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リワールド・フロンティア-最弱にして最強の支援術式使い〈エンハンサー〉-  作者: 国広 仙戯
第一章 支援術式が得意なんですけど、やっぱりパーティーには入れてもらえないでしょうか

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●10 知らない事情



 あれから夜通し戦い続け、日が昇る頃に部屋へ帰った。


 シャワーを浴びて泥のように眠り、目が覚めたら、また時間を見計らってルナティック・バベルへ行き、朝まで戦い続けた。


 そうしてヘロヘロになって部屋へ戻ってきて爆睡して――今に至る。


 流石に白虎と黒玄の自己修復機能が損耗の度合いに追いつかなくなってきたので、今晩はどうしようかと考えていた夕刻。


 不意に、僕の《SEAL》にネイバーメッセージが届いた。


 あれ珍しいな、なんて思いながら目を通した瞬間、胸を大砲で撃ち抜かれたかのような衝撃を受けた。


 なんと、差出人があの剣嬢ヴィリーこと、ヴィクトリア・ファン・フレデ




 ちょっと失神していたみたいだ。気が付いたら五ミニトぐらい時間が飛んでいた。僕みたいなぼっちにとって、有名な――しかも絶世の美女と言っても過言ではない――人からのダイレクトメッセージというものは、あまりにも刺激が強すぎるようだった。属性をロックに変更して大事に保護しておこう。


 メッセージの内容はというと、これまた恐るべきことに、夕食へのお誘いだった。


 曰く――先日のお詫びとして、食事に招待したい。都合がよければ今晩にでも会えないだろうか……というニュアンスのことが、非常に丁寧かつ繊細な文章でしたためられていた。けれど、


 ――良かったら、あの仲良しの女の子もご一緒に。


 最後のこの一文に、頭を殴られたかのような衝撃を受ける。


 あの仲良しの女の子――考えるまでもない、ハヌのことだ。ヴィリーさんは今でも、僕とハヌが仲良く一緒にいるものと思っているのだ。


 胸に鉛を詰め込まれたような、沈痛な気分。今の状況は、何もかも全部、僕自身が招いた結果だ。それはわかっている。わかっているけれど――


 ふと、ある疑問が湧き上がった。


 もしも僕が、今よりずっと強くなって、有名になって――それから会いに行ったとき、果たしてハヌは僕を許してくれるのだろうか? あの時、彼女の手を振り払った、愚かな僕を。


「…………」


 ちょっとだけ想像して、すぐに考えるのをやめた。


 嫌な予感しかしなかったからである。


 最悪、殺されるかもしれない。それだけは覚悟しておこう――そう思った。




「いらっしゃいませ。お連れ様は先にお待ちです」


 気を取り直してヴィリーさんに返信を送り、お店の位置と雰囲気を調べたら、あまりの高級感に仰天した。慌てて服屋へ走りそれなりの格好へ着替え、レストランのウェイターにヴィリーさんから受け取った招待タグを見せて、入店する。


 照明が絞られた店内は薄暗く、テーブル間の距離が大きく空けられていた。テーブル上の燭台が一番強い光源なぐらいで、席についている他のお客さんの顔はよく見えない。プライベート保護のために空間を贅沢に使っているあたりが、いかにも高級店だった。


 案内された先のテーブルには、二人の人物が座っていた。


 一人は勿論、剣嬢ヴィリーことヴィクトリア・ファン・フレデリクスさん。


 もう一人はヴィリーさんの片腕、氷槍カレルレンことカレルレン・オルステッドさんである。


「こっ、このたびは! ご、ごしょ、ごしょしょ……!」


 ご招待に預かりまして光栄です、と言いたかったのに、噛みまくって全然ダメだった。


 ヴィリーさんが立ち上がり、微笑みを向けてくれる。


「よく来てくれたわね。さあ、こちらへ座って」


 優雅に向かい席を示す出で立ちは、サファイアブルーのワンピースに、白いジャケットというもの。以前会った時はポニーテールだった髪も、今はアップにして上品に結われている。花を模した髪飾りがとても綺麗だった。


 数瞬、その姿に見とれていた。が、すぐに正気を取り戻し、


「し、失礼しましゅ!」


 また噛んだ。死ぬほど恥ずかしい。というか、死にたい。穴があったら飛び込んでそこを墓にしてもらいたい。


 緊張のあまりひどくぎくしゃくした動きで、僕は席に就く。四人掛けの角テーブルで、僕の向かいにヴィリーさん。その右にカレルレンさん、という位置だ。


 慣れた感じでヴィリーさんがウェイターに注文を伝え、下がらせると、出し抜けにこう言った。


「ラグディスハルト君、で良かったかしら? 読み方を間違っていたのならごめんなさい」


「えっ? あ、は、はい! だ、大丈夫です!」


 どうして僕の名前を? と思ったけれど、ネイバーになった時点で基本的な個人情報を交換しているのだ。知っていて当たり前だった。


「改めまして、私はヴィクトリア・ファン・フレデリクス。皆からはヴィリーと呼ばれているわ。是非、あなたもそう呼んでちょうだい」


 言い終えて、ヴィリーさんは深紅の視線をカレルレンさんに移す。発言権を渡された彼は頷き、口を開く。


「自分は、カレルレン・オルステッドという。先日は部下が失礼した上、挨拶もせず申し訳ない。この通り、お詫びする」


 漆黒のスーツと同色のシャツ、シアンブルーのネクタイという姿のカレルレンさんが、くすんだ金色の頭を下げるので、僕は大いに慌てた。


「あ、いえ、そんな……!」


 僕があわあわしていると、幸いカレルレンさんはすぐに頭を上げてくれた。


「私のことはカレルと呼んで欲しい。君のことは……ラグ君、とお呼びしていいだろうか?」


「あ、は、はいっ。す、すみません、名前が長くて……」


 カレルレンさん、もといカレルさんの厚意に恐縮してしまう。なんだろう、二人ともすごく優しい感じがする。これが、トップエクスプローラーの余裕というものだろうか?


「私からも改めてお詫びするわね。先日は、私のナイツ所属の者が失礼を働いて、本当に申し訳なかったわ」


 軽く会釈するように、ヴィリーさんまでもが頭を下げる。僕は恐縮しすぎて変な悲鳴が出そうになった。


 そこへ間髪入れず、カレルさんが語を継ぐ。


「件の彼は、その日の内に追放処分とした。君との件がなくとも、他の団員からの不満がかなりあってな。ちょうど良かった……というのは失礼かもしれないが、やはり彼のような人間はうちとは水が合わなかったらしい。本人も特に文句を言わず出て行ったよ」


「そ、そうだったんですか……」


 あの新人さん――いや、元新人さんか――は追放されてしまったのか。エクスプローラーにとってクラスタからの追放は、まさしく懲戒解雇のようなもので、甚だ不名誉なことだ。多分、あの人はもうこのあたりには居づらくなって、他の遺跡のある地方へ行ってしまったかもしれない。何だか、悪いことをしてしまったような気がする。


「どうかこれで溜飲を下げてもらえればよいのだけれど……足りなかったかしら?」


「いっ、いえ! とんでもありませんっ!」


 しれっと怖いことを言うヴィリーさんに、慌てて首を横に振って否定する。というか、あの場では気絶するほどの一撃を入れられていたわけで。さらに追放までするのは流石にちょっとやりすぎなんじゃないかとも思ったけど、口には出さなかった。


 くす、とヴィリーさんが微笑む。すると、そこだけ光が灯ったように明るく見えるのは、僕の気のせいだろうか。


「ならよかったわ。さあ、堅苦しい話はここまでにしましょう。ねぇ、ラグ君。話は変わるのだけれど……ちょっといいかしら?」


「は、はい? なんでしょうか?」


「あなたに考えてもらいたいことがあるの。単刀直入に言うわね」


 煌めく金色の睫毛に縁取られた深紅の瞳が、不意に僕の目を真っ直ぐ射抜いた。




「私達はあなたを、我が『蒼き紅炎の騎士団』の第三席として迎える準備があります。是非、私達の仲間になってくれないかしら?」




「……へっ?」


 横隔膜が痙攣したような、変な声が出た。


 あれ? 何だろう、この感覚。つい最近も感じたことがあるぞ。ああ、そうだ。ハヌから『死にたくなければ友達になれ』と脅されたときと同じ感覚だ。小鳥がワンと鳴く瞬間を見てしまったような、そんな違和感。


「……えっと……?」


 僕はヴィリーさんの言葉の意味が上手く理解できず、小首を傾げた。念のため確認する。


「あ、あの……【第三席】というと、僕の記憶に間違いがなければ……団長、副団長と来て、その次に偉い人……だったと思うんですが……?」


「その通りだ」


 短く簡潔に、しかし力強くカレルさんが首肯した。


「――――」


 いや、意味がわからない。


 僕を? 『蒼き紅炎の騎士団』の? ナンバースリーに?


「え、えっと、あの……冗談、ですよね?」


「私が冗談を言っているように見えるの?」


 ヴィリーさんは真顔だった。その隣のカレルさんも真剣な面持ちで僕を見つめている。


 え? ほ、本当に? 本気で?


 それがもし本当なら、とんでもない大出世だ。ぼっちの僕が、一躍トップ集団の仲間入りに――


 いいや。そんなこと、あるわけがない。


 反射的に羽を生やして飛んでいきそうだった心が、突如、石化して鉛よりも重くなった。


 馬鹿か、僕は。何を期待しているんだ。


 この間のダインさんの時もそうだったではないか。何を愚かな思い違いをしているのだ。ヴィリーさん達の目的は、絶対に僕じゃない。メッセージの最後にも書いてあっただろう。良かったら、あの仲良しの女の子もご一緒に――と。


 目的はハヌなのだ。


 おそらくダインさんと違って、僕とあの子をセットで獲得しようと、そういう魂胆なのだ。そういうことであれば、不自然な好待遇だって納得ではないか。


 僕は俯き、膝に乗せた両手をぎゅっと握り締める。


「――あの……すみません……せっかくのお誘いですが……僕を入れても、あの女の子は一緒についてこないんです……」


 せっかく受け取った金貨を、目の前でドブに捨てているような気分だった。本当に申し訳なくて、今すぐ消えてしまいたくなる。


 だけど、ここで嘘を吐いて偽物の地位を手に入れたとしても、すぐに馬脚を露して台無しになるのは目に見えている。僕の不器用さは、僕が一番わかっているのだ。


「だから、その……僕に、そんな価値はありません……すみません、せっかくお食事にまで招待してもらったのに……」


 二人の表情を確認するのが怖くて、下へ向けた顔が上げられなかった。きっと、失望しているだろう。何の役にも立たない、それこそ腰巾着ですらない奴を呼びつけてしまった、と。


「――《あの女の子》というと、《小竜姫》のことかしら?」


「……えっ?」


 予想外の返答に、思わず顔を上げる。な、何の話だろう? 《小竜姫》って――誰?


「……その様子だと、【やっぱり】何も知らないようね……」


「思ったとおりでしたね、団長」


 ヴィリーさんとカレルさんが顔を見合わせて、なにやら互いに納得する。


 え? え? 話が見えない。一体何のことを言っているのだろうか?


 完全に置いてけぼりの僕に、ヴィリーさんは真剣な表情から一転、微笑を浮かべた。が、それはさっきまでの微笑みとは違い、どこか吹雪の雪原めいた雰囲気を醸し出している。


 あ、あれ? 僕もしかして、何かすごい地雷を踏んじゃった?


「――ラグ君、今は何のことだかわからないと思うから、順を追って説明するわね。けれど、その前に誤解を解かせてちょうだい」


 はい、と返事が出来ないほど、ヴィリーさんの笑顔は怖かった。


「あまり私を見くびらないでくれるかしら? この剣嬢たる私が、《小竜姫》欲しさに、地位を餌にしてあなたを誘ったと? 残念ね。それはとんでもない勘違いだわ」


 その声の響きは、結氷した湖が寒風で軋む音にも似ていた。あり得ないはずの冷気が僕の体にまとわりつき、背筋に悪寒を走らせる。


 先日の、鞘に入った剣で殴り飛ばされた元新人さんの姿が頭によぎる。


 顔が笑っていてもヴィリーさんが本気で怒っていることぐらいは、流石の僕でもすぐにわかった。


「す、すみません……!」


 姿勢を正し、顔を強張らせてそう言う事しか出来ない。《燃え誇る青薔薇》という異名とは裏腹に、今の彼女は氷の魔女とでも呼ぶべき迫力を放っていた。


 ふぅ、とヴィリーさんが吐息すると、途端に雰囲気が和らぐ。僕は内心で胸を撫で下ろした。


 ヴィリーさんは両手を組み、肘をテーブルに載せ、真っ直ぐ僕を見つめる。ワインのような深紅の瞳が、心の奥底まで覗き込むかのように細められた。


「先日のゲートキーパー戦の映像を見させてもらったわ。ほとんどのエクスプローラーが《小竜姫》の高威力術式に心奪われたようだけど、私の目は誤魔化されないわよ。ラグ君、あなた――【何か持っている】わね?」


「――!?」


 ぎくりとして、息を呑んだ。ヴィリーさんの眼差しは、この時、テーブルに並べられているナイフよりも鋭い。


「確かにあの子の術式の威力は破格だわ。そこに注目してしまうのも、まぁ無理もないことよね。勿論、【ゲートキーパーと正面から戦ったことのないエクスプローラーなら】、だけれど」


 試すような視線が、ブレることなく僕を見据えている。


「ゲートキーパークラスと戦った経験のある人間なら、誰にだってわかるはずよ。たった一人で、あれを足止めすることがどれほど難しいか。それも仲間を護りつつ、自身もほぼ無傷のままだなんて。――実際、私達ですらボックスコング相手に、少なくない損害を出しているのだもの。未だに信じられないわ……あなたのような人材が、《ぼっちハンサー》なんて揶揄されて、どこのパーティーにもクラスタにも所属していないだなんて」


 どうしよう。完全に気付かれている。それが具体的にどういうものであるかは、もちろん悟られていないだろう。けれど、僕の持つ異常な術式制御能力について、ヴィリーさんは確実にその尻尾を掴みつつあるのだ。


「私達があなたを第三席として迎える準備があるというのは、本当のことよ。むしろ逆ね。私達は《小竜姫》よりも、ラグディスハルト――あなたが欲しいのよ。あなたにはそれだけの実力と、資格があるのだから。――覚えているかしら? あなたと初めて会った時。あの時、私はあなたの顔を見た瞬間、こう思ったの。嗚呼、【この子は騎士の顔をしている】、と」


「……?」


 何の話かわからず、僕は返事が出来なかった。初めて会った時というと、ハヌと一緒にSBに囲まれているのを助けてもらった時のことだろうか?


「大勢の敵に囲まれて、死を覚悟した顔。それも、【自分がどうなろうと仲間だけは守り抜いてみせる】、そんな顔だったわ」


 言われてみれば、そんなことを考えていたような気がしないでもない。もっとも、当時はとにかく必死だったので、よく覚えていないのだけれど。


「実はその時から思っていたの。こんな顔が出来る人間こそ、私のナイツに相応しいと。そう、私はあなたの実力だけじゃなく、その心の有り様も評価しているのよ。それを正しく理解して欲しいわ」


 ……ん? あれ? 何か変だぞ?


「……あ、あの……ちょっといいですか?」


 本当に心の底から理解できず、僕はおずおずと手を上げながら尋ねてしまう。


「何かしら?」


 キョトンとしたヴィリーさんの掌に促されて、僕はその質問を口にした。


「あの、それって……そんなに珍しいこと、なんですか? その……女の子と一緒にいて、ああいう状況になったら、僕が死んでも守り抜くのが当たり前、といいますか……ええと、その……も、もしかして、普通は、そうじゃないんですか……?」


 素朴な疑問だった。少なくとも、僕としてはそのつもりだった。


 けれど言った途端、ヴィリーさんとカレルさん、双方の顔から表情が抜け落ちた。


 ――どうしよう。僕はまた地雷を踏んでしまったかもしれない。


 そうして自分の顔が蒼ざめていくのを自覚していると、不意に、


「……ぷっ、くくっ……!」


 なんとカレルさんが吹き出した。って、ええっ!? わ、笑ってる!? 今の流れで!? どうして!?


「……ふっ……うふふっ……!」


 というか、ヴィリーさんまで俯いて肩を震わせている。な、なんだろう、別に怒っているわけではなさそうだけど――でもこれ、間違いなく笑いを堪えてるよね?


 わからない。皆目さっぱり見当がつかない。


 苦しげに笑いを堪える二人を唖然として見つめていると、やおらカレルさんがヴィリーさんに向かって、


「ご慧眼、見事です。団長」


「ね? 言ったでしょう? 彼は逸材だって」


 美貌の女騎士が片目を瞑って返すと、二人は楽しそうに笑い合った。


 またもや僕だけ蚊帳の外である。


「ごめんなさい、ラグ君。私の方こそあなたを誤解していたかもしれないわ」


 なおもくすくすと笑いながら、ヴィリーさんはよくわからないことを謝ってくれる。けれど、僕にはその意味がとんと理解できない。


「? ? ?」


 ただ困惑し、疑問符の花を頭に咲かせるのが関の山である。


「――小さな体で竜を倒した姫」


 ぽつり、とヴィリーさんが急にそう呟いた。


「え……?」


「それが《小竜姫》の由来よ。彼女、未だに誰にも名前を明かしていないそうよ。だから、彼女を取り込んだクラスタのメンバーも、他の人達も皆、彼女をそう呼んでいるわ」


「あ……」


 話の流れから、何となくは察していた。《小竜姫》というのが、どうやらハヌのことであるらしいとは。


 彼女を取り込んだクラスタ、とヴィリーさんは言った。


 この時、気付いてしまった。自分が今まで、無意識にハヌのことを考えないようにしていたことを。


 今頃あの子はどうしているだろう――なんて、全然考えたことがなかった。


 考えてみれば当たり前だった。あれから何日経った? きっと、たくさんの人があの子の元に殺到したことだろう。仲間になってくれと頼んだことだろう。


 一人きりになったハヌは、最終的にその中の一つに入った。


 ただそれだけの話だ。


 だからそのことで、僕が胸を痛める必要なんてない。そんな資格なんて、どこにもない。そも、最初に手を振り払ったのは、この僕の方なのだから。


「……この通り名を知らなかったということは、やはり彼女が所属しているクラスタのことも?」


 カレルさんの確認に、僕はこくりと頷く。そうか、と呟くと、カレルさんはヴィリーさんとアイコンタクトを取った。ヴィリーさんが頷き返すと、『NPK』の副団長は僕を見つめ、その名を口にした。


「彼女が所属したのは、最近出来たばかりのクラスタ『スーパーノヴァ』という」


 どこかで聞いたことがあるクラスタ名だと思った。胃の腑に霜が降りたような感覚を覚える。


「リーダーの名前はダイン・サムソロ。かつて、我が『NPK』に所属していたこともある男だ」


 その名前を聞いただけで息が詰まり、胸にドス黒いものが生まれた。この汚くてどろどろしたものは、多分、僕が日常的に抱くことが少ない感情――嫌悪感、なのだと思う。


 そうか、ダインさんは『NPK』のメンバーだったことがあるのか。ということは、その実力も折り紙付きなのだろう。新しくクラスタを結成してトップ集団を目指す――その志の高さも納得だった。


「実を言うと私達、あなたを迎えるに当たって、色々と調査させてもらったの。勿論、最初はあなたについて調べるだけのつもりだったのだけれど――そこから《小竜姫》とダインの繋がりが発覚したのよ。うちの元メンバーでもあるから、どうしても気になってしまって、さらに調査を続けたの。そうしたら」


「いくつか、君に伝えなければならないことがわかった。今日は、そのためにここへ来てもらったと言っても過言ではない」


 ヴィリーさんとカレルさんの目を相互に見返し、僕は生唾を飲み込んだ。


 この流れで、嫌な予感以外の何を抱けるというのだろうか。


「ああ、でも、私達があなたを仲間として迎え入れたいというのも、本題の一つよ? でもそれを考えるのは、後にしてもらって構わないわ。これからの話を聞けば、しばらくはそれどころではなくなると思うから……カレルレン、お願い」


 ヴィリーさんはそう言って、どうやら【これからの話】に関する発言権を、全てカレルさんに渡したようだった。


 僕はカレルさんの翡翠色の瞳と目を合わせ、じっと待った。カレルさんはやや迷うような素振りを見せ、しかし意を決したようにこう言った。


「私の調べによると……君が《小竜姫》と【別れさせられた】後、ダインはすぐ、彼女を自らのクラスタへと誘い込んでいる」


 にわかには信じがたい話だとは思った。あのハヌが、あの状況で、そう簡単にダインさんの誘いに応じるものだろうか。大声で文句を言って立ち去っても不思議はないと思うのだけど――


 そう疑問に思っていると、カレルさんから答えが来た。


「――ダインは彼女にこう言ったそうだ。『友達の彼と仲直りがしたいのなら、俺達が話をつけてあげよう。約束する。だから、それまでは俺達と一緒にエクスプロールをしよう』……と」


「――ッ!?」


 予想だにしていなかった展開に、僕は思わず椅子を蹴って立ち上がった。ガタン、と椅子が倒れ、レストラン内が一瞬、静まり返る。


「そ――そんな……! 何ですかそれ……う、嘘ですよ、だって……そ、そんな話、僕は何にも……!」


「聞いていないのだろう? それも当然だ。ダインは、君をダシにして彼女を騙しているだけなのだからな。……ラグ君、少し落ち着こう。さあ、席について」


「…………」


 氷槍と称されるだけあって、カレルさんの語調はどこまでも冷静沈着だった。だけど、いきなり焼き石を投げ込まれて煮え立った僕の心は、そう簡単には収まらない。


 だって――そんな、嘘を吐いて騙すなんて、そんなやり方……卑怯じゃないか、あまりにも卑怯すぎる!


「落ち着こう、ラグ君。君がそんなことでは、彼女を救うことができない」


「……救う……?」


 カレルさんの言葉の中にあった、思いも寄らなかった単語。それを反芻すると、彼は、そうだ、と頷く。


「君は彼女を救い、取り戻すべきだ。私は勿論、ヴィリー団長もそう考えている。そのための協力は惜しまないつもりだ。だから今もこうして、君に情報を提供している。勿論、君にはそのつもりがないのであれば話は別だが……さあ、とにかく落ち着いて、席に座りたまえ」


「……はい……すみません……」


 カレルさんの落ち着いた声に諭され、僕は倒れた椅子を起こして腰を下ろす。的確すぎる指摘のおかげで、僕の感情も幾分かクールダウンできたようだった。


 ハヌを救う――おかしな話だ、と思う自分がどこかにいる。あの子が今、救われなければならない状況にいるのだとしたら、そこへ突き落とした張本人は、この僕ではないか――と。


 あの時、ハヌの手を離さなければ、こんなことにはならなかったかもしれない……そう後悔したところで、今更すぎるのだけど。


 深呼吸をして息を整えていると、ウェイターが料理を運んできた。彼は何事も無かったかのように、僕らの前に皿を並べていく。それが一段落すると、カレルさんは改めて僕を見てこう言った。


「これから話すことは、事実も予測も含め、ただの情報だ。それを受け取ってどうするかは、ラグ君、君次第だ。まずそのことを認識して欲しい」


 カレルさんの前置きに、僕はこう思う。


 確かに僕の愚行こそが、ハヌを窮状に陥らせたのかもしれない。けれど――否、だからこそ。


 あの子が今、救われなければならない状況にいるのだとしたら、それを助けるのが、きっと僕の責任なのだ。


 僕はカレルさんを真っ直ぐ見返し、頷いた。


「はい……! よろしくお願いします……!」


「よろしい。ではまず、ダイン・サムソロという男がどのような人間なのか、それを語ろう。【コレ】は、彼が『NPK』から追放された理由でもある」


 そこで一拍置くと、カレルさんはたった一言で、彼の性質を言ってのけた。




「――奴は《仲間殺し》だ」




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