88 セラナ、真面目に勉強することを決意
夕方になってから、タクトは店を閉めてララスギア魔術学園の女子寮に向かう。
そろそろ授業が終わる頃だろうと思って来たのだが、その狙いは見事当たった。
女子生徒たちが雑談しながら校舎から寮へと向かっている。
セラナはもう帰宅しているだろうか。
「女子生徒に混じって階段登っていくのもアレだし、空からおじゃまするか」
タクトはサッと飛び立ち、四階にあるセラナの部屋まで上昇する。
なんと無防備にもカーテンが開いていた。
悪い人に覗かれたらどうするつもりなのか。
「セラナさんいないな……ってか、鍵してないし。無防備にもほどがある」
ここは四階だが、魔術師なら簡単に侵入できるのだ。
年頃の女の子なのだから、もっと注意すべきだろう。
その説教をするためにも、セラナが帰ってくるまで部屋で待つことにする。
「よいしょっと」
タクトは窓から侵入した。
はたから見れば変質者かもしれないが、セラナが帰ってくるまで廊下で待機する勇気はない。
男子がうろついていたら騒ぎになるし、バレなかったとしたらそれはそれでショックだ。
しかし、こうして部屋に入ってしまえば問題ない――と思ったのだが。
タクトが入り込んだ瞬間、ドアががちゃりと開いた。
現われたのはセラナだ。
セラナに会いに来たのだから、それはむしろ歓迎すべき状況である。
だが、彼女が服を着ておらず、バスタオルを巻いただけの姿というのが大問題だった。
髪がしっとりと濡れており、肌にも水滴が付いている。
ああ、シャワーを浴びていたんだなぁ――と、タクトは妙に冷静に考えた。
人間、本当にどうしようもない状況になると諦めが付くのかもしれない。
「きゃ、きゃぁぁぁぁあっ! タクトくんのえっちぃぃぃいぃぃぃぃいいぃいっ!」」
セラナの悲鳴が女子寮に響き渡る。
終わった。タクトの人生は終わった。
残りの時間を『女子の部屋に忍び込んで裸を覗いた変態』として生きていくだけだ。
「セラナどうしたの! まさか痴漢!?」
悲鳴を聞きつけた女子生徒が玄関からドタドタと入ってくる。
昨日、親切にもタクトを案内してくれたメガネの人だ。
あのときはタクトの性別を誤認していたらしい彼女も、今度ばかりは見逃さないに違いない。
と、絶望していたのだが。
「なーんだ。昨日のセラナの友達じゃない。もうセラナったら同性に裸見られたからって大騒ぎすることないでしょ。まったく」
メガネの彼女はため息を吐いて、そのまま出て行ってしまった。
助かった。助かったが、良かったのかこれで。
いやいや、残りの人生を変態として過ごすことに比べたら、女と間違われることなど何でもない。
タクトは生まれて初めて、女顔であることを運命に感謝した。
「タ、タタタ、タクトくん! どうしてここに!? え、なんで、あれ、ちょっと見ないでよ!」
「あ、はい、すいません、えっと、どうしたらいいでしょう?」
「どうもこうも後ろ向いて! 服着るから!」
「は、はい!」
そうだ、セラナに背を向ければいいのだ。
そんな簡単な判断も出来ないくらい、今のタクトはテンパっていた。
慌てて窓のほうを向き、空を見上げる。
すると背後から、がさごそと布の擦れる音が聞こえてきた。
今、タクトのすぐ後ろでセラナが完全な裸になり、下着をつけ、服を着ている――。
これは危険だ。
頭に邪念しか浮かばない。
「もういいわよ」
振り返ると、セラナはスウェット素材のパーカーとショートパンツになっていた。
部屋着姿も可愛い――ではなく。
とにかく謝らねば。
「あの、その……」
「タクトくん。ちょっとそこに正座して」
セラナは目を吊り上げ、いつにもなく怒っている。
声色からしてトゲがある。
漏れ出すマギカも張り詰めていた。
「はい……」
逆らうと怖いことになりそうなので、大人しく床に座った。
するとセラナも一緒に正座し、ギロリと睨んできた。
そして――
「タクトくんのえっち」
再び言われた。今度は低い声で淡々と。
さっきの悲鳴よりよほど堪えた。
本当に怒られているんだという実感が沸いてくる。
「一応、言い訳を聞いてあげるわ、タクトくん」
「……わざとじゃないんです」
「当たり前でしょ! わざとだったらアレよ。いくらタクトくんでも殴るわよ! あ、いや殴るのは可哀想だから……ギュってするわよ!」
「え、ギュってしてくれるんですか? じゃあ、わざとでいいです」
「タクトくん! 私怒ってるんだからね!」
「ご、ごめんなさい」
タクトはしょんぼりと反省する。
しかし相手がセラナだから、いくら怒られても、いまいち迫力がなかった。
とはいえ勝手に部屋に侵入したあげく、風呂上がりの姿を見てしまったのは事実であり、全面的にタクトが悪い。
ひたすら謝るしかなかった。
「……まあ、いいわ。窓の鍵をあけっぱなしにしていた私も悪いし」
「その……本当に申し訳ありませんでした」
「いいってば。けど、次からは玄関から入ってきてね。女の子の部屋に窓から入っちゃ駄目なのよ!」
いいか悪いかで言えば、そもそも男が女子寮に来ている時点で悪なのだが、セラナはそこに言及しなかった。
しかし許してくれるらしいので、これ以上話を掘り下げるのはよそう。
それに考えてみれば、セラナは空島でタクトの全裸を見ている。
対してタクトは、バスタオル越しだ。
つまり現状、タクトのほうが損をしている。
だからといって「脱げやオラァ!」と言うつもりはないが……不公平だ。世の無常を感じる。
「それでタクトくん。私に何か用だったの?」
「ええ、実はですね――」
タクトは、ちょっとした縁でダンジョンの場所が書かれた地図を手に入れたと説明した。
近い内に探険に行くつもりなので、よかったらセラナも一緒にどうか。
そのようなことを語ると、案の定セラナは目を輝かせる。
「ダンジョン! 探険!? 楽しそうッ!」
そこまでは分かりやすい反応だった。
が、一瞬後にはなぜか表情が曇ってしまう。
「あ……でも駄目。私行けない……」
「え、どうしてです? セラナさんなら足手まといにはなりませんが」
「そうじゃなくて。近頃の私、タクトくんと遊びまくってるでしょ? だから授業料が無駄になっちゃって……早く卒業すればそれだけ実家に負担かけないから、しばらくは勉学に集中しようと思って……あれ、タクトくんどうしてビックリした顔になってるの?」
「だって、セラナさんが真面目なことを言っているので……あ、さては偽物ですね! 本物のセラナさんはどこですか!?」
「ええっ? 私が本物よ! ほら、どこからどう見てもセラナでしょ!?」
「俺の目でも見分けが付かないほどの変装……只者ではない!」
「タ、タクトくんが信じてくれないよぅ……ふぇぇ」
セラナは涙目になり、真っ赤な顔で「ぐすんぐすん」と鼻を鳴らす。
この情けなさ。
間違いなく本物のセラナだ。
「まあ、冗談はこのくらいにして」
「冗談だったんだ! ひどい!」
セラナはぷーと頬を膨らませる。十七歳だというのに。困った人だ。
「そういう事情なら、分かりました。頑張って勉強して下さい」
「うん! 年内には卒業してみせるわ!」
「セラナさん、正規の魔術師になったらダンジョン探索で生計を立てるんですよね」
「そのつもりだけど」
「じゃあ、そのとき改めて一緒にダンジョンに行きましょう」
「もちろん! あ、けど流石にずっと勉強ってのは辛いから、たまに遊んでね!」
「はい。息抜きは大切ですからね」
タクトが思うに今のセラナが本気を出せば、年内どころか、あと三ヶ月くらいで卒業してしまう。
かなり余裕があるということに、本人もほどなくして気が付くはずだ。
きっと、すぐアジールに遊びに来るだろう。
ついに書籍版、明日発売ですよ!(都内では既に並んでいるとか?)
よろしくお願いします!
活動報告にも書きましたが、
『アニメイト様』と『とらのあな様』でご購入頂くと、それぞれ異なる特典SSが付いてきます!
(特典SSは片方でも楽しめますが、両方買うと物語が繋がったり……?)
そして『ゲーマーズ様」でご購入頂くと、マオにゃんの特製ブロマイドが!




