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69 制御装置

 エルフたちは大鍋でシチューを煮込んでいた。

 栽培したのか自生していたのか知らないが、ニンジン、ジャガイモ、マッシュルームなど、具材も豊富。

 口の中でヨダレが溢れ出してくる。


「おう、お前ら……昨日は酷いこと言って悪かったな。まあ、食えや。たっぷりあるからな」


 昨晩、人間なんて信じられないと言っていたエルフが、そう言ってタクトとセラナの場所を用意してくれた。

 他のエルフからの視線もかなり好意的になっており、居心地の悪さはもうどこにもない。

 歓迎してくれているなら、遠慮なく。

 丁度お腹もすいている。


 タクトとセラナは焚き火の前に座り、そしてエルフが差し出してくれたお椀を受け取り、シチューを食べた。


「あ、これ美味しい!」


 と、セラナは声を上げる。

 タクトも言葉にこそしなかったが、同じ思いだ。

 それにしても、昨晩も思ったことだが、空島は野菜が豊富なのだろうか?

 ついでだから聞いてみよう。


「この野菜。一体どうやって手に入れているんです?」


「む? それは簡単じゃ。空島は土も肥えているからな。皆で畑を耕したのじゃ」


「オラの華麗な鍬使いを見せてやろうか?」


 ソルーガとソニャーナがそう教えてくれた。


「まあ、機会があれば」


 エルフの農作業風景に興味がないわけではない。

 しかしタクトが空島に来た本当の目的は、金目のものを探すことにある。


「ああ、そういえば。混沌領域にいるのに空島がこんなに快適なのは、古代エルフの技術を使っているからだと言っていましたが。その原理って分かります?」


 タクトはエルフたちを見回しながら聞いた。

 すると全員の視線がロッツに集まった。


「原理……となると、誰も分からない。なにせ失われた古代の技術だからな。しかし、その制御装置ならどこにあるか知っている。我々は一年前、それを動かしたのだから」


「では、あとでそこに案内してもらってもいいですか?」


「構わないよ。君たちは恩人だ。その要望には可能な限り応えたい。何か欲しいものがあれば、持ち帰っても結構だ。聖典以外はね」


「ありがとうございます」


 エルフの古代文明が残した制御装置。

 それはどんな物なのだろうか。

 なにせ空を飛ぶ島だ。この時点で常識外なのに、女神の如く、混沌領域の中で秩序を生み出している。まともな仕組みではないはずだ。


 そもそも、女神というシステムは誰が生み出したのか――とタクトは想いをはせる。

 樹の特異点(ネムス・テラ)から吹き出すマナを制御して、生存領域を生み出す五人の女神。

 それが何万年前から続いているのか、誰も知らない。


 クララメラが女神になってから、まだ三百年程度しか経っていない。

 クララメラは元々、普通の人間だった。

 それが先代の女神から後継者として選ばれ、不老不死の肉体と、生存領域を維持する技を受け継いだ。


 ところが、その代替わりを人々は観測できない。

 人々は、何万年も前からクララメラがあの森で女神をやっていたと思っている。

 先代の女神の記憶も記録も残っていない。

 当然、クララメラが普通の少女だったという事実も消えている。

 女神が代替わりするたび、何もかもが自動的に改変されてしまうのだ。


 ゆえに女神は永遠の存在として敬意を集める。

 そして次代の女神の座を巡った争いも起きない。なにせ代替わりする事そのものを知らないのだから。


 こんなよく出来たシステム、自然発生したと考えるのは難しい。

 誰かが設計したに違いないのだ。

 では、誰が?

 どんな力を持っていれば、これほど完璧で悪辣なものを構築できるのか?

 もしかしたら、ここでそのヒントが見つかるかも知れない――と思うのは、いささか期待が過ぎるか。


 なんにせよ、貴重な代物には違いない。

 一刻も早く見たい。

 気がはやったタクトは、シチューをがっつくように食べる。


        △


 それは純白の塔だった。

 五十メートルはあろうという高さ。

 造られてから長い年月が経っているはずなのに、漆喰のような白さを保っている。


「この塔、最近ペンキで塗り直したわけじゃないですよね?」


「いいや。ずっとこの状態で建っている。原理は分からないが、魔術的な効果があるのだろうな」


 ロッツはそう言ってから、塔の入り口の前に立つ。

 その扉に手をかざし、呪文を唱えた。


「▂█▃▄▅▆▇█▆▅▄▆▃▓▆█▅▅▂▓█▇▓▓」


 それは音。

 人間には言葉として聞き取ることも、まして発音することなど絶対に無理。

 エルフにしか出せない、人外の音階だ。

 その旋律に反応し、塔の扉は左右にゆっくりと開いていく。


「タ、タクトくん、今の呪文!? 一言も分からなかったんだけど!」


「安心してください。俺もです。しかし……エルフにしか発音できない呪文で開いたとなると、やはりこれはエルフが作ったものなのか……」


 タクトがそう呟くと、なぜか同行しているソルーガとソニャーナが話に入ってきた。


「何じゃ何じゃ。まだ信じておらぬのか。島を浮かべるなど、エルフにしか不可能な芸当じゃ。タクト、お主も出来ぬじゃろ?」


「まあ、無理ですけど」


 ぶん投げることなら出来るが。


「それみろ。やはりエルフのものじゃ!」


「けど、ソルーガさんだって無理でしょ?」


「…………ワシに出来るかどうかは関係ないじゃろ!」


「俺に出来るかどうかも関係ないですよ」


 そうやってタクトとソルーガが不毛な言い争いをしていると、横で聞いていたソニャーナとセラナがそろってため息をついた。


「兄者よ。たまに妹として恥ずかしくなるから、やめておくれ」


「タクトくん。たまにもの凄く子供っぽくなるわね。可愛いからいいけど……」


 二人の少女にそんなことを言われ、男子二人は押し黙ってしまう。

 それにしても、ソルーガと同じレベルだと思われるのは辛い。

 タクトは適当にあしらっただけのつもりであり、決して本気で戦ったのではないのだ。

 もっとも、ムキになってそう主張すると、かえって自分の格が落ちてしまう。

 やはり黙るしかないのか。悔しい。


「君たち、入らないのか?」


 ロッツが塔の中から呼び掛けてくる。

 彼にも呆れられてしまった。なんという不覚。


「今行きます」


 塔は内装も白塗りで、天井まで続く空洞になっていた。その広さはテニスコートくらいだろうか。

 そして不思議なことに、その中央にはもう一本、塔が生えていた。

 こちらも天井まで続いているが、太さはタクトの両腕でも抱え込めるくらいだ。


 そんな二本目の塔には、無数の模様が走っていた。

 あみだくじのように、上から下に、右から左にと線が彫られている。

 その線はたんに窪んでいるだけでなく、淡い青色に発光しているではないか。

 しかも、光の強さは目まぐるしく変わり、離れて観察すると線の上を光点が走っているようにも見える。

 タクトはコンピュータの回路図を連想した。


「これが、空島の制御装置ですか?」


「そのとおり。本来なら空島の運行すらコントロール出来るはずなのだ……あいにく、その方法はもう分からない。私たちに出来たのは、塔の中に入り、結界を起動させることだけ。それによって混沌領域でありながら、生存領域と同等の環境が再現できるのだ。おまけにどういう仕組みか、一週間ほどで草木が生えそろい、そのあと昆虫や小動物まで出てきた。まるで創世記だよ」


 本当か、と疑いたくなるほどの技術である。


「空島の軌道をコントロール……その方法、聖典に書いてあるのでは?」


「かもしれない。だが、駄目だ。開いてはいけないと伝承に残っているのだから」


 そう言われるのは予想していた。

 なのでタクトは聖典は諦め、制御装置をコツコツ叩いてみたり、周りを歩いてジロジロ観察したりしてみる。

 しかし、よく分からない。


「うーん……ここからマナが放たれているのは確かですが……時間をかけて詳しく調べたいですね」


「それは自由にしてくれたまえ。私たちは小屋に戻っているぞ」


 ロッツはソルーガとソニャーナを連れて帰ろうとした。

 が、兄妹は異を唱える。


「待つのじゃ隊長。せっかくここまで来たのじゃから、ワシらは洞窟に遊びに行きたい」


「うむ。まだ探険し終わっていないからな。聖典が手に入った以上は、撤収するのだろ。その前に隅々まで見て回らねば」


「仕方のない奴らだ……夕飯の時間までには帰ってこい。あとケガはするなよ」


「はは、分かっておる。ワシらは子供ではないぞ」


 子供だろ、とタクトは心の中でツッコミを入れた。

 そして、洞窟と聞き、テンションを上げた人間の子供もいた。


「洞窟探検!? 私も行きたい!」


「おお、セラナも来るか? いいぞ、お前くらいの剣士なら大歓迎じゃ。今日中に最深部まで行ってしまおう!」


「やったー! というわけでタクトくん。私は二人と一緒に洞窟に行ってくるから」


「いいですけど。気をつけてくださいよ。まあ、アミュレットに魔力を流し続けておくので、ケガしようと思っても出来ないとは思いますが。迷子にならないように」


 タクトとセラナのアミュレットは、無限の距離を超えてリンクできるというわけではなかった。

 しかし、空島くらいの広さなら、どこにいても問題ない。


「その心配は無用じゃぞ。ワシと妹でエスコートするからな」


「うむうむ。オラたちは何度も行っているから大丈夫だ」


 そう言って、エルフと人間の子供たちは走って洞窟に向かっていった。

 彼女らの背中を見送りながら、タクトとロッツは苦笑しあう。

 どこの社会でも、保護者というのは同じ思いらしい。

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