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86 魔法少女テルたん

 ボンヤリしているように見えて、クリアな視界。

 地に足がついているのに、どこかフワつくような奇妙な感覚。


 ――ああ、これは夢だな。


 タクトはそう自覚した。

 すなわち明晰夢。

 だから、自分が見知らぬ場所に立っていても驚かない。


 輝く星々に照らされた白い砂浜から、波一つない静かな海を見つめる。

 動くものがまるでない。

 海面だけでなく、星も、風も、何もかもが静止した世界だ。


「明晰夢……確かに夢なんだろうけど。これは俺の夢か?」


 どこか違和感を覚える。

 誰かがタクトの睡眠に侵入し、強制的にこの夢を見せているのではないか。ふと、そんな気がした。

 まあ、仮にそうだとしても上等だ。

 見つけ出して尋問してやる。


「わざわざ夢の中に誘い込んだということは、俺に話があるんだろう」


 軽口を叩きながらも警戒を怠らず、タクトは砂浜を歩き始めた。

 向かう方向は、海とは逆。

 理由は特にない。

 なんとなく、そちらに引っ張られているような気がしたのだ。


 ほどなくして森が見える。

 ただし、木々の森ではない。

 生えているのは色とりどりの巨大な珊瑚である。

 かつてここは海の底だったのか。それとも陸上でも繁殖する珊瑚虫がいるのだろうか。

 もっとも、これは夢の風景だから、真面目に考察しても意味はない。


 そして更に歩いて行くと、珊瑚の森の中で、大きな巻き貝を見つけた。

 どうやら既に死んでいる。ただの貝殻らしい。

 ただし、その大きさが一軒家よりも巨大で、おまけに窓や煙突がついているとなれば、いやでも目にとまる。

 しかも、本来穴が開いているべき場所には、材質不明の艶やかな扉がつけられていた。

 開けて入ってみれば、テーブルや椅子。食器棚やベッドまであった。


「貝殻の家、か。ロマンチックだなぁ」


 この夢を作った者の趣味だろうか。

 あるいは、かつて実在した風景か。

 実在したとすれば、それはいつ? どこに?


「人類発祥以前――」


 なんとなしに呟いてみた言葉だが、存外、当たっているかも知れない。

 なにせ今、アジールには怪しげな魔導書が集まっている。

 訳の分からない化物がタクトの夢に侵入してきても、不思議ではないくらいに。


 しかし、この家にある家具を見る限り、それほど人間からかけ離れた姿ではないらしい。

 いやいや。夢を真面目に考察してどうする。


 かぶりを振って外に出たタクトは、似たような貝殻が他にも並んでいるのを発見する。

 ここは集落だったらしい。


 そして、その奥に。

 純白のピラミッドがそびえ立っていた。

 高さは五十メートルほど。

 形状はエジプトよりもインカ帝国のものに近い。

 親切なことに、頂上まで登るための階段があった。タクトは迷わずそれを登っていく。


 トントントンと登るたび。

 一歩一歩進むたび。

 なぜだろう。

 空気が重くなっていく。

 この上で、なにか途方もない存在が待ち受けているような、そんな空気だ。


「君が俺を呼んだのかい?」


 頂上にいた人影に、タクトは語りかける。

 それが振り向くと同時に、一筋の風が吹いた。

 少女。それも今のタクトと同じくらいの歳の少女だった。

 玉虫のような不思議な色の髪はツーサイドアップに結われている。

 それをなびかせて、彼女は微笑む。

 そして呟いた。


「ええ、そうよ」と。


 ただそれだけなのに、強烈な違和感。

 思えばタクトは、この夢に迷い込んでから、初めて自分以外に動くものを見た。

 自分しかいないはずの夢の中。そこに自分以外の意志ある存在が侵入している。

 違和感。あって当然だろう。


「あなたは皇城拓斗さんね。いえ、タクト・スメラギ・ラグナセカと呼ぶべきかしら?」


「後者のほうが助かる。今更、日本風の呼び方をされても困るよ。それで君は何者?」


「ふふ、私はね――」


 彼女は目を閉じ、両手でスカートを広げて、少し頭を下げる。

 桃色のブラウスはノースリーブで、小さな胸にぴったりと張り付いている。襟元には大きな赤いリボン。両腕を肘の上まで覆うロンググローブも、ガーターベルトのついたストッキングも、大きく広がったスカートも白色。

 そして右手には先端に星の飾りがついたステッキが握られていた。

 まるでそれはアニメに出てきそうな姿で――。


「魔法少女。魔法少女テルたん。それが私の名前よ」


 そう彼女は言った。

 微塵の躊躇もなく。噴飯ものの台詞を堂々と。

 なのに笑えない。

 笑い飛ばせないほど彼女は強い。圧倒的に。冗談のように。

 魔王より。女神より。

 前世でも転生後でも、これほどの者と対峙したのは初めてだった。

 しかし、相手がただ強いというだけなら、タクトもこれほど緊張しないだろう。


「テルたん……テルタン・テールフラか」


『次元回廊の研究』の著者。

 少なくとも九十七年以上昔に書かれた本の著者。

 存命である可能性は低く、まして少女の姿のはずはない。

 だが目の前の魔法少女は怪しく微笑みながら頷く。


「そう。私がテルタン・テールフラ。私が書いたの。『次元回廊の研究』を。そして『例の本』も。どう、作者に会えた気分は? サインしてあげましょうか」


「別に。ファンというわけでもないし」


「あらそう。残念」


 テルタンは唇に手を当て、クスリと笑う。

 少女なのに妖艶。

 それだけで彼女が外見どおりの年齢ではないと分かった。

 多分、クララメラよりも生きている。ゆえに人にあらず。


「君は何者だ?」


 二度目の質問。同じ質問。

 けれど意味はまるで異なる。

 さっきは名前を聞いた。

 今度は種族を聞いてる。


「あら酷い。私のような可憐な魔法少女をつかまえて、まるで化物扱い。ちゃんとした人間よ。けれど、あなたたちとは違うわ。もっと昔の人間。そう、例えばエルフなんかは私たちをこう呼んでいたわ――大神様、と」


 エルフに伝わる創世記。

 五体女神を創り、人を創り、エルフを創り、その他動植物の全てを創ったといわれる太古の存在。大神様。

 自分はそれであるとテルタンは語る。


 しかし笑い飛ばすことは出来なかった。


「君は……強いな。俺の知る限り、最強だ。負ける気はしないけど」


「あなたも強いわね。けど私はもっと強いものを知っている。勝てる気はしないけど」


「俺より強いもの? なんだい、それは」


「聞きたい? 聞きたいなら、お話をしましょうタクトさん。時間はたっぷりあるわ。だってここは夢の中。時間の流れはいい加減。一日中喋っていても問題ないわ」


「そんなに語りたいわけじゃないけど。知りたいことは幾つかある。単刀直入に聞こう。次元回廊は実在するのか?」


「あるわ。あるに決まっているじゃない。そうでなければ、あなたがここにいるはずないじゃない。異世界からきたタクトさん? あなただけじゃない。魔王も、そしてグラド・エルヴァスティも。次元回廊を使って私が呼んだのよ」


 タクトは自分の眉がピクリと動いたのを感じた。

 タクトも、魔王も、グラド・エルヴァスティも、テルタンによって呼ばれた?

 嘘か真か知らないが、聞き捨てならない話である。


「あら、そうでしょう? いったい幾つの異世界があると思ってるの? 万や億じゃきかないわ。それこそ無数。偶然開いた次元回廊に飲み込まれたあなたと魔王が、たまたま同じ世界にたどり着いたと思っていたの? どんな確率よ、それ。誰かが細工して呼び寄せたに決まってるじゃないの」


 決まってる、と言われても。

 異世界が複数あるなんて、今まで知らなかったのだ。

 だが、考えてみればそうかもしれない。

 タクトが生まれた世界があり、そしてこの世界がある。

 ならば他にもあると考えるのが自然である。

 もっとも、テルタンの言っていることが本当なのかは、まだ分からないが。


「他の世界で強い力のぶつかり合いが起きたとき。次元回廊が偶発的に開いてしまったとき……本来ならランダムに飛んで行ってしまう放浪者を、私の世界に呼び寄せる魔法。あなたはそれに導かれてきたのよ。十四年前に。とても強かったから覚えているわ」


「なるほど。じゃあ話が早い。俺は故郷に帰りたい。元いた世界に通じる次元回廊の開き方を教えてくれ」


 呼び寄せたのなら、帰すことも出来るだろう。

 なにせ『次元回廊の研究』には、偉そうなことが沢山書いてあった。

 それを信じるなら、彼女はかなりのところまで次元回廊を自在にコントロールできるはずだ。


「ええ、いいわよ。ただし夢の中じゃなく、自力で私に会いに来ることが出来たらね。グラド・エルヴァスティはそれが出来ないまま死んじゃったけど」


「グラド・エルヴァスティは……俺と同じ世界から来たのか?」


「いいえ。また別の世界。彼はあなたと違って、何かの実験中に次元回廊を開いてしまったようね。結構な実力者だったのだけれど、私の期待には応えられなかった。あなたはどうかしらタクトさん。楽しみね」


「期待、か。君は何のために転生者を集めているんだ? 本に書いてあった、生物のいない不毛な世界に迷い込むよりはマシだけど……」


 しかし理由も分からず連れて来られたというのは落ち着かない。

 テルタンの話を聞く限り、次元回廊に迷い込んだ者を無差別にこの世界に連れてきているようだ。

 そんな所業、並大抵のことではない。

 イタズラ目的にしては大規模すぎる。

 彼女は、そんな凄まじい技でも片手間で実現してしまうほどの存在なのか。

 いや。たしかにテルタンから受ける威圧感は強大だ。

 それでも、魔力の総量はタクトとそう変わらない。

 どんなに酔狂であっても、余程の理由がなければやらない。成し得ない。


「何のため? それはねタクトさん。混沌を倒すため。家族の仇を伐つためよ。けれど私はまだまだ弱いから。ええ、だからタクトさん。私の代わりに強くなって。せめて本物の私に会えるくらいに。そうしたら、もっといいことを教えて上げる。地図を一枚送るわ。それがヒント。それじゃあ、頑張ってね」


 テルタンはまた微笑んだ。それはどこか寂しげで、口調とは裏腹に余裕がないように聞こえた。

 そして風が吹いて――タクトは目を覚ます。


「朝、だな……」


 見慣れた自分の部屋の、自分のベッド。

 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。


「にゃぁ……ちゃんとパジャマに着替えなきゃ……駄目……にゃ……」


 同じベッドに寝転がったマオが、寝言でタクトを叱ってきた。

 なるほど。見ればタクトは服を着たまま寝ていた。


 時計を見るとまだ五時半だ。

 起きるには早いが、目が覚めてしまったものは仕方がない。

 シャワーを浴びて、新しい服に着替えてから、如雨露に水を入れて裏庭のハーブ畑に向かう。


「それにしても、妙な夢だったなぁ……」


 見ていた最中は明晰夢だとか、外部から侵入されたとか興奮していたが、覚めてしまえば夢は夢。

 魔法少女のコスプレをした美少女が大神を名乗り、そして彼女こそがタクトをこの世界に呼び寄せた張本人――まさに夢物語。荒唐無稽の極みだ。


 なぜ自分はあんな夢を見たのだろうか。

 夢分析をすれば深層心理とかが分かるかもしれない。

 今度そういう本を探してみよう。

 と、思いつつ、水やりを終えたタクトは店に戻る。


 そして、ポストに手紙が入っているのを発見した。


「はて? こんな早朝からエミリーさんが届けてくれたのかな?」


 いつもなら午後になってから来るのに。

 まあ、彼女はアジール以外にもあちこち配達しなければならないのだ。

 今日はアジールから届けたほうが効率が良かったのだろう。

 そう納得して封筒を取り出す。


 だが、差出人の名を見た瞬間、タクトは硬直した。


「テルタン・テールフラ……!」


 中身には手紙と、そして一枚の地図が入っていた。

 つまり。

 夢だけど、夢じゃなかった。

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