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85/97

85 点と点

「タクト、お風呂があいたにゃーん」


 最近、ようやく一人で頭を洗えるようになったマオが、髪をタオルで拭きながらタクトの部屋にやってきた。

 ちなみにマオは、その日の気分によってクララメラと一緒に寝たり、タクトのベッドに潜り込んで来たりする。

 昨日はクララメラと一緒に寝たので、今日はきっとタクトの部屋に居座るつもりなのだろう。


「タクト、寝転んで何を読んでるにゃ?」


 タクトはベッドにうつ伏せになり本を読んでいた。

 その内容が気になったらしく、パジャマ姿のマオが隣に寝転んでくる。

 しかしマオは本を覗き込むと、途端に困り顔になり、にゃーんと唸った。


「難しくて何書いているのか話からないにゃぁ……」


「そりゃそうだろう。一応、魔導書だから。世間では認められていないけど」


 魔術師の一族であるバルフォア家の書架において、この本はクラゲ・ボクサーなどという訳の分からない本と同じ扱いを受けていた。

 つまり、次元回廊は魔術ではない。

 まともに語るのも馬鹿馬鹿しい、与太話の類い。

 酒の場で笑い話としてする分には楽しいが、本気で研究しだしたら、それは変人に分類されてしまう。


 チャーリー・バルフォアの父親は、この本を一つのネタとして買ったはずだ。

 実のところ、タクトの目から見ても荒唐無稽。

 なにせ冒頭一ページ目から「自分は次元回廊を開くことに成功した」という著者の断言から始まるのだから。

 笑わずにはいられない。

 安ければ買ってやろうという気分にもなる。


 だが、それでも。

 不思議と引き込まれる〝何か〟があった。


「マオ。俺はしばらくこの本に集中するから。暇なら店長の部屋に行って遊んでおいで」


「分かったにゃ。けど、お風呂に入らないまま寝落ちしちゃ駄目にゃん!」


「はいはい」


 部屋から出て行く猫耳幼女の後ろ姿を目の端で追ってから、タクトは再び本に集中する。

 次元回廊の研究――この本の著者は『テルタン・テールフラ』というらしい。

 女性、だろうか?

 内容からして、しっかりとした知識を持った魔術師なのは間違いない。

 しかし、信頼に値するかといえば、これは疑わしい。

 知識を持った者が、悪ふざけで作った本と考えるのが妥当だ。


 いわく――


『この世界は〝カラビヤウの海〟と呼ばれる空間にたゆたっている。

 カラビヤウの海には無数の世界が浮かんでいて、この世界はその一つ。

 この世界と他の世界、あるいはカラビヤウの海と繋げる呪文こそが次元回廊である。


 次元回廊を開くには、絶対に必要なものがある。

 それは超エネルギー同士の激突だ。

 その超エネルギーはそれぞれ女神に匹敵するものでなければならない。


 それだけのものを用意しても、まだ完全ではない。

 たんに次元回廊を開いただけでは、どこへ行ってしまうか分からないからだ。

 よって行き先を指定する方法を作らねばならないが、私はそれに成功した。

 その方法は、この世界のとある場所に隠してあるので、興味をもった者は探して欲しい』


「本当かよ」と、タクトは声に出して疑いつつ、更に読み進める。


 開いた次元回廊を探知する方法とか。

 生命が発生している世界は全体の一パーセント以下である、とか。

 カラビヤウの海の外側に、更に広大な何かがある可能性、とか。

 そんなことが書かれていた。


「……これは明らかに、グラド・エルヴァスティのメモにあった本だな」


 タクトは改めて洞窟で見つけたメモを見返す。

 すると最後のページに「いまだ次元回廊を開くこと叶わず。夢で出会ったテルタン・テールフラと再会することは無理なのであろうか」と書かれているの発見した。

 メモはそこで終わりだ。


「夢で出会った……? グラド・エルヴァスティが、この本の著者と?」


 まるで意味が分からない。

 やはり、一から十まで嘘なのではないかと疑ってしまう。

 あの洞窟でメモを発見してから一連の流れが、全て茶番劇に思えてきた。

 性格の悪い魔術師が、後世の者を騙そうとして仕掛けた壮大なイタズラなのでは、と。


 だが、グラド・エルヴァスティは次元回廊が開くのを事前に知り、魔王を捕獲し、グリモワールに閉じ込めた。

 そのグリモワールが巡り巡ってタクトの元にたどり着き、魔王の魂は猫耳ホムンクルスと融合した。

 これは厳然たる事実である。


 そして、魔導古書店組合の競売で落札した〝例の本〟の存在だ。

 例の本は今でも金庫にしまったまま、タクトの部屋の隅に置いてあった。

 とてもではないが、店に並べる気にはならない。

 例の本がグラド・エルヴァスティの洞窟から見つかったという一点だけでも、全てを与太話と切り捨てるのは早計だ。

 きっと、点と点は繋がる。

 その先に次元回路がある。

 タクトは故郷への扉を開くことが出来るはずだ。


 そう信じながら、タクトはウトウトと眠りに落ちていった――。

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