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52 セラナとマオの初遭遇

 それにしても、例の本を競り落とすには一体どのくらいの金が必要になるのだろう。

 なにせ誰も現物を見ていないのだ。

 そのくせ期待値だけは高いから、当日のテンションによって実際の価値よりも釣り上がってしまうというのも考えられる。

 あまり高いと儲けに繋がらないので当然、入札は見送る。

 しかし、一億イエンくらいは用意しておきたいところだ。

 そして、店頭価格は二億イエン以上でもいけるかもしれない。

 長老秘蔵のグリモワールなら、そのくらいの価値があるはず。


「ええっと……こないだのグリモワールの売上が四千万。もともとあるのが一千万。駄目だ、目標の半分じゃ話にならない」


 タクトは帳簿を見ながらボヤく。


「うにゃ? タクトお金ないのかにゃ?」


 床をモップでゴシゴシ磨いていたマオが、心配そうにこちらを見る。


「ああ、うん。マオが心配することじゃないよ。店の経営そのものは順調だから」


「そうかにゃ。けど、困ったときはいつでも言ってほしいにゃ! マオに出来ることなら何でもするにゃ!」


 マオは自信満々に言って、その小さな胸をドンと叩く。

 しかし、マオはいてくれるだけでいい。

 事実、マオがアジールに来てからの一週間、客足が伸びている。

 この猫耳幼女を一目見たくて、常連たちが用事もないのに来店するのだ。

 それが売上に繋がっていないのが悩みどころだが。


「次は二階のお掃除にゃー」


 マオはモップとバケツを持って、階段を登っていく。

 それと入れ違いにして――。


 カラン、カラン。


 アジールの扉が開かれた。

 また本を買わないお客さんかな、と思って顔を上げると。

 そこにはララスギア魔術学園の生徒がいた。


「タクトくーん、久しぶりー」


「セラナさん。お久しぶりです」


 セラナとは行商旅団の市場以来だから、六日ぶりということになる。

 つまり一週間も経っていないのだが、なにやら随分と久しぶりな気がした。

 その前に頻繁に会いすぎたせいだろう。

 セラナが近くにいるのが、すっかり当たり前になってしまった。


 彼女の来店や、偶然の出会いに頼らず、タクトの方から会いに行ってもいいのだが、しかしセラナの住まいは学園の女子寮だ。

 男であるタクトが遊びに行くのははばかられる。


「それにしてもセラナさん。前に来たときは死にそうになっていたのに、今日は全然へっちゃらな感じですね」


 セラナは、ぜーぜーと肩で意識をしている。

 が、逆にいえばそれだけだ。

 ひっくり返って気絶するような気配はない。


「二回目だからね。あの結界も慣れたら割と何とかなるわ」


「流石はセラナさん。以前は俺の前で気絶して、年頃の女の子にあるまじき無防備な姿を晒していたのに」


「うぐっ……あれはだって……しょうがないでしょ! っていうかタクトくん。私が寝てた間にえっちなイタズラしてないでしょうね!」


「しませんよ。そんなに自分の体に自信があるんですか?」


「いや、別に自信とかじゃなくて……むー!」


 セラナはほっぺを膨らませた。

 割と本当に怒っている顔だ。

 しかしタクトはからかってしまう。


「イタズラしてほしかったんですか?」


「そうじゃない! その毒舌をやめて欲しいの!」


「分かりました。いや、俺も素直な性格ではないので。本当はセラナさんのことを尊敬していますし、もの凄く美人だと思っているのですが。つい逆のことを言ってしまうんですよ」


 タクトがそう適当な褒め台詞を並べると、セラナはあっという間に笑顔になり、恥ずかしそうに目をそらす。


「え、そんな……急に言われても、私、照れちゃう……タクトくん、私のことそんなに気に入ってくれていたなんて……」


「冗談に決まっているじゃないですか」


「こ、この毒舌ショタが!」


 セラナの目と眉がつり上がる。

 感情が爆発し、無意識にマギカが溢れ出していた。

 それでわずかに風が起きて――スカートが捲れ上がる。


 なんだかんだと言って、セラナは美少女だ。そしてタクトは男だ。

 視線が釘付けになってしまう。

 テーゲル山で見て以来、久しぶりのパンチラ。

 と、思っていたのだが。


「ふふん! 私は同じ失敗をくり返さないわ。ちゃんとスパッツ履いてきたもんねー」


 セラナはタクトの視線に気が付いていたようで、捲れたスカートを抑えることもせず、仁王立ちで自慢げに語った。

 なるほど。確かに黒いスパッツのおかげで下着は見えない。

 だが、それをもって勝利宣言するのは早計である。


「セラナさん。今まで言わなかったのですが……実は俺。スパッツフェチなんですよ」


「ふぁっ?」


「だから今の光景は、はい。凄くいいですね。ありがとうございます」


 タクトはそれこそ穴があくのでは、というくらいスパッツを凝視してやった。

 するとセラナは「ひゃん!」と可愛らしい悲鳴を上げ、スカートを抑えてスパッツを隠す。


「タ、タクトくん……変態さんだったのっ?」


「冗談に決まっているじゃないですか」


「なんだ……ああ、よかった」


 ふう、と胸を撫で下ろし、またスパッツを見せてくれる。

 しかし実のところ。

 タクトは本当にスパッツフェチである。

 ゆえに隠されては困るのだ。

 これからもセラナには無防備なスパッツ少女として頑張っていただきたい。


「まあ、せっかく来たんですから、こっちに来て座ってください。今、ハーブティー煎れますから」


「わーい」


 セラナは年齢一桁の子供のような声を出し、カウンターの中に入ってきた。

 そのとき二階からモップを担いだ猫耳幼女が「にゃーん」と現われた。


「にゃにゃ? お客さんにゃ、いらっしゃいませにゃ!」


「あ、はい……えっと……タクトくん。あの子は?」


 セラナはマオを見つめ、パチパチと瞬きをしながら質問を飛ばしてくる。


「ホムンクルスのマオです。店長があれなんで、店の手伝いをしてもらおうと思って。ほら、マオ。自己紹介」


「これは申し遅れましたにゃ! ホムンクルスのマオですにゃ。よろしくですにゃ」


「ああ、そういえば、前にお手伝いホムンクルスを買ったとか言っていたわね。そっか、マオちゃんね。私はセラナ・ライトランス。こちらこそよろしくね」


 マオとセラナはぎゅぎゅっと握手をかわした。


「マオ。君もハーブティー飲むかい? 今日はカモミールだよ」


「もちろん飲むにゃ!」


 猫耳がピコピコと動く。

 それからマオは手を洗うため台所へ走っていった。

 タクトも茶を煎れるため、そのあとを追う。

 そして、マオが運ぶと言ってくれたのでお任せする。


「お待たせですにゃー」


 マオはタクトが煎れたハーブティーをカウンターの上に置く。


「ありがとうマオちゃん。お手伝いして偉いわね」


「セラナに撫でられちゃったにゃん」


 マオはにゃんにゃん。セラナはニコニコ。

 すっかり二人は仲良しだ。

 もともと何も心配していなかったが、ここまで打ち解けるのが早いと感心してしまう。

 流石は天然と天然の組み合わせである。

 きっと二人のやりとりは、横から眺めているだけでも、さぞ面白いのだろう。

 実に楽しみだ。

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