71.工場乗っ取り
71.工場乗っ取り
あの後、エリザベートとフィオナが
王太子妃ステラを王宮へと送り届けている間
俺とジェラルドは先に戻って緑板による検索を始めた。
「グエル大司教から魔族の気配がする、って
意外というより、”だよねー”って思うよな」
俺が言うと、ジェラルドもうなずく。
「偽の聖女を仕立て上げ、
自分たちの罪を被せて惨殺しようとするなんて
人の心を持たない所業ですからね」
とりあえず、”グエル大司教は魔族か?”という質問の答えはNOだった。
ここで結論付けてはいけないのは経験済みだ。
俺たちはありとあらゆる可能性を探る。
”今日、聖マリオ礼拝堂で会ったのはグエル大司教か?”はYES。
つまり、魔族とすり替わったりはしていない。
”グエル大司教から魔族の気配がするのは何故か”は、
”そこに存在するから”だった。
「つまり、だ。あいつ自身は人間だが……」
「憑依されているか、まとわりついているか、でしょうか?」
俺たちは検索を続ける。
”魔族や魔物に憑りつかれているか”。
”憑依されているか”。
”持ち物に魔族が隠れているか”
それらの答えは全てNO。
うーん。俺たちは黙々と検索を続けた。
「これを見てください!」
ジェラルドが叫び、俺に自分の緑板を見せながら言う。
「まずは彼がどんな人物か、
出生や経歴などから調べなおしていたのですが……」
彼の緑板に出ていたのは、グエル大司教の属性だった。
その答えは……”光属性および魔属性”。
「魔属性……そんなものがあるのか?!」
俺たちは衝撃を受けたまま、画面を凝視していた。
************
「ちょっとシャレにならないことになってきましたね」
フィオナが腕を組み、眉を寄せる。
しかし彼女が思い悩んでいるのは、
グエル大司教が”光と魔の属性”を同時に得ていることではない。
俺たちの作った醤油が爆発的なヒットを迎え、
かなりの欠品状態になっていることだった。
「私たちは醤油の実力を見誤っていました。
”ひとつの家庭にひとつのショーユを”。
皆に求められるのは当然の結果だったかもしれません」
そして厳しい顔つきで俺たちを見渡して宣言する。
「早急に製造を増やしたいところですが、
ここで品質を落とすわけにはいきません!
美味しいと思ってもらえる品を食卓に届けましょう!」
そう言ってフィオナはこぶしを胸の前にかかげる。
フィオナの醤油に賭ける情熱は半端なものではないが、
ちょっと逸脱している。
”醤油に賭ける”ではなく、醤油はかけるものだ。
「まあ落ち着け。通常の製造方法じゃないんだ。
一気に作ろうと品質に変わりはないだろう」
俺がそう言うと、フィオナはエヘヘ、と舌を出す。
「なんか、下町の熟練工場長っぽいこと言ってみたくて」
原料は大豆に似た豆だが、製法は魔法を駆使して作っているのだ。
闇魔法の一種である腐敗魔法で作った種菌を用いて
聖魔法で麹菌・乳酸菌・酵母菌たちを活性化している。
通常は時間を要するのだが、”魔法”を使えば一瞬で出来上がりだ。
異世界バンザイ。
フィオナはさくっと気分を切り替えて叫んだ。
「では、どんどん生産しましょう!」
そしてエリザベートとともに、工場へと入っていく。
この町はずれの工場では、数人の人を雇い、
豆を煮たり、出来上がった醤油を瓶に詰めたりを任せている。
彼らにとっては”豆を煮る→樽に移す→醤油が出来る”
といったように見えているかもしれない。
ワイン樽のように蛇口がついており、
次々とガラスの小瓶に詰めていく作業員たち。
封がされたそれを、フィオナが”聖なる力”で滅菌して完成だ。
この力の使い方を、神がどう思われるのか謎だが。
あっという間に大量に出来たそれを、
町の食品店やレストランへと別の担当が運んでいく。
どこも欠品がちで、お待たせしているところばかりだ。
次々と出荷されるそれらを見ながら、
俺はエリザベートに尋ねる。
「いま、どのくらいプール出来ている?」
彼女は小首をかしげ、人差し指を口に当てて考えながら言う。
「そうね、かなりの額、いったと思うわ」
そう言って数字を俺の手のひらに書いて見せた。
「これは……なかなかのもんだな」
俺は感嘆の声を漏らす。
ロンダルシアの銀行に、俺たちは資金を貯め込んでいるのだ。
現実世界にも、紀元前から似たようなものがあったように
異世界にもちゃんと銀行に似た役割の機関はあった。
そして俺たちは自国シュニエンダールではなく、
信頼でき、秘密を守ってくれるロンダルシアの銀行に
隠し口座を作ったのだ。
そこには醤油の売り上げだけでなく、
倒した魔獣にかかっていた懸賞金や
ガウール周辺の危険度を下げた謝礼なども入れておいた。
それだけでなく、うちの王家や貴族に
”たいしたものはない”といわれた魔獣の爪や牙は
ローマンエヤール公爵家は買い取らず、
そのまま俺たちのものにしてくれたのだ。
もちろん医療など国民や一般兵に役立つものは
公爵家に受け取ってもらったが
その他のものは全部、換金しておいた。
おそらく国王や大臣が見たら、悔しさのあまり泣き伏すような金額だ。
その上、醤油の売り上げはうなぎ上りだった。
材料費や労務費、製造費などは限りなく少ないため
あの緑板に示された不吉な未来予告さえなければ
これを元手にガウールで優雅な隠居生活を送りたいくらいだ。
「スイス銀行に資金を貯め込む、悪の組織みたいですね!」
フィオナがワクワクした顔で言うが、
即座に俺とジェラルドにつっこまれる。
「スイス銀行という名の銀行は実在しねーぞ」
「うちは健全でまっとうな醤油工場です」
俺たちは笑い合い、皆で楽しく和気あいあいと
醤油の製造と出荷の作業と繰り返した。
ローマンエヤール公爵夫人にも言われたのだ。
今はいろいろ知り、静かに動くべきだと。
しかし、敵はそんな俺たちを
ほおっておいてはくれなかったのだ。
************
「レオナルド。
お前のショーユ工場は多額の利益をもたらすと聞く。
従って今後は俺の……王家のものとする」
王太子である長兄が、先ぶれもなく俺の宮殿に来て
顔を見るなり言い放ったのだ。
おかげでこっちは検索する時間すら持てずに
長兄カーロスの対応をする羽目になってしまった。
顔を見た瞬間、ステラ王太子妃の事かと思い身構えたが、
なあんだ、醤油工場を俺から取り上げるって話か。
どうせ儲かってるという噂を聞いて欲が出たのと、
一般市民に大人気の品を王家が掌握することで
完全に離れつつある国民の心を
なんとか繋ぎ止めたいのだろう。
「それはかまいませんが、問題がふたつあります」
ここで怒ったり悲しむのは、カーロスを喜ばせるだけだ。
どうせこちらが何と言っても、結果は変わらないのだから。
「あの工場を開設するにあたり、かなりの費用を要しています。
それにはローマンエヤール公爵家だけでなく
他国からの支援も頂いております。
その返済が済まない以上、
経営者が変わることに同意は得られないでしょう」
もちろん嘘だ。どこにも融資など受けてはいない。
カーロスは俺を見下しながら、唇をつきだし、
ただでさえ細い目をさらに細めた。
このエラの張ったごつごつした面、本当に母親似だな。
「そんなもの、王家がすぐに返済する。
後で借用書類を送れ。
もう一つはなんだ、さっさと言え」
カーロスはイライラしながら言い捨てた。
俺は”急いでエリザベートやジェラルドに連絡して
超・高額の借用書類を作らないとな”
……そんなことを考えながら答える。
「工場はもちろん、そこで働く人々もそのまま引継ぎますが……
兄上はショーユの作り方についてご存じなのでしょうか?」
カーロスは馬鹿にしたように俺に言う。
「なぜ俺が知っている必要がある?
下々のことは下々にやらせれば良い。
俺は経営をするだけだ」
ああ、こいつ現場も製品の知識もない
ポンコツ経営者の代表だな。
俺は笑顔でうなずく。
「そうお考えでしたら、二つ目の問題はなさそうです。
それでは、工場の場所はご存じですね?
明日にでも、ご一緒に行かれますか?
俺も荷物を取りにいこうと思いますので」
俺の言葉に、兄は露骨に顔を歪めて拒否を示した。
「……俺は忙しい。明後日以降にする」
「残念です。では明日、俺の荷物だけ撤退しておきますね」
わかってるよ。兄上は普段なら、俺の顔を見るのも嫌なのだ。
カーロスは帰り際、俺に尋ねた。
「……いいのか? お前の作った工場なんだろ?」
俺は笑顔で答える。
「それを取り上げ、自分のものにすると
お決めになったのは兄上です」
その言葉を聞き、カーロスはあざ笑うような笑みを浮かべた。
「あきらめの境地ってやつか。
ま、長生きしたいならそれが一番だ」
そうして部屋を出て行きながらつぶやいた。
「そのうちもっと大きなものを
お前から奪うからな……覚悟しておけ」
俺は去って行く背中に言う。
やれるもんなら、やってみろ、と。




