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58 どれーはーれむ

 渾沌領域を漂う、空飛ぶ島。

 そんな得体の知れない場所なのだから、危険が待ち受けているに違いない。

 まして、一年前から正体不明の勢力に占拠されているらしいのだから。

 と、タクトは身構えていたのだが。

 いざ来てみれば、ご覧の通りのんびりしており、風光明媚とすらいえる。


 タクトとセラナは、タンポポが咲き誇る花畑の中を歩き、やがて小川を見つけた。

 タクトでも跨いで渡れるくらいの、本当に小さな川で、覗き込めばメダカが群れをなして泳いでいた。


「メダカかぁ……こんなに小さい魚だと、どうやっても食べられないわね」


「セラナさん。頭の中、食べることしかないんですか?」


「ち、違うわよ! ただ最近、魚料理を食べてないなぁと思って……」


 結局、食べ物のことを考えていたのではないか。

 そうタクトが突っ込もうとしたとき。

 近くにある丘の向こうから、魔術発動の気配がした。


「セラナさん、ちょっと失礼」


「へ?」


 タクトはセラナの返事を待たず、その体を抱きしめ、自分たちの周囲に強固な防御結界を展開した。

 その次の瞬間、丘の向こうから、直径五メートルほどの岩がミサイルの如く迫ってくる。

 誤解の余地がないほどタクトたちを狙っており、猛禽類を思わせる速度で落下してきた。

 直撃すればレンガの壁すら砕いてしまうだろう。

 しかしタクトの防御結界は悠々と耐え、むしろ岩の方が空中で砕け散ってしまった。

 ゴロゴロと岩の破片がタンポポの上に落ちてくる。そんな光景を見ながら、セラナはうろたえた声を上げる。


「な、なになに!? どうして岩がっ? 岩って空飛ぶものだっけ!?」


「まあ、渾沌領域では珍しくない話ですが、ここは秩序がありますから……魔術を使った攻撃ですよ。ほら、また来た」


 先程より強力な魔力が放たれる。

 それと同時に、大蛇が現れた。

 まず丘の向こうから、顔だけを見せる。タクトとセラナが首を上に向けないと視界に納められないほど高い。四階建ての建物と同じくらいだろうか。

 それが丘の上へと登ってとぐろを巻く。

 口から細長い舌をチロチロと出し、大きな瞳でこちらを見下ろしてきた。

 まさにカエルをにらむヘビの相貌に相違ない。

 ただし、その大蛇は大きさ以外にも、普通のヘビと違うところがあった。

 それは色。

 白でも緑でも赤でも茶でもなく、無色。透明。

 光の反射と屈折率の変化によってそこにいると分かるが、しかしその体は透けていた。


「水のヘビか……」


 タクトは感心して呟く。

 これだけの大きさのヘビを作るとなれば、何トンの水が必要になるのだろう。

 その水を召喚したか空気中から取り出すかして、更にヘビの形にして自在に操る。

 なかなかに高等な技術だ。

 どうやら結構な腕前の魔術師が、丘の向こうに隠れているらしい。


 ただ腕前が凄くても、この水の大蛇が戦闘に役立つかといえば、はなはだ疑問が残る。

 なぜヘビの形に? この大量の水を直接相手にぶつけた方が強力なのでは?

 そもそも水という属性自体が戦闘向きではないのだ。

 これほどの技量を持つ魔術師が、そのことを知らないわけはないのだが。

 その辺りの事情は、あとでゆっくり尋問することにしよう。

 まずは大蛇を消し飛ばす。


 タクトは防御結界を黒色に染め上げて、外部から入る光を減少させる。

 ようはサングラス的なものだ。

 それから結界の外に直径一メートルほどの火球を形成。

 間髪入れずに大蛇へと発射。

 まるで太陽そのもののような閃光を放ちながら、火球は目標へ着弾。

 爆発が巻き起こる。

 丘が半分ほど消し飛び、それから周囲のタンポポが燃え上がり、衝撃波が広がって地面が抉れ、遠くの方でも花や草がちぎれ飛ぶ。

 無論のこと、大蛇は跡形もない。

 構成していた水は全て瞬時に蒸発していた。


 さて。相手は別の魔術を使って攻撃してくるのだろうか。

 あるいは――。


「こ、降伏じゃぁ……」


 タクトが油断なく周囲を警戒していると、丘の向こうからそんな弱々しい声が聞こえてきた。

 そして白旗が見え、それを振り回す男女二人現れる。

 歳はおそらく十六歳前後。

 兄妹か何かだろうか。うり二つの顔立ちで、文句なしに美形に分類できる。

 どちらも黄金色の髪をしており、片方は背中の中程まで伸ばしたストレートヘア。もう片方は耳の上で結んだツインテールである。


 顔だけなら二人とも美女にしか見えないが、それでも片方が男だと分かったのは、体格が違うからだ。

 太すぎず細すぎず、理想的ともいえる筋肉。

 それに対してもう一人は、女性らしい丸みを帯びた体つき。

 よって、顔がソックリでも、性別を見分けるのは簡単だった。


 そんな彼らの服装はアジア的――というかアイヌ民族の衣装に近く、元は日本人であるタクトにとって、どことなく懐かしさを覚えるものだった。

 そして特筆すべきは、彼女らの耳。

 ピンと尖り、上を向いたその形は間違いない。

 エルフ族だ。


 このファンタジー的世界においても、エルフ族は珍しい。

 タクトも実際に見るのは初めてだった。

 エルフは人間によく似ているが人間とは微妙に違う。住んでいる場所が深い森の奥なので、人間から接触することはほとんどない。

 そしてエルフ族のほうも人間を避けている節があり、互いの交流はないに等しい。

 つまり、なんだかよく分からない存在。

 それが人間からみたエルフ族のイメージだ。


 そのエルフ族がどうして空島にいるのだろう。

 タクトとセラナを攻撃してきた理由も分からない。


 そんな疑問を浮かべつつタクトとセラナがエルフ二人を見つめていると、彼らは突如として〝土下座〟を始めた。

 謎の展開に何事かといぶかしんでいると、エルフは大声で訴える。


「ワシらが何でもする! じゃから頼む! この空島を荒さんでくれ人間よ!」


 男のエルフがペコペコと頭を下げながら、必死な声で訴えてきた。


 それから女のほうが、


「このオラが〝どれーはーれむ〟とかいうのになってやってもいいぞ。人間はどれーはーれむが好きなのだろ。この美人なオラが、どれーはーれむに入ってやると言うのだ。だから、このまま空島から引き返してくれー」


 などと意味不明なことを言い始める。

 はて。どれーはーれむとは一体何であろうか……?

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