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90 マオにゃん風邪をひく

 タクトがアジールに帰ると、もうすっかり夜になっていた。

 持ち帰ったライトクリスタルが放つ光で森が淡く照らされ、草や葉についた水滴がそれを反射する。

 どうやら雨が降ったようだ。


「ただいまー」


 店にはいると、ライティングの明かりが灯っていた。

 しかしクララメラもマオもいない。

 営業時間はとっくに終わっているので、二階に引っ込んでしまったのかもしれない。

 タクトはカウンターの上にライトクリスタルを置き、階段を登っていく。


「店長、マオ。ただいま」


 クララメラのお部屋、という札がかけられた扉を開けると、二人ともちゃんといた。

 ベッドにマオが寝ていて、その隣の椅子にクララメラが座っている。

 それはいいのだが、クララメラが神妙な顔でマオを覗き込んでいるのが気になった。

 その視線を追っていくと、なんとマオの額に濡れたタオルが乗っているではないか。

 それだけでなく、頬も赤くなっていて、呼吸もどこか苦しそうだ。


「店長。マオはどうしたんですっ?」


「ああ、タクト。おかえりなさい。ご覧の通り風邪よ。熱もあるわ」


「うにゃー……苦しいにゃぁ……」


 ベッドから猫耳幼女のか細い声が聞こえてきた。

 近づいてそのほっぺに触ってみると、本当に熱かった。

 これは重症だ。


「何だってこんなことに? 今朝は元気だったじゃないですか」


「それがね――」


 クララメラは衝撃的な事実を語り出す。

 まずマオは、タクトが出かけてから庭で正拳突きの練習をしていたらしい。

 もちろん、オオクワガタとの再戦のためだ。

 汗をかきながらも一心不乱に正拳突きをくり返す。

 途中で雨が降ってきたが、マオはド根性猫耳幼女であるから断固として中断しない。


 一方そのころ、クララメラはカウンターに突っ伏して居眠りをしていた。

 そしてふと目を覚ますと、店内にマオの姿が見当たらない。

 外からは雨の音が聞こえる。

 まさかと思いドアをあけると、「にゃんにゃん」言いながら雨に打たれて拳を突き出すマオがいた。


「――というわけなのよ」


「はあ……店長。もっとしっかり保護者してくださいよ」


「うぐっ……弁解の余地がないわ」


 クララメラがうなだれている中、マオが苦しげな声を漏らす。


「にゃぁぁ……」


 可哀想に。

 しかし風邪を引いてしまったものは仕方がない。

 タクトは、ハチミツのお湯わりを作ってマオに飲ませてやる。

 あとはクララメラの魔力で部屋を温かくして、しっかりと寝ることだ。


「店長。責任を持ってマオの看病をしてくださいよ」


「分かっているわ。今夜は……徹夜よ!」


 これから死地に赴くかのような悲痛な顔で女神は頷く。

 別に徹夜をしろとまでは言っていないし、仮に徹夜だとしてもこうまで必死になる必要はないのだが、そこがクララメラのクララメラたる由縁だ。

 起きている時間より寝ている時間が長い彼女にとっての徹夜とは、ある意味、戦争にも等しい。


「まあ、頑張って下さい」


 あとはクララメラに任せることにして、タクトは一階に降りていく。

 そしてエミリーから買い取った『究極!ポーションの作り方』を持って自室に行く。

 付箋が挟まっているところは、媚薬の作り方というクソの役にも立たないページだ。

 しかし全体的には、れっきとした飲み薬の本なのだ。


「風邪に効きそうな薬の作り方は……これかな?」


 ベッドに寝転がってパラパラめくると、まさにタクトが求めている薬が乗っていた。

 その名もなんと『カゼコロリ』である。

 どんな症状の風邪でもコロリと治ってしまうらしい。

 嘘くさいが、材料を見る限り全くのデタラメでもなさそうだ。

 その分、貴重なものをふんだんに使っている。


「明日の朝になっても熱が下がっていなかったら……作ってみるか、カゼコロリ」


 そして次の日。

 目を覚ましたタクトは、パジャマのままクララメラの部屋に行く。

 すると驚いたことに、クララメラが起きていた。

 目の下にクマを作り、血走った目になっていたが、ちゃんと完徹したのだ。


「店長……頑張ったんですね……!」


「マオのためだもの……けど、もう駄目……流石に寝るわ……」


 クララメラはふらふらしながらベッドに潜り込み、マオの隣に寝転がって、一瞬で眠ってしまった。

 これが普通の人間だったら風邪がうつる危険がある。しかし彼女は女神なので、その心配は無用だ。


「さて。マオの熱は……」


 眠っているマオの額に手を当てると、まだまだ熱かった。

 三十八度くらいだろうか。

 ひとまずタオルを新しいのに変えて、額にのせてやる。

 するとマオがうっすらと目を開けた。


「にゃ……ぁ……」


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


「タオルがひんやりして気持ちいいにゃ……」


「そうか。今、とびきり効く薬を作ってあげるから。もう少し我慢して」


「にゃーん……」


 頭を撫でてやると、マオは目を閉じて、また眠ってしまった。

 あまり苦しそうな様子ではないので、それほど心配する必要はなさそうだ。

 無論、このまま放置してもいいということにはならない。

 体が小さい分、抵抗力も弱いはず。

 やはりカゼコロリを作ろう。


「けど、マオを残したまま出かけるわけにはいかないよなぁ」


 カゼコロリを作るには外にいかなければならない。

 マオを看病するにはここに残らなければならない。

 これは困った。

 流石のタクトも分身の術は使えないのである。


「そうだ。店を開いて、最初に来たお客さんに頼もう。常連の人ならやってくれるだろ」


 強烈な他力本願だが、今は非常時だ。

 マオのために一肌脱いでもらう。

 常連ならそのくらいして、むしろ当然――などと滅茶苦茶なことを思いついたタクトは、結界強度を下げて店を開ける。

 そして一番最初に来店したのは、三角帽子のエミリーだった。


「やあタクトくん。今日は特に用事はないけど遊びに来たよ」


「いいところに来ましたエミリーさん。ちょっとお願いがあるのですが」


「いいだろう。官能小説と媚薬のことなら何でも聞いてくれ!」


「いや、そうじゃなくて」


 タクトはマオが熱を出して寝込んでいることを説明した。そしてタクトが風邪薬の材料を集めている間、マオの看病をして欲しいと頼んだ。


「マオにゃんが風邪を!? それは大変だ! そういう事情なら任せてくれ。真面目に看病しよう!」


「ありがとうございます。お願いします」


 エミリーはこう見えて、仕事はいつも真面目にやっている。

 やるときはやる女なのだ。

 風邪で寝込んだ少女にイタズラするほど腐ってはいない。

 だから安心して任せることが出来る。


「その代わりタクトくん。元気になったら、マオにゃんと一緒にお風呂に入りたいなぁ! いいだろう!?」


「……店長がいいと言ったら」


「クララメラ様の許可か……! これは難題だ! しかし私は諦めないぞ!」


 エミリーは気迫ある顔になる。

 無謀な戦いであるが、勝手に頑張って頂きたい。

 とにかくタクトは『究極!ポーションの作り方』とリュックサックを持って街へ出る。


 カゼコロリを作るのに必要なのは、ドラゴンヤドリ草。クロショウガ。虹色ナツメの実。それからテンダ湖の水である。

 テンダ湖の水は現地に行って汲んでくればいいだけだが、それ以外はとても貴重な材料だ。

 果たして見つかるだろうか。

 ひとまずタクトは、カムデン魔術道具店に向かう。


「いらっしゃいませ……おお、タクトくんか。久しぶりだなぁ」


 そう言って迎えてくれたのは、五十歳くらいの男性。

 このカムデン魔術道具店の店長だ。


「お久しぶりですカムデンさん」


「そうだな、一ヶ月ぶりくらいかな? あのホムンクルスはちゃんと動いているかい?」


 と言われ、タクトはドキリとしてしまう。

 マオの素体となったハンバート社製CL01は、この店から買った。

 しかしその際、カムデンが幼女系ホムンクルスに対して無知なのを利用して、法外な値切り方をしたのだ。

 カムデンがそれに気が付く気配はない。それでも後ろめたさはどうしても付きまとう。

 だからタクトは、ここしばらくカムデン魔術道具店を避けていたのだ。

 もっとも今日はそんなことを言っていられない。


「実はそのホムンクルスが風邪を引いてしまいまして」


「ほう、それは大変だ。やはり小さいと、病気への抵抗力もないんだなぁ」


「ええ。それで風邪薬を作る材料を探していて。ドラゴンヤドリ草。クロショウガ。虹色ナツメの実。テンダ湖の水。どれか一つでもいいので、ありませんか?」


「テンダ湖の水は丁度切らしているけど、クロショウガと虹色ナツメの実ならあるよ。ま、タクトくんならテンダ湖まで行って汲んでくるくらい、簡単だろう?」


「はい。それは問題ありません」


「けど、ドラゴンヤドリ草は難しいな。うちは入荷したことすらないし、この街に入ってくること自体が少ないよ。確実に入手したいなら、ドラゴンの墓場に行かないと……」


 カムデンはそう言って表情を曇らせる。


「やはりそうですか」


 ドラゴンヤドリ草とはその名の通り、ドラゴンに寄生する植物だ。

 栄養を吸い取られたドラゴンは衰弱し、やがては死に至る。

 一度寄生されると、ドラゴンの生命力を以てしてもまず助からない。

 よって自分が寄生されたと悟ったドラゴンは、醜態を晒す前にドラゴンの墓に向かう。


 ドラゴンの墓は生存領域の外周ギリギリのところにある、大きな穴のことだ。

 寿命や大怪我、病気などで死期を悟ったドラゴンは、この穴に潜る。

 何万体という先達たちの白骨の上に体を横たえ、最後の瞬間を待つ。

 ゆえに、そこはドラゴンにとっての聖地。

 他の動物がみだりに立ち入ってよい場所ではなく、不用意に近づけば、必ず苛烈な攻撃を喰らうだろう。


 しかし、ドラゴンの墓に行けば、かなりの確率でドラゴンヤドリ草が手に入る。

 マオの風邪を治すためだ。

 ドラゴンには悪いが、ほんの少しだけ領域侵犯させてもらう。


「クロショウガと虹色ナツメの実を一つずつください。あとは自力で何とかします」


「そうか。まあ、タクトくんなら大丈夫だろう。合わせて十万イエンだ」


 タクトは受け取ったものをリュックに入れて、次に雑貨屋に向かう。そこで買うのはテンダ湖の水をいれるための水筒だ。

 激しく動き回る予定なので、頑丈そうな金属製のものにする。

 これでララスギアの街で出来ることは全て済んだ。

 タクトは即座に離陸して、一直線にテンダ湖に向かう。

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