27:現実恋愛。R15。『口下手の求婚』
R15です。
頭上から陽光が降り注ぐお昼どき、公園のベンチで肩を並べ、眩しさに目を細めながらハンバーガーにかぶりつき、時々、太い親指で唇に付いたソースを拭われたりして、それを舐め取られたりしながら、恥ずかしくて真っ赤になった顔をケラケラ笑われたりして、怒って更に赤くなった顔に優しく触れられて、耳にふうっと吹き込まれるような、そっと囁く愛の告白
15時のティータイム、お洒落なカフェのテラス席で、とろけるような甘いケーキを食べながら、とろけるように甘い表情で正面から見詰められての愛の告白
夕陽が綺麗な砂浜で、海に向かって大声で叫ぶ愛の告白
夜景が綺麗なレストランの窓辺の席で、真っ赤な薔薇の花束を渡され告げられる愛の告白
「さて、私が好きなシチュエーションはどれでしょうか?」
深夜のベッドで、今は少し落ち着いたからか、不満げに口を尖らせ彼女が言う。
付き合って3年、年の差は学年で5つ違う。年度が変わって早々に三十路に突入した俺と、明日が誕生日の彼女。区切り良く見える下一桁の0と5が彼女をその気にさせるらしい。
「……知らねぇ」
「ねぇ、ちゃんと考えた?」
「もう寝ようぜ、眠い」
「もう!」
急にスプリングが弾んで彼女が降りようとしたのが分かったから、目を開け慌てて彼女の体に腕を回す。
「何よ?」
(捕獲)
「いや、どこ行くのかなって」
「シャワー」
一人ベッドに残されたので考える。
(柄じゃねぇし)
眠いのは事実、それなのに。
眠いけれど眠れない。
(……戻って来るよな?)
つい今しがたの運動時よりもどっどどっどと心臓が鳴る。
先程とは違った汗が額と背中を伝う。
「あれ?まだ起きてるの?」
コップでお茶を飲みながら、彼女が部屋に戻ってきた。
「汗かいたから、俺もシャワー浴びてくる」
自業自得だが、肝が冷えて、変な汗で体が冷えた。
温かいシャワーですっきりして部屋に戻ると、彼女はすやすや眠っていた。
近付くと、普段はしない甘い香り。
シャンプーも石鹸も俺と同じ物を使っただろうに。
彼女から薫る心地良い匂いを、鼻から深く吸い込んだ。
静かに寝息を立てる彼女を抱きまくらに、ぴたりと体を寄せて横になる。
(5時、5時、5時、05:00、05:00、05:00、5時、5時、5時、05:00、05:00、05:00)
アラームに頼る訳にはいかないので、網膜と脳みそに時計の映像イメージを刻み込む。丸い壁掛けの時計だけでは不安で、デジタルの置き時計も想像し、何度も何度も想像を繰り返す。彼女のアラームは5時半にいつも鳴るから、それよりも早く絶対に起きなければならない。
自分に強いプレッシャーをかけ、眠りについた。
早朝のベットで、目覚めると、後ろから抱き締めて眠ったはずの彼女と正面から抱き合っていた。寝返りは打っても俺の腕の中に残っていてくれた……ただ単に俺が逃さなかっただけかもしれないが。
穏やかな呼吸でも僅かに動くぷくりとした唇に、チュッと口づけてベットを降りた。
鞄から取り出した手のひらサイズの小箱を開け、中身を摘んでベットに戻る。
布団の中にある彼女の左手を引っ張り出して、飾りの無い薬指をさらりと撫でた。
「……んぅ、くるしいぉ……んん、んもうっ!なに!?」
彼女が起きた。
俺が起こした。
起きてほしくて。
唇ごと食むように、口呼吸を妨害した。
朝の真っさらさらの、思考が回っていない、完全に素な彼女を驚かせたくて。
驚く彼女を俺が見たくて。
目を擦りたいのか、手を顔に近付けようとする彼女。
それぞれ俺が指を絡めて確実に握っているから、どちらの手も動かない。
そんな俺の悪戯に気付き、ムキになる彼女。
手の開放を求め、押したり引いたりしている。
意識が手に行ったから、自分の指に気付いたらしい。
いつもはよく喋る彼女。
でも言葉は無かった。
彼女の瞳に涙が浮いてきた。
俺の手はまだ塞がっているから、端から落ちそうになるのを丁寧に舐め取ってやる。
「こういうシチュエーションは……ど?」
「好き」
即答で返してくれた彼女はまだ泣いていて、べろしか使えない俺は犬みたいにぺろぺろ舐めていた。
ジリジリジリジリジリジリジリジリ
スマホなのに、昔ながらのアラーム音が鳴り響く。
「あ、ごめん」
別にごめんでも何でも無いのに、彼女は謝ってベッドを降りようとする。
ジリジリジリジリジリジリジリジリ
ベッドの側のテーブルの上でアラームがまだ鳴っている。
「ごめんね、スマホが」
アラームは鳴ったまま、でも彼女は両手が使えず動けないまま。
涙は止まったから、今度は見せつけるように、持ち上げた彼女の左手薬指、指輪の上にキスを贈る。
「俺と結婚してください」
ジリジリジリジリジリジリジリジリ
鳴ったままのうるさいアラーム音で心音を誤魔化す。
答えは分かっているつもりでも、どっどどっどと心臓がうるさい。
返事を聞いた。
予想通りの返事だった。
手を開放したら彼女が動いて、アラームが止んだ。
彼女がまた俺の横に戻ってきて、俺に抱きつくから、俺も彼女を抱き締め返す。
彼女がまた泣くから、俺はまたぺろぺろ舐める。
涙も、鼻も、瞼も、髪の毛も、耳も、首も、どこもかしこも全部。
まだ朝は早いから。




