111.生まれ変わる第4軍
111.生まれ変わる第4軍
あっけに取られた表情でこちらを見ている第4軍兵たちに
この大魔獣ファヴニール討伐の報酬として
俺は”自由と権利”を与える、と宣言したのだ。
「……なんだよそれ。自由? 権利?」
凶悪犯のような顔をした荒くれが
意味が判らない、というように眉をしかめる。
しかし眼鏡の兵など一部の者達は、
すぐに言葉の深い意味を察したようで
目を丸くし驚愕の表情を浮かべている。
「えっ?! まさか!」
「……そ、それは、つまり!」
そうだ。絶対王政の成れの果て……みたいなこの国を、
全国民が選択する自由や権利を持つ国に変える、という宣言だ。
王家の手先である”監視役”のフレディは
残念ながら”意味わからん”組だったようだ。
俺に蹴られた顔面を抑えつつ、馬鹿にしたように笑った。
「そんなもの。与えたりもらうものじゃあるまいし。
……まあ、レオナルド王子に金品は与えられませんからね。
クズの第三王子が自由にできるような予算を割り振るほど
この国は愚かではありませんから」
俺は肩をすくめて受け流す。
「国家予算を正しく使えるほど賢くもなかったがな、この国は。
出来ないことは得意な者に任せれば良いものを」
そこまで言っても意味が通じないフレディは鼻で笑った後、
周囲に散らばる魔獣の死体に気付き顔を歪めた。
そして第4兵を見て、しばし考えた後につぶやく。
「……なんだ。こいつらでも倒せるようなレベルだったのか」
顔面に俺の蹴りを食らった後、地面に伸びていた彼は
あの後のことを全く知らないのだ。
俺の補助魔法を駆使し、押し寄せる魔獣相手に
彼らがすばらしい動きや策を持って快勝したことを。
さすが剣の腕もなく成績も悪かっただけはある。
もし討伐の体験や知識があれば、
地面にころがる魔獣の種類を見るだけでも、
それが決して低レベルでないことはわかるはずなのだ。
馬鹿にされた第4兵たちは明らかにムッとしていた。
以前なら何を言われても無関心だったのに。
侮辱に対し苛立つのは、彼らの中に”自尊心”が戻った証拠だ。
さっきの成功体験により、彼らは変わりつつあった。
「では! さっさと行くぞ!
王子がご無事な限り、お前らの苦難に満ちた旅は続く……」
そこまで煽ったところで、フレディは後ろにはじけ飛んだ。
ならず者風の兵士が、裏拳で殴ったのだ。
彼はさらに前に出て、俺に問いかける。
他の兵に教えられ、俺の言葉の意味を知ったようだが。
ものすごい目で俺を睨みつけながら、彼は言った。
「俺は”自由”も”権利”もいらない。
……教会の奴らを潰し、サーシャの仇さえ討てるなら」
俺はうなずく。それだけで十分に通じた。
誰か大事な人をグエルたちに殺されたのだろう。
「僕の母を医者に、病院に連れていくことができますか?!」
青白い顔の兵が必死の形相で訴えてくる。
おそらく親の治療費のために、
劣悪な扱いを受けるこの第4軍に入ったのだろう。
俺はうなずいた後、彼に向かって言う。
「治療を受けるのももちろんだが、
金銭的な負担を取り去るだけでは不十分だ。
看病を続ける家族の生活も安定させねばならない」
「理不尽に取り上げられた店を返してもらえますか!?
小さくても、ひい爺さんの頃から続く大事な店だったのに!
……あいつら自分の作った店に客を集めるために潰しやがって!」
当時の悔しさを思い出したのか、涙ぐんだ兵が俺に詰め寄る。
貴族がたわむれに自分の趣味でお店を作る時、
競合店に因縁をつけて取りつぶし、
無理やり顧客を横取りする手法を取るのだ。
”うちの店は平民に人気がある”、と自慢するためだけに。
俺はその兵に、難しい顔をして答える。
「うーん、どうだろうな、元の店か……」
悲し気な顔をする彼の肩に手を置き、俺は続けた。
「元の店に思い入れはあるだろうが、せっかくの機会だ。
もっと大きくした方がいいんじゃないか?
店子も増やした方が町全体も活気付くだろう」
彼の表情は一転し、泣き笑いの顔でうなずいた。
「なっ! なんだよお前らっ!
こんなクズ王子に懐柔されやがって。
こいつにそんな力はないし、
取り戻させるような金もないんだぞ!」
座り込んだままフレディは鼻血を抑えつつ叫んだ。
それでも誰も動かない。冷ややかにフレディを見ている。
その態度に腹を立てたフレディは、矛先を俺に変えた。
「そもそも全員、帰って来れると思っているのか?
今回の王命はな、”大魔獣ファヴニールを倒し、
パルダルの地に安息をもたらすまで絶対に戻ってくるな”、だぞ!」
俺はフレディにキラキラをふりまきながら笑顔を向けて言う。
「おう、まかせろ!
魔獣を倒して、あの地の危険を取り去れば良いんだろ?」
俺を舐めるな。策はとっくに考えてあるのだ。
余裕を見せる俺を、フレディは顔を真っ赤にして睨んでいたが、
唾を飛ばしながら全員に向かって号令をかけた。
「おい! さっさと出発しろ、このグズの無能どもめが!
お前らなぞこの国で飼い殺され……」
彼はきっと、今日は厄日なのだろう。
言葉の途中で吹っ飛ばされるのは三度目だ。
俺の張り手を食らったフレディは、
真っ赤になった頬を抑え、恐怖に満ちた顔で俺を見た。
その胸倉を片手でつかみ、右手で剣を構えて俺は言う。
「第4軍は俺の軍、だから俺に対する侮辱ってことだ。
王族に対する侮辱はな、
その場で斬首されても文句は言えねえ”決まり”なんだよ。
……ほんっとに理不尽極まりねえよなあ?」
ガクガク震えるフレディ。
すると2人の兵がフレディを助けようと走って来た。
なるほど。こいつらがそうか。
王家はフレディ以外にも監視役を潜ませているだろうと思ってたが
そいつらをあぶり出すのにちょうど良かったな。
やたら綺麗な兵服をまとい、高価な武器を装備したそいつらに告げる。
「”帰ったら言いつけてやる”、そう思ってるなら尚更だ。
この道中、その”決まり”を思いっきり行使させてもらうからな。
二度と彼らを侮辱するな。
……お前らこそ生きて帰りたいなら肝に命じとけ」
フレディは首元を抑えながら、不満げに俺を睨み返す。
「……ふざけやがって。後で見てろよ」
そう呟いた後、耳障りな音でピイイイイイイイ! と笛を吹き叫んだ。
「大魔獣ファヴニール討伐隊! さっさと出発っ!」
そう言って歩き出すフレディと監視役の兵2人。
しかし誰も動き出さない。
鬼の形相で振り返ったフレディに、槍兵が告げる。
「この軍はレオナルド殿下の軍だ。
出立の号令も殿下のものだろう」
当たり前の事を指摘され、フレディは歯を食いしばったが
「……勝手にしろ!」
と吐き捨て、そのまま歩き出した。
「へえ、お前らは徒歩で行くのか」
俺が感心したように言うと、フレディは振り返って鼻で笑う。
「徒歩に決まってんだろ。
この国が第4軍のために馬や馬車を用意するかっての」
俺はそうかそうか、と言い、
端っこに控えていた男に合図を送る。
すると彼はピュルル、と笛を吹いた。
しばしの間の後。
ドドドドドドドド。
ここに通じる山道を、いななきと共に
たくさんの馬の群れが駆けてくる。
馬だけじゃない、大人数が乗れる馬車もある。
土煙をあげてこちらに向かってくるそれを見て、
フレディたちはアゴがはずれそうになるくらい驚いている。
「なんだとおお! 馬あ? 馬車だとお?
誰が? いったい誰がそんな金を」
俺は親指で自分を指さして笑い、元・世界の頃から
一度は言ってみたかった言葉をつぶやいた。
「俺、金ならあるんだ」
「ど、どこからこれを準備できるような大金を?」
泡をふくような様子でショックを受けるフレディ。
俺は討伐など生まれて初めてであろう彼に、
この異世界の常識を教えてあげる。
「魔獣退治ってのは金になるんだよ。
ロンダルシア、チュリーナからも報奨金をもらったからな」
そのやり取りを聞いた兵たちが騒ぎ始めた。
「ほら! やっぱり実績は本当だったんじゃないか!」
「そうだよ、予算の無い王子が
こんなにお金を持っている訳がないんだから」
第4軍の兵たちがうなずき合い、俺を尊敬の目で見ている。
……まあ実際は、醤油の売り上げがかなりの金額を占めているのだが。
ここで使わないと、貯めた意味がないからな。
俺は第4軍に向かい、大きな声で命じた。
「この場は魔獣の死体があるため馬が怯える。
全軍こちらから馬まで移動せよ」
やったあああ! 馬だあ!
小さな子どもが移動式のアイスクリーム店を見つけた時のように
嬉しそうな叫び声をあげて走り出す。
馬車まで着いた彼らは、さらに感激の声をあげた。
「おい! 新しい剣だぞ! 良い品じゃないか!」
「薬も、食料もあります! ああ、こんな任務初めてだ!」
次々と装備を整え、歓喜しながら新しい剣を見つめる兵たち。
馬に乗れるものは自分の馬を選び、
そうでないものは馬車に乗り込んでいく。
眼鏡の兵が走ってきて焦ったように俺に尋ねた。
「あの、王子の馬はどれを……」
みんな馬に乗りたがっており
このままでは俺の分が無くなる! と気付いたようだ。
俺は片手を振って答える。
「いや、俺はどっちでもいいんだ。
馬が余っていればそれに乗るし、
みんなが使うなら馬車に乗るさ」
それは……と戸惑う彼を俺は笑顔で馬車を指さして言う。
「馬車には馬車の利点がある。作戦会議できるしな」
その言葉に彼はうなずき、敬礼して去って行く。
どうやらみんな馬に乗りたいようだった。
俺は馬車に向かって歩き出す。
そして兵に招かれながら馬車に乗り込み、
全てをあぜんと見ているフレディたちに、笑顔で手を振る。
「じゃ、お先に。現地で待ってるぞ!」




