108.裏切りの真相
108.裏切りの真相
かつての仲間オリバーが送って来た合図は
”逃げろ。全員、殺されるぞ”という物騒なものだった。
「あれ? おかしいな、確かに入れたはずなのに」
僕は何かを探すふりをして荷物に手を突っ込みつつ、
すばやく緑板を操作する。
この作戦は、ただ僕の命を狙ったものでは無いというのか?
暗殺計画の詳細は、あぜんとするほど単純なものだった。
「対象者ジェラルドが隙を見せたらすぐ討ち取る。
こちらの策に気付いた様子を見せたら即、攻撃する
もし旅のキャラバンなど目撃者がいればそれも全滅させる」
元世界でも、たまに無計画に思えるほど粗雑な犯罪を見聞きする。
”そんなことをしたらすぐにバレるだろ!”とか
”なんでうまく行くと思ったんだ?”と
一般人は思うような馬鹿げた悪行を。
でも実際に巻き込まれるとわかる。
彼らはそれが”最善”、いや、
”それしかあり得ない”と思っているのだ。
本音はともかく、勢いと切羽詰まった状況が
冷静で合理的な判断力を奪っているのだろう。
今回出された真の”王命”は、もっと厳しいものだったのだ。
”騎士の称号を持つ者ジェラルドを絶対に始末せよ。
失敗した場合は利き手を切り落とし聖騎士団から追放する。
もし裏切る者があれば、その者だけでなく家族も処刑する”
僕がもし、不自然な点を次々と指摘し、
調査を中断していたら。
彼らはその時点でいっせいに僕に襲い掛かり、
僕も応戦せざるを得なかったろう。
そして上手く逃げ切ったとしても、
残られた彼らには残酷な運命が待ち受けているのだ。
ふと、僕は考えた。
これまで王族たちは何度も何度も、
この手法で兵や国民を動かしてきたのではないか?
「……おい、準備はまだなのか?」
聖騎士団長が俺に声をかける。
この男は彼らを監視するほうだ。だから余裕がある。
「はい、行きましょう」
立ち上がりながら、僕はもう一つの事に気が付く。
オリバーは僕に”逃げろ”と言ったのだ。
その後どうなるか知っていながら。
僕の中のオリジナル・ジェラルドが何かを叫んだ。
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「この辺だと報告書にはありますが」
目標にしていた断崖絶壁の前に立ち、
僕はキョロキョロと辺りを見渡す。
……こんな場所に追い込むなんて、
本当に勇者の時と同じ作戦ではないか。
まったく警戒する様子を見せずに、
かつ襲い掛かる隙は与えない。
そういうギリギリの状態を続けながらここまで来たのだ。
それは本当に神経が磨り減る状態だった。
だから彼らが急に表情を変え、ぐるっと僕を取り囲んだ時は
むしろホッとしてしまったくらいだ。
「はははっ! まんまと騙されたな、ジェラルド」
そう言って聖騎士団長が高笑いをし、ふんぞり返る。
兵たちはみんな剣を構えているにも関わらず
彼だけは腕を組んでいるだけだ。
……いや? 手に持っているのは何だ?
「ほんとに馬鹿にしやがって。
せっかくこっちが聖騎士団の副団長にしてやるっていったのによ。
そこは床に這いつくばってひれ伏し、泣いて喜ぶとこだろ?」
やはり断ったことを根に持っていたのだ。
僕は笑いながら答えた。
「それは失礼しました。”泣いて嫌がる”なら、
なんとか出来そうだったんですけどね」
彼は顔を歪めて吐き捨てる。
「てめえふざけるな!
聖騎士団の名をどこまでもおとしめやがって!
……おい、お前ら! こっちに来い!」
すると奥の方から、深くフードをかぶった三人組が現れた。
聖騎士団長は彼らに向かって命じる。
「お前らも言いたいことがあるだろ?」
三人組はゴソゴソとフードを取り去った。
その顔を見て、さすがに僕も驚き叫んでしまう。
「あなた方は!」
僕の手柄を全て横取りし聖騎士団に入団した挙句、
実力がないことを隠すために僕を”私兵として飼う”
などと命じて来た貴族の子弟三人組だ。
王子の策により、公衆の面前で化けの皮が剥がされた後
第二王子の護衛としてロンデルシアへと赴き、
魔獣討伐に参加したけどすぐに逃げ出し……
それ以来ずっと行方不明だったのだが。
彼らは顔を赤くし、次々と叫んだ。
「お前のせいで酷い目にあったんだぞ!」
「お前が素直に言うことを聞いてれば良かったんだ!」
「もう少しで野垂れ死ぬとこだったんだぞ、どうしてくれる!」
聞けば、フリュンベルグ国の南側を警護していた騎士団が
偶然にも脱走した元騎士団の三人組を捕獲していたらしい。
彼らはロンデルシアを脱走した後、”見つかったら処罰される!”と思い
盗賊まがいのことをしながら、こんなところまで逃げてきたそうだ。
怒り泣きしながら、その苦労や悲惨さを語る彼らに
僕は思わず苦笑してしまう。
彼らは未だに、自分が悪かったとは思っていないことに呆れて。
僕が以前のように、彼らのために代わりに戦い、
その手柄を全て捧げなかったことを、本気で怒っているのだ。
「……ご無事で何よりです」
「黙れっ! 何が騎士の称号だ!
何が疾風の聖戦士だ! 剣技無双の剣聖だああ!」
彼らは歯を剥きながら怒鳴る。
抑えていた感情が一気に噴き出したようだった。
「自分ばっかり名誉や金や女を手に入れやがって!
ちくしょう! ズルいだろ!」
さすがに僕は眉をひそめる。そのうち僕が得たのは名誉だけだが。
三人は悔し気に、そして憎々しいと言った感じで文句を言い続ける。
「あのまま俺たちの下で働いていたら、
それは全部俺たちがもらえるはずのものだったのに!」
「平民のくせに! なんで出しゃばったマネすんだよ!」
「お前が俺たちを裏切って、
あのクズ王子の手下に成り下がるから……わあっー!」
最後まで言う前に、悲鳴をあげてのけぞり、後方に倒れ込む。
彼らの手に持っていたマントが
横、真一文字に切り裂かれたからだ。
「王子に対する侮辱は許しません」
僕は剣を構えたままで言う。
この距離でも”風斬”を使えば、
彼らのマントを切り裂くなど簡単なことだった。
聖騎士団長だけでなく、その場の全員が硬直し、
本気で身を護る構えに変えた。
「さすがは騎士の称号を持つ者……」
そうつぶやいた者を、騎士団長が厳しい目で睨みつける。
そして剣を構えたまま、じりじりとこちらに歩み寄って言う。
「さあ本当に何もいないか、ちゃんと見て来いよ。
……この崖の下までな!」
そう言って剣を天にかかげた。
これはきっと、”一斉に飛び掛かれ!”のサインなのだろう。
しかし誰も動かない。
戸惑う者、恐れる者、そして、必死にこちらを見ている者。
まるで”こちらに来い。俺が通してやるから逃げろ!”
と言いたげに、オリバーが首をしきりに動かしている。
僕はゆっくり首を横に振った。
ダメだよ、そんなことをしたら。
君も君の家族も無事では済まない。
検索などしなくても、すでに僕は理解していた。
僕の手柄を全て貴族の子弟のものとして奪われた時、
それを彼らが僕の功績を証明してくれなかったのは、
おそらく人質を取られていたからだろう。
彼らの家族、そして、僕の年老いた両親も。
「何をしているっ! お前らわかってるんだろうな!」
怒鳴り散らす聖騎士団長を僕はなだめる。
「崖の下には魔獣はいませんよ。
見に行くまでもありません」
そういう意味で言ったんじゃない、
こいつを崖から突き落として殺せ。
聖騎士団長がそう言い返す前に。
ふと、崖の下から声がしたのだ。
「ええ、崖の下には魔獣はいませんよ」
ギョッとして声の方を見る聖騎士団長。
すると崖の端から”よいしょ”と声をかけつつ、
目立たないよう岩かげに結んだ綱はしごを手掛かりに、
次々と兵士たちが上がってくる。
あぜんとして見守る彼らに、パンパン、と服のホコリを叩いた後。
フリード王子は何でもないことのようにつぶやく。
「崖の上にはわが国にはいないはずの珍獣がいるようですね。
さっそく捕獲しましょう」
合図も何もないまま、ぞろぞろと上がって来た兵たちは
そのまま次々と戦闘に入っていく。
そうでなくては。
無駄を極限に省き単刀直入。マイペースで合理的。
それが、本物のフリュンベルグ国兵というものだ。




