40:めでたし、めでたしなのでした!
完結です!
お付き合いありがとうございました。
精霊の祝福とかいうやつなのか、狂い咲きした桜は本当に見事な美しさだった。
桜の木の根本に座って、しばらく二人っきりでお花見をした。
毎年この花を見ながら飲んで食べて騒ぐのが私の国の文化だったのだと言うと、それなら今度は春に来よう、とグレイスさんは穏やかに笑ってくれた。
そんな小さな約束が、この先もずっと続く愛しい人との時間が、今はただ素直にうれしいと思える。
私たちの目の前で消えたうさぎのムーさんバスタオルは、遠く彼方、私の未練の元へと迷うことなく飛んでいったんだろう。
家族がどんな顔をして手紙を読むのか見れないのが残念だけど、きっとたくさん泣いて、それからしょうがないなぁって笑ってくれると信じている。
『私の大事な大事な家族へ
驚かないでほしいんですが、いえ、驚いてほしいんですが、私は今、異世界にいます。
漫画や小説の読みすぎでついに現実との区別がつかなくなったかと思われるかもしれませんが、お風呂に入っていたはずの私が姿を消して、急にボロボロになったバスタオルの中にこんな手紙があったら、信じてくれるんじゃないかなと期待しています。
そして、悲しい話をしないといけません。
私は、もうそちらに帰れません。
泣かないでくださいとは言えません。
むしろ、私がこの世界に来てからいっぱい泣いたように、いっぱいいっぱい寂しがって泣いてほしいです。
そんな親不孝な娘で、姉兄不幸な末っ子でごめんなさい。
私はこっちの世界で、幸せに暮らしています。
一点の曇りもなく、とは言えないけど、私を大事にしてくれる人がいるので、『幸せだ』って思えます。
もうわかっちゃったかもしれませんが、好きな人ができました。
とーっても優しくて、誰よりも私を大事にしてくれて、すごく強いのに不器用な人です。
私を大事にしてくれる人のことを、私も誰よりも大事にしたいのです。
家族より、故郷より、私が今まで過ごしてきた二十年間よりも。
私はグレイスさんを選びます。そのための、このお手紙です。
うさぎのムーさんは、ずっと私の心の拠り所でした。
でももう、もっと大事な拠り所ができたので、大丈夫です。
髪の毛はこの手紙が本物だっていう証明になればと思ったんですけど、ごめんなさい、これはたぶんフィクションの読みすぎです。
リボン、きれいですよね。好きな人がプレゼントしてくれたものなんですが、どれだけ大事にしてもらっているか伝わるかなと思って泣く泣く使います。大事にしてください。
お祖父ちゃんお祖母ちゃんにはショックが大きすぎると思うので、夢を追い求めて海外に行ったとでも言ってください。
ミケを私の分もかわいがってあげてください。
お母さんの教育方針のおかげで好きな人にお菓子を振る舞うことができました。もう嵐の夜も心配しないでください。
お父さん、好きな人はちょっとだけお父さんに似ている気がします。真面目で口下手なところとか。あ、お腹は出てませんよ。
お姉ちゃんはお義兄さんとずっと仲良くいてください。甥っ子や姪っ子が生まれても、かわいがってあげられないのはやっぱり寂しいです。
お兄ちゃん、いっぱい遊んでもらったり、一緒に悪ノリしたり、楽しかったです。グレイスさんの手はお兄ちゃんよりももっと大きいんですよ。
私はこの世界で、大好きな人とずっと幸せに暮らしていきたいです。
嫌なことも悲しいことも、一緒に乗り越えていきたいです。
もし万が一、不幸になることがあっても、二人一緒ならそれでもいいかなって思える人なんです。
でも、そんなこと言ったらみんな心配になっちゃうだろうから、やっぱりちゃんと幸せになります。
じゃあね、バイバイ。
ずっとずっと、愛しています。
世界を越えて恋をした、サクラ・ミナカミより』
それから程なくして、正式にグレイスさんが私の後見人に決まった。
こんなに早く決着がついたのは、認めたくはないけどパーティーでの婚約発表のおかげだろう。
元々後見人問題のために王都に来ていた私たちは、お土産を買うために軽く王都観光をしたのち、残念がるタイラルド一家にしばしの別れを告げて砦に帰ることになった。
泣いて別れを惜しむカーディナさんと、今度来たときはもっとたくさんお話ししたり、ゆっくり色んなところを見て回ろうと約束した。
王太子が砦まで送ろうかと提案してくれたけど、嫌な思い出もあったし丁重にお断りさせてもらった。
それがなくても、この国を自分の目で見て、自分の足で歩いて、知って、好きになっていきたかったから。
「たまにはこんなゆっくりコースもいいものだね!」
旅のメンバーは、グレイスさんと私と、それにレットくん。
砦までは馬で五日の距離だけど、旅慣れていない私を連れてその日程で帰ることはできそうにない。
それでも、二人とも気にしていないようだったから、私は遠慮なく初めての旅を楽しんだ。
「あのねー、これが決定打になってほしくなかったから、今まで内緒にしてたんだけど」
道中、グレイスさんが必要なものを買い足すために少し離れたときに、レットくんはそう言って話し始めた。
「精霊が招く客人の条件、知ってる?」
「えっと……『世界が善へと導かれる可能性を増やす』でしたっけ?」
「そ。それね、あっちの世界も含めてなんだよね」
レットくんが何を言いたいのかわからなくて、私は首をかしげる。
どう説明したらいいか迷うように、んー、と彼は声をもらした。
「こっちの世界に来ることで、両方の世界がより善いものになる。気まぐれな精霊が絶対に破れないルール。だからね、あっちの世界で幸せになる人は喚べないはずなんだよ」
今度は、なんとなく理解できた。
精霊による異世界召喚は、二つの世界どちらともがいい方向に進むためのもの。
つまり、私がこっちの世界に来たことで、あっちの世界でも何かしらいい変化があったということ。
でも、それはちょっとおかしくないだろうか。
私がいなくなったことを、間違いなく家族は悲しんでくれただろう。
それを世界単位で語っていいかのはわからないけど、いい変化とは言えないはずだ。
「そうだなー、もしかしたら、近い未来に何かあったのかもしれないね」
「何かって?」
「たとえば事故で死んじゃうとか、極悪な男に引っかかるとかさ。サクラちゃんの家族だって、そんなことになるくらいなら一生会えなくても違う世界で幸せに暮らしてるほうがいいだろうし」
なるほど、それなら納得できるかもしれない。
私が異世界トリップしたその瞬間に手紙を送ることができたから、生死や所在もわからずに苦しませるようなことはない。
大事な家族なら、手紙からだけでも私の幸せオーラを感じ取ってくれるだろう。
ありえたかもしれない未来より悲しむ量が減ったなら、それは『より善いもの』になってると言えなくもない。
「ごめんね、ビックリさせちゃった?」
「いいえ……話してくれて、ありがとうございます」
私は穏やかな気持ちでお礼を言うことができた。
レットくんが話すタイミングを計ってくれたのがうれしい。
それが今なのが、とてもうれしい。
今の私に話しても揺らいだりしないって思ってもらえたってことだから。
「大丈夫ですよ、もう私は一生グレイスさんの傍を離れませんから!」
「……何を恥ずかしいことを叫んでいるんだ」
「グレイスさん!」
振り向くと、すぐ後ろにグレイスさんがいた。
気づけば買い物は終わっていたらしい。
「はははっ、第五の隊長さん顔真っ赤。平和でいいねー」
楽しそうに笑うレットくんを見ながら、もしかして、と私はふと思いついた。
ずっと昔の総隊長が伝説になって、『隊長』という呼び方が伝統になったのは、隠密部隊による働きかけもあったんじゃないだろうかと。
総隊長を忘れないように。
彼と彼の子孫の功績を、後世に伝えるために。
もし、そうだとしたら。
『隊長さん』と呼ばれる彼に助けられて、こうして恋をして、一緒に生きていくと決めたのも、まるで何かのお導きのようで。
根拠のない憶測でしかないのに、そんな考えを捨てきれなかった。
* * * *
そうしてようやく帰ってきた砦は、少しも変わることなく私たちを出迎えてくれて……とは、いかなかった。
「無事で何よりです隊長、サクラちゃん。早速で悪いんだけどこれ引き取って」
「これってなんですかこれって。そう言ってまたわたしが見ていないところで食事を抜いたり仮眠だけで済ませたりするんでしょう?」
「自分の面倒くらい自分で見られますー。ハニーナとは違ってね」
「そう言ってここ数日、頭痛を薬でごまかしていることは知っているんですからね」
「誰かなハニーナに余計なことバラしたのは……」
帰って早々、小隊長さんとハニーナちゃんが目の前でコントのようなやり取りを繰り広げ始めた。
今まで狙っていたはずのハニーナちゃんを邪険に扱う小隊長さんと、少しも引くことなく詰め寄るハニーナちゃん。
あまりにも信じがたい光景に、夢でも見ているのかと思った。
「な……何があったんですか……?」
「まあ、話せば長いことながら」
そう言いながらも、エルミアさんは簡潔にまとめてくれた。
砦を任された小隊長さんは、ほとんど休みも取らずに仕事漬けだったらしい。
見かねた砦の人たちがハニーナちゃんを生贄に……違う、小隊長さんの世話係にした。
渋々役目を果たすハニーナちゃんに、『男を克服したいならまずオレで慣れれば?』と小隊長さんは提案したそうで。
それはハニーナちゃんにとって目から鱗で、迫られて迷惑をかけられているんだからそれくらい利用させてもらおう、と開き直ったらしい。
ただの軽口のつもりだった小隊長さんは、押せ押せハニーナちゃんに困惑中、というのが現状なんだとか。
「私のいない間に、そんな楽しい展開に……! 見たかったです!」
普段なんでも自分の思うままという感じの小隊長さんが押されている姿なんて、すごく新鮮だ。
正直、見ていて楽しくて仕方ない。ハニーナちゃんもっとやれ。
このニュータイプハニーナちゃんなら、曲者な小隊長さんに負けることなく、将来的に尻に敷くことも可能かもしれない。
「ああ、言い忘れてたわね。お帰りなさい、サクラ。何か問題は起こさなかった?」
エルミアさんはいつものようにからかい混じりに。
「お帰りなさい、サクラさん。お土産話、聞かせてくださいね」
ハニーナちゃんは変わらず可憐な微笑みで。
「お帰り。なんかスッキリした顔してるね、サクラちゃん」
シャルトルさんは何かを感じ取ったように優しく。
「……まあ、怪我がないようでよかった」
ビリーさんはやっぱりというかツンデレ風味に。
「お帰り、命綱」
小隊長さんはわかりにくく信頼をにじませて。
砦の仲間たちが、私の帰りを待っていてくれたから。
「サクラ・ミナカミ、ただいま戻りました! 改めてよろしくお願いします!」
高らかに、宣言するように、声を張り上げた。
そうして隣を仰ぎ見れば、私の"帰る場所"は穏やかに私を見つめていて。
その青みを帯びた灰色の瞳が、幸せだ、と語りかけてくるようで。
「さて、グレイスさん。結婚式はいつにしましょうか!」
大好きな人の名前を読んで、笑いかければ。
「……お前には敵わないな、サクラ」
そう、彼も笑って名前を呼んでくれるから。
明日も明後日も、それから先もずっと当たり前のように幸福が続くのだと。
そんな夢物語のような未来を、心から信じることができるのでした。




