表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われ姫の絶唱  作者: 朝露ココア
第10章 飢える剣士の復讐
150/216

ヴェルナー・ルカス

母さんは優しかった。

生まれつき病弱な俺を、いつも気にかけてくれた。


父の存在は認識していなかった。

この世に生を受けること七年、一度たりとも父の顔を見たことがなかった。


俺にとっては……母の愛が、すべてだったんだ。




「ヴェルナー。今日は父さんが帰ってくるわよ」


編み物をしながら母は言った。

俺は皿洗いをする手を止めて、母に尋ねる。


「父さん……? だれ?」


「父さんはとっても偉い人なの。侯爵様だからね」


「ふーん」


侯爵だとか言われても、子どもの俺にはよくわからなくて。

無関心に相槌を打つしかなかった。

街の外れでひっそりと過ごす俺にとって、貴族社会なんて縁のないものだったし、自分の父が侯爵だと言われても実感が持てず。


かくして俺は『よく知らない父』と初対面を果たした。


「お帰りなさい、侯爵閣下」


母は笑顔で父とやらを出迎えた。

病的に白い顔に、天井に届きそうなほど高い背丈。

父は年季の入った家の中を見渡し、最後に俺へ視線を向けた。


「これはヴェルナーか」


「はい。とっても大きくなりましたよ」


今でもその視線を覚えている。

父の視線は……無機質だった。

人や子どもへ向ける目ではなく、家畜に向けるかのような。


「少し、ヴェルナーと過ごす時間をくれ」


「もちろんです。あなたはこの子の父親ですから」


どうして母がこの男に笑顔を向けているのか。

幼心に解せなかった。


「ヴェルナー、私はお前の父だ。一緒に出かけるとしよう」


「う、うん……」


俺は父に連れられ、家の外に飛び出した。


 ◇◇◇◇


街のベンチに座り、父から買い与えられた菓子を齧る。

その間も父は無表情に俺の所作を観察していた。

……気味が悪い。


「あんたは……父さんは、なんで家に帰ってこないんだ」


気に食わない相手に対して敵意を包み隠さず、俺はぶっきらぼうに言った。


「私は忙しい。アラリル侯爵として、日々政務に勤しんでいるのだ。お前の母は正妻ではなく、かつて侯爵家の使用人であった妾だ。優先度は低い」


「よくわからないが、母さんを大事にしてないってことか?」


「そうだ。我が血筋は絶やすわけにはいかん。妾を何人か作り、後継は確保しておくに限る」


子どもが相手でも、父はどこまでも現実主義だった。

短い問答でも人として信用に足らないと、はっきりと理解できた。


「ヴェルナー。お前の力を試そう」


「はぁ?」


おもむろに父は言い放つ。

昼下がりの公園で、突然のことだった。

両手を広げた父は俺に問う。


「お前には見えないはずだ。私の周囲に滞留する魔力が」


「魔力……」


魔法とか魔術とか、そういう術に使用する気体だ。

適正がある人は魔力の流れを感じ取れるらしいが……さっぱりだった。

俺が首肯すると、父は微笑を浮かべる。


「お前が生まれたばかりのころ、魔力を司る器官を抜き取った。魔法が使えず、魔力が見えないのも当然だ。恥じる必要はない」


「どうして、そんなこと……」


「――可能性を求めるためだ。実験とも言える」


瞬間、肌が粟立つ感覚が襲った。

父の両手から細長い黒き波動が伸びる。


そして、その『黒』には……見覚えがあった。

俺が小さいころからなぜか扱える、不思議な術。

魔術でも呪術でもない何か。


「我らアラリル侯爵家は、代々特殊な力を引き継いでいる。この力を絶やさず、より高めていくことが我らの使命。この力によって武勲を立て、アラリル侯爵家が爵位を賜ったそのときから……連綿と受け継がれる秘技だとも」


どうでもいい。

継承、歴史、爵位。

そんなもの俺にとっては何の価値もなかった。

少し周りの子よりも運動が得意で、母の仕事を手伝って生きているだけの、俺にとっては。


「私は何名かの子を設けた。ある者は大魔術師の血を継がせ、ある者は合成獣のごとく組織を付け替え……そして南の部族の血筋を持つお前からは、魔力を削ぎ落とした。魔力行使という余分なキャパシティを削ぐことで、力が高まるのではないかと考えたのだ」


「意味が……わからない。そんなことをして、何になるんだ」


「ふむ……力の重要性か。大人になればわかる。何はともあれ、力を使ってみるが良い。お前が(くろ)き力を使いこなせることは、すでに聞き及んでいる」


有無を言わさぬ気迫があった。

実験動物になって、檻の中に閉じ込められているようだった。

子どもが父の暴力的な沈黙に逆らえるはずもない。


俺は不慣れな手つきで波動を宿した。

鞭のようにうねる黒き波動は、木に引っ掛けて遊ぶことくらいにしか使わない。

これを『力』と認識したことすらなかった。


迸る黒き奔流を見て、父は目を細める。

しばし真剣な顔つきで俺の波動を睨んでいたが、やがて息を吐いて微笑を浮かべた。


「失敗作か」


「え……?」


「特に力が強まっている様子はない。魔力制御に割いている力を、(くろ)き力の制御に回せば……と考えたのだが。まあ、失敗は成功への糧となる。無駄ではあるまい」


「……」


俺が呆気に取られている間にも、父は滔々と話し続ける。

子どもを実験台にした試みは、どうやら父の中で勝手に失敗に終わったらしかった。


怒りすら湧いてこなかった。

ある日突然現れた男に失敗作だとか、そんなことを言われても。

奇人の戯言にしか聞こえないのが道理だ。


「だが安心すると良い、ヴェルナー。お前が失敗作だからと言って殺すようなことはしない。血筋は多く残しておくに限るからな。あとは自由に生きなさい」


そう言い残し、父を名乗る男は去っていった。

俺はアレを父だとは思わない。

たとえ血のつながりがあったとしても、父ではないのだ。


 ◇◇◇◇


あの男のことなど早々に忘れ、その後も変わらぬ暮らしを送った。

これまでと変わらず平穏無事に日々が送れればそれでいい。

そう、思っていたのに。


「ヴェルナーか」


ある日、家に帰った俺を待っていたのは奴だった。

足元には呼気を荒くした母が倒れている。


「お前の母は病に罹り、危篤な状態にあるようだ。看病してやると良い」


「母さんっ!」


奴は一瞥もせずに家から出ていく。

母へ駆け寄って体に触れると、その肌は異様なまでに冷たかった。


昨日までは元気だったのに。

あの男が……何かしたのか?


「ヴェルナー……」


「母さん、大丈夫か!? いま薬を持ってくるから……」


立ち上がろうとした俺の腕を、母の力なき手が掴む。


「ねえ、ヴェルナー……聞いてちょうだい……」


今すぐにでも薬を持ってきたかった。

だが、母の声色はいつになく切実で。

俺の足をその場に縫い付けた。


「私はもう長くない。だから……ごほっ。頼れる人を、この手紙に書いておくから……」


「母さん! アイツだろ!? アイツに……何かされたんだろ!?」


「私の役目は……あなたを産んで育てることだった。侯爵閣下があなたの『結果』を確認したから、私はもう必要ないのよ」


どうして。

どうして、当たり前のように自分の死を受け入れているのだろう。

道具として扱われることを受け入れているのだろう。


「そんなことない……! 俺には、母さんが必要だ!」


「ふふっ……嬉しい。最初はお役目で産んだ子だったけれど……いつしか、あなたがとても愛おしくなっていたわ。閣下があなたを失敗作と呼んでも……私にとって、は……」


母の手が温もりを失う。

力なく俺の体を手放す。


その日、俺は孤独となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ