表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/97

77 本の形をしたナニカ

「タクト。もう大丈夫かしら?」


「ええ。危険は去りました……けど、この本を見て下さい。いえ、見えますか(・・・・・)?」


 タクトがそう言うと、クララメラは不安そうな顔のまま、マオを抱っこして近づいてくる。

 そしてタクトが突きだした本を見て、幾度も瞬きをする。

 マオも一緒になって本を眺めたが、やはり見えないらしく、目をゴシゴシと擦った。


「どうなってるの、これ。ここに本があるってことは分かるんだけど……どうしてもハッキリと認識できないわ。大きさも色も形も。幻惑魔術でもかかっているのかしら?」


「ええ、俺もそう思います。しかし、色や形を誤魔化すための幻惑ではなく、むしろ逆ではないかと」


「逆? どういうことかしら」


 クララメラはマオを地面に降ろしながら、そう尋ねてきた。

 彼女の疑問はもっともだ。

 普通、幻惑魔術といえば、その姿を偽装するのが目的だ。それの逆といわれても意味不明だろう。


「つまりですね。ここに本など存在しないのに、あたかも存在しているかのように見せかけているのではないか。俺はそんな印象を受けたのですが」


 タクトの手には、しっかりと一冊の本が握られている。

 そこから放たれていたマギカは、第二種グリモワール級。あるいはそれ以上のものだった。

 しかし、マギカを放つ存在というだけならば、別にグリモワールである必要はないのだ。

 それこそ、タクトたち魔術師だってマギカを放っているし、魔物だって同じだ。

 この物体は――いや、そもそも物体なのかどうかすら不明なコレは、本に擬態しているのではないか。


「何を言っているにゃ。どう見ても本にゃん。ぼんやりしているけど、本は本にゃん。マオは前にもこんな感じの本を見たことがある気がするにゃ!」


 マオは自信たっぷりに言って、ジィィッと本らしき存在を見つめる。

 が、すぐに首を捻り、自信を消していく。


「もしかしたら本じゃないかもにゃぁ……」


「私も自信ないわね。タクト、とりあえずページをめくってみたら? 本ならめくれるはずよ。本じゃなくてもめくれるかも知れないけど。そこまで本に似せてるなら、もう本ってことでいいじゃない」


 そう言いながらクララメラは再びマオを抱き上げて、遠くまで歩き、木の陰に隠れてしまう。


「……なんで逃げるんです?」


「だって。金庫から出しただけで地震が起きたのに。開いたら何が起きるか分からないじゃない」


「同感にゃん!」


「はぁ。すると、俺はどうなってもいいんですか?」


「だって、タクトは私より強いし。何が起きても何とかするでしょ」


「それはまあ……」


 何とかする自信はある。

 あるが、こうも露骨に押しつけられると困惑してしまう。

 もっとも、このグリモワールはタクトが買うと判断したものだ。

 クララメラやマオからすれば、巻き込まれた状況である。

 ならばタクトが危険を背負うのは道理に適っているのだ。


「タクト、ファイトにゃん」


「あとでクッキー焼いてあげるから!」


 無責任な二人の声援を背に受けて、タクトは怪しいグリモワールを開いた。

 ページは適当。

 なにせその姿をハッキリ見ることすら出来ないのだ。

 一ページ目なのか、それとも真ん中辺りなのかすら分からない。

 しかし開くことは可能だった。

 幸いなことに、地震も何も起こらない。

 ならば次にすることは当然、読むことである。

 読めない本など意味がない。


「うーん……やっぱりボンヤリしてて、何か書いてあるような、書いてないような……」


 顔を近づけたり、遠ざけたり。

 目を見開いたり、細めてみたり。


 実際は何か見えているのに、脳が見えないと思っている。

 あるいは。

 実際は何も見えていないのに、脳が見えていると思っている。


 もはやタクトは、自分が何を眺めているのかすら分からなくなってきた。

 やがて、足元が融けるような感覚に襲われ、次第にそれが全身に広がっていく。


 ――なん、だ?


 景色が、ぼやける。

 五感も、薄れていく。

 マオもクララメラも、森もアジールも、それどころか自分自身も。何もかもが薄くなっていく。


 なのに、何かが――情報が流れ込んでくる。


 断片的な。とりとめのない。

 支離滅裂で。てにおはの狂った。

 とんでもない悪文を読まされているような。

 名状しがたい感覚。


 だけど、視える。


 それは、十万年以上の昔の記録。

 それは『彼ら』の終わりの物語。


 超古代の地上を治めた、人ならざる種族。

 次元回廊を開く実験と、暴走による混沌の流入。

 その混沌と、超古代文明との戦い。

 敗北し、滅びた超古代文明。

 彼らはわずかな希望を託すため、五大女神システムを大地に刻む。

 そこに命の種子をまき、力尽きた。


 ゆえに我らに代わり――


 進化せよ、進化せよ。

 混沌はこの世界を侵食し続ける。

 女神システムはいずれ限界を向かえる。

 その前に進化せよ。

 混沌を倒せるまで進化せよ。

 さもなくば、この世界は滅びるのみ――。


「っ!」


 強烈なイメージの数々に圧倒されたタクトは、慌てて本を閉じた。

 今、確かに、タクトはこの本を読んだ。

 文字など見えないし、絵があるわけでもない。

 それでも脳に直接、流れ込んだ。


「ちょっとタクト……大丈夫? 汗かいてるけど」


「にゃー、走り回ったあとみたいにゃぁ」


 クララメラとマオが戻ってきて、心配そうに声をかけてくる。

 だが、体に異常はない。意識もハッキリしている。

 記憶も、ある。


「大丈夫です。ただちょっと疲れただけで」


「疲れた……? 本を開いて、閉じただけじゃない」


 やはり、あのイメージはタクトにしか見えなかったのか。

 あれは間違いなく創世記。

 エルフたちに伝わっていたものと、酷似している。

 しかし、この本を作ったのはエルフでも人間でもない。


「店長。聞いてください。信じられないかもしれませんが……この本。いえ、本の形をしたコレは、人類発祥以前に作られたものかもしれません」


 端的に言い表せば、そういうこと。

 第二種でも、第三種でもない。

 タクトの予感があたっていれば、これは第一種グリモワール。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ