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79 魔導古書店ヌービアム

「混沌領域の仕業ってどういうことだマオ。混沌領域ってのは、この世界には広がっているけど、地球にはなかったんだぞ?」


「ないから魔族が攻め込んだにゃん! 魔界が混沌領域に犯されたから、生き残りをかけて地球に攻め込んだにゃー!」


「んん!? ちょっと待ってマオ。なんか色々いっぺんに情報が出てきて分からなくなってきた。そもそも、魔界ってどういうものなんだ? 異世界の一つなのか?」


「にゃん! その通りにゃ、魔界は一つの世界にゃ。魔族はそこに住んでいたのにゃ」


 マオは語る。


 いわく、魔族は総じて高い魔力を有する種族だった。

 そしてあるとき魔族は、魔界以外にも世界があることを知った。

 巨大な魔力と魔力を激突させると、異世界に通じるゲートを開くことが可能というのも発見した。

 どうやら異世界には、無尽蔵のエネルギーがあるらしい。

 それを手に入れることが出来れば、魔界はより一層、快適になる。

 ならば善は急げと、即座にゲートを開いた。

 しかし、魔界に流入してきたエネルギーは、制御不能のものだった。

 その未知のエネルギーに魔界は侵食され、魔族は滅亡までの秒読みを開始する。

 だが、魔王は諦めなかった。

 己の種族を率いて、再度ゲートを開き、飛び込んだ。

 結果、辿り着いた先は『地球』という惑星で、人間という種族がそこを支配していた。


 人間そのものは惰弱だったが、人間が集まって『軍隊』になると、そこそこ手強い。特に『米軍』という連中が強かった。米軍のせいで地球侵略がなかなか進まない。

 熱核兵器とかいうので魔族の半数以上を殺されたのには参ったが、しかし上位の魔族には効かない。

 逆に米兵どもに取りつき身体を乗っ取って、核ミサイルを各国の主要都市に撃ち込んでやった。

 これで魔族は地球を掌握したも同然。魔界は滅びてしまったが、ここを第二の故郷としようとしよう――そう思ったのも束の間。

 人間たちの中から、魔族に匹敵する魔力を持つ子供たちが生まれ始めた。

 その中でも『皇城拓斗』という日本人が尋常ならざる力を持ち、魔王すら上回る力を有していた。

 そして力を持つ子供たちに魔族は押され、魔王は日本上空にて拓斗に敗北し――今はマオの中に融けて自我を失うという末路。


「――というわけにゃ」


 マオはリンゴをしゃりしゃり食べながら語ってくれた。


「その未知のエネルギーっていうのが、混沌領域と同じものってことか?」


「きっとそうにゃ! 未知のエネルギーに覆われた場所は、しっちゃかめっちゃかで、訳が分からなかったにゃ。瞬きするたびに景色が変わるような場所になっていたにゃん!」


 確かに混沌領域とそっくりだ。

 あのグリモワールを作った種族も、そして魔族も、同一の世界に次元回廊を繋げてしまい、流れ込んだ混沌のせいで滅びへの道を歩んでしまった、ということか。

 だが、この世界はまだ完全には滅びていない。

 五大女神によって、かろうじて維持されている。

 しかも全ての生物は、混沌を排除するために進化しているとグリモワールは語っていた。


「うーん……話が繋がっているような気がするんだけど……いまいち信じがたいなぁ」


 エルフに伝わる創世記と、グリモワールが語る創世記は、非常に類似点が多い。

 おそらく、起源は同一のもの。

 人間の社会ではどこかで廃れてしまった伝承が、エルフの間では残り続けてきたということなのだろう。


 それに空島に使われていたテクノロジーは、おそらく人類発祥以前のものだ。


 空島を覆っていたあの結界は、女神システムが劣化してエルフに伝わった技術。それを元に太古のエルフが空島を作った。

 あるいは、空島の結界は女神システムのプロトタイプで、人類発祥以前の種族が作ったのかもしれない。それをエルフは歪んだ伝承で、自分たちが作ったものだと誤認していた、と考えることも出来る。


「ねえ、タクト。話が大きくなりすぎてない? 私たち、ただの古書店の店員よ。混沌領域の排除とか、人類発祥以前のホニャララとか、正直、お呼びじゃないんだけど」


 クララメラはリンゴにフォークを突き刺しながら、そう語る。


「いや……俺とマオはともかく、店長はただの店員じゃなくて、女神なんですけど」


 とは言いつつ、タクトもおおむね同感だった。

 世界の命運に対して、積極的に責任を持ちたいとは思わない。

 まして人類発祥以前の〝何者か〟がしでかしたツケを払わされるなど、ご免こうむりたい。

 しかし、そこに次元回廊にかんする手がかりがあるとなれば、話は違ってくる。


「とにかく、早急に確かめなければならないのは一つ。あのグリモワールらしき物体が俺と店長に語りかけてきたイメージが、真実なのかどうか。結局はそこです」


「やっぱり長老に聞かないと始まらないということね?」


「ま、そういうことです。ここでうだうだ語り合ってもどうしようもないわけです。そこで……」


「そこで?」


 クララメラは首をかしげる。


「そろそろ晩飯を食べに出かけませんか?」


 もったいぶって言うことではないのだが、しかし、そろそろ時間である。

 晩飯は豪華な外食といきたい。

 なにせ予定落札が一億イエン以上であったのに対し、百イエンで落札してしまったのだ。

 資金力は限りなく無限大。

 肉だろうが魚だろうが、ドンと来い。


「にゃにゃぁ! それはいいアイデアにゃん! 三件くらいハシゴしたいにゃ!」


「あら、いいわね。グリモワールのインパクトのおかげで私もお目々パッチリだし。今日は盛り上がるわよ!」


「にゃーん!」


「ほどほどに……と、今日ばかりは言いません。なにせ、億単位ですからね。俺も今日ばかりは豪遊しますよ!」


 そんなわけで。

 三人とも気合いを入れて、夕焼け色に染まった街に繰り出した。

 吐きそうになるほど食べまくったのは言うまでもない。


        △


 魔導古書店ヌービアム。通称、長老の店は、ララスギアの街から少し離れた場所にある。

 平原の中に建つ大きなレンガ造りの立派な建物で、しかも街道のすぐそばだ。

 近くを通れば、嫌でも目につく。

 ところが、普通の人間には視認できない。目に映っても、そこに建物があると認識できない。そういう術式が常時展開していた。


 よって長老の店に行きたいのなら、まず長老の店がそこにあるということを知っていることが大前提だ。

 そして店にかけられた術式を無効化し『建物がある』と認識すると、初めてその扉をくぐることが出来るのだ。


 この術式の無効化は、慣れないうちはかなり難しい。しかし自転車の乗り方と同じで、一度コツさえ掴んでしまえば、あとは楽だ。

 おそらく今のセラナでも、何度か挑戦すれば突破できるだろう。

 残念ながらセラナを連れてくる前に、長老の店は潰れてしまったが。


 しかし、長老の店が閉店してから、まだ一週間だ。

 それに、あのオークションからも三日しか経っていない。

 店舗にはまだ本が残っており、落札した人へ発送するため、店員たちはまだまだ忙しい。


 タクトが長老の店を尋ねていったのは、そんな作業のまっただ中だった。

 五十坪ほどある店内には、四人の店員がいて、全員が汗水流して働いている。

 邪魔をするのは非常に心苦しい。

 だが、肝心の長老が見当たらないのだ。

 話しかけるしかなかった。


「あの……今日、長老と会う約束をしていたのですが……」


 魔導書を段ボールに一生懸命つめるエプロン姿の男性店員を捕まえ、タクトは遠慮がちに尋ねる。

 すると店員は忙しいにもかかわらず、笑顔で応対してくれた。


「ああ、タクトさん。長老なら二階にいますよ。勝手に登っちゃってください」


「そうですか。ありがとうございます」


 二階は長老の住居になっている。

 そこへ行くための階段は、客から見えない位置にあるのだが、タクトは何度も遊びに来ているので、勝手知ったるものだ。


「長老、お久しぶりです」


 タクトはリビングに入り、ソファーに座っている老人へ語りかけた。


「おお、タクトか。待ちわびていたぞ」


 タクトを見て笑顔を浮かべた彼の名は、アレクシス・アップルビー。

 人呼んで、長老。

 確か、今年で百七歳。

 当然、髪の毛は全て真っ白で、それもほとんどが抜け落ち、まばらに残っているだけ。

 顔のシワは蛇のウロコのようにハッキリと刻まれ、彼が辿ってきた人生の深さを物語っているようだった。


「さあさあ、座れ。ちゃんとお前さんのためにチョコレートを用意したんだぞ」


「長老。さすがにお菓子で釣られる歳じゃないですよ」


「何を言う。十三歳など、まだ卵の殻がついているようなものだ」


「もう十四歳になりましたよ」


「ワシから見れば同じだよ」


 百七歳にそう言われてしまっては、タクトに反論の余地はない。

 ちょっと卑怯だな、と思いつつ、大人しく長老の向かい側に腰を下ろすことにする。


「まずは長老。お疲れ様でした。九十年近くにわたってトゥサラガ王国の魔導古書店業界を支えてきた長老の功績は、きっと語り継がれますよ」


「そう大したことはしていない。ワシは父親から店を受け継いだだけ。この店の歴史はワシの人生の三倍もあるのだ。それをワシの代で終わらせてしまったのだから、むしろ罪人だよ」


 長老は寂しげに自嘲した。

 彼は妻に先立たれ、子供たちは全員独立し、手元から離れていった。

 これで店までたたんでしまっては、本当に一人ぼっちになってしまう。


「長老。誰か店を継いでくれる人はいなかったんですか? 息子さんとか……」


「ワシくらいの歳になるとな、子供ですら全員、ジジイとババアになってしまう。八十を過ぎた奴らに店を継がせても、そう長くは続かんよ。それに、魔導古書店をやるなら魔術師でなければいかん。しかし、魔術師の血を引いているからといって、必ずしも魔術の才能に恵まれるとも限らん。曾孫までいれると三十人ほどになるが、現役で魔術師をやっているのは七人。そして全員、ダンジョン探索が本業だ。古書店にこもるより、そっちのほうが遥かに儲かるからな」


 確かに、魔術師で一番稼ぎがいいのはダンジョン探索だ。

 タクトは今、資金に余裕がある。だが、それは魔導古書店の売上が良かったからではなく、空島でミスリルを見つけたおかげだ。

 誰だって金になる仕事をしたい。

 特別な思い入れがあるなら、話はまた変わってくるが。


「なら、店員さんたちは? この店の店員さんは皆、この店が大好きだと思いますよ?」


「駄目だ、駄目だ。大した給料も払えないのに、善意で店を支えてきてくれた連中だぞ。そんな奴らにこれ以上、苦労をさせてたまるか。それに、店員として働くのと経営者になるのとでは、必要な覚悟の量がまるで違う。実はそういう話も上がったんだが、やはりご破算になったよ。流石に人生を棒に振るのは嫌らしい」


「それは長老が経営の難しさを耳元で囁き続けて、半ば強引に諦めさせたとか、そういうことなんじゃないですか?」


「はて。何のことかな?」


 長老は部屋の隅に視線を移し、わざとらしくとぼけて見せた。

 やはり、店を継ぎたがっていた店員たちを、説得したのだろう。


 古書店などという先の見えない商売に人を巻き込みたくないという長老。

 歴史あるこの店を後世に残していきたいという店員たち。

 タクトとしては両者の気持ちが分かるので、非常に複雑な気持ちだ。


 しかし、全ては終わったこと。

 この魔導古書店ヌービアムは既に潰れたのだ。

 寂しいが、それが現実だった。

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