65 覗かないでくださいよ
彼らの話によると、エルフ族は人間が信じているほど長寿ではないらしい。
普通は百三十年くらい。百五十年も生きると長老扱いだ。
つまり人間よりほんの少しだけ長生きなだけ。いや、人間でも魔術師なら百歳を超えることがザラなので、ほとんど同じともいえる。
しかし、老化の仕方はまるで違うようだ。
まず二十歳程度までは人間と同じように歳をとる。
だからソルーガとソニャーナは見た目そのままの年齢だ。
だが、二十代からは極端にゆっくりと歳を取っていく。
いつまでも若々しいままだ。
死の間際でも人間のようにシワシワになったりしないという。
だからエルフは何百年も生きるという迷信が人間の間に広がったのかもしれない。
ちなみにロッツの見た目は二十代だが、もう五十代らしい。
どうりで威厳があるわけだ。
また、エルフ族は全員が生まれつき、それなりの魔力を持っている。
よって人間のように魔術学園で学ばなくても、全員が魔術師になれるのだ。
そんなエルフの作る風呂は、ボイラーがなかった。
魔術で水を召喚し、魔術で熱する。
そして、使い終わったお湯は、栓を抜くと崖下に排出されていくという構造になっているらしい。
そんなお手軽な仕組みの風呂だが、毎日は使っていないという。
もっとも、それはエルフに限ったことではない。
人間だって三日に一度くらいしか入らないのが一般的だ。
なにせ、この世界は中世ヨーロッパ風。
それを考えれば、三日に一度というのは、むしろ清潔にしている方といえる。
しかしタクトは元日本人だ。
毎日入らないと気が済まない。
エルフたちは今日誰も風呂を使う予定がないらしいので、思う存分貸し切りにさせて頂く。
「セラナさん。俺は風呂に行ってくるので、しばらく適当に遊んでいてください」
タクトは小屋のベッドでゴロゴロするセラナにそう告げ、リュックからタオルと着替えを取り出した。
「お風呂? 私も入りたい!」
風呂と聞いたセラナは起き上がり、赤くなった顔を見せる。
ちなみにセラナが赤いのは、さっきソニャーナに半ば強制的にハチミツ酒を飲まされたからだ。それ以来、ずっとぐにゃぐにゃしている。
「けどセラナさん。別に汗臭くないですよ」
酒の匂いはするが。
「臭いとかそういうのはどうでもいいの……! 毎日入りたい!」
「それは珍しいですね。いえ、綺麗好きなのはいいことですけど」
「まあ……確かに周りの話聞くと、毎日入ってる人は少ないみたいだけど……ほら、私の実家、温泉旅館でしょ。周りも温泉だらけだったし、故郷では毎日入るのが当たり前だったのよ。寮の浴場は隔日でしか沸かしてくれなかったから入れなかったけど……」
「はぁ、なるほど」
ララスギアの街は上下水道が完備されているので、水の入手は容易だ。
しかしそれでも、湯船一杯に水を張り、火を焚いて湯にするというのは手間がかかる。
一方、地面から湧き上がってくる温泉なら、入りたいときに入ることが出来る。
商売でやっているのだから、むしろ湯を止めることが稀なのだろう。
「でも……一緒に入るわけには行きませんよ」
「あ、当たり前でしょ! タクトくんのえっち!」
セラナは壁際まで後ずさった。
一瞬で酔いが覚めたらしく、赤い顔が青くなる。
女子としては自然な反応といえるが、しかしタクトは心外だった。
「むしろ『俺が入っているときに覗いたり、乱入して来ないでください』という意味で言ったんですけど」
「そんなことしない……わよ? たぶん……きっと」
最初はハッキリした口調だったが、途中から目を泳がせ、徐々に自信なさげになっていく。
言っている途中で、自分ならやりかねないと思ったらしい。
困った人だ。
「セラナさんのえっち」
「えっちじゃないわよ! ただちょっと……興味があるだけで……」
世間一般では、それをえっちと言うのではないだろうか。
タクトは無言のまま、非難がましい瞳でセラナを見つめる。
するとセラナは俯き、胸の前で指を絡め、恥ずかしそうにもじもじした。
まあ、これ以上いじめても仕方がない。
これだけ念を押せば、覗かれることはないだろう。
「ああ、むしろセラナさんが先に入っちゃいますか? 言うまでもなく、俺はセラナさんと違って、覗いたり乱入したりはしませんよ」
「私もしないってば! それと、タクトくんが先に入っちゃって。私だと多分、湯船に丁度いい量の水をいれて湧かすっての出来ないから」
「それはそうですね。セラナさんだと、魔力を強くし過ぎて蒸発させて、湯気だらけにしそうです」
「そんな気がする……」
あえて練習のためにセラナに風呂の準備をさせるという手もあるが、何時間かかるか分からない。
素早く風呂に入って、明日に備えたいから、セラナの修行はまた今度にしよう。
「じゃ、行ってきます。本当に覗かないでくださいよ。容赦しませんからね」
「覗きませんッ!」
プクーとふくれっ面になったセラナを見て苦笑しつつ、タクトは風呂道具をもって外に出る。
さっきまで火が付いていた焚き火は消え、エルフたちも自分の小屋に帰ってしまったようだ。
誰もいない。
エルフは眠るのが早いのだろうか?
タクトも夜更かしが好きというわけでもない。手早く済ませよう。




