05:衝撃の事実を知りました
私が預かろう、ってどういう意味だろう。王太子が私の後見人になるってこと?
それともよくわからないけど、とりあえずの一時預かりみたいな?
ぽかんとマヌケ面を晒す私をかばうように、隊長さんの腕が私と王太子の間をさえぎった。
「後見人は俺で問題ないはずだ」
「いつからお前は私に指図できる立場になった?」
当人のはずの私をさしおいて、二人がバチバチと火花を散らす。
静電気でも走ってるんじゃないかってくらいピリピリとした空気を肌で感じる。
居心地の悪さに身じろぎして、おずおずと手を挙げる。
「あの、私、隊長さんがいいです」
しばらく黙ってる約束だったけど、これは私に関わる話題だから口を出してもいいよね。
勝手に後見人を決められて、それがすごい嫌な人だったりしたら困るし。
隊長さんに後見人になってもらえれば、今までどおりこの砦に……隊長さんの傍にいられる。離ればなれにならなくて済む。
王都がどんなに豊かで安全で素敵な場所だったとしても、そこに隊長さんがいないんじゃ私には意味がない。
「ふん、まあどちらにしろ私の一存で決められることではない。王都に連れていく」
王太子はおもしろくなさそうに鼻を鳴らす。
ああ、やっぱり王都には行かなきゃいけないんだね。しょうがないかぁ。
「俺が付き添おう」
「え、隊長さん……お仕事大丈夫ですか?」
いつでも行けるように準備しておこうって隊長さんが言ってから、まだ一週間も経ってない。
もう準備が終わったの? すぐ行くって感じでもなかったのに、早すぎない?
隊長さんが考えなしに発言するとは思わないけど、ちょっと心配になった。
「元々王都から連絡が来たら、俺が連れていくつもりでいた。すでに調整は済んでいる」
「……根回しがいいことで。そんなにこの女の傍を離れるのは不安か?」
「王都はこことは違った意味で危険な場所だ」
「過保護だな。そうするだけの価値があるのか、この女には」
さっきからこの女この女と失礼極まりないけど、死亡フラグになりそうだから文句は言わないでおこう。
王太子だもんね。失礼が許される身分なんだもんね。
長いものには巻かれたほうがいいときだってある。郷に入りては郷に従えってことわざもあるし。
「まあ、お前もようやく身を固める気になったというなら、祝いの言葉くらいは言ってやってもいいぞ」
「寝ぼけているなら休む部屋を用意しようか」
「従兄の前途を祝せないような人非人ではないつもりだが」
え……? ちょっと、待って?
今、聞き捨てならない単語を耳にした気がする。
「いと、こ……?」
誰が、誰の……?
隊長さんが、王太子の……?
文脈からしてそうとしか取れないはずなのに、私はそれをすぐには飲み込めなかった。
だって、あまりにも寝耳に水だったから。
呆然としながらも思考はぐるぐると動いて、さっき聞いたばかりの王太子の名前を思い出した。
そういえばこの人、フロスティン・“キィ”・クリストラルって……! 階級が隊長さんと一緒だったんだ!
たぶん、キィは王族を表す階級なんだろう。
隊長さんはただの貴族だと思ってた。ただの、という表現が正しいかはわからないけど、まさか……王族だなんて、思いもしなかった。
「はっ」
王太子は私の様子を見て、口端を歪め、笑みを形作った。
それは、とてもとても楽しそうに、嘲りを含んで。
「はははっ、そうか、そんなことすら話していなかったのか。身分など関係なく自らを愛してくれる女性を見つけたと、そういうことか? それとも幻滅されたくなかったか? 何も継ぐものなどないくせに、面倒事だけは背負わせることになるからな」
王太子の言葉の意味は、半分も理解できない。
ただそれが、隊長さんにとってよくないものだってことだけは、わかった。
「ああ、これほど愉快なものもないな。結局お前は何も変わってはいなかったのか」
まるで毒だ。まるで呪いだ。
貴族なんてなるものじゃないって、貴族でいたくなかったって、以前隊長さんは語っていた。
あの時は、その理由を深くは考えなかった。大変なんだろうなぁって軽く考えてた。
隊長さんはずっと、ずっと、苦しんできたんだろうか。苦しめられて、きたんだろうか。
隊長さんはいったいいつから、こんな呪いを受けていたんだろうか。
「つまらない男だな、グレイス」
空の色の瞳が、虫ケラを見るように冷たくきらめいた。
もう、我慢の限界だった。
「……っ、失礼します!」
言うが早いか、私はガッと隊長さんの腕を掴んで力任せに引っ張った。
そのまま扉に向かえば、隊長さんは抵抗することなくついてきてくれる。
いや、突然のことに呆気にとられているだけかもしれない。
「おい、サクラ……?」
困惑気味に声をかけられるけど、私は口を引き結んだまま開かない。
今開くと、隊長さんの耳が汚れるような暴言が飛び出してきそうだった。
王太子を放って部屋を出るのもだいぶ無礼だろうけど、面と向かって罵るよりはきっとマシなはず。
それに、フォローしてくれる人だっているわけだし。
「あとはお願いします、小隊長さん!」
廊下に出ると、扉の前に待機していた小隊長さんに全部丸投げした。
まさかすぐそこにいるとは思わなかったけど、小隊長さんならなんとかしてくれるだろうって妙な信頼感があった。
小隊長さんだって貴族なんだから、王太子の話し相手に不足はないだろうし。
私や隊長さんよりずっと上手に対処してくれるだろう。
「あー、はいはい。よくわからないけどだいたいわかった。面倒だけどしょうがないな……上司の尻拭いも部下の役目だからね」
小隊長さんは格好つけるみたいにウインクして、隊長さんの執務室に消えていく。
王太子と扉一枚分でも離れられると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「……サクラ?」
隊長さんは気遣わしげに名前を呼んで、私の顔を覗き込んでくる。
どうして、そんな声で。そんな顔で。
不当に貶められた直後に、私のことなんか心配して。
どうして隊長さんはそんなに優しくて。そんな優しい人なのに、報われないんだろう。
悲しくて。悔しくて。
ぎゅうっと抱きつくと、大好きなぬくもりが私を心ごと包み込んでくれた。




