60 ソルーガとソニャーナ
タクトとセラナは一生懸命に訴える。
まず、人間の社会に奴隷ハーレムなどという文化はないということ。
もしかしたら、どこかでひっそりと行なわれているのかもしれないが、少なくともタクトとセラナは知らない。一般的ではないのだ。
よって人間に出会うことが即、性奴隷にされることには繋がらない。
大半の人間はおおむね善良であり、タクトとセラナもエルフに危害を加えるつもりはまるでない。
むしろ先制攻撃をしてきたのはそちらなのだから、それについての説明を求める――。
という話を十数分に渡って語り、エルフの兄妹はようやく警戒心を薄めてくれた。
「本当だな? 本当にオラを性どれーにするつもりはないのだな?」
「もし妹に手を出して見ろ。ワシの攻撃呪文が火を噴くぞ!」
「ええ、誓って。性どれーにも、どれーはーれむにも、興味などありません」
タクトがそう断言してやると、エルフ二人は顔を見合わせて頷き合う。
「よし。ひとまずは信用してやろう。では自己紹介じゃ。ご覧の通り、ワシはエルフ。生まれはミュレンガ村。名はソルーガ。天才魔術師じゃ」
「同じくミュレンガ村からきたソニャーナだ。兄者と同じく天才魔術師!」
エルフの兄妹は胸を張り、自分たちを天才魔術師だと名乗った。
その自信はどこからくるのだろうか。
とりあえず、兄のソルーガは一人称がワシで、妹のソニャーナの一人称がオラだと覚えておけば、聞き分けやすい。
「さっきタクトくんにボロ負けしたのに天才魔術師なの?」
とセラナが首を捻ると、エルフ二人は「ぐぬっ」と唸る。
「あ、あれは何かの間違いだ!」
「そうじゃ! 急に攻撃されたから驚いてしまったのじゃ!」
ソルーガとソニャーナは必死に弁明する。
「急に攻撃してきたのはそっちなんだけどなぁ」
「そ、そんなことはどうでもいいじゃろ! それよりも、そちらも名乗るがよい!」
通りがかりの人間に奇襲を加えておきながら、そんなことはどうでもいいと言ってのける図太さはある意味尊敬に値する。
が、その辺をつっこみ始めると一向に話が進まなくなりそうなので、さっさと自己紹介を終わらせてしまおう。
「俺はタクト・スメラギ・ラグナセカ。魔導古書店アジールの店員です」
「私はセラナ・ライトランス。ララスギア魔術学園の生徒よ」
「ふむ……タクトにセラナか……お主らは人間にしてはいい奴そうじゃから、こちらも腹を割って話すぞ。ワシらが攻撃したのは、不法侵入者を排除するためじゃ。つまり正統な権利」
「その通り。この空島はもともとオラたちエルフのものだ。今までは人間が入り込むのも大目に見てきたが、少しばかり事情が変わった。一年前から立ち入り禁止にしてある。だからこのまま、お前たち二人は帰ってくれ」
ソルーガとソニャーナは当たり前のような顔で、そんな衝撃的なことを言い放つ。
空島は、もともとエルフのもの?
何だそれは。そんな話、今初めて聞いた。
「タクトくん、タクトくん。知ってた?」
「まさか。本は沢山読みましたけど、初耳ですよ」
クララメラからもそんな話を聞いたことがないので、女神ですら知らないということだ。
確かに人間は空島について何も知らない。
誰が作ったのか。いつ作られたのか。どうして浮いていられるのか。
しかし突然「エルフのもの」と宣言されても、「はい、そうですか」というわけにはいかない。
「なんじゃ、アホみたいな顔をして。この空島はワシらのご先祖様が作ったのじゃぞ。それが何千年前のことなのかまではハッキリしないが……とにかくエルフのものなのじゃ。そう言い伝えられてきたのじゃ」
「その証拠に、ほれ。渾沌領域にいながらも、空島は快適そのものだろう。これはオラたちが空島に眠っていた〝装置〟を起動させたからだ。お前たち人間は、空島にこんな機能があったと知っていたか? オラたちは知っていたぞ」
エルフの二人は、澄まし顔で自信たっぷりに語る。
なるほど。渾沌領域の空であるにもかかわらず秩序が存在しているのは、その装置とやらのお陰らしい。
そうなってくると、空島を作ったのはエルフだという話にも、信憑性が出てくる。
少なくとも無根拠に主張しているのではなさそうだ。
「けど、だからっていきなり攻撃してくることないじゃないの。今はタクトくんがいたから平気だったけど……私たちの前にも魔術師協会の人が来たでしょ。まさか、こ、殺したりしてないでしょうね!?」
セラナがそう尋ねると、
「馬鹿を言え。エルフがそんな野蛮なことをするはずがないじゃろ。ちょっと驚かして追い返しただけじゃ。怪我もさせとらん。実際、さっきだって手加減しまくっていたのじゃ」
「兄者の言うとおり。オラたちが本気だったら、お前たちなど今頃消し炭になっていたのだぞ!」
ソルーガとソニャーナは、これまた自信たっぷりに語る。
しかし事実、先程の攻撃は本気ではなったのだろう。
もし、こちらを害するつもりなら、水系の攻撃ではなく、炎や雷などを使ったはずだ。
そうしなかったということは、相手を可能な限り無傷で返してやろうという思いやりがあるからだ。
よって話し合いの余地もある。
まず、エルフが空島に立てこもっている事情を知るところから始めよう。
相手の事情が分からなければ、まとまる話もまとまらない。
「今まで空島を放置してきたのに、どうして一年前から人間を立ち入り禁止にしたんだ? さっき事情が変わったと言っていたけど、もし良かったら教えてくれないか。俺たちも力になれるかもしれない」
「ふーむ……まあ、お主らにバラしても害はなさそうじゃな。特別に教えてやろう。空島に眠る、エルフの聖典を発掘するのじゃ。そのためにワシらは一年前からここにいる。もし本当に手伝ってくれると言うのであれば、隊長のところに連れて行くぞ。隊長の信頼を勝ち取れるかどうかは知らぬがな!」
「なにせ手加減していたとはいえ、オラと兄者を退けたのだから、技量は確かだろう。オラは歓迎するぞ」
どうやら責任者のところまで案内してくれるようだ。
ありがたいことだが、こうも簡単に相手を信用してしまっていいのだろうか。
心配だ。
やはり「人間に出会うと〝どれーはーれむ〟に加えられてしまう!」と警戒しているくらいが丁度いいのかもしれない。




