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旭日の西漸 第2部 大陸の冒険篇  作者: 僕突全卯
第1章 アテリカ帝国
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不審な影

12月24日 日没前 出発から8時間後 国境付近 ルッカース村


 一行を乗せた73式中型トラックは、運転手を交代しながら、ついにアテリカ帝国とヨハン共和国の国境である“シャントウ山地”までたどり着いていた。すでに日は西の空に大きく傾いており、山地から伸びる影が大地を覆い隠している。

 今日はこの地でキャンプを張ることになり、宿泊する為に自衛隊員たちが3つの宿営用天幕を建てている。1つは2人の女性用、1つは自衛隊員の5人用、1つは官僚2人と医療スタッフ2人の計4人用だ。近衛兵と皇太子のサリードはトラックの中に簡易ベッドを設置し、その中で眠るということになっている。

 そしてテント設営作業の傍らで、1人の外務官僚がレジャーシートの上に横たわっていた。


「うわ〜、今頃日本じゃクリスマスかあ〜・・・」


 外交官の1人である遠藤は夜空に瞬く星を眺めながら、ため息を付いていた。12月24日と言えばクリスマス・イブであり、日本国内では多くの人々が家族や恋人たちと共に聖なる夜の前夜祭を浮かれながら過ごしていることだろう。彼も本土に居る家族の姿を思い描いていた。


「しかし、長時間座りっぱなしはきついな・・・かと言って寝そべるスペースも無いし、せめて中型じゃなくて大型トラックだったら・・・」


 遠藤は寝そべりながらぶつぶつ文句を言う。彼の後輩である子門は彼の顔を上からのぞき込む。


「持ってきていないものは仕方ないじゃないですか。まさかこんな旅をすることになるとは思いませんでしたし・・・それに、皇太子殿下は文句1つ仰いませんよ? 少しは見習ってはどうですか?」


 2人は他愛ない会話を繰り広げる。そんな彼らに近寄る足音がする。


「おや、なにか私の話をしていませんでしたか?」


「殿下!」


 近衛兵2人を引き連れて話しかけてきた他国の皇族を前にして、遠藤と子門は気を引き締め直す。先程まで寝そべっていた遠藤も、いつの間にか立ち上がっていた。


「馬車の乗り心地も同じ様なものですし、足が早い分この“トラック”の方が、我々は大分心強いですよ。盗賊に襲われても確実に逃げ切れる」


(あ、聞いていらっしゃったんですね・・・)


 2人は心の中で同じことを思っていた。しかし、皇太子に頼りにしていると言われて悪い気はしない。その言葉に子門と遠藤は笑みをこぼす。



 そして夜、宿営用天幕と73式中型トラックの中に寝袋または簡易ベッドを敷き詰め、外交官と医療スタッフ、そして皇太子が眠りに付く。そんな彼らの安眠を守るため、護衛の近衛兵と自衛隊員は交代しながら、周囲の監視・警戒を行っていた。


「本当に星が綺麗ですね・・・」


 自分たちにとっては見慣れた夜空を、もの珍しそうに眺める戸田勇治二等陸曹/伍長の様子を見て、近衛兵の1人 ノード=ランビアーが彼に話しかける。


「ニホンでは星空は珍しいものなのですか?」


 ノードはしみじみとしながら星空を眺める戸田二曹の様子を不思議に思っていた。彼の問いかけに対して、戸田二曹は首を横に振る。


「・・・いえ、そうでは無いのですが、日本では人が多く住むような都市だと星の光が街の灯の明るさに負けてしまい、明るい星を除いて見えなくなってしまうのです」


 戸田二曹は空から見れば夜の闇に煌々と輝く様に見える、日本の大都市圏について語る。


「星が見えなくなる程の明るい街・・・ですか!?」


 ノードは戸田二曹の話に興味を惹かれる。まだ見ぬ異世界の都に彼は思いを馳せる。その後、戸田二曹はノードに請われて日本について語り始めた。

 天に聳える摩天楼、時速200kmを超えて地を走る鉄の龍(新幹線)、500人前後を乗せて空を飛ぶ鉄の鳥(旅客機)、先進的な政治体制と圧倒的な経済力・・・そして、首都東京に居を構え、1500年以上126代の永きに渡り、血を絶やさずに君臨する日本の皇帝“天皇”・・・。

 日本の皇室については3ヶ月半程前、皇甥にあたる親王殿下が御成年を迎えられたことを祝う為、そして各国との交流を深める為に、各友好国の元首・君主などの国賓を招き、皇居・豊明殿にて催された“宮中晩餐会”によって、すでに世界的に周知されている。

 ノードは戸田二曹の話に夢中になっていた。立場は違えど、異なる世界の兵士同士の会話は穏やかなものだった。


「・・・?」


 だがその時、戸田二曹が突如地面から立ち上がる。彼は何かを見つけた様に草むらを眺めていた。


「・・・ユウジ殿、一体どうなされた?」


「何かいます・・・」


「!?」


 戸田二曹の言葉を聞いたノードは剣を構えて警戒体勢をとる。裸眼には見えないが、ヘルメット(88式鉄帽)に取り付けられた暗視装置(JGVS-V8)からは、草むらの中を動く物体が見えていた。夜盗の可能性もあるため、戸田二曹は仲間に連絡を行う。


「こちら戸田。北方向に動く影あり」


 無線機から送られて来た報告により、別方面を監視していた隊員たちも事態を知る。しばらく緊迫した状況が続く中、その動く物体は草むらの向こうへと消えて行った。


「獣だったのか・・・?」


 戸田二曹はこちらへ何かするわけでも無かったその物体の正体について考察する。


「どうだ、何か動きは?」


 彼ら2人の後ろに近づいていた高尾上級陸曹長/上級曹長が2人に状況を尋ねる。


「いえ、こちらへ攻撃してくる様子はありません。獣や動物の類だったのかも知れません」


 戸田二曹が答える。その後も特に何かが起こることは無かった。そしてこの日の夜は何事も無く過ぎて行ったのである。

皇室というデリケートなものについて触れた今話ですが、この作品はフィクションであり、実在する組織名が出てはいますが、それらが現実に存在するものとは一切関係無いことを強調しておきたいと思います。


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