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67 ゴーレム発見

「ねぇねぇ、タクトくんタクトくん」


 早朝。

 床に寝ていたタクトは、ゆさゆさと揺すられて目を覚ました。

 見れば、セラナが隣に正座して、タクトの肩を掴み、これでもかと左右に揺すっている。

 寝起き一発目でこのシェイクは辛い。

 というか、目を開けたのにセラナはなぜ手を離してくれないのか。


「起きましたから、俺を撹拌するのやめてもらっていいですか?」


「あ、ごめんごめん。それでさ、タクトくん。私、起きたら頭に包帯巻いてたんだけど、どうして?」


 セラナは自分の頭をさすりながらそう言った。

 確かに、彼女の銀色の髪の上には、白い包帯が巻かれている。

 昨晩、セラナが風呂でぶっ倒れ、血をドクドク流したので、タクトが治療してやったのだ。


「回復魔術で傷は治しましたけど、念のためにロッツさんから包帯をもらったんですよ」


「え。私ケガしたの?」


 セラナは小首をかしげる。

 どうやら覚えていないらしい。

 結構。

 タクトとしても昨晩の出来事は恥ずかしいのだ。


「まあ、大したことじゃありません。セラナさん、ソニャーナさんからもらった蜂蜜酒でよっぱらって、頭ぶつけたんですよ」


「うーん……そうだったような、そうじゃないような……あ、思い出した!」


 セラナは合点がいったという顔になり、手の平をポンと叩く。

 その瞬間。

 傍目に分かるほど青くなり、悲鳴を上げて飛び上がった。

 そしてベッドへと走り、布団にくるまって隠れてしまう。


「わ、私は、何ということをぉぉぉっ!」


 ベッドの上を、イモムシのようにのたうつセラナ。

 とても恥ずかしそうだが、しかし本当に恥ずかしいのはタクトである。


「セラナさん……あの、気にしないでいいですよ……って言うか、しないでください。そういう反応をされると、その……とても気まずいので」


 タクトがそう言うと、布団がモゾモゾと動き、そしてセラナが頭だけを出す。

 カメなのか、イモムシなのか。ハッキリして欲しいところだ。


「だって、だってぇ……私、タクトくんのお風呂に……ああ、なんてはしたないことを……! タクトくん、どうして裸だったの!?」


「いや、風呂で服きてたら変でしょ……」


「それはそうなんだけど……うぅ、ごめんねタクトくぅん……」


 セラナはおでこも鼻も耳も、それどころか目まで充血させて真紅になっている。

 このままでは頭に血が上って破裂するかもしれない。


「許します。許すのでこの話は終わりにしましょう。一瞬の出来事でしたから。そんなしっかり見たわけじゃないんでしょ?」


「え……私、その、動体視力には自信があるから……」


 そういえばそうだった。

 セラナの両親はどちらも超一流剣士。その血を引いたセラナは、魔術師の卵でありながら剣士としての才能に恵まれている。

 刹那の攻防を常とする剣士ならば、あの間隙でタクトの裸を見極めるのも容易だっただろう。

 ゆえに――


「タクトくん……本当に男の子だったのね……!」


「ええ、そうですよッ!」


 なにを今更言っているのか。

 まだ信じていなかったのか。

 というか、しっかり見られてしまったのか。

 これは恥ずかしい。

 タクトは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。


「けど……昔お父さんとお風呂に入ったときに見たのとだいぶ違ってたわ。やっぱりタクトくんは男じゃないのね!? でも、女の子でもなかったし……うーん。性別:タクト?」


「いや! 俺もそのうち大きくなりますから! 男ですから!」


「ええ!? タクトくんもいつかお父さんみたいにモジャモジャになるのっ? ダメ、絶対にダメェェ!」


 などと叫び、セラナは両腕をタクトの腹の下に向け、「縮めぇ、縮めぇ」と呪いを送ってくる。

 呪いを断ち切るため、タクトはセラナの額にチョップをぶちかます。


「あいた! 酷いよタクトくん……」


「酷いのはどっちですか。アホなことしてないで、いい加減ベッドから出てきてください。今日中に聖典をサクッと手に入れて、エルフの皆さんにはお帰り願うつもりなんですから」


「うん……」


 セラナはようやくベッドから這い出した。

 しかし、まだタクトを見ながら赤くなっている。


「どうしよう……お風呂場のタクトくんを思い出しちゃう……」


 これは、喧嘩を売られているのだろうか。


「じゃあ、その記憶を抹消しましょう。頭に電気を流せば何とかなりますよ、きっと」


 タクトは手の平から稲妻を放ち、部屋一杯に空中放電させた。

 そのバチバチという派手な音に驚き、セラナは飛び退いた。


「うひゃぁ! 忘れるから! もう忘れたから! 何も見てない。見えなかった。生えてなかった。タクトくん、何も生えてなかった!」


「俺のこの手が光って唸る! お前を倒せと輝き叫ぶ! シャァァァイニング――」


 タクトは電気を出したまま、セラナの頭を容赦なく鷲掴みにした。


「うぎゃあああああ!」


 チーン。


        △


 聖典の原書。

 それは目の前に広がる窪地の底にあるとエルフたちは言う。

 しかし、窪地には白い霧がたちこめ、どうなっているのか全く分からなかった。


「あの霧は、我々の魔力で発生させたものだ。金属を腐食させる効果がある」


 崖の縁から見下ろしながら、ロッツがそう教えてくれた。

 タクトとセラナも並んで見下ろす。


「金属を腐食? 何のために?」


「ふむ。それは口で説明するより、実際に見た方が早いだろうな。術式を解除する」


 ロッツはパチンと指を鳴らす。

 すると、窪地を覆っていた霧が薄らぎ、風に散らされて消えてしまった。

 そして現われたのは、四角い石の建物。大きさは平均的な一軒家くらいだ。

 更に、その建物を守るように立っている、二つの影があった。


 鎧を着た、騎士?


 否。身の丈が人にあらず。

 建物と同じくらいの高さなのだ。

 明らかに四メートルを超えているだろう。


「ゴーレム、ですか?」


「そうだ。我々の先祖が聖典を守るために作り出した、鋼鉄のゴーレムだ。しかし長い年月の果てに、我々はその止め方も倒し方も忘れてしまった。見たまえ」


 そう言ってロッツは石を拾い上げ、窪地に向かって放り投げた。

 すると二体のゴーレムは俊敏な動作で石を見る。

 兜のような顔の奥で、赤い光が輝いた。

 マナが溢れ出す。

 そして――ゴーレムの瞳から真紅の光線が伸びた。

 二本のそれは、放物線を描く小さな石を正確に撃ち抜き、蒸発させてしまう。

 大した精度と威力だ。反応も素早い。

 おまけにあの巨体から察するに、格闘能力も高いのだろう。

 エルフがこんなところで一年間ももたついている理由が、ようやく分かった。


「自慢ではないが、我々十人は、エルフの中でも精鋭だ。魔術師協会が攻めてきたとしても、それなりに戦える自信がある。しかし、あのゴーレムには歯が立たない。見ただけで分かるから、挑む気すら起きない。負傷者が出るだけだからな」


「たしかに……」


 昨日、ロッツはソルーガとソニャーナを天才だと言っていた。

 そして実際、二人の魔力は大したものである。

 タクトと戦ったときは水の魔術を使っていたので脅威度が低かった。しかし、本気で相手を倒すため炎や雷を使ったなら、かなりの破壊力を生み出すだろう。

 上位の魔術師とも互角にやり合えるはずだ。

 だが、仮にここにいる十人のエルフが全員、あの兄妹並の実力者だとしても、ゴーレムには勝てそうもない。

 あの装甲の隙間から漏れているマナだけで、そうだと分かってしまう。


「それで直接戦闘せずに、ガスで腐食させる作戦に出たわけですか。にしても、錆びた様子も、融けた様子もありませんね」


「ああ。一年もかけたのだがな……そろそろ別の手段をこうじなければ、と悩んでいたところに君たちが来たというわけだ」


「なるほど。運がいいですね。あと数日もすれば、魔術師協会が大軍で攻めてきたでしょうから。ギリギリのタイミングでした。早速片づけましょう」


「片付けるといっても……どうやって?」


 ロッツはタクトの顔をまじまじと見つめ、難しそうな顔で疑問を口にする。

 自分たちが一年かけても倒せなかった相手に、昨日来たばかりのお前がどうするつもりなんだ――そんな表情だった。


「もちろん、下に降りていって破壊するんです。一瞬で終わらせますから、その間に朝食を作っておいてください」


「い、いや、しかしだな……接近戦こそしていないが、私たちもここから遠距離攻撃を何度も行なったんだ。それでも無傷なのだぞ!?」


「仮にあれがオリハルコンの塊だったとしても、俺なら造作もなく破壊できます」


 そう答えてやると、ロッツは絶句してしまった。

 虚言に聞こえただろうか?

 しかし事実なので、他に言いようがない。

 ここは百の言葉を飾るより、行動で示したほうが早いだろう。


「隊長。やらせてみたらいいじゃろ。なにせタクトはワシらを倒したのじゃ」


「そうそう。ただ負けたのではなく、もう本当に手も足も出なかったからな。タクトの強さは実際に戦ったオラたちじゃないと分からん」


 焚き火のそばでたむろしていたはずの兄妹が、いつの間にかロッツの後ろにきて、そんなことを言ってくれた。


「うーむ……お前たちがそう言うのならそうなのかもしれないが……」


 それでもロッツの歯切れは悪い。

 タクトの命を気づかってくれているということだ。

 種族が違うのに無下にされないのは嬉しい話である。


「ロッツさん。気持ちはありがたいですが、いいじゃないですか。代案はないのでしょう? 仮に失敗しても、紛れ込んだ人間が死ぬだけ。エルフに損はありません。それに、止めても行きますよ」


「そうか……分かった。そこまで言うなら君に任せる。だが、危なくなったら引き返してくれたまえ」


「はい。では行きましょうか、セラナさん」


「ふぇ!? 私もっ?」


 関係ないという顔で話を聞いていたセラナだが、急に話を振られて目を丸くする。


「当然でしょう。むしろ、いつもなら自分から行くと言い出す癖に」


「いやいや。限度があるから。私だって明らかに死にそうなところには行かないから!」


 セラナは、セラナのくせに妙に常識的なことを言い出した。


「死にませんよ。何のために俺がその剣を持たせたと思ってるんです? ほとんど何でも斬れますよ、その剣。今のセラナさんでも、五分五分でゴーレムに勝てます」


「へぇぇ……エルフたちが一年がかりでも倒せないゴーレムに勝率五割! 私凄い……って、それ五割の確率で私死ぬってことでしょ!?」


「死にませんって。そのアミュレットに俺の魔力流しますから。攻撃されたら、自動的に防御結界で跳ね返します」


 タクトはセラナが首からさげているアミュレットを指差す。

 そこには、かつて二人でテーゲル山からとってきたルビーがついていた。

 タクトも同じデザインのアミュレットをさげている。

 セラナのアミュレットの特性は、自動防御。敵の攻撃を感知して、防御結界を張るという汎用性の高いものだ。

 一方、タクトのアミュレットは用途が限られている。タクトの魔力をセラナのアミュレットに流し、防御結界を強化するという特性だ。つまり、セラナを守ること以外に使えない。


「タクトくんが強化してくれたら、防御結界はどのくらいまで耐えられるの?」


「マグマの海で泳いでも服に焦げ目一つつかないくらいに」


「しゅごい!」


 セラナは大げさな声を上げる。

 それから右手の杖を見つめながら首をかしげた。


「けど、見習いの杖はどうしたらいいの? 剣は両手で構えるのに」


「その辺に置いていったらいいじゃないですか」


「ええ!? だって仮免の魔術師は、見習いの杖を通さずに魔術を使っちゃ駄目なことになってるのよ!」


「空島までは協会の目も届きませんから大丈夫。もしバレて因縁つけられたら、俺とクララメラ様で話つけに行きます」


「タクトくん、なんかギャングみたい! 格好いい!」


 かくして、タクトとセラナは崖を滑り降りていった。

 頭上からソルーガとソニャーナの声援が聞こえる。


「頑張るのじゃぞー」

「おいしいシチューを作っておくからなー」


 間の抜ける声だが、シチューは楽しみだ。

 一撃で倒してしまおう。

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