59 風評被害
「セラナさん。この二人はどうして土下座しているのでしょう?」
「え、私に聞かれても……分かるわけないじゃない」
「そうですか。セラナさんなら土下座する人の気持ちがよく分かるかと思ったのですが……」
「ちょ、ちょっと待って!? どうしてそう思うわけ!」
「だってセラナさん。しょっちゅう土下座してるじゃないですか」
「してないわよ! そのイメージどこから来たの!? ビックリしたんだけど!」
セラナは大声で怒鳴り、大げさにのけぞって見せた。
どこから来たイメージと言われても、それはもちろん――とタクトは考えてから、愕然とした。
なんということだろうか。
セラナはまだ一度もタクトの前で土下座したことがなかった。
そんな馬鹿なと記憶をたどっても、ない。
ポンコツの極みのような少女であるがゆえ、土下座が日常茶飯事になっていると思っていたのに。
それはタクトが勝手に貼ったレッテルだったのだ。
「……今回ばかりはセラナさんが正しいようです。たしかにセラナさんはまだ土下座していませんでした。謝ります」
「……いまいち釈然としないけど、まぁいいわ。それで……この人たちどうするの?」
セラナは土下座するエルフ二人に向き直る。
彼らは額を地面にこすりつけ、金色の髪を絹のように広げている。
丘の裏から攻撃してきたのは、まず間違いなくこの二人だ。
よって普通に考えれば敵なのだが、しかし白旗を揚げた上に、ご覧の通り全力の土下座である。
エルフと空島という組み合わせからして奇妙だ。
まずは事情を聞くべきだろう。
「えっと、エルフさんたち。その〝どれーはーれむ〟が何なのかはよく分からないけど、とりあえず頭を上げてください。どうして俺たちに攻撃してきたのか、説明してくれませんか」
タクトがそう言うと、エルフの男女は上半身を起こし、互いに顔を見合わせる。
「これはどうしたことじゃ、妹よ。こやつ人間のくせに、どれーはーれむを知らぬと言っているぞ」
「不思議だ不思議だ。もしかすると、かなりの田舎から来たのかも知れないぞ兄者。文化が遅れているから一般常識がないのだ」
などとエルフたちは失礼なことを言い出す。
タクトとセラナがいぶかしげな顔をしていると、エルフの二人はどれーはーれむについて解説してくれた。
いわく――。
どれーはーれむとは全ての人間にとっての悲願であるらしい。
人間は生まれたその瞬間から自分だけのどれーはーれむの完成を夢見て行動し、好みの異性を探し、戦い、屈服させてどれーにしていく。
しかし多くの者は夢半ばで敗れ、他の人間のどれーはーれむに組み込まれてしまう。
人間は日々、己の刃を磨き、強さを追い求め、どれーはーれむを肥大化させ、一つの生存領域を覆い尽くすまでに成長し――やがてそれは『国家』と呼ばれるようになった。
「と、エルフの村では言い伝えられておる!」
「その伝承。最初から最後まで間違ってるわよ」
したり顔で語ったエルフに対し、セラナは容赦ない一言を浴びせた。
するとエルフ二人は飛び上がって驚き、その尖った耳をギュンっと垂直に伸ばす。
「そんな馬鹿な! エルフの伝承が間違っているとでもいうのか!?」
「オラたちはずっとそう言い聞かされてきたのだ。人間に捕まると性どれーにされてしまうから森から出てはいけないと!」
「そうじゃ、そうじゃ。人間は凶暴で変態だと昔から相場が決まっておる。お主らだって、大人しそうな顔をしていても、頭の中でワシらをどういたぶってやろうかと考えておるのじゃろう!」
「ああ、兄者。オラたちはもう終わりなのか……」
「泣くな妹よ。きっと仲間たちが仇をとってくれるからな!」
などと言いながらエルフの兄妹は抱き合って、シクシク泣き始めた。
先に攻撃を仕掛けてきたのはエルフのほうなのに、どうしてこっちが凶暴で変態扱いされなければいけないのか。
風評被害も甚だしい。
腹が立つので、このまま放置して行こうか――という考えが一瞬タクトの脳裏をよぎった。
しかしこの二人は、空島で何が起きているのかを知るための重要な手がかりだった。
何とかして会話を成立させる必要がある。
難儀だが、頑張らなければ。




