04:王太子が来た理由を聞きました
連れ立って廊下を歩いていると、すれ違った人たちは王太子を見て顔色を変えたり硬直したり、勢いよく頭を下げたりした。
やっぱり王族は、しかも次の王様っていう立場は特別なんだなぁ。
そんなことを考えてるうちに、隊長さんの執務室についた。
王太子は我が物顔で部屋に入って、二人がけ用のソファーのド真ん中に君臨した。
「初めに言っておくが、別にグレイスを罰するつもりはない」
「本当ですか!?」
王太子の言葉に、私は座ることも忘れて詰め寄った。
そんな私に王太子はヤレヤレといった顔をして、ひとつため息をつく。
「非常に残念なことに、落ち度はこちら側にあるからな。たとえ、再度報告をするべきだったとはいえ、精霊の客人が達者に暮らしていたのなら咎められるほどのことではない」
「元気です! 毎日すっごい楽しく暮らしてました!」
「……グレイス。この女の口を縫いとめることはできないか」
「サクラ」
どうやら王太子には私の反応はうるさすぎたらしい。
隊長さんは、『すまないが今だけは黙っていてくれ』と視線で訴えかけてくる。
ラジャー! 目と目で通じ合うなんて、さすがは恋人同士って感じだよね!
私はおとなしくお口をチャックして、隊長さんと一緒に王太子の正面のソファーに座る。
いまだにこの状況がいまいちわかってないけど、これから二人は難しい話をするんだろう。
ちゃんと黙ってられますよ、大丈夫。男同士の話には割り込んじゃいけないってことくらい、私でも知ってる。
むしろここに私がいる意味はあるのかなって思っちゃうけど、どうやら精霊の客人についての話らしいから、たぶん聞いておいたほうがいいんだろう。
「本来、精霊の客人については最優先になるはずだった。だがまあ、制度など使われなければ朽ちていくものだ。最初に報告書を見た者が、上に話を通さなかった。たったそれだけで簡単に精霊の客人は“いないもの”となった」
前に隊長さんが教えてくれたことだよね。情報を隠している人間がいる、って。
それなら、どうして今こうやってここに王太子がいるんだろう。
精霊の客人がこの砦にいるって知っていて来たみたいだし、どこかから話がもれたのかな?
「なぜそいつは上に話を持っていかなかったんだ」
「報告者がお前だったからだよ、グレイス」
そう言って、王太子は小バカにしたような笑みを吐く。
「精霊の客人が最後に来たのは百年以上も昔のことだ。まず誰もが思う。『この報告は正しいのか?』と。それだけ、どの国でも精霊の客人の扱いは重い。利用価値はいくらでもあるからな」
ひええええ、利用価値とか、何それ恐ろしい。
私はごくごく普通の一般市民ですよ……。
「お前の不遇な立場は皆が知るところだからな。偽りの精霊の客人を立て発起するつもりなのでは? とその者は考えた。精霊の客人となれば、順当に行けば最終的には王にまで話が来る案件だ。その役人は私とお前の確執が深まることを危惧したようだよ」
思わず声を出しそうになったくらい、私は衝撃を受けた。
王太子の言葉は、半分も理解できなかった。
隊長さんの不遇な立場ってなんだろう。発起って? 確執って?
半年近く一緒にいたのに、私は隊長さんのことを全然知らなかったんだって、急に思い知らされた。
「……人を選んで仕事をするべきではないと、俺は思うが」
「その点では腹の立つことに同意見だけれどね。問題がなかったのなら、減俸くらいで勘弁してあげようじゃないか。……いや、むしろお前にとっては好都合だったようだな」
王太子はニンマリとわざとらしく口端を上げた。
それとは対照的に、隊長さんは眉間のシワを深めた。
「お前には関係ない」
「本気でそれを言っているのか? 自分の立場とこの女の立場を知っていて?」
「……」
「隠し事は為にならないぞ、グレイス」
あの、もしかしなくても、これって私と隊長さんの関係のことを言ってます?
保護対象のはずの精霊の客人と、なに勝手に恋愛なんかしちゃってんだよ、って?
まだ何も言ってないのに、どうして気づかれたんだろう。
「……サクラは、俺の……大事な人だ。もしお前が彼女を利用するつもりなら、俺は全力で守るだけだ」
きゃあああああああっ!!!
なんとか悲鳴を上げるのは我慢したけど、内心では狂喜乱舞だ。
声がもれ出そうになる口を両手で押さえるけど、感激でその手まで震えてきてしまう。
隊長さん……! 本当に、本当にかっこいい……!!
私、隊長さんに愛されてるよ……!
「安い芝居でも見ているようだな。濡れ場は手短に頼もうか」
「……真面目に聞け」
調子を崩されたらしい隊長さんは、ガシガシと短い髪を掻く。
隊長さんをからかうとおもしろいのは私もよく知ってるけど、他人にやられるとムカムカする。それは恋人の特権なんですからね!
「言っておくが、私は別に精霊の客人になど興味はなかったんだ。羽虫が騒がなければ来るつもりはなかった」
「羽虫……」
「うるさいものだよ。精霊など見えたところでいいことなど一つもない」
王太子はうんざりした様子で耳元で手を払う。
この王太子はどうやら精霊を見ることができる人のようだ。そういうのをなんと言うんだったっけ。たしか、精霊の愛み人だとか。
でも、精霊を羽虫って呼ぶなんて、ちょっとひどくないかな。
たしかに騒がしいし、たまに邪魔だなって思うことはあるけど、あんなにかわいいのに。
「……ずいぶん前から知っていたのか?」
地を這うような声で問う隊長さんに、えっ、と私は王太子に目を向ける。
どうしてそうなるのかすぐには理解できなかったけど、精霊から話を聞くことができるなら、私が来た当初から知っていてもおかしくないってことか。
そういえば、前にオフィが王都に行っていたこともあったはずだ。
「千の耳を持つ王太子、と呼ばれていることを忘れたか? まったく、おしゃべり好きな精霊には困ったものだ。弱みを握れるのはありがたいことだけれどね」
千里眼の耳バージョン……。
氷の第五師団隊長といい、この国の人って異名をつけるのが好きなんだろうか。
「今は精霊の客人を必要とする時勢でもない。私としては捨て置いてもよかったんだが、そうはいかないと精霊が喚くんだ。然るべき対応をしろとな」
今のところ利用価値はないから放置しようと思ってたってこと?
ちょっと複雑だけど、私もそのほうがありがたかったかもしれない。
後見人とか、不確定要素が強すぎるもんね。もしここで働けなくなってしまったら、隊長さんとも離ればなれになっちゃうし。
然るべき対応ってなんだろう。難しいことじゃないといいんだけど。
「さて、女」
王太子がいきなりこちらを向いた。
私は反射的にピシッと背筋を伸ばした。隊長さんみたく怖い顔ってわけじゃないのに、なぜか気が引きしまる。
「お前の身は私が預かろう」
…………え。
私に拒否権はないんですか……?




