109.残せるものは
109.残せるものは
「ど、どうしてここに!」
聖騎士団長はパニックになって叫んだ。
そりゃ驚くだろう。
せっかく偽物の兵を用意していたにもかかわらず、
本物のフリュンベルグ国兵がぞろぞろと現れたのだ。
しかも”目的地”と定めていた崖の下側から。
この地を知り尽くしたフリュンベルグ国兵たちは
崖の横に大きなくぼみがあり、
そこに潜むことが可能であることを知っていたのだ。
もちろんこの目的地を緑板で調べて彼らに教えたのは僕だ。
公爵家の伝令鳥をお借りして。
フリュンベルグ国の王太子であるフリード王子は
真顔のまま淡々と答える。
「自国を巡回して何が悪いのかな?
むしろあなた方がわが国に断りもなく
この地に出兵していることのほうがはるかに問題だろう」
まったくもってその通りであるため、
聖騎士団長は何も言えずに狼狽している。
その間にも本物のフリュンベルグ国兵は
喚き声をあげる聖騎士団員や
オリバーを含む偽物のフリュンベルグ国兵を拘束していく。
「しかもニセモノの隊服までご用意するとは。
これは明らかに国家的犯罪だ」
そう言い切るフリード王子に、聖騎士団長は叫んだ。
「違う! 話を聞け!
俺たちはシュニエンダールの聖騎士団なんだぞ!
凶悪な犯罪者を追い詰めるための作戦だったんだ!」
フリード王子は冷淡な声でつぶやく。
「我が国への相談も連絡も無しに、か」
「い、いや、貴国への連絡は出したはずで、
その、何かの行き違いと。
早くしないとこの極悪人が逃げてしまいますから」
そう言って聖騎士団長は僕を見た。
おそらく何かしら僕に対して冤罪をかけて、
逃走した僕を捕まえるために
この国へ越境した、と主張するつもりなのだろう。
そんな言葉を意にも介さずフリード王子は
自分の兵に向きなおり、指示を出した。
「……全員、連れていってくれ。本部で尋問する」
「おい待てよ! 犯罪者を追いかけて、
仕方なくここに来てしまっただけだ!
だからあの男を捕まえて引き渡してくれたらすぐに……」
俺を指さしながら喚き続ける聖騎士団長に
フリード王子は一瞬メンドくさそうな顔をした後。
「時間がもったいないから端的に告げる。
シュニエンダールとわが国では”法”が異なる。
我が国の貴賓である彼を罰することはできないし、
させるわけにはいかない……以上だ」
その答えに激怒したのは、例の元・聖騎士団三人組だ。
「何でだよおお! こいつは手柄を横取りしたんだぞお!」
「それだって、俺たちが得るはずだった名誉じゃないかあ!」
「こいつは俺たちの手駒なんだぞ?」
彼らの考え方を、それこそ端的に表す発言だった。
平民は自分のために命がけで働くのが当たり前であり
名誉や金などの美味しいところは全て貴族のもの。
これは貴族子弟である彼らだけでなく、
シュニエンダール国の王族や貴族にとっての”常識”なのだ
「ははは……そうかそうか」
フリード王子は笑っていた。
彼の周りの兵も口の端に笑みを浮かべている。
それを好意的同意と解釈したのか、
三人組も笑顔になり、王子をみつめている。
しかし王子は爽やかな笑顔のままで言ったのだ。
「なるほど。無能は有能の価値が分からず、
無知は博学多聞の言葉を解さない。
あの国は”人的財産をおろそかにして滅亡した”と
歴史に名を遺すのだろうな」
滅亡……?
その言葉に目を白黒させる三人組。
さすがに聖騎士団長は察しだようで
真っ青になった後、ゆっくりと僕に向きなおって言った。
「お前は……国を売ったのか? なんという……」
それを聞き、さえぎるようにフリード王子が言う。
「いくら知能が低いからって、その発想はないだろ。
勝手に内部、いやてっぺんから腐って崩れていくだけじゃないか。
誰に止められるというのだ?」
そしてフリード王子は厳しい顔で告げたのだ。
「”国民は財産”、それは綺麗事ではない。
権力を自分自身の力と勘違いした時点でお終いさ。
為政者とは治世の責務を負った、
単なる国民の一人、なんだから」
失礼なくらい率直で、呆れるほどに合理的。
それでも彼は常に国の、国民の利益を安全を考え抜き
”真の王族”としての誇りを持った方だった。
彼に”側室になって欲しい”、などと言われた
公爵令嬢は微妙な様子だが
王子も僕も、彼のことは好感が持てるし、
信用するに値する人間だと思っている。
しかし聖騎士団長も三人組も”意味が判らない”という顔で
「頭がおかしいのか? 貴族は選ばれた者だろう!」
「国民に何ができるっていうんだ!」
などと不満げに反論している。
まあ、彼らにはおそらく一生理解できないだろう。
僕は彼らに答えた。
「国民に何が出来るか……
これからゆっくりとあなた方は知ることになるでしょう」
何っ!? と叫びつつ、その意味が時間差で脳に伝わったのか
彼らは硬直し、信じられないような顔をする。
「それは……まさか!」
聖騎士団長のつぶやきを聞き、フリード王子が笑う。
「あなた方こそ、あの国の爵位や貴族籍が消え失せた時、
いったい何が出来るでしょうかね?
魔獣を倒して賞金を得る実力も無く、
料理も工芸も何ひとつできないあなた方に」
ちなみに私は料理が得意です、とつぶやくフリード王子。
そ、そうなんですか。後で王子に話そう。
オリバーたち偽のフリュンベルグ国兵は平民ばかりだ。
だから僕たちの会話を驚きの表情で聞き入り、
しだいに目を輝かせていた。
対して聖騎士団はほとんどが貴族の子弟であるため、
激しく動揺し、オロオロしながら互いに目を合わせている。
そんな中、うつむいていた聖騎士団長は、
血走らせた目を僕に向けてつぶやいた。
「そんなことは絶対にさせない。
手始めにお前たちは全員、ここで始末する」
今さら何を、と思ったが。
聖騎士団長は手の平の魔石を天にかざした。
「それは!」
「動くな!」
とっさに叫び剣を手にした僕を、聖騎士団長が制する。
天にかざした魔石はしだいに、白い光を放ち始めた。
それと同時に偽のフリュンベルグ国たちが
片手を抑えてもだえ苦しみ始める。
「なんてことを!」
僕は悔しさで歯を食いしばった。
オリバー達の利き腕は、白い細かな鎖で巻かれていた。
それがゆっくりと締め付けているのが、
離れたここからでも見えるのだ。
僕は先ほど緑板で見た真の王命を思い出す。
”騎士の称号を持つ者ジェラルドを絶対に始末せよ。
失敗した場合は利き手を切り落とし、聖騎士団から追放する。
もし裏切る者があれば、その者だけでなく家族も処刑する”
彼らの利き手は裏切りを阻止するため、
魔道具であらかじめ拘束されていたのだ。
「”国民は財産”なんだろ?
それとも他国の兵は見捨てるのか?」
フリード王子は眉をひそめたが、判断に迷いはなかった。
「見捨てはしませんが、自国の兵の安全を優先しますよ。
治癒の能力者も、救急隊も連れて来てますし」
王子の判断は正しい。
このような脅しには屈しても後がないだけだ。
しかし、それでも。
このままでは彼らは全員利き手を失ってしまう。
僕は剣を構えたまま動けない……いや? 動かなかった。
そんな僕を見て、余裕綽々に聖騎士団長が言う。
「お前は見捨てないよなあ? 正義のヒーローじゃないか。
さあその剣で、フリュンベルグの奴らを皆殺しにしろ」
僕はゆっくりとフリード王子のほうに向きなおった。
彼は無表情のまま、肩をすくめる。
三人組はニヤニヤしながら叫んだ。
「罪もない他兵を惨殺するとは、英雄の名もお終いだな!」
「お前の名誉もこれまでだ! 大罪人として名を残せ!」
「その前に二度と剣を持てないようにしてや……」
バシュッ!
「痛ってええええ!」
見ると、聖騎士団長の手の平ごと、細い矢が貫いていたのだ。
魔石が真っ二つに割れ、地面に落ちている。
全員が僕の動きに注目している間に、
小高い位置から彼の手を射抜いた者がいる。
僕が動かなかったのは、聖騎士団長の右後方、
小高い岩山に弓を構えた人影が見えたからだ。
「だ、誰だあーーー!」
血まみれの片手を抑えたまま、聖騎士団長が叫び、
矢が飛んできた方向をみると、そこには。
波打つ明るい茶髪をなびかせた絶世の美少女が立っていた。
まだ背も低く、幼い顔立ちではあるが、
美形を見慣れ過ぎた僕からしても”この世で一番”、
と思えるような美貌で、荒野に現れた天使のようだった。
彼女は美しいヘーゼルアイを細めた後、
すばやく、二の矢を構え始める。
それはしっかりと聖騎士団長の頭を狙っていた。
なんという攻撃的でお転婆な天使なのだろうか。
しかしその弓を引く腕を、背後から来た黒マントの男が押さえた。
彼女は不機嫌そうに口を尖らした後、大人しく弓を下げる。
戦闘の最中だというのに、
僕は彼女から目が離せなかった。
あれは……王子の妹君であるルクレツィア様だろう。
勇者であるお父上の髪と目の色だが、
その並外れた美貌にブリュンヒルデ様の面影を有している。
……そして、弓矢の腕前も。
こちらに来る前、公爵からの伝令で
”キースが最高の弓手を援軍に送る”と聞いてはいたが、
まさか彼女を送ってくるとは。
敵も味方も、ざわめいている。
魔石が崩壊し、すでに痛みから解放されたオリバーたちも
あの光り輝くような美しい彼女は何者か、
興奮気味に語り合っていた。
そんな中、聖騎士団長はじっと自分の手を見つめていた。
利き手を使えなくなったのは、自分の方だと気付いたのだろう。
憤怒と悔しさに、顔を真っ赤にして震えていたが、
やがて狂気に満ちた目でまっすぐに僕をみつめ、笑い出した。
ハハハハハ! アーッハッハ!
「この鎖が巻かれているのはコイツらの腕だけじゃないぞ!
コイツらの家族の首にも、巻かれているんだからな!
そのスイッチは誰が持っていると思う?
俺ではないぞ? さあ、どうする?」
そうだ。任務を失敗したら家族も処刑する、
という王命だったのだ。
それがどのようなタイミングで執行されるのか、
緑板で検索している時間は、今は無い。
聖騎士団長は勝ち誇った顔で言い放つ。
「コイツらの任務は”お前を谷底に突き落とすこと”だ。
お前を断罪し、”正義のための人柱”にするんだよ」
この異世界に転生した時から、何度も目にした言葉だ。
断罪、人柱、罪を償う……。
僕はオリジナルの絶望を思い出し、目を閉じた。
その様子を観念したと思ったのか、
聖騎士団長は高らかに叫んだ。
「さあ! コイツらのために死ねえええ」
僕ははるか下方を見る……深い谷の底を。
聖騎士団への入団の夢が絶たれたあの日、
僕は深い沼の底に沈みきったような気持ちでいた。
しかし本当は、高く美しい山の前に立っていたのだ。
信頼できる仲間と共に、これから登っていく山の前に。
僕は心配で泣き出しそうなオリバーと目が合った。
次にやれやれといった顔のフリード王子を見る。
そして僕を案じる、たくさんの兵たちの顔を……。
転生者の僕が消えた後、
オリジナル・ジェラルドに残してあげられるのは
騎士の称号だけじゃない。
……たくさんの、信頼できる仲間だ。
僕は笑顔で、崖から勢いよく飛び降りたのだ。
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