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28 今日の売上4000万

「実は、グリモワールを探しているんだ。内容は問わない。とにかく、放つマナが強力ならそれでいい」


 店に入ったバルフォアは、穏やかな口調でぶっそうな注文を始めた。


「マナが強力なグリモワール、ですか。申し訳ありませんが、用途を教えてくれませんか? グリモワールを売るとなれば、何かあったとき、店の信用問題にもなりますので」


「無論だね。しかし単純なことだよ。久しぶりに、新しいマジックアイテムを作ろうと思ったんだ。その動力源としてグリモワールが欲しい。必要な量のマナを確保できるなら、別にグリモワールでなくともよいのだが……この街でそれだけのマナ源を手に入れるなら、アジールが一番早いと思ってね」


「なるほど、バルフォアさんの新作ですか! いや、これは失礼しました。あなたのような大魔術師に聞くこと自体が無粋なのですが……一応、規則なので」


「分かっている。昔から魔術師協会はグリモワールの取り扱いにうるさいからねぇ。だけど自慢じゃないが、私は協会からの信頼が厚い。私に売ったからといって、協会が何か言ってくることはないよ」


 グリモワールの売買や譲渡をした場合、魔術師協会に書類を提出する必要があった。

 ダンジョンなどで入手しても同様だ。

 とにかく魔術師協会は、どこの誰が何というグリモワールを持っているのか、把握したがっていた。

 そして、グリモワールを持つに値しない者の手に渡った場合は、回収しに来ることもある。

 もちろん、回収するときは対価を払っていく。が、拒否した場合、最悪、殺されてしまうらしい。


「分かりました。実は条件に合う本が一冊あります。こちらです」


 タクトはカウンターの下に隠しておいた、あのグリモワールを取り出した。

 それを見た瞬間――


「ほう」


 と、バルフォアは唸る。

 やはり一流。

 タクトが施した封印の上からでも、この本のポテンシャルを見抜いたようだ。


「ご覧の通り、立派なグリモワールです。最初に発見したときは暴走状態で、呪いを撒き散らしていましたが、俺が封印しておきました」


「この封印は君が……そうか、いい腕をしているね。これなら、一年くらいは何もしなくても大丈夫そうだ。そのあとは、私が封印を修復していけばいい」


「はい。俺もそう自負しています。それにしても、バルフォアさんに褒めて頂けるなんて光栄ですよ。ところでこれは本来、第二種グリモワールで、不安定なマギカを放っていました。しかし、今は安定したマナしか出さない、第三種相当にまで落としています」


「ふむふむ。若いのに凄い才能だ……いや、本当に。私の目から見ても、完璧といえる」


 タクトは少し心を躍らせていた。

 こと、戦闘力という点で見れば、この世界の魔術師たちはタクトの足元にも及ばない。

 しかし、それ以外の技。

 たとえば、ホムンクルス。ゴーレム。傷を治すポーション。木の根を利用した遠距離通信。不老の秘術――などなど。

 地球の魔術師では思いもよらない数々の技術が、こちらでは実用化されていた。


 バルフォアはその第一人者ともいえる人だ。

 敬意はいくら払っても、払い足りない。


「書類は俺が作っておきます。バルフォアさんはここにサインだけしてください。それとライセンスの提示をお願いします」


「分かった。ところで価格はいくらかね」


「ああ、そうでした。四千万イエンでどうでしょう?」


「流石に高価だね。しかし、これだけの本で、更に封印措置も完璧。十二分に四千万イエンの価値がある。小切手でいいかい?」


「もちろんです」


 五百万で仕入れた本を、四千万で売る。

 利益率だけで考えればボッタクリだが、バルフォアの言葉とおり、技術料を入れれば妥当だと胸を張って言える。


「ありがとう。よい買い物が出来た。アジールは何年経ってもいいね。クララメラ様もお変わりないようだし」


 そう言って、バルフォアはタクトの横に座るクララメラに目をやった。


「すぴー……すぴー……」


 カウンターによだれを垂らして穏やかに眠る女神様。

 タクトは隣の国に行ったとき、そちらの女神とも会っているが、こんなぐーたらではなかった。

 クララメラは「樹の特異点ネムス・テラの制御には睡眠が必要」と言って自己正当化しているが、隣の女神は「毎日八時間の睡眠で十分。その間に制御する。更に言えば起きている間でも可能」と証言していた。

 つまり、女神かどうかは関係なく、クララメラ個人が駄目だということだ。


「店長、起きて下さい。バルフォアさんが二十年ぶりに来てくれたのに」


「すぴー……」


「いいんだよ。女神の眠りを妨げるなんて畏れ多い。それに、近い内にまた来るよ。それじゃあ……」


「ありがとうございました。またのご来店を」


 バルフォアの背中を見送りながらタクトは、一体どんなマジックアイテムを作るつもりなのだろうと、十四歳の少年のようにワクワクした。

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