、岩肌の地面を真っ赤に染め、【どろり】と融解させていく。


 常識的に考えれば、アレの直撃を受けて生きていられる生物などまず存在するまい。しかし――


「■■■■■■■■■■――――――――!!!」


『チェストォオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』


 一号氏が雄叫びが、なんと劫火の中から迸った。轟音にしか聞こえない肉声と、通信回線を介した念話とが重なって。


 次いで、斬撃音。


 炎を巻き、そして切り裂いた紅白剣が、見事イザナミの左足に喰らい付いたのだ。炎の幕を貫いて、青白いフォトン・ブラッドが瀑布の飛沫がごとく噴き上がる。


『KKKKKKKKKYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAARRRRRRRR――!?』


 痛覚エンジンの作用によって女王が悲鳴を上げた。これによって火炎放射の流れが止まり、消えゆく焔の中から再び一号氏の姿が現れる。


 なんと無傷。


 おそらく身に着けている武者装束に特殊な加護が施されていたのだろう。炎を退ける不可視の力場があるらしく、地面を溶かす猛火は一号氏に触れることすらできず、むなしく受け流されていた。


『まだまだまだまだぁっ!! ここからだぜクソ女王よぉぉおおおおおおおおッッ!!』


 叫ぶ一号氏の肌にライムグリーンの光が走った。朱色の体表を幾何学模様を描きながら広がるのは、フォトン・ブラッドの煌めき。


「■■■■■■――――――――!」


『ドララララララララララララララララァッ!!』


 凄まじい連打ラッシュが始まった。


 全身の〝SEAL〟を励起させた一号氏は、剣術式か何かを使ったのかもしれない。ライムグリーンの輝きが両手に握った紅白剣まで伝播し、術式のアシストを受けた彼はとんでもないスピードで女王の左足に斬撃の嵐を叩き込んでいく。


 僕が知っている剣術式で言えば〈レイジストーム〉というものが近いだろうか。憤怒レイジと名前にある通り、怒り狂ったように両手剣を十六回連続で叩き付ける、まさに狂戦士ベルセルクよろしくの攻撃的術式だ。


 黄緑の残光が常識離れした速度で尾を引き、文目を描く。女王の漆黒の巨腕が切り刻まれ、果汁のごとく青白いフォトン・ブラッドを撒き散らした。


『GGGGGGGGGYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAARRRRRRRR――!?』


 だが、イザナミも伊達に女王とは呼ばれていない。あれだけの強乱打を受けながら、それでも大木のような足はビクともせず、しかと地面を踏みしめている。芯がしっかり通っているのだ。


 故にフォトン・ブラッドと同じ色に光り輝くイザナミの双眸は、むしろそこに宿る戦意を猛烈に高めていた。


『KKKKKKKYYYYYYYYYAAAAAAAARRRRRRRRYYYYYYYY――!!』


 イザナミが吼える。盛大に斬りつけられているのとは逆の前足を持ち上げたかと思うと、次の瞬間にはビンタよろしく一号氏を横殴りにする。


 目にも止まらぬスピードだった。一号氏の剣速もかなりのものだったが、こちらはそれ以上だった。


『――ごわっはぁあああああああああああッッ!?』


 猫がネズミを叩き飛ばすような、そんな無造作な攻撃だった。一号氏はそれをまともに受けてしまった。かねきにも似た真横からの一撃を左半身に受け、おもちゃの人形みたいに吹き飛ぶ。


 相対的なサイズで考えれば、僕がヒグマに殴られたようなものだ。あるいは、大人が子供を殴ったと考えてもいい。大きく宙を飛んだ一号氏は一回転してから地面に激突し、押し付けられた慣性を消費しきるまで派手に転がり続ける。


 だが。


『――だらっしゃぁああああっ!! ナメんなゴルァアアアアアアッ!!』


 上下逆さまの状態で空中を吹っ飛んでいる最中に片手を伸ばし、強靭な五指を地面に突き立てた。ガリガリと岩肌を削りながらブレーキをかけ、姿勢を制御する。ある程度勢いが減じたところで片手逆立ち状態から両足を地面に下し、まるでクラウティングスタートみたいな恰好になった。


『この程度で俺様をヤれると思うなよクソがぁアアアアアアアアッ!』


 爆発的な瞬発力。ハンマーを地面に叩き付けたような音と揺れが巻き起こり、それこそ撃ち出された砲弾よろしく一号氏は再び女王に特攻を仕掛ける。


 だがその頃にはもう、奇襲を仕掛けた僕はハウエルに押さえ込まれ、二番氏と三等氏が体勢を立て直している頃合いだった。


「 ■■■■■ ■■■■■■■■ 」


『 あらいやん お待ちになってぇ 』


 次の瞬間、奇妙な〝声〟が空間内に響いた。


 何者かと誰何するまでもない。しなを作ったような媚びが前面に出た、男性の声。


 一号氏から前もって聞かされていた、二番氏の〝口〟の力である。


『ぐぬっ――!?』


 目に見えない言霊が、戦車のごとく驀進する一号氏の四肢に絡みついた。ほんの一瞬だけ朱色の〝巨人態〟の動作が硬直し、リズムが乱れる。しかし、


『――ふんっ!!』


 一号氏は力尽くで振りほどいた。不可視の力が引きちぎられ、霧散する。


 だが、二番氏にとってはその一瞬の隙だけで充分だったのだろう。


『ダメよ兄さん、抜け駆けしちゃうだなんて♪』


 気が抜けるほど軽い念と共に繰り出されたのは、しかし容赦のない槍の一撃。大気の壁を突き破りながら放たれた穂先が、走る一号氏の右横から喉元を狙う。


『――!?』


 さっきの〝声〟による拘束さえなければ、切っ先が届くより早く一号氏はその場を通り過ぎ、再びイザナミに突っかかることも出来ただろう。だが、一瞬の硬直が明暗を分けた。


『――チィッ!』


 悔しそうに舌打ちをして、一号氏が回避運動に入る。走りながら重心を後ろへ落とし、喉を反らせて大きくスウェーバック。まるでリンボーダンスのように突き出された槍の下を潜り抜けた。


『――シャアァツッ見たかオラァッ!』


 だが、一号氏はなおも諦めない。二番氏の槍を躱した直後、それでも女王に向かって足を進めようとして、


 銃声。


『――ええぃクソがッ!』


 連続する発砲音に一号氏の体が大きく躍る。地面に身を投げ打つようにして横っ飛び。一瞬遅れて、先程まで一号氏の体があった空間を無数の銃弾――と言っても人間から見れば砲弾よりなお大きい――が高速で通り抜けていく。


 三等氏の射撃である。


『んっふっふっふぅーっ! 僕様ちゃん達を出し抜こうなんて甘いよぉ、あんちゃん! ちゃんと正々堂々勝負しないとさぁー!』


 末っ子の三等氏が構えるは、二丁の拳銃。左右の銃口から交代で弾丸を吐き出したのである。


 驚くことなかれ、拳銃は拳銃でも三等氏のそれは一味違う。なんと、【両手そのものが拳銃に変化している】のだ。


 おそらくは〝巨人態〟の応用だろう。あの巨人の肉体は、正確に言えば本体ではなく、あくまでも仮の姿。巨大ロボットと言い換えても過言ではない。ただでさえ体のあちこちから関節や骨が突き出しているのだ。両手を銃に変形させることぐらいわけないはずだ。ちなみに撃ち出している弾丸は、どうも丸く削った岩にライムグリーンのフォトン・ブラッドをコーティングしたものを使用しているらしい。


『クソァ二番と三等テメェ! いつもいつも俺様の邪魔ばっかしやがってぇええええええええっ! 今日こそぶっ殺してやるぞゴルァアアアアアアアアアアアッッ!!』


 ともかく、一号氏による女王への攻勢はこれで完全に途切れてしまった。一号氏はすっかりその場に足を止めざるを得ず、二番氏および三等氏と交戦状態に入る。


 そこからはもう、【しっちゃかめっちゃか】と言う他なかった。


 何せ三者三様な巨人の戦いである。


 一人は剣、一人は槍、一人は拳銃。


 それぞれ違う得物を手にした赤、青、緑の三兄弟は、主目的であるはずの女王イザナミを前にしながら、それを蔑ろにするかのようにお互いを牽制し合う。


 赤鬼は剣を握って駆け回り、青鬼は不思議な声と軽妙な槍捌きで踊るように立ち回り、緑鬼はとにかく両手の拳銃を乱発して転がり回る。


 しかも彼らのサイズがサイズだ。十五メルトルもの巨体が三人も揃って飛んだり跳ねたりしているのだ。こんな小さな浮遊島では、ダイレクトに影響が出てしまう。


 ここで、僕はようやく気付いた。


 昨日の地震。突如、足下から衝き上がるように生じたあの衝撃。


 【これが原因だったのか】――と。


 一号氏は言っていた。毎日のようにここで戦っている、と。


 どうしてすぐ気が付かなかったのだろうか。浮遊島の内部にこれだけ巨大な生物が棲息していたのだ。あれほどの激震の原因など、もはや考えるまでもあるまいに。


 とはいえ、である。


 一体誰が想像できようか。どことも知れぬ空に浮かぶ小さな島。その内部には巨人の三兄弟と、冥府に君臨する怪物――根の国の女王イザナミがいて、それらが毎日のように相争っているなどと。


 彼らが日課のように戦っていたというのであれば、森に住む動物達が慣れた様子だったのも頷ける。今回のように決まった時間に相対しては、泥仕合になって撤退するのを繰り返していたのだろう。


 それにしても、この激しさは何だ。人類のサイズをただ十倍近くにしただけで、こんなことになるものだろうか。


 巨人三兄妹は剣術式やら槍術式やらを連発しては地面を抉りまくり、女王のイザナミはイザナミで、猛火を吐いたり大きく広げた炎の四翼から羽根型の火炎弾を撃ち出したりして、とにかく大暴れである。


 実際、二番氏と三等氏のタッグを援護するために戦場に留まっているだろうヤザエモンも、あまりの激しさに迂闊に手を出せないでいた。三等氏の兜の上に張り付いたまま、指をくわえて戦況を眺めているだけである。


 だが、それは僕にとってはありがたい話だった。ハウエルとの戦闘で大分時間をロスしてしまったが、今ならまだ遅れを取り返せる。


 ――と思った矢先だった。


 一号氏と、二番氏&三等氏のタッグが互いを牽制しつつ、合間を見てイザナミへの攻撃を放ち、それに対して炎翼の黒豹が反撃するというルーチンが出来上がってきた頃、唐突にヤザエモンが動いた。


 頭から爪先まで黒尽くめの男は、なにやら両手で印を組み、ぼそり、と起動音声を唱える。


「――〈シャドウエンカンブランス〉」


 十本の指を複雑に絡ませた両手に、褐色に光る術式アイコンが浮かび上がる。


 初めて見るアイコンだ。何を意味しているのかよくわからない意匠が消失するのと同時、三等氏の兜の隙間に蹲っているヤザエモンの体から【何か】が滑り出た。


 その【何か】とは――黒い人影。そうとしか言えないものだった。


 人の形をしている、しかし黒い塊。最初はヤザエモンが分身したのかと思ったが、そうではない。奴は目元以外が真っ黒だが、術式によって出現したそいつは、全身がまるごと漆黒に塗り潰されている。


 そう。【アレ】には目がないのだ。


 ヤザエモンの術式の発動は一度では終わらなかった。


「〈シャドウエンカンブランス〉、〈シャドウエンカンブランス〉、〈シャドウエンカンブランス〉」


 都合四回の連続発動。これにより、黒い人型は四体にまで増殖する。


 あるいは僕がよく使う〈ミラージュシェイド〉や〈リキッドパペット〉のようなデコイ術式かもと思ったが、どうやら違う。本体と比べて明らかな差異があるものは、囮としては二流もいいところだ。


 それに自分で言うのも何だが、複数の術式を同時に操作するのはとても難しい。我ながら変態的な術式制御能力があってこそ、ヘラクレスやシグロスとの戦いで用いた攪乱戦法は活きるのである。


 となれば、考えられる可能性は少ない。あの黒い人型は術者がいちいち操作するものではなく、おそらくは自動で動くもの。事前に簡単な命令やアルゴリズムを仕込むことは可能だろうから、半自律型かもしれない。だが、その目的、用途は何だ?


 やがてヤザエモンが動いた。両手で組んだ印を変化させ、目を閉じる。今も激しく動き回りながら銃弾を撃ちまくる――聞いていた通り、まさに〝トリガーハッピー〟だ――三等氏の頭の上にいながらも、深い集中状態に入る。


 すると、黒い人型に変化が現れた。人間の形をしていたそれらは、しかし【どろり】と溶けるように形を崩し、粘度の高い液体と化した。コールタールのようになった〈シャドウエンカンブランス〉は、そのまま滑るようにして兜の表面を滑り、三等氏の体を伝って地面へ降りていく。


 速い。


 四つの影にしか見えないそれらはあっという間に三等氏の肉体を滑り落ち、地面へと至る。そこで僕は奴らを見失った。


 なにせ溶岩の赤しか灯りのない空間である。影のような塊は、本物の影に混じることで見分けがつかなくなってしまった。


 何かの罠の仕込みか。それとも――


 と、その時だった。


『――ぬぉおおおおおおっ!? なんじゃこりゃぁああああああああっ!?』


 一号氏の悲鳴が上がった。見ると、二番氏と切り結んでいた彼が両手で顔を覆い、慌てて後退しているところだった。


 その驚愕の理由は見ただけでわかった。なんと、先程ヤザエモンが放った〈シャドウエンカンブランス〉が一号氏の両眼を覆っていたのだ。彼の異能である『月夜見』の炎を粘土で押し潰すように、黒い影の塊がアメーバのごとく蠢きながら広がっている。片目につき二体ずつ、四体がかりで視界を奪おうというのだ。


 当然、それは大きな隙となった。


『ナイスプレーよ神使様ぁん! それじゃ三等君はそのまま兄さんをお願いね、私様は女王様と遊んでくるから♪』


『おっけぇー! ヤっちゃってよ二番ちゃーん!』


 一号氏を無力化できたと確信した二番氏が、とうとう女王退治に本腰を入れる。後を任された三等氏は、両手の拳銃の形状を短機関銃に変え、さらに連射機能を向上させた。


『あだっ!? あだだだだだだだだだだだだッ!?』


 銃弾の雨あられが一号氏へ殺到する。砲撃の嵐と言っても過言でもないもの受けておきながら、悲鳴がやや間が抜けているようにも思えるが、しかしダメージはしっかり彼の〝巨人態〟に刻まれている。あちこちに穴が空き、蜂の巣へと変わっていく。


『こンの――ふぬっ! ぐぬぁ……!! ぉおおおおおおおおおおおおッッ!?』


 三等氏の銃撃を受けてタップダンスを踊るようにしながら、一号氏は目元を擦ったり頭を振ったりするのだが、ヤザエモンの〈シャドウエンカンブランス〉は一向に剥がれる気配がない。


 やがて苛立ちが頂点に達したのか、一号氏はなんとその場で足を止め、腰を落とし、盛大な雄叫びを上げ始めた。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!!」


『ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああ――――――――ッッッ!!!』


 大気が鳴動する。マグマから立ち上る蜃気楼ですら揺らめく。それほどの気合いの声に、一号氏の両目に灯った青白い炎もまたその勢いを増した。


 刹那、赤鬼の双眸から角のような火柱が伸び上がり、纏わりついていた〈シャドウエンカンブランス〉を一気に焼き払った。


『――ッシャアオラァッ! これで見えるようになったぞクソがぁッ!』


 驚愕を禁じ得ない、それは常識はずれの力技であった。確かに術式と異能とでは『現実を改竄する』という意味では同質のものではあるし、互いに干渉し合うことも可能とは思われる。だけど今のは明らかに論理がどうこうではなく、どう考えても【気合いだけでなんとかした】ようにしか見えず、いかにも『無理を通せば道理が引っ込む』的事象の一つだった。


 当然、激しい無茶には反動が付き物なわけで。


『あっはははははー! 僕様ちゃん、あんちゃんのそういうところ大好きだなー! もっとやってもっともっとー!』


 軽快に笑いながらも決して銃撃の手を緩めない三等氏は、緑色の体表に、一号氏と同じライムグリーンの輝紋を浮かび上がらせる。ここまでの戦闘を見るに、どうやら兄弟三人のフォトン・ブラッドはまったくの同色らしい。朱色の一号氏と青色の二番氏に比べて、緑の皮膚を持つ三等氏は〝SEAL〟を励起させても違いがわかりにくい。血の色は人種を選ばない、とはいつの偉人の言葉だっただろうか。まさにである。


 ともあれ自身の〝SEAL〟を活性化させた三等氏の両腕が、更なる変化を始めた。両手の短機関銃を横に並べると、軟体生物のように形が崩れ、二つが一つに融合する。腕二本分の質量を使って、新たに一つの銃器を作ろうというのだ。


 否、変形するのは両腕だけではない。三等氏の腰の後ろあたりからも尻尾のようなものが生え出た。それはスルスルと伸長し、地面へ触れた途端、生きた蛇のようにのたくり始める。どこへ向かうのかと思えば、地面の隙間から煌々と赤い光を放つ――溶岩帯へ。


『三等テメェこのクソ弟がぁあああああああッ! 待ってろよ今すぐその首をチョン切って本体を溶岩の海に沈めてやるァ!!』


 こんな戦いの最中に言うのも何だが、一号氏の言動はひどく物騒だ。無論、るかられるかという状況なのだから、熱くなった頭からはこの程度の言葉ぐらい出てきても別段不思議ではないのだけど。


 とはいえ、それにしても、である。


 あるいは、相対する二番氏と三等氏の振る舞いがむしろ軽すぎるのかもしれない。あちらはあちらで、殺し合いの場としては微妙にそぐわない態度が目につく。言っては何だが、兄弟とはいえ敵同士なのだ。だというのに二番氏は一号氏を『兄さん』と呼び、三等氏は『あんちゃん』と呼称している。一号氏は『カマ野郎』『クソ弟』と罵倒しているにも関わらず、だ。これは一体どういうことなのだろうか?


 相対的に見れば、それこそ溶岩と氷ぐらいの温度差があるではないか。


 彼ら各々の性格の問題だと言えばそうなのかもしれない。二番氏と三等氏はこんな関係にあってなお、長兄である一号氏を慕う優しい心根の持ち主なのかもしれない。その可能性はきっとゼロではないはずだ。


 しかし――


『あははははははー! やーれるもんならぁやーってごらんよぉー! ヒャッホォーゥ!』


 三等氏の両腕が完全に一つとなり、巨大なカノン砲と化した。拳銃や短機関銃よりも重く硬い弾を撃つ形状だ。先程までは岩にフォトン・ブラッドをコーティングしたものを弾丸としていた。だがここからは、明らかに【違うもの】が出てくる――発射する前からそれがわかってしまう。


 戦闘に入る前、三等氏について一号氏はこう語っていた。


『あー、あいつのは得物は銃っつーか……三等本人が銃っつーか……ま、アレだ。【撃てるもんは何でも撃つ】、って感じだな』


 聞いた時は何を言っているのかよくわからなかったけれど、今ならわかる。


 両腕が変形したカノン砲、腰の後ろから伸びた尻尾のような【チューブ】――つまりは【そういうことだ】。


『いっくよぉー! マッグマカノォ――――――――ンッッ!!』


 三等氏の両腕カノンの砲口から、真っ赤に輝く溶岩が発射された。水鉄砲よろしく、水飛沫ならぬ【溶岩飛沫】が勢いよく飛び散る。


 撃てるもんは何でも撃つ――まさにその通りだった。


『それそれそれそれぇ――――――――っ!』


 それだけではない。三等氏はなんと、溶岩を噴射しながら両腕を左右に大きく振り始めたのだ。


 異様な光景だ。通常、銃器というものは銃弾ないし砲弾を使って射撃するもの。つまりは『点』の攻撃だ。しかし溶岩を噴出する三等氏の『マグマカノン』は、いわば水鉄砲や火炎放射器と同じ『線』の攻撃となる。見ようによっては、長大な溶岩の『剣』を振り回しているようなものだった。


『ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!? こんちくしょうがぁああああああああああっ!』


 流石の一号氏も慌てふためき、三等氏から遠ざかるために走り出した。それを追いかけ、三等氏は射角を上方へ向ける。すると噴射される溶岩は山形やまなりの軌跡を描き、射程が伸びる。


 鉱物としての形を保っていられないほどの熱を孕む粘液が、雨のごとく降り注いだ。


『うわちゃっ!? ちゃあっ!? あっづいっ!? だぁああああああああっ!?』


 とはいえ、扇状に範囲が広がれば広がるほど、溶岩が降りかかる密度は薄くなっていく。一号氏はただでさえ穴だらけの〝巨人態〟のあちこちを焼け焦がされながら、けつまろびつもどうにかマグマカノンの射程範囲外へと逃げ延びる。


『くっそが!!! 見てろや三等! この俺様の目で絶対に回避ルートを見極めてぶった切ってやるからなッ!』


 一号氏が振り返り、ぼぼっ、と両目の月夜見を燃え盛らせた瞬間、三等氏の兜に掴まるヤザエモンが再び術式を発動させた。


「〈シャドウエンカンブランス〉、〈シャドウエンカンブランス〉、〈シャドウエンカンブランス〉、〈シャドウエンカンブランス〉……」


 ヤザエモンから分離した黒い人型がどろりと溶け、高速移動。影を伝うようにして顔に纏わりつき、またしても一号氏の視界を奪いにかかる。


『ぐぉおおおおおおおまたこれかぁああああああああっ!! ちっくしょおおおおおお正々堂々と勝負しやがれぇえええええええええクソがぁああああああああああっっ!!』


 両目を手で覆い、ぶんぶん、と頭を振って一号氏は喚き叫ぶ。


 ここまでの戦況を見て、やはり、と言う他なかった。ヤザエモンの介入はイレギュラーではあろうが、遠隔攻撃の術を持たない一号氏が今日までの戦いの中で、今回のように間合いを離され、いいように翻弄されていたであろうことは想像に難くない。


 そう――やはり彼には必要なのだ。瞬時に間合いを詰める術か、あるいは遠間からでも攻撃できる手段が。


 無論、先程も言った通り、一号氏の武装は武者装束に紅白剣が一振りのみ。異能も魔眼『月夜見』だけであり、それ以外の攻撃方法はないに等しい。


 故にこそ。


『――お待たせしました、一号さん! 助太刀します!』


 僕が埋めるのだ。彼の弱点である、その〝穴〟を。


『おお、ベオウルフ様! 待っていたぜコンチクショウ!』


 ハウエルを無力化して急いで駆けつけた僕に、再度その両眼の炎を激化させて〈シャドウエンカンブランス〉を排除した一号氏が喜悦の声を上げる。もちろん、この会話は専用回線ホットラインを介しているので、他の人達には聞こえない。


 戦況は刻一刻と変化している。僕は矢継ぎ早に一号氏に指示を飛ばした。


『ここは僕が受け持ちます! 三等さんとヤザエモンは僕が止めますから、一号さんは女王の方へ行ってください! これで戦力差は崩れるはずですから、二番さんがいても何とかなるはずです! 僕も出来るだけ速くあの二人を片付けて合流しますから!』


 今もなおスカイソルジャーで宙を駆けながらの話に、一瞬だけ一号氏が面食らう気配があった。


『お……おう! わかったぜ! ベオウルフ様! よろしく頼む!』


 おそらく僕が威勢よく指示を出したからだろう。戦いに入る直前まで、僕はハヌを攫われたショックで深く落ち込んでいた。我ながら落差が激しいものだと思わぬでもない。


 だが、今はとにかく戦闘中だ。僕やハウエル、ヤザエモンといった異分子イレギュラーによって巨人三兄弟の均衡は完全に崩れている。一号氏も二番氏も言っていたが、今日こそが決着の日なのだ。


 勝負は時の運。このまま一気に、勝利まで雪崩れ込ませる――!


「――〈ドリルブレイク〉ッ!」


 一号氏が駆け出したのと同時に、僕は未だマグマカノンを構えたままの三等氏へと突っ込んでいった。不可視の力場を蹴っ飛ばし、空中を飛び石のごとく跳ねていく。剣術式を一斉起動させ、双剣に回転衝角を十回重ねでまとわりつかせる。


「〈レイザーストライク〉!」


 すかさず撃ち出した。二本の〈ドリルブレイク〉がミサイルよろしく飛翔する。


『あっ、逃げるなんてズルいよあんちゃ――うわあ何か来たぁっ!?』


 背を向けて女王の下へと走って行く一号氏を追いかけようとした三等氏が、斜め後ろから迫る僕と〈ドリルブレイク〉に気付いた。今度はヤザエモンに顔を蹴られることもなく回避行動に入る。


 緑色の一本角を持つ巨人が身を低め、〈ドリルブレイク〉の射線から逃れる。狙いは彼の頭部にいるヤザエモンだったのもあって、あっさりと回避に成功されてしまう。


 が、これはこれで想定内だ。


「〈ヴァイパーアサルト〉ォォォ!」


 僕は全速力で駆けながらさらに剣術式を発動させ、光刃フォトン・ブレードを生きた蛇のごとく伸長させた。一息に五メルトルもの長さまで伸び上がる刀身。それが届く間合いに入ると、空中で足を止め、一気に双剣を振るう。


「はぁああああああああああああああああああッッ!!」


 閃刃乱舞。鞭のごとくしなる双剣が文目を描き、しゃがみ込んだ三等氏に一斉に襲いかかった。


『えっ、ちょっ、僕様ちゃん接近戦苦手なんですけどぉおおおお!?』


 慌てふためく三等氏は、両腕がカノン砲になっているため防御姿勢すら取れない。無防備な一角鬼に、僕の放った深紫の斬撃が雨のごとく降り注ぐ。


 しかし。


「――〈リパルシブフィールド〉」


 絶妙なタイミングでヤザエモンが術式を発動させた。印を結んだ奴の両手に直径一メルトルほどの褐色のアイコンが浮かび上がり、弾けて消失する。


 現れたのは、褐色に輝くドーム型の盾。


 ちょうど三等氏を斬撃の嵐から守るように展開したそれへ、僕の乱れ打ちが炸裂する。


「――!?」


 凄まじい快音――とはいかなかった。それどころか、僕の斬撃は何の手応えもなく、しかし次々と【軌道をズラされていく】。


 ――なんだ、これは……!?


 受け止められているわけでもなければ、威力を受け流されているわけでもない。


 【ズレている】――そうとしか言い表し様のない感触だった。剣撃が褐色の盾に触れた途端、重力がそちらへ流れているかのごとく刀身が外へと滑る。不思議と違和感や不快感はない。そうなることが当たり前のように、僕の斬撃は【ズレて】三等氏とヤザエモンを避けてしまうのだ。


 ――斥力場か……!


 ヤザエモンが発動させたのは、ロゼさんがよく使う〈グラビトンフィールド〉と似て非なる術式だろう。ロゼさんの〈グラビトンフィールド〉はフィールド内の重力を倍加させるけれど、ヤザエモンの使った〈リパルシブフィールド〉はその逆。重力を増幅させるどころか【反転】させているのだ。故に僕が畳み掛ける斬撃は、そのことごとくがあらぬ軌道を描いて狙いを外してしまう。


 これはおそらく力業では破れまい。


 だったら――!


 僕は乱れ斬りを打ち切り、スカイソルジャーで空中を蹴って横っ飛び。加速コマンドを突っ込んで高速の立体機動に入る。


 ロゼさんの〈クラビトンフィールド〉は術者の全方位を覆うフィールドだが、ヤザエモンの〈リパルシブフィールド〉は一面を覆う盾でしかない。フリムが改良してくれたスカイソルジャーの敏捷性であれば、回り込むなど造作もない。


 空中を跳弾のようにかっ飛んで、僕は褐色のフィールドを迂回する。そうしながら両手の〈リディル〉と〈フロッティ〉をつなぎ合わせ、合体させた。双剣に内蔵されたギンヌンガガップ・プロトコルが稼働し、追加パーツを具現化させる。相互接続した剣柄から、これまでとは比べものにならないほどの光刃が噴出した。


 太極帝剣〈バルムンク〉――いわばフォトン・ブレードによる〈大断刀〉だ。


「〈ドリルブレイク〉ッ!」


 完成した巨人のナイフがごとき大剣に〈ドリルブレイク〉×15を発動。深紫の回転衝角がミルフィーユのごとく積み重なり、猛然と唸りを上げる。


 もはや僕と三等氏、およびヤザエモンとの間に障害はない。相対距離は五メルトル前後。このまま一気に、兜の上にいるヤザエモンを打ち貫く――!


「づぁああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 背中から膨大な量のフォトン・ブラッドが噴出し、僕の全身を加速させる。三等氏の兜から伸びた角に掴まっている黒尽くめの男めがけて、勢いよく突進する。


 十五層にも連なる〈ドリルブレイク〉は巨大だ。人間の体など八つ裂きにして余りある破壊力を持つ。


 それを――


「〈イモータルアブスタクル〉」


「ッ!?」


 ヤザエモンの前面に二メルトルほどの褐色に輝く術式アイコンが浮かび、弾け飛んだ。その刹那、ちょうどヤザエモンの体を覆い隠す程度の六角形型シールドが発生し、僕の重層〈ドリルブレイク〉の先端を受け止める。


 ――ふざけるな。そんなもの、一気に貫いてやる……ッ!


 激音を轟かせて鬩ぎ合う僕の〈ドリルブレイク〉とヤザエモンの〈イモータルアブスタクル〉。接触点から噴水がごとき火花が狂い散る。


「――〈ドリルブレイク〉ッッ!!」


 僕はさらに〈ドリルブレイク〉×15を上乗せ。回転衝角の層が厚みを増し、太さと長さを増す。当然、僕の背中から噴出するフォトン・ブラッドの勢いも倍加した。


「ぬぁああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


 轟音がさらに大きく、散る火花がさらに激しくなる。


 だが貫けない。ヤザエモンの展開させた六角形の術式シールドはビクともしない。破壊力を増した三十連〈ドリルブレイク〉を前に、砕けるどころか一歩も引く様子がなかった。


 ――なんだ、これ……どうなってる……!?


 いくら今の僕が身体強化フィジカルエンハンスの支援術式を使っていないとはいえ、この〈ドリルブレイク〉だって並大抵の威力ではないはずだ。だというのに、この堅牢さは一体何だというのか。


「無駄だ、ベオウルフ。それがしの防御は絶対。どれだけ術式を重ねようが貫くことは不可能だ」


 半透明のシールドの向こうから、死んだ魚のような目をしたヤザエモンが恬淡と告げた。


 その声を聞いた瞬間、為す術なくハヌを連れ去られてしまった時の記憶が蘇り、僕の心臓が真っ赤に燃え上がった。


「――ハヌを返せ……ッ!」


 まず真っ先に飛び出したのが、その言葉だった。僕は狂い咲く火花越しにヤザエモンを睨みつけ、歯を食いしばる。


「あの子はどこにいるっ! 答えろッ!」


 我知らず声を大きくして、僕は奴に怒鳴りつけていた。


「答えないなら、このままお前を――!」


 一体自分のどこからこんな声が出ているのか不思議に思うほど、それは荒んだ声音だった。


 しかし叩き付けるような怒声も、ヤザエモンにとっては微風にすらならなかったらしい。


 真っ黒な穴のような瞳が、じっ、とこちらを見つめてくる。


「眠らせ、三等殿の部屋に置いてきた。心配なら今すぐ迎えに行くといい。この戦場を捨て置いて、な」


 ここに至っては、もはや人質としての価値がなくなったと見たのか。ヤザエモンは素直にハヌの居場所を吐いた。無論、僕が今すぐ彼女を迎えに行けないことを知悉した上で。


 ここで僕が全てをかなぐり捨て、三等氏の部屋へ急行すれば、ハヌの身柄は間違いなく確保できるだろう。しかし、そんなことをしたら一号氏はどうなってしまうのか?


 決まっている。先程のように四面楚歌の中で戦うしかなく、どれだけ孤軍奮闘しようが、最後には間違いなく集中攻撃を受けて敗北する。そうなれば島の所有権はあちら側のもの。そして、僕とハヌは元いた場所へ帰られなくなるかもしれないのだ。


 だから、僕はこう答えるしかない。


「言われなくても迎えに行くさ――お前達を倒してからッ!」


 力強く宣言し、僕は己の〝SEAL〟をさらに励起させた。〈ステュクス〉の表面に幾何学模様を描いていた深紫の光がより一層輝きを増し、捻れた電弧を迸らせる。


「――アキレウス、トリプル・マキシマム・チャージ!」


『マママキシマム・チャージ パワー・ムーブメント』


 戦闘ジャケットのアシスト機能を発動させ、五秒間だけの身体強化を実行。さらには、


「〈ドリルブレイク〉――!!」


 剣術式を上乗せ。〈ドリルブレイク〉×15を発動させ、さらに回転衝角を厚く、太く、長くさせた。回転数も桁違いに上昇し、ヤザエモンの〈イモータルアブスタクル〉との鬩ぎ合いがより一層激化する。轟く音響はもはや怪鳥の悲鳴、飛び散る火花は噴水のごとし。


 けれど。


「――無駄だ、といったはずだ。某の防壁を打ち破りたくば、その百倍の力を持ってこい。もっとも、今のお前にそれは許されてはいないが」


「くっ……!」


 やはり障壁を打ち破ることは出来なかった。静かに、しかし自信満々と告げるヤザエモンに、僕はほぞを噛む。


 ヤザエモンは自信の防御に絶対の自信を持っているらしい。先程、一号氏の視界を邪魔する〈シャドウエンカンブランス〉といい、僕の斬撃を逸らし続けた〈リパルシブフィールド〉といい、この重層〈ドリルブレイク〉でも貫けない〈イモータルアブスタクル〉といい、どうやら奴は防御力に特化したタイプのエクスプローラーのようだ。


 そういえば、ヤザエモンが攻撃術式を使う姿を僕は見ていない。唯一の攻撃的な行動は、僕の〈フレイボム〉を避けるために三等氏の顔を蹴っ飛ばしたことぐらいだろうか。


 僕とハヌに気付かれることなく尾行したり、気配を殺したまま忍び寄ったりしてきたことを考えると、あるいは、僕とはまた違ったベクトルで仲間を支援するタイプのエンハンサーなのかもしれない。


 そう考えるとこの異常な防御能力にも得心がいくし、これ以上何をしても、僕の〈ドリルブレイク〉が奴の〈イモータルアブスタクル〉を貫くことは出来ないであろうことがわかる。


 極限まで高められた防御能力――だが裏を返せば、それは『攻撃手段がほとんどない』ということでもある。


 ――そういうことならっ……!


 業腹だがヤザエモンは後回しだ。奴が防壁役タンクだというのなら、その存在意義を失くしてしまえばいい。


 ドリルと盾の拮抗が五秒続き、パワーアシストが時間切れになるタイミングで僕は〈ドリルブレイク〉のプロセスを全てキャンセルし、矛先を変えた。


 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、だ。こうなったらまずは三等氏を行動不能に落とす。


 いったん後方へ飛び退き、〈バルムンク〉の切っ先を下方の三等氏へと向け直す。


 ヤザエモンに守られっぱなしの三等氏は、間合いを詰められたことに周章狼狽し、未だに立ち上がる素振りすら見せていない。今なら確実に貫くことが出来る。


「〈ドリル――!」


 改めて剣術式を発動させようとした、その時だった。




『やっべぇえええええええええええッッ!? なんじゃこりゃぁああああああああああああ――――――――ッッッ!?!?!?』




「――!?」


 とんでもない出力の念話が、不可視のハンマーとなって僕の頭を殴打した。


 専用回線からの声だ。誰何する必要なんてない。


『――い、一号さん!? ど、どうしたんですか!?』


 あまりにも緊迫した様子だったため、僕は動きを止めて『女王の間』の中央へと振り返ってしまった。


 そして、見てしまう。


「――――」


 いつの間にかそこに顕現していた【絶望】を。


『やべえやべえやべえやべえやべえやべえマジやべえぇええええええええええッッ!! 逃げろ逃げろ逃げろぉ――――――――ッッ!!』


 あの一号氏が大慌てで逃げ惑っている。あの朱色の鬼の顔が、どう見ても蒼ざめていた。


『嘘よナニコレなにこれ何なのよこれぇえええええええええっっ!? 私様こんなの聞いてないんですけどぉ――――――――っ!?』


 二番氏も半狂乱の様相で地べたを這いずり回っていた。その手にはもう槍を握ってはいない。


 彼らが恐れ慄くのも無理はなかった。


 今や、そこに『女王』はいなかった。


 そう――『かつて女王だった【何か】』が、そこにはいたのだ。


「……そんな……まさか……」


 戦いを忘れて逃げ回る一号氏と二番氏の姿に、僕は呆然と呟きを落とす。


 あちらの様子は勿論、周囲に散らばらせた〈イーグルアイ〉でモニターしていた。だけど、目の前の戦闘に集中し過ぎていたせいで、今になるまでその変調に全く気が付かなかった。


『――ほへ? は、なにアレ? えっと、うん? あのね、僕様ちゃんああいうの初めて見るんだけど……? え、女王……女王様、だよね? ね? 神使様? ねぇ?』


 同じように戦いを忘れて広間の真ん中を見つめていた三等氏が、首を傾げてヤザエモンに問う。


「…………」


 無論、ヤザエモンの手元に返すべき答えなど存在しない。彼もまた樹のうろがごとき目を、それでも目一杯に見開いて、僕と同じものを凝視している。


 僕は我知らず、ごくり、と生唾を嚥下した。


「……あれが……女王の【本当の姿】……?」


 僕の視線の先にいるもの。


 一言で簡単に言ってしまえば、二足歩行している炎の翼を持つ黒豹――となるのだろうか。


 そう、ある意味では、それはとても単純な変化だ。


 女王イザナミが、立っていた。


 その獣の姿の通り四足で這いつくばっていた女王が、人間のように上体を起こし、後ろ足の二本で直立していたのだ。


 もちろんそれだけなら、なんてことはない。猫だってその気になれば直立することぐらい出来る。


 だが、ただの直立ではなかった。


 つい先刻までそいつは、『女王イザナミ』の名にふさわしい肢体を確かにしていた。しなやかな曲線美はなるほど、女王と呼ばれるに値する。美しき黒豹だったのだ。


 だが、今やその面影はほとんどない。


 いかなる変化がその身に起こったのか、両の足で地に立つイザナミは、しかしその全身が筋肉質に膨れ上がっていた。


 ビルドアップだ。しかも、シルエットが明らかに男性的になっている。


 鍛え上げた筋肉といえば、一号氏の朱色の〝巨人態〟もなかなかのものだ。エクスプローラーでもあそこまでの肉体美を持つ者はそうそういまい。


 だが、イザナミはそれ以上だった。否――違う。以上とか、以下とか、同じ次元で比べられるものではない。明らかに異質だ。鍛え上げたというよりは、最初から【そういうもの】、そういう形でこの生物は存在する――そうとしか思えない貫禄が漂っているのだ。


 ――でかい……!


 四つん這いになっていた時でさえ、頭の位置が一号氏より高い場所にあったのだ。そんな生き物が直立すれば、その体長はもはや計測する気にもなれない。あの双頭の蛇〝ウロボロス〟にも匹敵する、巨大な獣人。


 もはや『女王』というよりは冥府の王――『冥王』とでも呼ぶべき存在が、そこにはいた。


『WWWWWWWWWOOOOOOORRRRRRRRRRRR……!!』


 ギラリと溶岩の光を照り返す牙が並ぶあぎとを開き、冥王イザナミが細く炎の息を吐く。もはや奴の呼吸は火炎と共にある。当たり前のように大気中の熱を吸い、赤い焔を吐くのが冥王の呼吸なのだ。


 先程まで青白く輝いていた双眸も色を変え、純白の光に染まっている。体内の温度がさらに上昇しているのを示しているかのような変化だ。


『――か、隠していやがった……! 女王の野郎、本当の実力を隠していやがった……! 信じられねぇ、俺様の自慢の剣が……クソォッ!!』


 命からがら、と言った態で逃げ出して直立不動の女王から距離をとった一号氏が、吐き捨てるように念話で叫ぶ。〈イーグルアイ〉を向けると、その言葉通り彼の握っていた紅白剣は見るも無惨な姿に変わっていた。なんと刀身に当たる部分が根元まで融解し、鍔から下だけが残っている状態だったのだ。


 あの剣は僕の目から見ても、あの巨大さでありながら、かなりの業物だった。それが、あんなにも綺麗に溶かされるだなんて。


『一号さん、一体何が……』


『俺様は斬ったんだ! 俺様の剣で、あの野郎を! それがよ、それがよぉ……!』


 目の前で起きたことがまだ信じられないのか、一号氏は半狂乱の状態だ。


 それは同じ戦線にいた二番氏も同様で、


『あり得ないわ、あり得ない……そう、そうよ、夢よ、夢……あは、あははは、あはははははは!! そう夢なのよこれ! だって……だって! そうじゃないと……そうじゃないと私様達……!』


 さっきまでは媚びた声音を作っていたその喉が、ヒステリックにひずむ。地面を這って安全圏へ逃げた二番氏は、大きく震える指で冥王を指差し、こう叫んだ。




『私様達……【赤い髪の神様】に反逆したことになるじゃないのよぉおおおおおおおおおおおおお――――――――っっ!!』




 体型が大きく変化し、明らかに雰囲気が変わった冥王イザナミ。


 だが、その最大の特徴を、僕はまだ説明していない。


 それは――頭部。


 より正確に言えば、そこから生じている炎のたてがみだ。


 先程まではライオンのそれのごとく、頭頂部から首周りにかけて燃え上がっていた赤い炎が、その大きさを増し、これまで以上に長く広がっていた。


 二番氏が『赤い髪』と称したのも無理はない。確かに、見ようによっては毛髪に見えなくもないのだ。


 背中から噴出していた火炎の翼もまた、その形を変えている。容量を増した鬣とは反対に、大きく広がっていた翼は細く、そして鋭く収斂していた。故に、枚数は四枚から六枚に増加してはいるが、表面積としては大幅に減少している。長く引き伸ばした菱形のような形状の六翼は、それぞれが鋭角に折れ曲がり、まるで巨大な爪か牙のようにも見えた。


『か、神様……? え、あれ赤い髪の神様、なの……? え、ちょっ、僕様ちゃん、マジやばくね……?』


 三等氏までもが戦慄に震えながら、呆然と呟く。


 彼らの反応を見るに、話にだけ聞いていた『赤い髪の神』というのは、兄弟三人にとってはよほどの存在らしい。考えてみれば、あれだけ好戦的だった一号氏ですら僕とハヌを『神様の使い』だと勘違いした途端、態度がコロッと変わっていた。


 つまり彼ら鬼人三兄弟にとって『赤い髪の神様』というのは、それほどの対象なのだ。敵が味方になってしまうぐらいの、絶対的存在。


 崇拝すべき唯一無二の神。


 ――まずい……!


 しなやかな肢体を持つ黒い女豹から筋骨隆々の獣人へと形態変化したイザナミは、その頭部から溢れる炎の髪によって、鬼の巨人達から『神様』だと認識されている。このままでは三人が三人とも戦意を喪失し、勝てるものも勝てなくなってしまう。


『お、落ち着いてください、皆さん! あれは神様なんかじゃありません! よく見てください!』


 我ながら、敵であるはずの二番氏と三等氏に『落ち着いて欲しい』と呼びかけるなんて間抜けもいいところだけど、背に腹は代えられない。


『あれは女王です! 倒すべき敵です! ここで倒さないと、この島が爆発するかもしれないんですよ!?』


 強めの念を全方位に振りまくが、誰からもアクティブな反応がない。まさか、と思って一号氏に視線を向けると、彼は刀身を失った剣の柄を握ったまま地面に膝をつき、呆然とイザナミの姿を見つめていた。


『……へ、へへへ……そうだったのかよ……あれが……赤髪の神様かよ……そりゃ勝てるわけねぇわ……』


 それは、完全に心が折れた人間の出す声だった。


 もはや、悪い意味で空気が一変していた。


 巨人の三兄弟は言わずもがな、僕もヤザエモンも、とっかかりのない空気にまるで身動きがとれない。


 変化した冥王はただそこに立っているだけで、特段戦闘行動を起こしているわけではない。だというのに。


 存在そのものが、この戦場を無慈悲なまでに圧倒していた。


「――~ッ……!」


 僕は歯噛みして、〈バルムンク〉の切っ先を冥王に向けて構えた。


 こうなれば僕が率先してイザナミと戦うしかない。


 だって、僕は少なくとも【あれ】が『赤髪の神』でないことを知っている。メタ的な話になるかもしれないが、この空間に僕達を連れてきたのは、ルナティック・バベルの統括プログラムであるエイジャだ。それこそ燃えるような真っ赤な髪を持ち、薄い紅色の瞳をした、性別不詳の人物である。


 この浮遊島が仮想空間で、一号氏や冥王がシミュレーションエンジンの産物なのか、それとも実在する空の孤島に転送させられたのかはわからないが、どちらにせよこの場における管理者アドミニストレータはエイジャで間違いないはずだ。


 であれば、やはり『赤い髪の神』というのは目の前にいる黒い獣ではない。敢えていうなら、奴はその神の下僕である獣――〝神獣〟に過ぎないのだ。


 ――倒せない相手じゃないって、僕が証明しないと……!


 一号氏達の思い込みを矯正して、彼らの戦意を甦らせる。そうしなければ、この場にいる全員が手も足も出せずに殺されてしまう。


「――〈ドリルブレイク〉ッッ!!」


 一気に十五個の剣術式を発動させ、僕は勢いよく空中を蹴った。スカイソルジャーの与えてくれた加速に、背中から噴出するフォトン・ブラッドの推力が加わる。


「だぁあああああああああああああああああッッ!!」


 声を上げ、僕は深紫の弾丸となって飛翔する。


 途端、


『――WWWWWWWWWOOOOOOOOOOOOORRRRRRRRRRWWWWWWW!!』


 こちらの殺気を気取ってか、冥王が高く強く吼えた。熱気を孕む大気がビリビリと揺れ、地響きを鳴らせる。全身の黒毛がぶわりと逆立ち、真紅の炎髪もまた大きく膨れ上がった。


『WWWWWOOOOORRRRRR!』


 イザナミがこちらへ振り向きざま、胸の高さまで持ち上げた右腕を横薙ぎに払った。


 たったそれだけの動作なのに、巨腕が薙いだ軌道上に空恐ろしいほどの量の火炎が生じた。


「な……!?」


 猛火が爆発的に膨れ上がり、太陽の紅炎プロミネンスよろしく僕へ襲い掛かってくる。高速で突進していた僕にそれを回避する術はなかったし、その気もなかった。


 ――このまま突っ切って喰らい付く!


 僕の全身は戦闘ジャケット〝アキレウス〟のモード〈ステュクス〉に守護まもられている。フリム自作の電磁閃光発音弾ヴォルト・スタングレネードに耐え、今現在もマグマの熱気を遮ってくれているこの防具なら、きっと冥王の炎にだって負けないはずだ。


「――っけぇええええええええええええええぇッ!」


 劫火の波に真っ向から突っ込んだ。


 刹那、全身に凄まじい重圧がかかる。ヴィリーさんの蒼炎のように物質化しているわけでもないのに、あまりの熱量に物理的な抵抗を感じる。まるで分厚い絨毯の束に突っ込んだかのようだ。


 だが、熱はしっかり遮断されていた。強い抵抗はあるが、押し負けてしまうほどのものではない。


 だから僕は猛火の怒濤を突き抜け、冥王に肉薄する。


「くっ――らぇええええええええええええッッ!!」


 分厚い火炎の波を越えた先は、黒き神獣の眼前。白く輝く眼光が僕を貫き、ズラリと並んだ牙の隙間から溢れた炎の息が渦を巻いている。


『WWWWWWWWWWWOOOOOOOOOOOOOOOORRRRRRRRRRRRRAAAAAAAA――!!』


 衝撃波を伴った咆哮が轟く。だが〈ドリルブレイク〉の切っ先はそれすらも貫き、突進した。


「――!?」


 突然、目の前に真っ黒な壁が現れる。何かと思えば冥王の左拳だ。右腕を薙ぎ払い、その陰で左ストレートを準備していたのだ。


 ――構うな、ぶち抜け!


 僕の闘争本能ががなり立て、脳内の戦術的判断もそれに同意した。


 巨大な拳――ただし獣のそれ――と深紫の重層〈ドリルブレイク〉が激突した。


「っらぁあああああああああああああああああッッ!!」


『WWWWWWWWWWWRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAA――!!』


 ガツン、という骨の髄まで響く衝撃。回転衝角と黒い拳が凄まじい擦過音を起こして鬩ぎ合う。


「――~ッ!」


 冥王の体毛はマグマの熱にすら耐える強靱さを誇る。まるで鋼鉄の針の束だ。ヤザエモンの〈イモータルアブスタクル〉と衝突した時と同じように、接触点からおびただしい量の火花が迸る。


 だが、さっきと同じ愚は繰り返さない。最大の攻撃力を発揮する瞬間が過ぎた途端、僕は巨拳から受け取った威力を受け流すように〈ドリルブレイク〉をキャンセルしながら〈バルムンク〉を引き戻す。スカイソルジャーで空気を蹴って飛び退きながら、手元の剣柄にフォトン・ブラッドを注入して光刃の出力をさらに上昇させる。その上で、


「――〈ヴァイパーアサルト〉ッ!」


 逆巻く瀑布がごとく深紫の刃が増大する。ただでさえ大きかった光の刀身がさらに巨大化し、十メルトルを超す極大剣と化した。


「ディカプル・マキシマム・チャージィッ!」


『ママママママママママキシマム・チャージ パワー・ムーブメント』


 僕のコマンドにアキレウスが寸暇もおかず応答する。漆黒の全身鎧の表面にディープパープルの光が煌めき、次の瞬間には膨大なパワーアシストが四肢に充填された。僕は息をするように感覚の激変に意識を合わせる。


 大きすぎる相手に対抗するための武器は用意した。それを振るうための筋力もここにある。


 ならば。


「〈ズィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ――!」


 高層ビルすら解体できそうな極大剣を担ぐようにして振りかぶり、剣術式を発動させる。


 照準なんてするまでもない。目の前にいるのはあの〝ウロボロス〟にも匹敵する巨大な怪物。目を瞑っていたって当てられる。むしろ外す方が難しい。


 空中に足を踏み込み、僕は全身全霊をかけて叫んだ。


「――スラァァアアアアアアアアアアアアアアアアシュ〉ッッッ!!!」


 光が奔る。


 大気が吼える。


 極太ごくぶとの光が空間を切り裂いた。


 一瞬にして斬撃が駆け抜け、鋭角に刻まれるのは巨大な『Z』の文字。


 鋼鉄のごとき体毛と、その内に潜む肉を断ち切る、確かな手応えがあった。


『WWWWWWWWWWWRRRRRRRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOO――!?』


 三連撃を一気に叩き込まれた冥王が悲鳴を上げる。奴の胸に、腹に、そして腰に刻まれた傷から純白のフォトン・ブラッドが噴き上がった。


 ――攻撃が、通った……!


 実体を持たない光刃フォトン・ブレードだからこそ熱に負けず、イザナミの肉体に噛みつけたのかもしれない。それはわかっている。だけど、


『見てください、一号さん! やっぱりこいつは神様なんかじゃありません! ほらっ!』


 会心の思いを念話で送りながら、僕は〈ズィースラッシュ〉の最後の一撃、『Z』中央に穿つピリオドを打つ体勢に入る。刀身をうねる蛇のように伸ばす〈ヴァイパーアサルト〉もこの時ばかりは真っ直ぐに伸び、太極帝剣〈バルムンク〉は光の槍となった。


「はぁああああああああああああああああッ!」


 直突きの構えから勢いよく極大の剣を突き出す。レーザービームよろしく放たれた剣突きが冥王の腹を一気に貫いた。


『GGGGGGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOOOOOOWWWWWWWWWWWWWWW――!?』


 さらに上がる盛大な悲鳴。腹部を貫通する深紫の光刃を前の両足で挟み、冥王はこれ以上の進行を止めようとする。だが、僕の全身をアシストする『パワー・ムーブメント』の効果はまだ残っている。


 残念だが上へ行くにも、下へ行くにも抵抗が強すぎる。故に、僕は奴の脇腹を裂くことにした。


「ふっ――ぬぁぁぁぁああああああああああああッ!」


 激流よろしく光の奔流を放つ〈バルムンク〉の柄を、全力で左方向へ薙ぐ。ミチミチブチブチと肉の繊維を切り裂く感触。仮想生命体のくせに、こういうところの再現だけはやたらときめ細かい。広がる傷口から真っ白に光る血液が飛び散り、イザナミの耐久力が見た目明らかに減少していく。


「――だぁっ!」


 振り抜いた。ぶつん、と最後の抵抗を引き千切って光の巨剣が左方向へ走り抜ける。


『GGGGGGGGGGGGGRRRRRRRRRRRRRRRRROOOOOOOOOAAAAAAAAAAWWWWWWWWWWWW――!?』


 苦悶の雄叫び。後ろの二本足で立つ黒き獣が身をくの字に折って、前の両足で腹を押さえる。〈ズィースラッシュ〉で刻まれた傷からも純白の血が滴り、ボタボタと地面に落ちる。人間が真下にいればそれだけで溺れ死ぬような量だが、マグマの熱を孕む大地に触れたフォトン・ブラッドはあっという間に蒸発していく。


『今です、一号さん! 奴は弱ってます! 攻撃を畳み掛ければ絶対に倒せます! だから――』


 専用回線で呼びかける僕の念話が聞こえたはずもなかろうが、それでもそれを否定するかのごとく、冥王が力強い怒号を放った。


『WWWWWWWWWWWWWRRRRRRRRRRRRRRRRRROOOOOOOOOOOOOOO――!!』


 応じるように奴の全身から紅蓮の炎が湧き起こる。膨れ上がった炎髪が暴れんばかりに躍る。膨れ上がった猛火が衝撃波となって四方八方に吹き荒れる。


「くっ――!?」


 凄まじい重圧プレッシャーの熱波に、流石に僕も引かざるを得なかった。空中を蹴って後退し、距離を取る。


 怒り狂った冥王はなおも雄叫びを上げ続け、大気を鳴動させる。否、揺れ動いているのは大気どころではない。この空間全体が大きく震えている。


 ――これって、まさか……!?


 今更のように気付いた。ずっと空中に立っていたから気付かなかったが、イザナミが今の形態になってから『女王の間』――いや、『根の国』そのものが大きく揺れていたのだ。


 おそらく、浮遊島の地表ではものすごい地震になっているだろう。先程、一号氏達三兄弟が暴れていた時よりもひどい。


『WWWWWWWWWWWWWRRRRRRRRRRRRRRRRRRRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY――!!』


 激震の中、冥王が高らかに咆哮を上げる。それに呼応するように、地面や壁、天井が爆ぜ、そこから真っ赤な溶岩が迸った。ちょうど冥王の足下からも噴き上がり、奴の漆黒の体毛に高温の流体が降りかかる。


 だが、マグマの熱は冥王にとって栄養素のようなものだ。奴は熱エネルギーを吸収し、それを以て肉体の修復にかかる。もうもうと白煙が充満していく中、僕が穿った傷口が見る見るうちに塞がっていく。


「……っ!」


 せっかく与えたダメージが回復していく光景に、僕は奥歯を噛む。


 とはいえ、こうなることは半ば予想していた。第二〇〇層のヘラクレスや〝ミドガルド〟のミドガルズオルムも、高速の再生能力を有していた。どちらも核である情報具現化コンポーネント、さらにその中枢であるコアカーネルにダメージを与えなければ倒せなかったのだ。この冥王イザナミもまた、その仕様に準じていて何の不思議があるだろう。


 だが、これではっきりした。奴の倒し方は、ヘラクレスやミドガルズオルムと一緒だ。超火力による一点突破、そして飽和攻撃。イザナミのコアカーネルが完全停止するまで、とにかく攻撃を畳み掛けるしかない。


 ――どうする、〝アブソリュート・スクエア〟で一気に叩き潰すか……!?


 ハウエル達がハヌを人質にして要求してきた、支援術式の封印。ハウエルを打倒した今、そんなルールに縛られる必要なんてないように思えるが、ハヌを連れ去った張本人であるヤザエモンがまだ健在だ。もし奴が遠隔操作でハヌに危害を加えられる用意をしていたら、あらぬ怪我をあの子にさせてしまうかもしれない。そう思うと、支援術式を〝SEAL〟の出力スロットに装填する意識にブレーキがかかってしまう。


 僕は冥王が回復に注力している間に後ろへ振り返り、精一杯の念を振り絞って呼び掛けた。


 今なお膝を折り、呆然とこちらを見つめている一号氏に対して。


『立ってください、一号さん! 僕一人だけじゃ奴を倒しきれません! あなたの力が必要です!』


 僕の攻撃が冥王を傷つける光景を目にしていた一号氏は、やや躊躇いながらも呼び掛けに応じてくれた。


『ひ、必要って言われてもよ……』


 手に握った、刀身が溶けた紅白剣に視線を落とし、悄然と肩を落とす一号氏。戦おうにも武器がない――そう言いたげだ。僕にだってそれぐらいわかっている。だけど、


『武器なんてなくても戦えます! 心が、戦う意思があれば、武器なんてどうにだってなります!』


 まずは戦意がなければ何も始まらない。折れた心を繋ぎ合わせて、再び心の炎を燃え上がらせなければ、何も出来ないのだ。


『次の王様になるのは俺様だって、そう言っていたじゃないですか! 諦めるんですか!? この島が爆発する時に一緒に死ぬっていうんですか!?』


『…………』


 どうにか鼓舞させようと言葉を紡ぐけれど、一度静まってしまった一号氏の心にはなかなか火が点かない。それは二番氏や三等氏も同じで、彼らにとって神様――と勘違いしている――のイザナミを、畏れ敬うように眺めやっている。


 ただ、その視線に多少の懐疑が混じっているように見えるのは、先程の僕の攻撃によって奴が傷を負ったからかもしれない。


 彼らだって何となくわかってきているはずだ。あれが完全無欠の存在でないことぐらい。


 ただ、武器を奪われ、圧倒的な戦力差を見せつけられ、それ故に気持ちが萎えてしまっているのだ。


 僕は念話をマルチキャストに切り替えて、一号氏だけでなく二番氏や三等氏にも呼び掛けることにした。


『――一人で戦うのが無理なら、みんなで戦いましょう! 武器がなくても、この場にいる全員が力を合わせたらきっと勝てるはずです!』


 いいアイディアが出ないまま、しかしやむにやまれずそう提案した途端だった。


『……あ?』


『……え?』


『……へ?』


 角を持つ巨人三兄弟は、生まれて初めてその言葉を聞いたかのように、俯かせていた顔を上げて、きょとん、とした。


 僕が言うのも何だが、それは戦場において有り得べからざる反応だった。


『……力を……?』


『……合わ、せる……?』


『……僕様ちゃん、達が……?』


 終いには各々の顔を見比べて、首を傾げる始末。


 だが、ここに至って僕はようやく理解する。彼らが、みんなで力を合わせる、という概念を持ち合わせていなかったことを。


 信じられない話だけれど、この浮遊島のような閉鎖空間で、しかもたった三人だけでいがみ合いながら育つと、そんなこともあるのかもしれない。


 だけど、僕には兄弟はいないけれど、それでも互いに争うことしか知らない兄弟というのは――とても悲しく、ひどく虚しい存在のように思えてしまった。


「――~ッ……!」


 その時、得も言えぬ痛みが胸の真ん中で疼き、僕はみぞおちを片手で押さえた。


 似ている、と思ったのだ。


 彼らはある意味においては、以前の僕と同じだ、と。ハヌと出会う前の、〝ぼっちハンサー〟だった頃の僕と。


 仲間も友達もいない。手を繋ぐ相手がいない。だから、誰とも力を合わせることが出来ない。


 こうして比べてみれば、僕はそれでもマシな方だったのだろう。少なくとも友達を求め、手を伸ばし、誰かと力を合わせていきたいと願うことが出来たのだから。


 でも、あの巨鬼おおおにの三人は違う。生まれたときから、一番近くにいる他人である兄弟を敵同士だと認識し、今日までずっと独りで生き、戦ってきた。誰かと一緒に過ごし、触れ合い、協力し合うという概念すら知らずに。


 こんなにも寂しい話があるものだろうか。


『――そうです、力を合わせるんです! 兄弟の皆さんで! 手と手を取り合って! 一緒に強敵に打ち勝つんです!』


 僕は叫ぶしかなかった。エクスプローラーにとっては当たり前のことを、だけど彼ら三兄弟にとっては未知なる可能性を。


 そうだ、今こそ彼ら兄弟は力を合わせるべき時なのだ。もしかしたら、彼らの父親もそうさせるために『女王イザナミを倒した者に島の所有権を譲る』なんて条件を出したのかもしれない。一人では到底勝てない敵を相手させ、共同することの大切さを教えようとしたのかもしれない。


『皆さん三人が力を合わせればきっと勝てます! だから――』


 僕がさらに力説し、一号氏達の心に訴えかけようとした、その時だった。


『――ご高説はそこまでだぜ、〝勇者〟の』


「ッ!?」


 突然割り込んできたマルチキャスト通信に、背筋がゾッとした。


 ――このザラついた声は……!?


 聴覚神経を直接逆撫でにするような声音に、誰何の必要などなかった。僕は弾かれたように振り返り、奴が倒れていたはずの場所へと視線を向ける。確実を期すため、近くにいる〈イーグルアイ〉の視覚情報も確認した。


 いない。


 先刻、フラガラッハのチャージブレイクで撃墜したハウエルの姿が、落下地点にない。


 ――まさか、もう回復した……!?


 自分の両目と〈イーグルアイ〉を駆使して奴の姿を探す。だが視覚より先に聴覚が、奴がいるであろう方角を探し当てた。


 後ろ斜め上。


 そちらから、激しいスラスターの噴出音が耳に届いた。


「――!?」


 振り返りながら視覚という視覚を総動員する。


 いた。すぐそこ。


 流星の尾がごとく噴出される海老色のフォトン・ブラッド。凄まじい速度で僕めがけて突っ込んでくる。


 だけど、なんだあの姿は? さっきまでとは全然違う、碇型の武器はどこへやったのか、ハウエルは手ぶらで、けれどその全身は青黒い鎧のようなものを纏っていて、あれではまるで――


「!? しまっ――」


 ハウエルの姿を視認することに集中しすぎて肉体の操作がおろそかになっていた。僕は慌てて〈バルムンク〉を盾のように構え、防御姿勢をとる。


 次の瞬間、猛禽のごとくハウエルが襲いかかってきた。


「どるぁああああああああああああああッッ!!」


 耳にヤスリをかけるような気合いの声と共に、砲丸がごとき拳が振り下ろされた。上空から降下してきた為、奴の重量に重力加速度が乗り、凄まじい破壊力が炸裂する。


「――ぐぁあああああああああッッ!?」


 巨岩が降ってきたような衝撃を〈バルムンク〉の腹で受け、僕はたまらず斜め下に向かって吹き飛んだ。先程の戦闘を再演するように背中から地面に激突し、慣性を使い切るまで岩肌を削りながら滑っていく。


「まだまだまだまだぁぁぁああああああああッ!」


 追撃がくる。僕を殴り飛ばしたハウエルはなおも背中から海老色の光を噴射し、一気に間合いを詰めてきた。


「くっ……!」


 さっきのように押さえ込まれては堪らない、と僕はバネのように起き上がり、地面を蹴って横に飛ぶ。次の刹那、ついさっきまで僕がいた場所にハウエルの飛び蹴りが叩き込まれ、爆風を巻き起こした。


「……っ!」


 ハウエルの太い足が地面に深く突き刺さり、クレーターを穿ち、岩盤の破片や溶岩がそこら中に飛び散る。〈ステュクス〉の装甲でそれらを防ぎながら、僕はダンゴムシのように地面を転がって距離を取った。


 体勢を整え、素早く立ち上がる。


 危なかった。あんなものを喰らったらまた動きを封じられてしまうところだ。ハウエルの強襲は頭上からのパターンが多い。次こそは完全に対応してやる。


「おいおい、せっかくいい感じの一発だったてぇのに、避けるんじゃねぇよ〝勇者〟の。俺ぁオッサンだぞ? お前さんみたいにたくさん動けるわけじゃねぇんだ。気持ちよく喰らってくれや」


 相変わらず身勝手なことを言いながら、ハウエルは地面に沈み込んだ片足を引き抜く。その動きに合わせて、ギュィン、と実に機械的な音が響いた。


 そう、【機械】だ。ある意味、奇怪と言ってもいいかもしれない。ハウエルはただでさえ大きな体躯に、機械じみた鎧を纏い、さらに肥大化していたのだ。


 全身の覆う青黒い鋼鉄には見覚えがある。つい先程まで奴が手にしていた得物――碇状の巨大武器と同じものだ。


 ――あれが変形、したのか……? この鎧に……!?


 頭の天辺から足の爪先まで、まるで僕の〈ステュクス〉のように全身まるごとが青黒い装甲に包まれている。どういう仕組かはさっぱりわからないが、巨大な碇がハウエルの巨躯を守護する全身鎧フルプレートアーマーへと変貌した――そうとしか考えられなかった。


 だけど、この雰囲気には見覚えがある。敢えて例えるなら、これは僕の〈ステュクス〉というより――そう、『蒼き紅炎の騎士団ノーブル・プロミネンス・ナイツ』の〝カルテット・サード〟の一人、ユリウス君が纏っていたパワードスーツにそっくりなのだ。


 あれは確か〝サウィルダーナハ〟とか言っただろうか。鎧と呼ぶには分厚すぎる装甲に、関節部の繋ぎ目すら頑丈に密閉した構造は、明らかに『鎧を身に着けている』というよりは『鎧の中に入っている』としか言いようがなく、装着した人間の雰囲気が丸ごと変わってしまうあたりもひどく似通っていた。


 ただ、ユリウス君の黄金に輝く〝サウィルダーナハ〟が『正義の変身ヒーロー』じみた雰囲気を漂わせているのに対し、ハウエルのそれはどう見ても悪役然としている。悪の組織の幹部、とでも言った方がしっくりくるだろうか。


「さっきはいいものを御馳走してくれたよな。今度は俺からのお返しだ。遠慮なく受け取れよ――なぁッ!」


 蒼黒の鎧からスピーカーを通したように聞こえるハウエルの声は、こうして聴くと普段の二割増しでザラついて聞こえた。


「――!」


 僕は〈バルムンク〉を構え、地面を蹴った。背中から噴出する海老色のフォトン・ブラッドで加速し、猛然と突っ込んでくるハウエルを真っ向から迎え撃つ。


 深紫の大光刃と、分厚い拳甲に包まれたハウエルの右拳が激突し、火花を飛び散らせた。


「――何のつもりだ! 状況が見えていないのか!? 今はこんなことをしている場合じゃ――!?」


 大剣越しに言葉をぶつけようとした瞬間、ハウエルの拳を受け止めた〈バルムンク〉の刀身が、ゾリゾリと分解され始めた。奴の拳甲が触れている個所から、熱したフライパンに載せた氷塊のごとく徐々に溶かされていく。


「ッ!?」


 これは先程の〈ドリルブレイク〉と同じ現象だ。ハウエルの身に着けている武具は術式の発動を阻害し、既に発動しているものすらも分解する。先刻、これがまだ碇状の武器だった時は光刃まで影響を受けていなかったはずだが、どうやら形態が変化したことで効力が上昇したらしい。


「くそっ――!」


 僕はハウエルの拳を押し止めることを放棄し、〈バルムンク〉を引きながら奴の腕力のベクトルを右へと逸らした。狙い通りハウエルの巨体が右方向に泳ぎ、剛腕の重圧を受け流すことに成功する。


 そのまま素早く後方へ飛び退さりながら光刃をいったん収納し、ストレージから〈バルムンク〉用の実体剣を具現化させた。


 黒玄のモード〈リディル〉や白虎のモード〈フロッティ〉と同じく、〈バルムンク〉にも実体剣が用意されている。念の為の保険よ、と言っていたフリムが、まさかこのような事態を想定していたとも思えないけど、ともかく大助かりだ。


 黒玄と白虎が合体した大剣柄から、白銀に煌めく幅広の刃が伸び上がる。術力を刃に変換する光刃フォトン・ブレードはフリムの専売特許だけれど、だからと言って他を疎かにしないのが〝無限光アイン・ソフ・オウル〟たる彼女の矜持だ。


 もはや以前の〈大断刀〉と変わらない大きさの剣を手にし、しかし支援術式〈ストレングス〉の恩恵のない僕の筋力ではこの大型武器をどうしても持て余す。戦闘ジャケット〝アキレウス〟のパワーアシストがあるとはいえ、五秒間だけの支援では少々どころか、かなり苦しい運用になるだろう。だが、剣術式の威力は武器の巨大さによって単純に上昇する。今の僕がハウエルの膂力に対抗するには、この実体〈バルムンク〉の重量を頼りにするしかなかった。


「……何を考えているんだ! あそこにいる怪物が見えないのか!? 僕達が戦っている場合じゃ――」


「――ぁあ、わかっているぜ? 今こそ【お前さんをぶっ倒す絶好の機会】だってんだろ、〝勇者〟のぉ?」


 もう一度詰問しようとした僕に浴びせかけられる、あまりにも論理の破綻した言葉。振り抜いた右拳を引き戻しながら、こちらへと振り返るハウエルの声が【にたり】と笑っているのがわかった。


「な……!?」


 あまりの理不尽さに、頭の中を直接殴られたかのような衝撃を受ける。ハウエルの言っていることがまるで理解できない。一体どのような公式にどんな数字を代入すれば、そのような解が出るのか。さっぱり理解できない。


 だが今は戦闘中だ。僕は茫然自失する愚を避けるため、頭を振って声を張り上げた。


「――ふ、ふざけるなっ! 女王が新しい形態に変化したんだぞ!? これで終わりじゃないかもしれない! さらに次があるかもしれない! このままじゃここにいる全員がやられて、全滅するかもしれないんだぞ!?」


「――ハッ! そいつぁ大変だ。だが、俺には関係ねぇ話だな?」


「な……!?」


 ごつい両の拳を構え直しながら軽く笑い飛ばすハウエルに、僕は瞠目するしかない。この大男は本当に状況がわかってないのか。それとも、何もかもわかっていながら、それでもそんな無茶が通ると、本気でそう思っているのか。


「あの女王とやらがどうなろうが、何してこようが関係ねぇさ。俺ぁこう言ったはずだぜ、〝勇者〟の。どんな卑怯な手を使おうが、どれだけ下種に成り下がろうが、【最後に生きていた奴が勝ち】――ってな?」


 不敵に笑って、男は再びその信念を語る。鮫にも似た悪辣なデザインのフェイスカバーの、その両眼から海老色の光を不気味に瞬かせながら。


「生き残った奴が勝ちなのがこの世界のルールだ。死人に口無し、って言うだろ? なんだかんだ言って、ここは一種の【閉鎖空間】だ。ここで起きたことは外に漏れるこたぁねぇ、と俺は見ている。ならよ? 巷で〝追い剥ぎ(ハイウェイマン)〟なんて名で呼ばれている俺でも、それなりに思うところがあってな? ほれ、さっきもう一つ言ったことがあっただろ」


 時折、ハウエルが纏うパワードスーツの関節部から、蒸気にも似た海老色の煌めきが細く噴き出す。細かい構造はわからないが、おそらくスーツの隅々までフォトン・ブラッドを循環させることによって全体を操作しているのだと思う。もしかしたら一号氏達の〝巨人態ギガンティック〟と同じ理屈で稼働しているのかもしれない。


「気に入った、もうガキだと思って容赦はしねぇ、本気で殺しにかかってやるぜ――ってな」


 太く、低く、しゃがれた声は心から溢れる喜悦を隠そうともしていなかった。殺意をふんだんに塗したダミ声は耳孔をヤスリのように擦り、僕の心臓に氷の針を刺す。


「つまりだ〝勇者〟の、ここならお前さんを殺しても〝剣嬢〟のにバレやしねぇ。俺とお前さんがここで一緒にいたことは誰にもわからねぇ。つまり――無理して〝追い剥ぎ〟でいる必要性は、どこにもねぇのさ」


 その宣言と同時、青黒い巨体から豪風がごとき戦意が噴き出した。


 ハウエルはこれまで、その言葉の通り、〝追い剥ぎ〟として遺恨を残さないことに尽力してきたのだろう。だが、奴は気付いてしまった。ここは外の世界でもなければ、遺跡レリクスの中ですらないのだ、と。


 ここは、外界から隔絶された仮想空間。ここで起こったことは全て当事者の記憶にしか残らず、詰まる所、ハウエルが厭う殺人から生じる怨恨は、そのまま置いて去ることが出来るのだ。


 僕とハヌを殺したハウエルが首尾よく外の世界へと還り、そこで同じく生還したヴィリーさんと鉢合わせしようとも、奴が語らない限り、僕らの行方はわからない。知らない、と首を振ってとぼけてしまえば、ヴィリーさんやカレルさんに追求する根拠はないのだ。


 だから、奴は僕とハヌを殺せる。殺しても問題は一切ないのだと、そう言っている。


「つうわけで、まずはテメェだ、【ベオウルフ】。まずはお前を殺す。小竜姫は後からそっちに送ってやるから安心しな」


「――ッ!」


 残忍な台詞もさることながら、初めて『〝勇者〟の』ではなく『ベオウルフ』と呼ばれたことに対し、戦慄が走る。


 空気が劇的に変わった。ハウエルの放つ殺気がチリチリと全身の肌をひりつかせる。


 奴はこう言っている。今度こそ本気の宣告だと。もうお前を子供と侮ることもなく、本気で殺すために戦うと。


 ハウエルのパワードスーツから漏れ出るハム音が徐々に大きくなっていく。間接部から噴き出す海老色の煌めきも勢いを増している。巨大な鎧の内圧がグングン上昇しているのがわかってしまう。


 今か今かと爆発の時を待っているようにも見えるハウエルが、歌うように嗤った。


「女王? 全滅? 結構じゃねぇか。テメェを殺した後でまとめてぶっ飛ばしてやるぜ。どのみち島の所有権もいただくつもりだったんだ。あのバケモノが巨人共をぶっ殺してくれるってんなら、こっちの手間が省けて助かるってもんだろ?」


「……!?」


 あまりにも欲深いその性根に、僕はこれ以上なく絶句する。


 この男には、最初から二番氏や三等氏を勝利者にするつもりなど全くなかったのだ。


「巨人共が全員やられようが、デカブツ三匹を殺す手間を考えりゃ、ぶっ殺すデカブツが一匹になるってだけで、むしろ気楽なもんだぜ。そうだろ、ええ?」


 どこまでも楽しげに語るハウエルの姿に、僕はどうしようもなく理解してしまう。


 こいつには常識的な話など、決して通じやしない――と。


 この男はどこまでも『探検者狩り(レッドラム)』なのだ。人を殺し、尊厳を犯し、なにもかもを奪う存在でしかないのだ。


 もはやハウエルは状況に関係なく僕を殺しにくる。最優先目標を僕に設定している。


「…………」


 ならば、言葉は不要だ。


 今、僕の目の前にいるのは人間ではない。


 言葉も通じず、まともな理性すら持ち合わせていない――ただのケダモノだ。


「――わかった、もういい。話は終わりだ」


 故に――必要なものは〝暴力〟。


 ハウエル相手にそれを振るうことに、躊躇いなどあるわけがない。


 僕は改めて〈バルムンク〉の切っ先をハウエルに向け、直突きの構えを取った。


 覚悟なんてとうに決まっている。


 ただこの瞬間まで、【それをどこに向けるのか】が問題だったのだ。


 だから、冥王イザナミについてはいったん諦めよう。あまり期待はできないが、一号氏達が自律的に再起することを願うしかない。


 そう――いまこの時だけは、とにかく目の前にいるハウエルなのだ。


「時間がない。さっさと決めてやる……!」


 やっぱりこいつを排除しないことには、何も始まらない。今度は一回落としただけで捨て置きなどしない。間違いなくとどめを刺して、完膚なきまでに退場させてやる――僕はそう決意する。


「アキレウス、ディカプル・マキシマム・チャージ」


 囁くようにコマンドを唱えて、僕は全身の〝SEAL〟を励起させる。その〝SEAL〟と連結した全身鎧〈ステュクス〉の表面にディープパープルの光が走り、無数の電弧を弾けさせる。


 フォトン・ブラッドの十連続チャージ。だけどこれは爆発力を高めるためのものではなく、一発ずつショットさせて持続力を上げるための運用だ。一回につき五秒のパワーアシスト。タイミングを見極めて上手く使えば、一分以上は『パワー・ムーブメント』の恩恵を受けた状態で戦えるはず。


「――ハッ! 随分といい面構えになったじゃねぇかベオウルフッ!! 今度はさっきみてぇにはいかねぇぞ! 加減はなしだ! 肉袋にしてやるぜ!」


 同じく、ハウエルがパワードスーツの稼働音を激しくさせる。背中や肩、腰についたノズルから海老色の輝きが噴出する。青黒い装甲の表面を細いフォトン・ブラッドの線が駆け抜け、幾何学模様を描いた。


 僕は〝SEAL〟の出力スロットにありったけの〈ドリルブレイク〉を装填しながら、ハウエルの鋼鉄の顔を睨み付け、吐き捨てた。


「さぁ来い! お前なんか一分以内に片付けてやる――!」


 刹那、戦いの幕が音もなく切って落とされる。


 僕とハウエルはほぼ同時に地を蹴って、勢いよく飛び出した。






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