99.呪いを打ち破れ
99.呪いを打ち破れ
教会が聖騎士団という”軍隊”の管轄になり、
王妃が”聖女”として選ばれた。
「高齢の国民はみんな、王妃が元・聖女であり、
勇者と共に世界を救ったと記憶しています。
そして、その力が桁外れのものだったことも」
ジェラルドの言う通り、
しばらくの間は歓迎ムードが予想される。
しかし問題はキースが言ったとおり、
”気が付いたら蝕まれている”状態になる可能性が高いことだ。
「聖女になれば、”この国を光で満たす”という
彼女の計画を進めやすいもんな」
俺は腕を組んで考え込む。
「軍を関与させたのも、聖職者たちから実権を奪い、
教会内で王家の力をふるいやすくするためね。
今までは王を操っていたけど、
これからは自分が表に立つことにしたんだわ。
王太子はもはや、王にはなれないわけだし」
エリザベートの言う通りだ。
この世界では、”兄弟殺し”はたとえ未遂でも王位の継承権を失う。
それは”命の危険を感じ続けた王族の長子たち”と
”血なまぐさい歴史”が作り上げた”苦肉の策”なのだろう。
王太子カーロスはまもなく廃太子される見通しだ。
王の命でしか動かない”第9団”を使い
次兄フィリップを殺そうとした、という濡れ衣で。
カーロスがそれを甘んじて受けるとは思えないのが、
少々ひっかかるが。
「……で? どうする? レオナルド」
キースが俺に軽い調子でたずねる。
教師が問題を解いてみろ、といった雰囲気だ。
それも、その問題が解くのが難しそうな出来の悪い生徒に。
俺は一瞬ムッとしたが、考え直す。
さっき執事が伝令を持ってくる前、
キースは言いかけたのだ。
”情けないな。ダンなら……”、と。
俺は考え込む。
勇者の選択は。
俺はキースに笑顔で答えた。
「……どうって、もちろん。
ほおっておきますよ」
その言葉に、ジェラルドやフィオナが目を見開いた。
エリザベートは微笑を浮かべ、母上はクスリ、と笑う。
……メアリーはそんな母上を凝視している。
俺は立ち上がり、伝令をテーブルに投げた。
「教会の管轄を聖騎士団にしたことは
”政教分離の原則”に反することだ。
これは公表次第、各国の教会から猛烈な非難を浴びるだろう。
ほっといてもいろんな妨害を受けてまともに動けやしないだろう」
本来、軍事を含む政治は宗教に干渉することは許されない。
だから今までも、他国の聖職者を招き入れることで
俺は数々の問題を解決してきたのだ。
火種を自分で作った理由はともあれ、
こちらに早急な対応は必要ないだろう。
「それに王妃が聖女になったとしても、
いきなり国民の反感を買うようなことをすると思うか?
しばらくは”心優しき聖女”を演じ切るだろう。
……というよりも、あいつはそもそも”悪事”を行うつもりはないんだ」
勇者は目先の出来事にいちいち一喜一憂せず、
常に世界規模で考え、結果を踏まえた選択をするだろう。
俺はみんなを見渡して告げる。
「だから俺たちは今のうちに、王妃の光魔法を防御する方法、
または無効にする方法を見つけるんだ」
俺の答えを聞き、教師は黙って俺を見ている。
母上はやれやれ、というような顔で
「……教えたわけでも、見て育ったわけでもないのに」
と言って笑い、立ち上がって俺の頬に手を添えた。
それを見てキースがつぶやく。
「……早く、ダンに会わせたいな」
キースは母上が国王に召されてから
俺が勇者の子どもだとバレないように尽力し
さらには何もかも捨てて、命がけで俺たち親子を救ってくれたのだ。
俺が大親友の息子だと実感し、喜んでくれているのだろう。
************
「じゃあ、今後の事だが」
そして未だに母上を見つめ続けるメアリーに問いかける。
「メアリー。嫌な記憶かもしれないが、教えて欲しい」
急に名前を呼ばれ、しばしの間をおいて彼女は振り向いた。
「……えっ? 私?」
「ああ。以前、魔族に取り込まれていた時、
村に来た人間すべてに
”ガウールから出られなくなる呪い”ってのをかけてたよな?」
メアリーは眉をひそめ口を尖らせて言う。
「ええ、かけたわよ。かけまくりましたとも」
母上の前でそのことを言われ、怒っているのかもしれない。
それを察したのか、母上は彼女の肩に手を置いて言う。
「ユリウスから聞いたわ。本当に辛い思いをしたわね」
メアリーは慌てて首を振る。
「いいえ、私は! 魔族に飲み込まれた後たくさんの人間を……」
「人間を襲ったのは魔族よ、メアリー。
あなたもその被害者の一人だわ」
「でも、私は」
なおも自分を責めようとするメアリーに母上は微笑んだ。
「だってあなたは”人間”なんて好きじゃないでしょう?
あなたが好きなのは、フルーツたっぷりのタルトでなくて?」
今日のデザートのそれを、メアリーは二回もお代わりしたのだ。
恥ずかしそうに首をすくめるメアリーを
母上は優しい目でみつめている。
俺は話を続けた。
「で、だ。どうやったんだ? あれ。
全員の動きを常時監視して行動を制限させるなんて
なんというか、めんどくせーだろ?」
メアリーは呆れたように答えた。
「そんなわけないじゃない。
あなた、呪いをなんだと思っているのよ」
そう言ってメアリーは人差し指をクルクル回しながら言ったのだ。
「呪いはね、自己暗示よ。
私は村人に強いショックを与えるとともに、
強烈な自己暗示をかけたのよ。
”もうガウールからは出られない”って」
やはり、そういうことか。俺は腕を組んで考えた。
異世界の記憶を持つ者としては、
魔獣はまあ、”今まで知らなかった生物”だと思えば割り切れなくない。
でも魔法は違うだろう。
どういう原理だよ。
なんで無から有が発生するんだよ。
正直、頭の片隅で、いちいちツッコんだり怪しんでいたのだ。
「王妃の怪しげな光魔法も案外、
裏にはシンプルな仕組みがあるんじゃないのか?」
俺の言葉に、ジェラルドは深くうなずいてくれた。
「あの大規模に壊滅的なダメージを与える
王妃の攻撃に直面し、混乱していましたが
大勢の人間を一瞬で廃人にする、というのは不可思議ですね」
「では、あれも自己暗示?」
エリザベートは人差し指クルクルをマネして、首をかしげる。
そのしぐさの愛らしさに一瞬戸惑うが、
俺は平静を装って、そうだ、とつぶやいて。
「プラセボ効果の反対にノーシーボ効果ってのがあるんだ」
プラセボ効果は、薬だと思って飲んだら
実際に体に効果が現れるやつだが
ノーシーボ効果はその逆だ。
”この薬は副作用がある”と聞いてから飲めば、
その副作用を実際に起こし、
”あなたはもうすぐ病気で死ぬ”と言われたら
実際は病気でなくても弱って死んでしまう心理的な作用のことだ。
「人をあんな風に変えてしまう光の魔法も
その種類なんじゃないか?……だとしたら」
俺はもう一度メアリーに尋ねた。
「”ガウールから出られない”って呪いは、
かけたヤツ以外も実は解除できたのか?」
残念ながらメアリーは首を横に振った。
「解けた人間は一人もいなかったわ。
誰だったかしら……薬屋の……」
「ああ、グレイブな」
彼は本名をガルーブ・ディ=シャデールと言い、
シャデール国王の末弟だった。
「あの人、かなり必死に呪いを解こうとしていたみたいだけど。
呪いって、ほら、暗示でしょう?
だから思い込めば思い込むほど、解けないのよ」
申し訳なさそうにメアリーが言う。
「確かにな。むしろ逆効果かもしれない。
呪いの内容を、強く再確認するようなもんだ」
俺のつぶやきに、メアリーはうなずく。
「では、どうすれば……」
「カデルタウンの人たちに、
”あなたはアンデットじゃないですよー、
自分のやりたいように生きて良いんですよー”
って伝えられるでしょうか……」
困惑した顔でジェラルドが言い、フィオナもうつむく。
エリザベートは緑板を操作しているが、暗い顔のままだ。
もともと緑板の検索機能は、
抽象的な質問を苦手としているから難しいだろう。
”王妃の魔法を解除するには”とか
”カデルタウンの人々を元に戻すには”といった質問は
”解除”や”元”の定義が厳密でないため、答えが出ないのだ。
ちなみに”王妃を倒すには”という質問をしたら
”本人に頼むか押えるかして、床に横たわらせる”と出た。
そりゃknock downではなく、layのほうの”倒す”だ。
さらに”王妃の活動を停止させるには”の場合は
”ナイフで心臓を刺すなどし絶命させる”と出る。
……ですよね。
俺は立ち上がり、大きく伸びをした。
「深刻になるのは、”呪い”を解くのに
一番マズいスタンスなんじゃないか?」
えっ? という顔で俺を見る彼らに、俺は言った。
「強烈な自己暗示だとすれば、答えは簡単だろ?
それを上回るヤツをかければ良いんだ」
生きる意思や個性に満ちた、活気あふれる呪いを。




