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91 カゼコロリ完成

 テンダ湖は大昔の噴火で作られたカルデラ湖だ。

 水質が優れているだけでなく、景色が綺麗で、釣り場としても人気が高い。

 もっとも今日は、景色や釣りを楽しんでいる暇はなかった。

 タクトは着陸することなく水面スレスレを飛び、水筒を突っ込んで水を満タンにする。

 そして上昇しながら蓋を閉めて、今度はドラゴンの墓を目指す。


 だが、普通にドラゴンの墓に近づけば、ドラゴンたちに攻撃されてしまう。

 無論、ドラゴンが何百匹いようと倒すのは容易である。

 しかし彼らは自分たちの先祖の墓を守っているだけ。

 罪などあるはずもなく、むしろ悪いのはどう考えてもこちらだ。

 戦闘は可能な限り避けたい。


 そこでタクトは急上昇してから、太陽を背にして高高度から突撃する作戦に出た。

 それも超音速突撃である。

 音を置き去りにし、大気を切り裂いて、雲の上から降下を開始。

 眼下には、町一つがスッポリ収まりそうな大穴が見える。

 その奥には当然、ドラゴンの骨が隙間なく並んでいる。

 墓であるが、魔術師にとっては宝の山。


「グオォォ――――ォンッ!」


 タクトの接近を感知したドラゴンたちが、空に向かって咆哮を上げた。

 周囲の森から、その巨体が顔を見せる。

 ドラゴンの墓守だ。その数は三十体ほど。

 それら全てが一斉に火球を吐いた。

 狙いは無論のことタクトだ。

 しかし超音速でほとんど垂直に降りてくる目標に対し、流石のドラゴンたちも狙いを定めることが出来ない。

 火球はタクトから外れ、あらぬところで互いに衝突し爆発の連鎖を引き起こす。

 その熱波を結界で防ぎながら、タクトはドラゴンの墓に潜った。


 死にかけのドラゴンが三体いて、目だけを動かし、迷惑そうにこちらを見ている。

 その内の一体が、背や尻尾など身体の至るところから植物を生やしていた。

 花すら咲いている。

 ドラゴンの血を吸っているからなのか、真紅の花びらは彼岸花に似ていた。


「ごめんよ!」


 タクトはすれ違い様にドラゴンヤドリ草を抜き取った。

 赤い花ごとリュックに突っ込んで、即座に上昇。

 再び火球の弾幕に晒されつつも、一気に離脱。

 何体かはタクトを追跡しようと飛び立ったが、一秒以下で振り切り、視界から消してしまう。


「材料は全て揃った。待ってろよマオ!」


 進路をララスギアの街へ向け、再加速。

 雷電の如き速度で、轟音と共にアジールの正面へと降り立った。


「うわっ何だ! ……ってタクトくんか、驚いたなぁもう!」


 二階の窓からエミリーが顔を出し、呆れた表情を見せる。


「エミリーさん。マオは?」


「寝ていたのに君のせいで目が覚めちゃったぞ」


「これは失敬。ですが、カゼコロリの材料は全て集めてきました」


「え!? まだ昼になったばかりなのに……やはりタクトくんは凄いなぁ」


 タクトは二階の窓から家に入り、マオの様子を確認する。

 まだ熱っぽい顔だが、今朝よりは具合がよさそうだ。


「にゃぁ……寝てばかりは暇なのにゃ……」


「もう少し待っててくれ。今、風邪薬を作るから。エミリーさん。もう暫くマオをよろしくお願いします」


「うむ。任せてくれたまえ」


 エミリーはドンと胸を叩いて快諾する。実に頼もしい。


「……ところで、どうして店長が部屋の隅に転がっているのですか?」


「ああ。マオにゃんの看病をするのに邪魔だから、退かしておいたんだ。まずかったかな?」


「いえ。正しい判断だと思います」


 そんなことをされても、女神はスヤスヤと寝息を立てていた。

 寝ているということは彼女にとって幸せということであり、問題は何もない。

 仮にあったとしてもマオの看病が最優先だ。

 そんなわけでタクトはクララメラを放置したまま、一階のキッチンに向かう。


 材料集めは大変だったが、調合そのものは簡単だ。

 まずはすり鉢にドラゴンヤドリ草、クロショウガ、虹色ナツメの実を放り込み、すりこ木でゴリゴリ擦る。

 ペースト状になるまで磨り潰してから、そこにテンダ湖の水を流し込み、よく混ぜる。

 これで完成だ。

 あとはコップにいれてマオに飲ませれば良い。


「お待たせ。さあ、これを飲めばたちどころに元気になるよ」


「はにゃにゃ……いただきますにゃ……」


 二階に行ってマオにコップを渡す。

 すると彼女は素直に飲もうとした。が、口にカゼコロリを入れた途端、ブッと盛大に吹き出した。


「にがいにゃっ……こんなにがいの飲めないにゃん……!」


「いや、けど絶対に効くから。成分的に最強だから」


「嫌にゃ!」


 マオはコップをタクトに突き返し、ブンブンブンと首を振る。

 こうなったら仕方がない。

 実力行使だ。


「エミリーさん。マオを羽交い締めにしてください」


「よしきた、任せろ!」


 エミリーは素早くマオの後ろに回り込み、ガシッと腕を回してロックする。


「にゃぁ! 酷いにゃ、エミリーがこんな酷い人だとは思わなかったにゃぁ!」


「ごめんよ。けど、マオにゃんのためなんだ。さあタクトくん。マオにゃんのお口にカゼコロリを流し込むんだ!」


「分かりました。さあマオ。覚悟を決めろ」


「うにゃーん! うにゃーんっ!」


 マオは涙を流し、腕をバタつかせて必死に抵抗を試みる。

 だが、それもエミリーの力で押さえつけられ、万事休す。

 そしてタクトはマオの鼻を摘み、強引に口を開かせた。


「さ、一気に飲み干せ!」


 風呂に水を注ぐような勢いで、マオの口にカゼコロリを流し込む。

 あまりのにがさに、マオは真っ青になっていた。


「うにゃうにゃにゃ! にゃにゃにゃ! にがにがにがいにゃ! これは虐待にゃ! ホムンクルス虐待は断固反対にゃん!」


 ようやく自由になったマオは、ベッドの上で勢いよく立ち上がり、眉を吊り上げて怒りの言葉を並べる。


「ごめんごめん。でも、元気になったじゃないか」


「にゃ? にゃぁ……本当にゃ! 大復活にゃ!」


 自分の体調が回復していると気が付いたマオは、口の中のにがさも忘れ、ぴょんぴょん飛び跳ねる。

 それにしてもカゼコロリの威力は凄い。

 貴重な材料を惜しげもなく使っただけのことはある。


「いやぁ、よかったよかった。やはりマオにゃんは元気にしているのが一番似合う。はっはっは……はっくしょん! ……あれ?」


 エミリーが突然、盛大なくしゃみをする。

 そして鼻水が流れてくる。

 心なしか、顔色も悪かった。


「変だな……急に寒気が……タクトくん、ティッシュを一枚とってくれ」


「は、はい……」


 エミリーは鼻をチーンとかむ。

 しかし一枚では足りず、結局三枚も使った。

 これはもしや――。


「もしやエミリーさん。マオの風邪がうつったのでは?」


「何を言ってるんだタクトくん。私は元気が取り柄のエミリーさんだぞ。風邪なんて引くわけが――ぶわっくしょん!」


 そのくしゃみと共にエミリーは床に倒れ、ガタガタ震え出す。


「さ、さささ寒い……いったい誰が冷凍魔術を……」


「ああ、これは完全に風邪ですね……マオ。エミリーさんを寝かせるからどいてくれ」


「にゃん」


 エミリーをベッドに寝かせ、布団をかけてやる。それでも彼女の震えはとまらず、歯をカチカチ鳴らしていた。


「マオのせいでこんな……申し訳ないにゃぁ……」


「ははは……気にしないでくれマオにゃん。こんなもの、少し寝ていれば……はっくしょん!」


 明らかに重症だ。

 額に触ってみると、昨日のマオよりも熱い。下手をしたら四十度近くある。

 治るまで何日もかかるに違いない。

 しかし、治るまでアジールにいられても困ってしまう。


「またカゼコロリの材料を取りに行ってきます。その間はマオ。君がエミリーさんの看病をするんだよ」


「分かったにゃ! マオにお任せにゃん!」


「うぅ……面目ない」


 ベッドからエミリーの弱々しい声が聞こえてきた。

 元気が取り柄の彼女がこうなってしまうとは、本当に珍しい。


「マオにゃん……済まないが水を持ってきてくれないか……今は一冊の官能小説より一杯の水だ……」


 本当に本当の重症だ。死ぬかもしれない。


「了解にゃ!」


 マオはドタドタと階段を降りていく。

 しかしエミリーの看病はマオ一人では手に余るだろう。

 ここは一つ女神の力も借りることにする。


「店長、店長。いい加減起きてください。緊急事態です」


 部屋の端でうつ伏せになったクララメラを揺すって起こす。

 するとクララメラはもぞもぞ起き上がり、うーん、と背伸びをする。


「ふぁぁ……まだ寝不足よ……って、私はどうして床に? そしてなぜエミリーが私のベッドに?」


「その辺の事情はあとでマオから聞いてください。とにかくエミリーさんは今、とんでもない高熱なので、看病よろしくお願いします。俺は風邪薬の材料を採りに行ってくるので」


「はぁ、そうなの。エミリーが風邪なんて珍しいわねぇ」


「クララメラ様……その、ベッドをお借りして申し訳ありません……」


「いいのいいの。あなたにはいつも宅配でお世話になってるから。よーし、女神様、はりきって看病しちゃうわ。ナースのコスプレしちゃうんだから!」


「クララメラ様のナース姿! ああ、熱が上がってしまう!」


 エミリーは少し元気が出たらしい。

 とは言っても、自力で家に帰るのはまだ無理だ。

 やはりカゼコロリが一刻も早く必要である。

 タクトはエミリーのため、再び材料探しの旅に出たのであった。

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